第14話 残りの人生、ずっと一緒……!?

 翌日。


 ヒナとゴブリン子ちゃんを部屋に残し、あたしはいつも通り酒場に出勤した。


 少なくとも、ヒナの傷が癒えるまでは、長旅は避けたい。


 とりあえずあたしが酒場で働いていれば、食事の心配もいらないし、野宿もしないでいい。

 逃げるにあたってのお金だって稼げる。



 出勤の前、あたしは膨れ上がる心配が抑えられなかった。


「あのね、本当はこの部屋、酒場で働く人のためにあるのね。部外者が密かに使うのは禁止されてるのよ」


 ゴブリン子ちゃんに向かって言っておく。


「——特にゴブリン子ちゃん、あなた見つからないように気をつけてね? 表の酒場に出入りする者の多くが冒険者だから……あなた、もし見つかったら、下手すれば狩られるわよ」


 ゴブリン子ちゃんはにっこり笑った。


 あら、こうやって笑うと、ゴブリンなりに愛嬌があってなんだか可愛らしい。


「大丈夫です、ナギ様。ワタクシ、ここにも魔法陣を張っておきました。ヒナ様もワタクシも見つかることはないでしょう……万一、誰か人間が来ても、ワタクシたちの姿は見えません」



「あ、そういえば、あなた、魔法陣が張れるんだったわね——それ、すごく、助かるかも」


「うふふふ。そうなんです! しかも体に魔法陣を張れば、外出もできますよぉ」



 ちょっと得意そうなゴブリン子ちゃんの言葉に、あたしはかなり安心した。


 今まで、いつヒナが見つかるかと毎日が冷や汗モノだったのだ。


 これでヒナもゆっくり怪我の回復に専念できる。



「それに、ヒナ様の看病は任せてください。ワタクシどもの涙は妙薬と言われているようですが、ワタクシ、もっと良い薬も作れます!」


「え、そうなの?」


「はい。必要な材料はほぼ揃っていますし、手持ちの薬も多少ありますから」



 彼女は、皮のスカートの襞に隠した小さな袋を取り出して見せてくれた。


 中には丸い木の実が沢山入っている。


 その殻の中に、いろいろな薬を詰めこんでいると言う。



「でも、そこまでさせるの、本当にありがたいけれど——なんだか悪いわ。そもそもあたしのせいで、そんな窮状に陥らせちゃったのに……早く、ご主人様を探したいんじゃないの?」



 昨日は目が腫れ上がるほど泣いていたのに、今日のゴブリン子ちゃんはもう泣かなかった。


 何かが吹っ切れたのだろうか。



「お忘れですか? 今のワタクシのご主人様は、ナギ様なんですよ。あの方をお探ししたいのはやまやまですけれど……。もう、これに関しては時機を待つしかないと思うのです」


 知らなかったとはいえ、あたしがうっかりゴブリン子ちゃんに名前をつけてしまったせいで、彼女はもはや自由に動けない。


 かといって、彼女の宿を解くには、

『他のゴブリンに同じ名前をつけて彼女への効力を無効にする』か、

『あたしが死ぬ』か……、のどっちか。



 まさか、いくらなんでもそんなことで死ぬつもりはないし。


 でも、他のゴブリンに名前をつけるとしたら……今度はその子の自由を奪っちゃうことになるし——



 あれ? これって。


 どう考えても、あたしの残りの人生、ゴブリンと一緒ってこと!?



 ううむ……。


 なんだか、おかしなことになってきちゃったなあ……



 まあ、ゴブリン子ちゃんによれば、うちの地下に住んでいたっていうから——すでに、今までの人生もある意味ゴブリンと一緒だったのか。



 まあ——今後のことは、とりあえずゴブリン子ちゃんの希望、確認しておこう。



「ねえゴブリン子ちゃん……あなた……自由になりたい?」



 彼女はびっくりしてあたしの顔を見た。



「自由になったら、とりあえずご主人様探しも、好きなようにできるってことよね」


 ちょっと絶句したのち、湿り声で彼女は言う。


「ナギ様……ワタクシ、今まで何人かのご主人様に仕えてまいりましたが……そんな風に……ワタクシがどうしたいかなんて聞かれたのは、初めてです」


 けっきょく、やっぱり、シクシク泣き始める。


「うう……ワタクシ、ナギ様のお心遣いが嬉しくて——ありがとうございます……うっ、うっ」


 いや、お礼じゃなくて、どうしたいか言って欲しいだけなのよ。


 うむむ……なんか調子狂っちゃうなあ。


 まあ、いいか。このことはおいおい考えよう。



「あ、もう行かなきゃ。ゴブリン子ちゃん、それについては改めて話しましょう。ヒナをよろしくね」


「かしこまりました、ナギ様! お気をつけて!」



 敬礼もしかねないゴブリン子ちゃんの勢いに、あたしは苦笑した。


 ヒナにウィンクして手を振ってみせてから、すでに客で賑わい始めた酒場へとあたしは急いだ。

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