第4話 どうしてあたしが聖女なんだか。
その夜遅く、店じまいも終えて。
粗末なロウソク立てを持って、あたしは店の裏手にある宿泊所に急いだ。
この宿泊所は酒場に併設された宿屋の一部で、酒場で働く者たち用に格安で小さな部屋を貸してくれている。
あたしの部屋は、廊下の突き当たりの一番狭い部屋だ。
軽く咳払いをして、鍵を開ける。
この咳払いは、あたしたちの合図だ。
そう、禁止されているけれど、私はここを一人で使っているわけではない。
「ナギさま、おかえりなさい」
ロウソクの光にぼうっと浮かび上がった影が囁く。
「今日もご無事なようで、良かったです」
彼が、あたしを攫ったと言われている『モンスター』だ。
逃げる時にあたしをかばったせいで、彼は美しい青い翼に深く弓矢の傷を負った。
美しい大きな翼を持つ人間——
そう、彼は、人間なのだ。
あたしが逃げるのに手を貸してくれた時、魔法をかけられてしまった。
魔法使いは、あたしを守ろうとする彼に全体魔法をかけたかったのだと思う。
でも、あたしがとっさにニンニクのお守りをかざしたので——おばあちゃんに教わったニンニクのお守り、あんなに効くとは思わなかった——翼が生えただけで済んだ。
それも、彼の内面を映すような、天使のように美しい、金色がかった青い羽毛に覆われた……
そして魔法の半分は、私にかかってしまった。
飛んでくる矢をかわし、追手から逃げながら、あたしの体はだんだんと変化していった。
栗色だった髪と眼は闇色になり。
——闇色というのは、黒ではない。降り注ぐ光すらを飲み込んでしまうような、光沢のない色。
そして、それなりに白かった肌は、汚れたような褐色に。
体も、割と痩せていたのだけれど、ポッテリ太った体型に——背も縮んだようだ。
まるで、ゴブリンのようだ。
あのへっぽこ魔法使い!
ずっとこのままだったら、末代まで祟ってやる。
まあ、不幸中の幸い、この変わり果てた姿を奴らには見られていないから、あたしを探すのにも苦労しているだろうけど。
おかげで、酒場でも働ける。
「ヒナ、そういうあなたはどうなの? 怪我……まだ痛むでしょう」
追手から逃げながらの野宿生活に、彼の傷口はひどく膿んでしまっていた。
運良くこの酒場に潜り込むことができてからは、彼をこの部屋に匿い、こっそりとじゃがいものお酒——一番強い酒を持ち出しては、消毒に使っていた。
それで、少しは良くなってきたものの、まだ腫れはひいていない。
良い薬が欲しい。
「確かにまだ完治はしていませんが、痛みは日に日に薄れています。ナギさまのおかげです」
あたしはため息をついた。
「ねえ、ヒナ。ナギさまっていうの、やめてくれない? あたしが聖女じゃないってことくらい、あんただってよく知ってるくせに」
「でも……」
ヒナは口ごもった。
「ナギさまは、高位占者によって、向こう三年の聖女に選ばれたのですから」
そうなのだ。
田舎で、毎日穏やかに過ごしていて。
将来はヒナと結婚するような話にもなっていたのに。
あたしは唇を噛んだ。
聖女なんて言ったって、要は王の妾よ、妾。
三年毎に新しい女を召し抱えては、世継ぎを産ませる。ひどい話だ!
はいそうですか、わかりました、何て誰が大人しくいうもんか。
まあ今のあたしの姿を見たら、王どころか、どんな猛者でも子をなそうと言う気にはならないだろうけどね。
ただ、ヒナの前でゴブリン顔でいなきゃならないのは、本当にツラいのよね……。
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