第41話 夜は終わらない

 どこまでも広がる白い大地。迷宮ダンジョン蔓延はびこるこの環境では木々もまともに生えず、隠れて何かするにはあまりにも不適切だ。

 だが、この敷地から出るほどの時間があるわけもなく。私と彼は白の大地スカル・メイズの中でも、なるべく人目につかない場所を選んでをしていた。


「はあ…! はあ…!」


 彼———シュウ君は、苦しんでいる。

 私と共にいるというだけでも苦痛であるのは当たり前だとして、さらに望んでもいない才能の特訓をするなど、常人では耐えられない。

 才能というのは、どこまでも残酷だ。本人が望む望まざるに関わらず、産まれたその瞬間からずっとその体に纏わり付く。そして、その勝手に巻きついている才能を幻視して、人々は言う。


———いいなあ、お前はその才能があって。


 才能が乏しい者は、考えもしていないはずだ。才能を上手く活かせる者と、才能に縛られている者の2つがあることなど。

 もちろん羨望には、何も悪いことなどない。悪人がいないからこそ、この痛みは何よりも心に染み込むのだ。


 才能を上手く活かし、頂点に昇り詰めた者。

 才能に押しつぶされ、闇に身を滅ぼした者。

 才能を受け入れ、上手に世を渡り歩く者。

 才能に反発して、世を切り捨て去った者。


 私は、そんな姿を嫌と言うほど目撃している。

 何人もの『囚人モルモット』が血を流し、息絶えて行った。文字通り、才能に押しつぶされていくように。押し付けられた偽物の才能に肉体がついていけず、ついにはピクリとも動かなくなる。そんな光景を、そんな地獄を『看守テスター』だった私は……ただ黙って見ているだけだった。

 あの時、に手を伸ばす前までは。


 『スコーク隠蓑』は、はみ出し者たちの宿り木だ。才能によってだけでなく、容姿や性格、環境にさえも合わない不適合者のレッテルが貼られた者たちの溜まり場。そのたった1つの逃げ道、隠れ家だった。


「ううっ…!」


 眼前で酷く苦しみ、それでもなおもがき足掻こうとするシュウ君を見て思う。

 もしあの時———あの時にこの子を手放していなかったのなら、少しはマシになっていたのだろうか。この子がこうやって苦しむことも無かったのだろうか。


(分かる……ワケがない)


 過去を悔やんでもらちが明くことは決してない。

 それでも、悔やまずにはいられない。脳裏に、赤い海が広がっていくのを止める術はない。止めてはならない。これは、私の責任だ。


———また失敗したようです。

———他の『巫女』はどうだ?

———有力そうなのが2体ほど。

———そうか、引き続き見張っておけ。看守モニター、あとは頼んだ。

———はい、かしこまりました。


(………)


 もはや慣れたフラッシュバック。

 この罪は、この命尽きてもゆるされる事はないだろう。



   ▼



「【魔斬撃】!」

「【氷遁ひょうとん『氷壁の術』】……!」


 エリーザが放つを、私は氷の壁を作り出して防ごうとする。次の瞬間、斬撃が2つに割れた。氷の壁を挟み込むようにして、私の立っている場所へと刃は突き進んでいる。


(魔力の斬撃って……便利だな……)


 私は腕を横に広げ、掌を斬撃の方向に突き出した。そして、同じく円盤状の氷の壁を作って斬撃を防ぐ。円氷壁が斬撃にぶつかった衝撃で、煙を立てながらパラパラと崩れていく。

 スピードならまだまだ私の方が上。今の私には、彼女の動きがゆっくりに見えるくらいだ。つまり私がエリーザから目を離さなければ、倒される事はないはずだ。


「いい反応だな。君には私の動きが止まって見えるのか?」

「……」

「そうか、これは大変そうだ」


 私の左腕には、依然として何かが巻かれている。

 正体は魔力だ。しかもエリーザの。彼女は膨大な魔力を固め、それをロープの代わりにして私を捕まえた。


 正直、びっくりした。そんな芸当ができるのは、少なくとも多量魔力保有オーバーマジックという特殊技能を持つエルフしかいないだろう。それに、エルフだとしても魔力をここまで精密に、そして強力に扱えるなんて、まず考えもしない。

 これが噂に聞いていた、エリーザ=セルシアの無属性魔法ピュアマジック。とんでもないデタラメだ。


「何せ、君には私の動きなどスローに見えているのだからな」

「え……」


 今、エリーザはなんと言った?

 どうして、私の状況を見通しているかのような発言を………まさか。


「もしかして……バレ、た……?」

「ああ。忍法の事は、もう理解した」


 冷や汗が滲み出す。言われなくても分かる、これダメなやつだ。

 で、でも、本当はわかってない可能性もない事はないし———うん。


「えっと……なんだと思う……?」

「時間だろう?」


 う゛。


「君が使う、その忍法というのはだ」

「……降参」


 文句なしの大正解。忍法というのは、『ある空間内の時を加速させる術』だ。

 私は今、自分の周りに彼女のいう『加速空間』を作り出している。この空間の中では、1秒の間に2秒もの時が流れている。1分は2分に、1時間は2時間になっている。

 つまり、エリーザにとっての1秒は私にとって2秒だという事だ。


 でも、加速空間の中にいても体感時間は変わらない。あくまでも、1秒は1秒だ。だから私の目線では、エリーザの言動は2分の1のスピードに見えている。

 逆にエリーザから見れば、私の動きは通常の2倍の速さに見えているはず。


 とどのつまり、忍力とは時間を加速させる力の事だったというわけだ。

 私はさっきと同じように、


「でも……どうして、気づいたの……?」

「君を捕まえた瞬間だ。投縄ラッソの速度に違和感があったからな。もしやと思ったわけだ」

「ああ……なるほど……」

「だが今思えば、君たちと初めて会った時からして疑問はあった」


 早口に聞こえている彼女の言葉に驚愕する。

 初めて会った時———ゴルドが『壊時計ストップウォッチ 』を使ってシノアを逃した時のことだろうか。


「私は生物の気配を完璧に感じ取れる。だが、あの瞬間。あの男の気配は完全に消えていた」

「……」

「たったの5秒間で、私が察知できないほど遠くに行けるわけがない。あの男の速さなら、少なくとも10秒は欲しいところだろうな」

「……」

「あの時計を加速空間に入れていたんだろ? それで効果時間を5秒から10秒くらいに伸ばした。違うか?」


 私は思わず押し黙ってしまう。

 なんということでしょうか、全部言い当てられている。長年秘密にされていた忍法の秘密も暴かれ、その他いろんな仕掛けが看破されてしまった。

 これ、お師匠様が知ったらブチ切れるだろうなあ……。まあ、里を抜けた私にはもう関係ない話か。


「あれ、もしかして何か違ったか?」

「あ……いや、合ってる……」


 それにしても、この状況は大変よろしくない。

 秘密がバレたという事は、対策されてしまうという事だ。しかも私の左腕に以前と巻きついている魔力は、ギリギリと締め付けてきて絶対に離してはくれなさそうだ。

 しかも相手はエルフの中でもトップの実力。その片鱗は、忍法を見破ったところからも窺える。

 戦闘力では完全にこちらが劣っていて、しかも忍法も対策されかねない。むしろ利用されるかもしれない。


(あれ……これ詰んでいるんじゃ……)


 ま、まあ別にいいかもしれない。

 そもそもこの戦いだって、私が望んだ事じゃないし。あの戦闘バカが勝手に始めた事だし。負けたからって何か損するわけでもないし。忍法を知られたのは大損害かもしれないけど。


(それに……も、ある……)


 負けたら負けたで、この後ゴルドがうるさいと思うことにしよう。そうしなきゃ、モチベーションなんて保てない。

 この奥の手は、ゴルドから提案されたものだ。もし発動するタイミングを誤れば、奥の手は不完全燃焼に終わると言っていた。

 まあ、よくできた作戦だとは思う。戦闘に首ったけになっているゴルドらしい、実に周りくどい戦法だ。


(ま……いいか……)


 今回だけは気前よくノってあげよう。いつもは私が協力してないから、ちょっと欲求不満だったのかもしれない。それに私も、このままやられっぱなしで終わるのは、ちょっと癪だし。


「うん……じゃあ、気張ってこー……」


 私はクナイや手裏剣を、服の裏にあるポケットから4つずつ取り出す。そもそも忍具は、敵を殺す道具ではない。敵に痛みを与え、動きを止めるためのもの。あくまで逃げるための道具として使われる。

 諜報がメインなシノビにも暗殺の任務があったりもするが、その時はまた別に武器を用意する。


「ふん!」

「くっ……!」


 エリーザがついに魔力の縄を振り上げる。小柄な私だ、踏ん張っても大した抵抗にもならずに空中に投げ出される。

 初めからわかっていたんだ、抵抗するよりも空中で体勢を整えるのに私は集中していた。そして見て理解した。この次エリーザは、私の左腕を思いっきり引っ張るんだろう。


 まあ何が言いたいかというと、痛みを与えるのがメインな忍具は急所などではなく手足を狙うのが一般的だと言う事。それ故に剣や弓矢とはまた違う、特別精密な投擲技術が必要だって事。


「【紫針しじん】……!」

「くそっ」


 月明かりを反射させ、紫色に光るクナイをエリーザに投げつける。魔力の縄を伝うように、4つのクナイがエリーザの四肢に向かって恐ろしいスピードで直進する。

 当然、忍力による加速も付与しているから常人の目では視認することすら難しい。紫色の線のような軌跡が細い針のように一瞬見えるだけだ。

 だが、それをエリーザはあっさりと躱してみせる。私を引き寄せるのを中断するという、とんでもない判断力を見せつけて。


「すたっ……」

「口で言うのかそれ…?」

「なんとなくね……それに……」


 エリーザとサシで対峙するのはこれで何回目だろうか。私と彼女、2人とも白色町の家屋に背を向けて、次の一手の読み合いをしている。

 でも、それもこれで最後になるだろう。これでチェックなんだから。


……」

「なんだって……?」


 そして右耳の中につけていた装置から、また


『よおし、ぶっ放せ!』


 ゴルドからの合図だ。

 私は懐から、前もって預かっていた物をエリーザに突き付けた。


「それは———」

「【光撃銃ぶっ放す】……!」


 標的エリーザから少しだけ右に銃口を逸らして、私は引き金を引いた。次の瞬間には、真っ白で目が眩むような強い光が私の視界いっぱいを覆う。

 私が少し右に外して光を発射したことに、あの『リーフ』の隊長が気が付かないわけがない。だから当然、彼女は私から見て左に避けようとするだろう。


(でも無駄……)


 実は左に避けたところで光撃銃の餌食になることには変わらない。なぜなら、エリーザの背後からはだ。

 実はゴルドが作った光撃銃は3つ。彼のセリフを借りるなら「1日1発とは言ったけど1つしかないとは言っていない」という感じになるのかな。


(ほんと……周りくどい……)


 私がゴルドから離脱したのは逃げるためじゃない。彼女たちを二手に分けさせるためだ。そして鬼ごっこをするフリをして、忍力で私を追った人物の時間感覚を曖昧にし、この場所に誘導する。

 そう、エリーザの背面にある家屋のすぐ向こうではゴルドとキュリアが戦っている。そして、先ほどの合図でゴルドも私と同じことをした。

 これで、2人同時に倒せるという作戦らしい。ゴルドによれば。


「———ッ!」


 エリーザが何かを叫んでいる。きっと左に避けた瞬間に私を攻撃しようとでもしたのだろう。だが、それももはや無意味だ。


 そして私は———光に飲み込まれた。



   ▼



「どう………して………!?」


 私は地面に背を付き、のところへ駆け寄った。

 あの光線を真正面からではないが食らったのだ。無事でいられるはずがない、治療をしなければならないだろう。


「君たちの作戦には既に気付いていた。随分と手の込んだ計画だったみたいだけどな」

「いつ……気付いたの……?」

。キュリアと家を挟んで背を向け合う形になったと分かってからは、その光線で攻撃すると予測するのは容易かったからな」


 フウカの傷はどうやら思ったよりも浅いようだ。あの光線はどうやら、破壊力は凄まじいが人体へのダメージはさほどではないようだ。見掛け倒しだった、ということか。


「なんで……分かったの……?」

「ん?」

「私と、ゴルドの……位置関係……」

「そうだな、君たちはなんらかの方法で常に相方と話せる状況にあった。だからこそお互いの位置関係の調整ができたし、タイミングもバッチリあった。この作戦は、お互いが常に意思疎通できて初めて成立するものだ」

「うん……」

「だから私たちが気付くはずがないと思ったらしいが、それは違ったというだけだ」


 懐から回復薬ポーションを取り出しながら、私は右耳の中から赤い球体を取り出した。そしてその球体から、


『ゴルドが負けを認めました。そっちはどうですか?』

「あ……」

「私たちも、常に意思疎通ができていたって事だ。キュリア、こっちも大丈夫だ。合流してくれ」

『わかりました』


 そう、これは

 あのデヴィス迷宮で手に入れたノートからこぼれ落ちたものは、この一対の通信木の実だったのだ。

 それをデーモンの男を追っている最中に、キュリアに片方を渡しておいた。本当はデーモンの男を見失いそうになった時、手分けして探すとか挟み撃ちとかのためにしておいた事だが。何に役立つかわからないものだ。


「光撃銃は……?」

「ゴルドの性格はなんとなく分かったつもりだ。キュリアから常に連絡もあったしな。ゴルドは恐らく生粋の探索者ハンター気質。初見殺しのようなことはせず、何か伏線をあえて晒しているかもってな。ほら、飲め」

「ありがと……ごくっ……」

「となると、もう見たことがある何かで止めを刺しにくるはずだ。となると、あの光線しかないだろう」


 フウカは喉を鳴らして回復薬ポーションを一気に飲み干す。みるみるうちに擦り傷や火傷が治っていき、そして次には元の綺麗な肌に戻っていた。


「あ……じゃあ、どう躱したの……?」

「それは———」

「隊長! 連れてきました」

「おーフウカちゃん。ごめんね、負けちゃった」


 キュリアがゴルドを連れてきてくれたみたいだ。ゴルドは派手に吹っ飛んだらしく、服がボロボロになっている。一応、キュリアの方でも治療はしてくれていたみたいだが。


「いやー、にしてもびっくらこいた。あんな方法で躱されるなんてさ」

「……?」

「あー、キュリアの持っている魔杖ロッドは『次元超越ディメンション』と言ってな。これで描いた絵が数秒間具現化するという魔道具アーティファクトでもあるんだ」

「は……?」


 フウカが何を言っているんだ的な目線で私を見てくる。

 ……いや、その気持ちは分からなくもないけども。キュリアと長年一緒にいるせいか感覚が麻痺していたが、さっき私自身が言ったことは常識で考えれば眉唾物もいい所。むしろ、フウカのリアクションは正しいと言える。


「いやー、まさかのまさか。とはね」

「は……?」

「いや驚いたよ。左に避けてくれて占めたって思ったら、突然消えちゃうんだもん。あれって、そういうことっしょ?」

「え……それ、本当……?」


 フウカはいまだに信じられない様子だが、勘付いてはくれたようだ。

 そう。キュリアが魔杖ロッドで具現化させたのは、ゴルドが一番最初に見せてくれた、5秒間だけ任意の対象の時間を止められる魔道具アーティファクトだ。

 どう作戦を伝えたのかは……正直、賭けに近い方法だった。


———時間が止まればいいんだけどな…!


 キュリアの魔杖ロッドに、見せてくれた時計の魔道具アーティファクト。この2つを考えれば、何かに使おうとは誰でも考えつくかもしれない。

 あの発言だけで私の真意に気づくのは難しいが、キュリアの注意力と推理力なら受け取ってくれると思っていた。だがまあ、賭けに近い行為だったことには変わりない。

 そしてフウカが光線を発射したとき、私が合図を出してキュリアが魔道具アーティファクトを具現化させ時間を止める。そしてその静止した時間の中、太い光線を避けるだけだ。


「マジよマジ」

「うわあ……」

「うわあとはなんだ、うわあとは」

「あ……ごめん、本音が……」

「弁明になってないの分かってるのか…?」


 ま、スコークの人間でここまでの作戦を練ってきた彼らに、そこまで説明する必要もないだろう。

 それより、私たちは彼らに聞かなきゃならないことがある。


「なあ、そろそろいいだろう。少年について話してくれ」

「ん? ああ、はいは———」

「それなら、ワシが説明しまひょ」


 突如、聞き覚えのない声が後ろから聞こえる。振り返ってみると、そこにはやたらと黄色の多い男が立っていた。

 その男の両足には、ゴルドの光線を放つ魔道具アーティファクトのような武器が片足に1丁ずつ収納されていた。


「お前も、スコークの…?」

「ううん……知らない……」

「お二人さん、オイラの後ろに下がって」


 さっきまでヘラヘラしていたゴルドの顔つきが急変する。フウカも、僅かだが懐に手を近づけた。

 私はこの時、ゴルドが言っていた『伝言』を思い出していた。


———明日頃に大きな敵が攻めてくるはずだ


 キュリアに軽く目配せをして、戦闘体勢を取らせる。

 ひょっとしなくても、こいつが……?


「少年を知っているのか?」

「ああ、知っとる。ガキなら今———」


 そして男は、私たちに武器の先を向ける。


「ワシの上司と遊んどるよ」


 どうやら………この夜は、まだ終わりそうにない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る