第37話 3人の賢者
結果から話してしまうのならば、少年を探すための
謎の白骨死体が遺してくれていたであろう
そして一番の驚きだったのが、すでに夕方だったことだ。いつの間にこんなに時間が経ったのかと、自分自身を疑ったほどだ。慣れない環境のせいで、体内時計が狂ってしまっていたのだろうか。
———夜の
テレッタのこの一言により、私たちは大人しく白色町に戻ることになった。私としてはまだ探索を続けたいところだったが、ここは世界一の
そして私たちが白色町に戻ってきた頃にはすでに夕暮れ。ダガーいわく、超ギリギリの時間だそうだ。他の
彼らも、残念ながら少年を見つけることはできなかったそうだ。この一帯を知り尽くしている彼らが見つけられなかったのだ。ということは、この
(もう、ここにいる必要はないか……)
ここはハズレだ。私はそう結論付けた。
明日には、この
ちなみに、このことは既に帰り道でテレッタに話してある。テレッタは「そりゃ寂しくなるなー」と言ってくれた。たった2日間の付き合いだったとはいえ、ここまで協力してくれた彼女には感謝している。
だけど、実はこれがマズかった。今になって後悔していると言ってもいいだろう。テレッタに明日ここを出ていく、なんてこと言うんじゃなかった。
再三思い出されるが、
(デヴィス迷宮の攻略で疲れていて、うっかりしてたなんて言い訳にはならないよな…)
まあ、その、なんだ。言いたいことは十分にわかるとは思うが。
今のギルド内は、私たちの送別会で盛り上がっている真っ最中というわけだ。
「失敗したが飲むぞォ————!」
「マジ!? こんな高いの飲んじゃって良いワケ!?」
「団長の奢りだってさっき言ってたろ! 飲んじゃえ飲んじゃえ!」
ある場所では高級そうな酒をがぶ飲みしているし。
「おいコラてめえ、俺の足踏んだろ!」
「ああ!? 変なイチャモンつけてんじゃねえぞ!」
「なんだと! やんのかてめえ!」
「ほう…? 向かってくるのか、この俺に!」
「近づかなきゃぶん殴れねえんでなあ!」
「やれー!」「喧嘩だ喧嘩だ!」「ビーストに一票!」
別の場所では何やら乱闘の予感がするし。
しかもちゃっかり賭け事も開催されてるし。
「おうエルフ! 別れの場だ飲み明かすぞぉ!」
「ちょ……もう、マジで……無理ッスから……うっぷ」
「おいおいおいおい! もうダウンかあ!?」
「張り合いがねえぞ! それでも男かあ!?」
離れた場所ではトロアが死にそうになっているし。
ちなみにキュリアも女子グループに連行されていった。きっと、トロアや私よりかはマシだろう。私もついていけばよかっただろうか。
「わー! このジュース、美味しいのだ!」
「……この酒、思ったより美味いな」
「あーおいダガー! それは俺んのだぞ!」
「チマチマ飲んでる団長が悪い」
「あんだとー!?」
残念ながら、私はテレッタ達に絡まれているのでキュリアに付いていくことはできないのだが。
というわけで。別に頼んでも望んでもいないのに、いやむしろ止めてほしいまであるのに、騒がしいったりゃありゃしない送別会とは名ばかりの宴が始まっていた。
ホント勘弁してほしい。
「ああ、そうだエリーザ」
「なんだ?」
「お前、地下室でなんか見つけたろ。見せてくれないか?」
テレッタの言う地下室というのは、デヴィス迷宮の最奥部の部屋にあった空間のことだ。テレッタがベッドの下の床板を外し、偶然見つける事ができた空間。
私はそこで、隠されたメモを発見したのだった。
「ああ、あれか。そういえば渡してなかったな」
私はポケットから、そのメモを取り出し、広げる。
そこには、またしても何語かわからない文字が連なっていた。
「分かんねー。おーいダガー、くれてやった酒の分働けー」
「ああ? 急に呼び出しておいて何を言いやがる」
「ほれ」
テレッタはダガーにメモを投げ渡す。ペラペラの紙なのに綺麗に投げ渡せていることに、私はちょっとだけ驚く。
そして、メモに目を通したダガーはカリカリと頭を掻いた。
「あー……こりゃ古代オーガ語だな」
「お、俺の種族か?」
「そうなるな。んじゃ、読むぞ」
私たちはゴクリと唾を飲み込む。
何しろ、さっきまでは突破者0だったデヴィス迷宮の最も奥の部屋にある隠された地下室に隠されていた、たった一枚のメモなのだ。今にして考えてみると、とんでもない物を見つけてしまったと思う。
そこに書かれている情報というのは、一体どれほどの物なのか。私にすれば、全く想像がつかない。世界の手に入れ方とかだろうか。
そして、ついにダガーが口を開く!
「『完全クリアおめでとう!』」
「…」「…」
「そう書かれてるな」
「「は?」」
ボルテージが青天井で上がり続ける大宴会の中、私たちの周り———正確にはダガーを中心に———の温度が急激に下がり始める。
ああ、これが白けるってやつなのか。なんて思っていると、やはりテレッタはメモに手を伸ばし始めていた。
「お、おい団長、何する気だ!?」
「破く」
「いつになく冷静だなおい! だああ、落ち着けって! 冗談だからよ!」
「冗談?」
テレッタの動きがピタリと止まる。
ダガーは冷や汗を流しながら鬼を宥め、話に戻った。
「まだ続きがあるんだ。それを聞く前に破り捨てる気か?」
「冗談こいたお前が悪い」
「……それで、続きにはなんて書いてあるんだ?」
このままではどうにも話が進みそうにない。また話がこじれる前に、ダガーにメモの続きを読ませる。
……というか、まだ続きがあるってことは『完全クリアおめでとう!』の文章は本当にあるってことなのか。なんだか、肩の力が抜ける話だ。
ダガーが一回咳払いをし、メモに目を落とした。今度こそ、私は無理矢理にでも緊張したような空気を出してみる。
そして、再びダガーが口を開く!
「『3つが全て揃い鍵が創られし時、新世界への扉は開かれん』」
「新世界ィ? なんのことか分かるか?」
「いや…」
「書いてあんのはこれで全部だ。なんかのナゾナゾか?」
3つの鍵の意味もよく分からない。
確か、デヴィス迷宮も3の試練まであったが……何か関係があるのだろうか? それとも、あの最後の部屋にまだ何か隠されていたのだろうか。
と、そこに聴きなれた声が聞こえてきた。
「賢者……が関係しているかもしれませんね」
「キュリア!?」
顔をほんの少しだけ赤くしたキュリアが、いつの間にか私の真正面にいた。トイレに行くとか言って、例の女子会を抜けてきたらしい。
にしても、いつからいたのだろう。
「おうキュリア。あいつらから抜け出したのか?」
「ええ……少し、疲れてしまいまして」
「それよりキュリア、顔が少し赤いが……大丈夫か?」
「はい。少しは飲まないと、彼女たちが納得しないので」
「ああ、なるほど…」
「
「おめえも女だろ」
「女装させられてるだけだっ!」
実際に見たわけじゃないが、なんとなく情景が想像できてしまうのが怖い。
ここにいる
それより、気になるのはさっきの発言だ。
「それで、賢者……ってなんのことだ?」
「隊長は、『
「ああ、聞いたことはあるが…」
創世伝説。
遥か昔、この世界に種族と呼べる存在がまだ5種類くらいしかなかった程の昔の物語だ。もちろん、伝説は伝説。この物語が事実である証拠は何一つない。
簡単に創世伝説の物語を思い出すとすれば、今の世界が創られていく過程の最初の部分を切り取った感じの物語……だったと思う。
創世物語は、壮大ながら全体像のほんの一部の物語。今となっては、全種族が知る有名なおとぎ話だ。
「その物語に登場する、3人の賢者を覚えていますか?」
「ああ……確か、いた……かな……?」
剣や
名前くらいは聞いたことがあるものの、内容までとなると詳しくは知らない。いたような気もするが……ダメだ、よく思い出せない。
「あ! 自分それ知ってるのだ!」
「んん? ハヤテ、知ってんのか?」
「ダガーは知らねえと思うが、こいつはおとぎ話大好きだぞ」
「そうだった……か?」
ダガーが首を傾げる。
ハヤテは自慢げに、ふふんと鼻を鳴らす。
「心技体をそれぞれ
「つまり、『心の賢者』に『技の賢者』。そして『体の賢者』を合わせた3人のことです。創世伝説の序盤にしか登場しない、ただのサブキャラ的存在なんですが……」
「ちょっとだけ、ワケあり? なのだ!」
キュリアとハヤテの話を要約すると、次のような感じになる。
3人の賢者は、この世界を創り上げるための基盤を作った人たちらしい。日々世界を創り上げることに奮闘していた。
しかし、彼らにも夢があった。
心の賢者は、完全なる魔法の完成を。
技の賢者は、新たなる世界の創造を。
体の賢者は、数多なる種族の繁栄を。
それらが無事に叶ったのか、結局成されずじまいなのかは定かではないらしい。そもそも3人の存在自体が、ただのおとぎ話だ。
「でも、もう1つ。その3人にまつわる逸話があるんです」
「逸話?」
「『ある物から3人の
その逸話をそのまま受け取るのなら……賢者がそれぞれ持っている
「ふーん……その『ある物』がどうしたってんだ?」
「団長は鈍いな、相変わらず……」
「んにゃろー! じゃあ説明してみろ!」
「ったく……その『ある物』ってのが、このメモで言う『鍵』ってことだろ」
ダガーの言うとおり、だと私も思う。
あくまで、創世伝説やその逸話を信じればだが。
「ま! 不思議なお話だってことか!」
「団長お前、頭使うのダルくなっただけだろ…?」
にしても、何か忘れてる気がする。
うーん、なんだったか…?
(あ……そういえば)
私はポケットに手を差し込んだ。そういえば、デヴィス迷宮の最後の部屋で見つけた物はメモだけではなかったな。あの部屋にあった机の中の古ぼけたノートがあった。
ここにも、何かしらの情報が入っているのだろう。私たちには関係のない情報だろうし。
「テレッタ。実は机の中でこんなものも見つけていたんだが……」
「…! お……おい、なーに隠してんだよ!」
「いや、別に隠してなんかいないが……」
「まったく……で、そこには何が書いてあるんだ?」
「さっぱりだ。これも、古代文字で書かれている」
私はノートをパラパラとめくり、流し読みを試みるが、古代文字が分からない私には無理だったようだ。
(ん…?)
ページをめくった時、何かが一瞬だけ視界に映り込む。どうやら、ノートに挟まっていたものが落っこちたようだ。色がついていなかったら、気づかなかったかもしれない。
落ちたものを拾おうと、椅子の下に手を伸ばす。ほんの少しばかり大きい粒のようだ、それが2つ落ちている。
(これは———)
「隊長!」
キュリアが、突然大声をあげた。
落ちていたものを急いで拾い上げ顔をあげる。キュリアは驚いたような表情で、ギルドの入り口あたりを指差していた。
その方向に視線を移すと、そこには1人の男性が立っていた。
「!?」
その男性の顔は遠くからではハッキリとは分からなかった。
だが……その男性の額には、片方が折れているが一対のツノが生えていた。
(毒の魔法を使う、あのデーモン!)
少年と初めて出会ったあの日。
少年に初めて救われたあの日。
私たちを
デーモンの男も、私たちの視線に気がついたようだ。ニヤリと笑ったかと思うと、その男はギルドから飛び出してしまう。
「追うぞッ!」
「はい!」
呆然とするテレッタや
その時。
「あ! いたぁー!」
「げっ…」
キュリアがいない時間が長引いてしまったのか、先ほどキュリアを女子会に連れ込んで行った女性
流石の俊敏さで、キュリアはあっさり捕まってしまい、なぜか私も彼女たちに捕獲されてしまう。
「こんなところにいてーもー! ほらっ、キュリアさん戻るよ!」
「あ、ちょ…は、離してくれ!」
「ほら、ついでにエリーザさんもいらっしゃい?」
「悪いが、急用ができたんだ! 少しだけ席を外す!」
「おー、おー。モテモテだなあ、おふたりさんは」
テレッタの小馬鹿にしたような声も、女性
このままでは、せっかく向こうから来てくれたというのに見失ってしまう!
「ほぉら。こっちにいらっしゃい? 一緒に飲みましょう?」
「た、頼む……行かせてくれ…!」
思ったよりも彼女たちの力が強い。少しでも気を抜くと、あっという間に連行されてしまいそうだ。
(しかたない…!)
私は辛うじてキュリアに目配せをする。キュリアも、私の意図を汲み取ってくれたようだ。
私とキュリア、同時に魔力を放出する。
「【魔風】!」「【
キュリアが女性
この魔風はただの風ではない。これを受けた者は、魔力の壁が自分の体の中を貫くような不思議な感覚を味わう事になる。いわば、ほんの一瞬だけ魔力酔いに陥ったような感覚。
吹き飛ばされなかったとしても、奇妙な感覚に少しはたじろいでしまう事だろう。キュリアが目潰しをしてくれたおかげで、視覚以外の感覚が少しだけ敏感になり効果も倍増だ。
「今だ行くぞっ!」
「はいっ!」
一瞬の隙をついて、私たちは一斉に駆け出した。キュリアもしっかりと自分の
「あ! 逃げるぞ!」
「「「「「追えーっ!!!」」」」」
くそ、このまま彼女たちが付いて来てしまうのはマズい。どうやって振り切ったものか……
「おうお前ら! この先に通りたきゃ、この俺をぶっ飛ばしていくんだなあ!」
「おい団長! 突然何を———」
「チャンスッ! 団長さんを倒せーッ!」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
テレッタが突然机の上に飛び乗り、女性
心の中でテレッタに感謝を言い、そのまま出口へ走る。すると、突然机の影から人影が飛び出してくる。
「うおっ!?」「わぁっ!?」
飛び出して来たのは、どうやら男の子のようだった。
私は急いで立ち上がり、男の子をしっかりと立たせる。
「大丈夫か? どこか怪我していないか?」
「はい……すみません、飛び出しちゃって」
「そうか、良かった」
「隊長、早く!」
「ああ! それじゃあな!」
謎の妨害を受けながらも、私たちはギルドから飛び出した。
▼
ある空間。
暗いのか明るいのか、わずかな照明だけが存在する空間。
そこに、3人はいた。
「……いよいよだ」
そのうちの、黒い髪をした男性1人が口を開く。
重々しい空気が、その空間には充満している。
「ったく、なーんでワシまで駆り出されなあかんねん。あんたらだけですりゃあええやろ」
「それもそうだが、少し問題が発生した。どうやら、舐めてかかっては奴の二の舞になりかねない」
「ケッ」
黄色い髪をしている男性が悪態をつく。
「アイツ、あないに自信満々で出てったっちゅーのに。あっさりやられてしもて……ったく、おかげでこっちはてんてこ舞いや」
「私たちにつながる痕跡を何も残さなかったことだけが、彼女の唯一褒めれる点ですね」
何かを弄りながら、眼鏡をかけた女性が冷たく言い放つ。
この空間には、この3人しかいないようだ。それぞれの発言は冷たく壁に反射して、静かに消える。
「んで、アレが3つ集まってるっちゅー情報は、ホンマなんか?」
「さあな。最低でも、1つはあるだろう」
黒髪の男性が、ゆっくりと立ち上がる。
そして暗い窓の向こうの景色を見ながら、呟いた。
「………時間だ。返してもらうぞ」
その男性の瞳の先には、1つの町。
真っ白に染まりながらも活気を見せ続ける街が、広がっていた。
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