第36話 遺しもの
「なんだこれは…」
ベッドに身を埋めるようにして横たわっている、白骨化した死体。
ポッカリと2つの大きい穴を開けた頭蓋骨が、こちらを見るようにして沈黙していた。
「どうした、何があった!」
本棚を調べていたテレッタが飛び出てくる。そして当然、テレッタも私と同じようにその死体を目にした。
だが、さすが
「ありゃりゃ…仏様の部屋だったか。南無南無」
「…トロア、いつまで座ってるんだ。お前はそんなにビビりだったか?」
「布団めくったら
よほど面食らったのか、プルプルと立ち上がり私を盾にするように隠れる
死体をあちこち弄るテレッタに、私は一応だが聞いてみることにした。
「テレッタ、この死体に見覚えは?」
「あるわけないだろ?
「まあ、そうだな……ん?」
よく見ると、頭蓋骨が乗っかっている枕が不自然に盛り上がっていた。子山羊みたいに情けない奴は放っておいて、枕の中に手を伸ばす。
ガサゴソと探っていると、コツンと固い何かが指先に触れた。それは球体のようだった。手を引き抜き、引っ張り出してみる。
白乳色の球体……何かのオブジェだろうか?
「ん? なんだそりゃ?」
「枕の中に入ってたものだ。何かのアイテムだと思うが……」
「ふーん…」
テレッタに謎の球体を差し出す。テレッタも球体を受け取ったのち、くるくると手首を回して観察するが、唸ったままでそれがなんなのか分からないようだ。
観察に飽きたのか、彼女はそのアイテムをポンポンと片手でお手玉のように投げる。こっちは心配するだけ無駄と分かっていても、落としてしまったらとヒヤヒヤだ。
「ダガー!」
「何だよ団長、なんか見つかったのか?」
「まあな。これ、なんだか分かるか?」
テレッタが出口にいるダガーに向かって球体を投げる。こちらのヒヤヒヤのボルテージも最高潮だ。
ダガーは放り投げられたソレを危なげなく片手でキャッチし、先ほどのテレッタと同じように隅々まで観察した。
「団長、これどこにあったモンだ?」
「枕の中だとよ。寝にくそうだってのに、なんでンなとこにあったんだ?」
「それほど重要なアイテムってことじゃないッスか? むしろ、そうじゃなかったら意味わかんないッスよ」
「確かになっと……」
ダガーは手持ちの袋からルーペのようなものを取り出した。それを片目の前まで持っていき、球体をマジマジと見つめる。
後で聞いた話では、それは『
「かなりの魔力が内蔵されてるな……どこかに繋がってるのか? もしかしたら……」
「解析、まだ終わらないのかー?」
「やってるっつの。犬っころは黙ってろ」
「ダガーまだかー?」
「団長も大人しくしてろ」
ダガーは常にメンバーに冷たい、というか過剰に厳しい。団長であるテレッタにもこの言いようだ。まあ、見方によってはそれほど仲の良いパーティーなのだろうが。一体、この3人はどこで知り合い今に至るのだろうか。……少し気になるな。
そうこうしているうちに、ダガーの解析が終わる。
「解析終わったぞ。こりゃあ多分、
「
「ああ。それも、外と繋がってそうなんだが……どこに繋がってんのかは分かんねえな」
わざわざ帰り道を準備してくれていたとなると、この人物は私たちに———というより、ここにたどり着いた人たちに———何かを教えたかったのだろうか。
となると現時点での一番の収穫物は、先ほど机の中から見つけた手記くらいだろうが……
(このベッド……よく考えると位置が変だな…)
実際がどうなのかはわからないが、ベッドというのは部屋の隅と言った場所に置くのが普通ではないのか? それこそ、角に合わせるように置くといった事はあったりなかったりするだろうが、どこかの壁に接するようにベッドを置きたがるものだろう。
だというのに、この部屋にあるベッドは部屋の中心に鎮座している。いくらなんでも、部屋の中心にベッドを置くなんて不自然だ。
「おいトロア、このベッドの下とかは見たのか?」
「いや、そこはまだッスけど…」
「調べてみよう。動かすぞ、手伝ってくれ」
「えぇ〜〜〜〜!?」
見るからに嫌そうな顔をするトロアだが、知ったことではない。強引に引っ張り出して、ベッドの反対側を持たせる。そしてゆっくりと持ち上げて横にずらし、これまたゆっくりとベッドを下ろした。
ベッドの位置にあった場所を確認するが、そこには何も無かった。私の見当違いだろうか? ベッドを中央に置くことに、何かしらのこだわりがあるものだと思っていたが……
トロアも不思議がってベッドの裏側を覗き込むも、首を横にするばかりだった。やはり考えすぎだっただろうか。
「おいエリーザ。この床、外れるぞ」
「なに?」
テレッタが指さしたのは、なんの変哲もないただの床板だった。特に他と変わっているところはないが……
「よっと」
テレッタが勢いよく床板の隙間に指を差し込み、思いっきり引き抜く。床板がガゴッと音を立てて引き抜かれる。
するとそこには、人一人どころか何人も入れてしまいそうな空洞が広がっていた。
「地下室、か」
「ベッドで隠そうとでも思ったのかねえ。にしても暗くてよく見えねえな」
「俺、こういうあからさまな場所苦手なんスよねえ…」
私たちは嫌がるトロアを引っ張り込みながら、地下室の中へと入る。この地下室には階段や梯子があるわけではなかったため、飛び降りざるを得なかったがそこまで深くはないようだ。
大体、一階層分程度の高さしかない。明かりなどの類もどこにもなく、まるで地下牢を
「しっかしここは暗いなあ。物もまともに見れやしねえ」
「トロア、精霊術でなんとかならないか?」
「うーん、
「エリーザ、火の魔法でなんとかならねえのか?」
「私は魔法を使えないんだ」
「マジ?」
「マジだ」
魔術と精霊術は似て非なるもの。魔術は魔力で生成するのに対し、精霊術は
まあ、本当に小さな魔法ならばできるらしいが、本当に小さな力らしい。
「てか、俺の魔法でなんとかすりゃいいじゃないスか」
「は?」
「あいや、だから俺の魔法で———」
「お前、魔法使えたのか?」
「辛辣ッス!」
素で驚いてしまった。あのトロアが、魔法?
イメージ破りにも程があるだろう。
「俺、魔法も使えない男だって思われてたんスか…?」
「だってお前、私たちの前で魔法を使ったことがないじゃないか」
「確かにそうッスけど……戦闘の時は使わないだけで、普通に使えるッスよ」
「そうか…」
なんか、意外だ。てっきり、精霊術を使えることで全てに満足しているものだと思っていたが……。魔法というものを使うには、少なからず勉強が必要だ。
魔力に属性を与える方法も知っていなければならないし、それを思いのままにコントロールする訓練だって必要になる。
トロアの嫌いなものベスト2が揃っているものだから、てっきり怠けて魔法もロクに扱えないものだとばかり。
(………くう)
なんだか、知らぬ間に追い越されていた気分だ。もう気にするほどではないが、私は再び魔法を扱えない我が身を軽く呪った。トロアに負けるのは、あまりにも
「よいしょっと……これでいいッスか?」
トロアが掌を天井に向け、その上に大きな火の玉を出現させる。キュリアがいつも見せるものと比べれば随分と小さいが、この部屋全体を照らすのなら十分だろう。
「……ああ、大丈夫だ」
「な、なんスか…?」
「プクク……」
笑ってくれるな、テレッタ。もう終わった話なのだから。
頭の中でトロアをタコ殴りしながら、部屋全体をゆっくりと見回す。だが、この地下室にはポツンと引き出しのない机と本があるだけだった。
「んー? なんだありゃあ」
テレッタが机に近づき、本を開く。
その瞬間、どこからかカチリと音がなる。
「「「あっ」」」
私たちはこのデヴィス迷宮という
そして、デヴィス迷宮の最深部までたどり着いたからこそ分かる。この「カチッ」とか「ガコン」とかの音が鳴ったときは、絶対に良からぬ事が起こる事くらいは。
そして私たちの電流のように流れた不安感は、上で待機していたキュリアの叫び声で大正解だったと知る事になった。
「隊長、部屋が崩れつつあります! 早く上がってきてください!」
「団長! 結構ヤバいのだ〜!」
「テレッタ! その本を持って行くぞ!」
「いやその必要はねえ! この本は本じゃなくて空箱だ、ただのトラップだったってわけだ!」
どうやら、あの通路の時のように空間が崩れているらしい。叫ぶ暇があるということは、先ほどよりはゆっくりと崩れているようだが……時間の問題だろう。
「エリーザさん! 早く行きましょうッス!」
「いや、私は少し気になる事がある! 2人は早く上がれ!」
「えっ———」
「合点承知!」
「ちょ、テレッタさあああ!?」
テレッタがトロアを抱えてひとっ飛びする。その跳躍力は、軽々と上の階へと到達するくらいだ。さすがはオーガ、力強い。
とはいえ、私も早く脱出しなければならないが……この部屋、どこかおかしい。テレッタはあの本はただの箱だと言っていた。つまり、この部屋には罠しかなかったという事になる。
(ただ罠を置くためだけに、この地下室を作ったわけがない…!)
不可思議な事、理に合わない事には製作者の意図や思惑が必ず存在する。この部屋が罠を設置するだけの部屋であるはずがない!
「どこだ……!」
「隊長、早く!」
部屋に不審な箇所は無い。机と本もどきがあるだけだ。どこにもそれらしきものは見つからない。
「エリーザ、もう限界だぜ! さっさと戻ってこい!」
「エリーザさん、そこには他に何も無いッスよ!」
(———!)
トロアの言葉を聞いて直感のような何かが、私の脳裏を掠める。
そう、この部屋にはこの2つのもの以外には何も無い。だが、これだけなはずがない。となれば……
(内側か!)
剣を引き抜き、机を真っ二つに切断する。その机の内側は、小さな空洞が存在していた。そしてその空間にメモ用紙のようなものがあるのを、私の目が捉える。
引き出しがないことから気付きにくかったが、この机こそがこの部屋の宝箱だった。私はそのメモを奪うようにして取り、思いっきりジャンプする。
(【
魔力で一時的な床を生成し、それを蹴って二段ジャンプする。私がいくら身体能力で他種族に劣るエルフであるとはいえ、ここまですれば一階層分の高さくらい簡単に超える事ができる。
そして、下のへやに戻ってきた時にはもうすでに完全に崩れ去る寸前だった。
「ダガー、割れぇ!」
テレッタが叫び、ダガーの手によって枕の中から見つかった白乳色の球体が粉砕される。そして、私たちはガラガラという音を後にして……
▼
なんだか、いつもの空気が嘘みたいな感じだ。
お酒飲んでダラダラしているシノアさんも、僕に巻きついて離れなかったエトラスさんも、帰ってきたばかりのエリジェントさんやミルタさんも、今はビシッとしていてなんだかカッコイイ気がする。
いつもの姿を知っているから、そんなことを思うだけかもしれないけど。
でも、それも当然かもしれない。
なぜなら、今はファーザーさんが「大事な話がある」と言って、『スコーク』のメンバー全員を集めたのだから。1人だけは、どうしても来られないみたいだけど。
(僕の知らない人も、2人いる……)
あの2人は誰だろう。小さな男の人と、犬っぽい耳の女の人。
ひょっとしてペアなのだろうか。『スコーク』は、
「君たちに、大事な話がある」
ファーザーさんが遂に口を開く。みんなの空気が、より一段と冷たく固まったような気がする。
「彼からの連絡が、先ほど入った。リーフ御一行は、遂に3の試練を突破した」
「マジ…?」
「さっすがー。アタシの読み通りだねっ!」
「エトラスちゃん、今は静かにしておきなさい」
「うぅ、ごめーん」
エリジェントさんも、今ばかりは柔らかに笑ったりはしなかった。よほどの緊急事態……そう思って、いいのだろうか。
それに、話は聞いてたけども……本当にエリーザさんたちがデヴィス迷宮を攻略しちゃうなんて。
(やっぱり、凄い、なあ…)
心配するだけ、無駄だったみたい。本当によかった。
「それにより、我々が今いるこのアジト…というよりは、デヴィス迷宮は崩壊する」
今、僕らがいる『スコーク』のアジトの場所というのは、まさにデヴィス迷宮の内部だった。その1の試練は、暗闇の中で道を踏み外すと魔蟲に襲われ死んでしまうというものらしい。
アジトがあるのは、その暗闇の隙間とも呼べる空間。ここなら、誰からも襲われることもないらしいし、出入りも
それより、僕が一番気になっていたのはエリーザさんたちのことだった。デヴィス迷宮が崩れるのに、みんなは無事でいられるのだろうか。
そんな僕の不安に応えるように、ファーザーさんは微笑む。
「安心しなさい。彼女たちは無事だろう」
「よかったですね、シュウさん」
「うん…」
ミルタさんが小さく話しかけてくれる。
本当によかった、ファーザーさんがいうってことは大丈夫なんだろう。
「そして、ここからが大事なことなのだが……そろそろだ」
「遂に、か。想像以上に早いな」
「来ちゃったか〜…」
ミルタさんやエトラスさんが反応する。他のメンバーたちもファーザーさんの言葉の意味を理解しているようだけど、僕にはチンプンカンプンだ。
一体、何が始まるんだろう? 僕の知らないところで、一体何が起こっているんだろう?
「シュウ君。君にはまだ、ここに連れてきた理由を話していなかったね」
「え…あ、うん…。そう、だね…」
考え込んでいたところに突然話しかけられ、びっくりしてしまった。確かに、僕はここに連れてこられた後、『スコーク』という集団がどんなものなのかを教えてもらった。
でも結局、どうして僕を誘拐したのかは教えてくれなかった。「しばらくはくつろいでいてくれ」と言われるばかりで、何も教えてはくれなかった。
「私は、君の肩書きを知っている」
「…!」
肩が跳ね上がった気がした。
そんなはずはない、だって僕は完璧に逃げられたはずだ。
確実に撒けたはずなんだ、僕を追える人なんていないはずなんだ。
……僕の事を、完全に知っている人なんて———
「君は『———』だ。そうだろう?」
全身が生き埋めにでもされたかのように固まった。
どうして? なんで?
僕の事を知っている? この人は誰?
呼吸が停止する。思考が凍る。
(だめ…!)
フォルテルで、リノアさんに見破られた時と同じ感覚だ。
大きく静かに呼吸をして心を落ち着かせる。呼吸を再開させる。
でも、僕の疑問は洪水のようにまた溢れ出してきた。どうしてファーザーさんは、その事を知っているんだろう?
その事を知っているのは、僕とアインズさんだけのはずだ。
(まさ、か…)
脳裏に、電流のような直感が走る。
リノアさんこの人は、ひょっとして———
「シュウ君、君の想像通りだ。私は、元看守だよ」
「…ッ!」
「だが心配しなくていい。私は君の敵じゃない。それだけは信じて欲しい」
「……嘘、吐いて、ない…?」
「ああ。…信じてもらえるとは、思っていないがね」
ファーザーさんは、そう言って苦々しく笑った。
確かに、信じてなんかいない。信じられるわけがない。
僕の気持ちなんて知らないで、ファーザーさんは勝手に喋り始める。
「私は君の力を知っている。そして今、もう間も無く巨大な敵が動き出す。彼らにとっての鍵は、まさしく君なんだ。だから君は自衛できるようにならなきゃならない。私の目測では、今の君はあまりにも弱い。その力を扱い切れていない」
「…」
「君はもう、我々の家族だと勝手に思っている。我々からすれば、家族をもう2度と失うわけにはいかない。君を拐ったのは、君を奴らの目から隠すため。君を守るためだ」
「…」
「だが、もうそんな事も言えなくなってしまった。状況が変わったのだ。大きな戦いに、君は必ず巻き込まれる。君の大切な人たちも、同様にだ」
「…」
「死者だって大勢出てくる。我々にも限界がある。だからこそ、君に教えたいのだ。自分を、家族や友達を守る術をね」
ファーザーさんは自分勝手に
僕は、未だに半信半疑のまま聞いているだけだった。でも、なぜか僕はファーザーさんの言う事が、出まかせや嘘にはどうしても聞こえなかった。
そして、ファーザーさんが最後に僕に言った言葉は、僕が一番やりたくない事だった。
「君に、その力の特訓を受けてもらう」
僕は、この力が大っ嫌いなのに。
そんなことくらいは、知ってるくせに。
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