第35話 ここに眠る

「ただし、私が引きつけます。サポートを頼みます!」

「あ、おい!」


  テレッタの静止を払い除け、敵に向かって走る。ガリガリと魔杖ロッドが音を立てて床を削り、一本の線ができていく。

 突如として、敵の姿が消える。瞬間移動だ、私は魔杖ロッドを深く突き刺し急ブレーキを踏む。即座に方向転換してまたしても直線的に走るが、敵がどこに跳んだのかはもはや見当もつかない。だが、それについては問題ない。


「【軽殴ジャブ】!」


 テレッタの声が頭上で響く。小回りを利かせるため、力のあまり入っていないパンチだというのに私にまで風圧が届くほどだ。さすがオーガと言ったところだろうか。


(走れ…! 直線的に、縦横無尽に!)


 敵は攻撃の手を休めない。一撃離脱ヒット&アウェイの習性すら崩し、私とテレッタは瞬間移動による正真正銘の360度の攻撃を耐え忍ぶことを余儀なくされた。

 私だって、ただ守られているだけではない。走りながらでも、魔法をいつも通りに発現させることなど造作もない。


「【氷山アイスバーグ】っ!」


 魔杖ロッドの力をも借り、偶然目の前に現れた敵に大きな氷山アイスバーグを打ち込むが、あっさりとかわされてしまう。


「なあキュリアっ! 走り回らずに立ち止まるって手は無えのか! これだと、何も描く暇なんてねえだろ!」

「いえ! 敵はもうこの魔杖ロッドを学習している可能性が高い!」


 敵は明らかに、パターンを変化させるタイミングを見極めていた。学習能力が微量ではあるがあると見ていいだろう。この敵を次の段階に進ませてはいけない。さらに、次の段階を見透かしているともバレてはいけない。

 故に、バレることのないように今の仕様の隙を突くしかない!

 そして、時は……満ちる。


「テレッタさん! 私から離れてください!」

「何を———」

「今すぐッ!」

「———おう!」


 魔杖ロッドを地面から離し、自分の周りを円を描くように振るう。こうすれば、敵は攻撃を受けまいと瞬間移動をするだろう。しかも、その射程にはテレッタはいない。

 だから、次に瞬間移動してくると考えられる場所は……


「キュリア、上だぁ!!」

「大丈夫……」


 魔杖ロッドを振るった時に放出していた魔力に、炎の属性を与える。

 瞬く間に、私の周りには炎のアーチが完成した。


「【重炎槍フレアランズ】!」


 アーチから放たれた炎の槍が幾重にも重なり、敵を襲う。さらに炎のアーチによって私の周りにもその魔法は継続して出現している。

 当然、このような攻撃に敵は当たってくれない。だが、これで私から離れざるを得なくなった。


(製作者が、次に裏切りそうなことは……)


 私は悪い意味でも真っ直ぐな人間だ、そのくらいの自己評価はできる。トロアの発想の逆転にはいつも驚かされるし、隊長の戦略性やそれを実行できるほどの覚悟には追いつけそうにもない。

 それだけ、私の思考は読みやすい。私にとっては、敵を欺いたり出し抜くということはあまりに苦手だ。


 だからこそ、分かる。敵の思考や考え、作戦が分かる。

 特に、『私たちの決めつけや作戦を逆手にとる』製作者の狙いならば、完璧に分かる。

 なぜなら、私の単純な考えこそが制作者の狙いなのだから!


———別の何かでゴーレムの目の部分を塞ぎさえすれば、それで済む話だ。


!)


 ならば、視力を奪う旨の作戦は取ってはいけない。

 だからこそ、罠を仕掛けた。地面の至る所に描いた、ジグザグとした直線。パッと見ただけでは、それが何を表しているなどわかる筈もない。


 地面に手をつき、叫ぶ。

 魔杖ロッド魔石コアが、赤い輝きを放つ。


「【次元超越ディメンション】!」


 ジグザグの直線群が、具現化する。

 雷魔法などよりさらに強力———『』に!



   バチイィィッッ!!!



 先ほど感じた違和感。砂埃の中放った、電槍ボルトランスがゴーレムに直撃した瞬間。

 私の魔力が、複雑な動きをしていた。電の属性を与えられた魔力とはいえ、伝導性が高い方へと流れていく。そして、複雑怪奇な魔力の動き。

 私は以前に、それによく似た構造のモノを、隊長から聞いている。


(やはりアレは、機械人形アンドロイドだった!)


 奇妙な魔力の動きは、

 機械人形アンドロイドの動力源は、隊長が言うには電気。ならば、その動力源を過剰すぎるほどに与えたならば、どうなるのか。

 それは、目の前の光景が答えだ。


   ガ………ガガ、ガ…………


 。それが過電圧による結果だった。

 だが相手は未知の技術だ。もしかしたら、少しの時間があれば勝手に直るかもしれない。

 だが、そのが命取りだ。


「よくやったキュリアぁ!」


 テレッタの追撃は、瞬時に行われた。

 一歩。テレッタの踏み込みは、地面を派手に砕いた。

 二歩。衝撃波だけを残し、テレッタの姿が消える。

 そして三歩。もはや、機械人形アンドロイドに逃げる時間などなかった。


「【三歩必殺】!!!」


 砂埃が視界の全てを覆い、今までに聞いたことのない轟音が響き渡る。それがテレッタが何かを殴った音であると分かるまで、しばらくな時間が必要だった。

 数十秒後、視界が開けた時に私の目に映ったのは、満面の笑みを浮かべるテレッタとただの鉄塊スクラップだけだった。



   ▼



「お、あったぜ。これじゃねえか?」

「……みたいですね」


 私たちの最後の予想外というのが、機械人形アンドロイドを倒しても次の部屋に進めるわけではないということだった。

 てっきり、敵を倒せばどこかが開くと思っていたが……どうやら『鍵』が必要だったようだ。


 この円形闘技場コロッセウムをよく探索し直すと、壁のある場所が不自然に盛り上がり、奥の見えない隙間になっていた。ぱっと見だと剣などの刃物で斬り付けられた後に見えるが、どうやらそうではないらしい。

 つまり、この横長の隙間に何かを差し込めばいいというわけだが……


 当然、私たちは地面に無残にも散らばっている鉄塊スクラップを見やり、一筋の冷や汗を流す。


 テレッタが最後の最後に放った技は、彼女がいうには正真正銘一撃必殺。

 オーガ特有の特殊技能は、通称で言うのなら衝撃一点集中インパクトフォーカスだ。衝撃の分散を極限まで抑える、オーガ特有の絶大な威力を発揮する力技だ。

 そんな超絶パワーは、たった一発だけで鉄の体をこうも無残にしたのだ。もしその『鍵』が壊れていれば、私たちはここに閉じ込められることになる。


———えーっと………

———テレッタさん………

———お、俺のせいかぁこれ!?


 やはり3の試練の扉に書いてある古代文字を読めなかったことが災いしたのだろうか。そう重く考えているところに、テレッタが「と、とりあえず探してみようぜ!? ひょっとしたら無傷かもな!」と言い出し鉄塊スクラップ漁りが始まったのだった。


 どうやら、私の不安は思い過ごしだったらしい。鍵は機械人形アンドロイドの体内で厳重に保護されていたため、あれほどの衝撃を受けてもヒビが入った程度で壊れてなどいなかった。


「にしても変な鍵だなぁ。薄い板って感じがするが……」

「きっと、この隙間に入れるのでしょう。何かの魔道具アーティファクトかもしれませんね」

「まったく、魔道具アーティファクトってのはなんでもありだよなあ」


 テレッタは薄い板を隙間に差し込んだ。しかし、押し込まれた板は隙間の途中で止まってしまう。

 「ん?」とテレッタが呟いたと同時に、板は勝手に中に取り込まれてしまった。そしてピピッと高い音が鳴ったかと思うと、板が隙間から排出される。


「……なんだ?」

「とりあえず、持っておきましょうか。何かに役立つかも———」


 次の瞬間、聞き覚えのあるゴゴゴという音が辺りに響いた。

 歯車の回る音だ。そういえば、このデヴィス迷宮は自然に発生したものではなく人工的に生み出された迷宮ダンジョンだったか。

 円形闘技場コロッセウムの壁の一部が地面に吸い込まれていき、新たな通路がついに現れる。


ぅ……」

「おいおい、大丈夫かよ」


 突然、思い出したかのような痛みに襲われる。どうやら、この戦いで私が負ったダメージは想像以上に大きかったようだ。身体中の痛みで、私は座り込んでしまった。

 思えば、戦闘でここまで激しく動いたのは久しぶりだ。基本は鉄則通り、私はトロアや隊長のアシストをする支援部隊サポーターに徹している。前線で暴れるというのは非効率だし、最悪のケースでは前線部隊アタッカーの邪魔になりかねない。

 ただ魔術師ウィザードにも体力は重要であるため、疲れているというわけではないが……いかんせん、防御力に難ありのようだ。


「仕方ねえな。ホレ、肩でも貸そうかい?」

「いえ心配には及びません。魔杖ロッドは、ちゃんと杖の代わりにもなりますから」

「そうかい。便利だねぇそりゃあさ」


 特に痛む箇所を確かめながら、ゆっくりと立ち上がる。やはり、背中が一番ダメージが大きい。無理に上半身を動かさないよう、杖を突きながらゆっくりと歩き出した。


「やれやれ……お堅いねぇ」


 テレッタの呟きを聞き流しつつ、通路を歩いていく。そしてたどり着いたのは大広間だった。

 そこにいたのは……


「キュリアさん! 無事だったッスか!」

「キュリア、無事でよかった」

「ガネッシュ……それに隊長。そちらこそ、よくぞご無事で」


「生きてやがったか、団長」

「自分は全く心配してなかったのだ!」

「おお、お前ら!」


 砂埃まみれの仲間たちだった。

 その大広間には私たちが通ってきた通路の他に、またしても横長に空いた隙間が付いている扉と、崩れたばかりであろう通路だったものの、3つの通路があるようだった。


 おそらく、隊長たちもとんでもない罠を掻い潜ったばかりなのだろう。きっとこの大広間は、合流地点のようなもの。

 私は皆さんの顔を見たからだろうか、心の中に安心感が広がっていき……


 痛みが覚醒し、その場にドサリと座り込んでしまった。



   ▼



 目の前でキュリアが呻き声を漏らしながら座り込む。エリーザは慌ててキュリアのもとへと駆け寄った。


「キュリアさん!?」

「お、おいキュリア! どうした!」

「あー、戦闘中に背中をしこたま打ってなあ。俺が思っていた以上に打ちどころが悪かったらしい」

「戦闘……?」


 そして私は、キュリアとテレッタの方で起こった出来事のあらましを聞いた。

 円形闘技場コロッセウムのこと、キュリアの持つ魔杖ロッドの能力。そして何より敵だったという機械人形アンドロイドの存在。


(だが……私と少年を襲った機械人形アンドロイドとは明らかに違う…)

「おいおい、そっちのことも教えてくれよ。気になるしさ」

「あ、ああ……」


 そして私はテレッタの大体のあらましを教えた。

 最終的に出口の方からの崩壊をなんとかしてくれたのは、またしてもトロアだ。彼の精霊術の一つ、土霊ノームの力で持っていた短刀を投げ、出口を塞ぐ瓦礫を粉砕した。

 そして風霊シルフの加護を受けている私たちは、再び瓦礫が逃げ道を塞ぐ前に脱出できたというわけだ。

 トロアがいなければ、私たちは遥か前には既にぺしゃんこだっただろう。


「なるほどなぁ……手のこんだ仕掛けだこと」

「それより…キュリアの様子はどうだ? トロア」

「うーん……きっと、背骨にヒビが入ってるッス。なんでこれで動けるんスかねぇ……」

「そうか…」


 回復薬ポーションなら、私がしっかり持っている。だが、回復薬ポーションは肉体を癒してくれるが、骨をどうにかするには少し役不足だ。

 となると……


(仕方がない、か。できれば、他の者の目があるときに使いたくはなかったのだが………)


 私は、懐から1つの小瓶を取り出す。その中には、薄い紫色の液体がちゃぷんと揺れていた。私たちエルフの故郷でもある魔の森マナ・フォレストの主、アインズから貰った少年お手製の上等回復薬ハイポーションである。

 もしかしたら、上等回復薬ハイポーションなら骨に対しても効果があるかもしれない。それを、キュリアの口元に近づけていく。


「ん? なんだそれは?」

「まあ……回復薬ポーションってところだ。キュリア、飲め。ただし、一気に飲み込めよ」

「はい…」


 キュリアが口を仰ぎ、そこに一気に上等回復薬ハイポーションを流し込む。

 この上等回復薬ハイポーション、効果は絶大なのだが味がかなりの曲者だ。毒の魔力が蔓延しているという魔の森マナ・フォレストの西側から採れた薬草を使っているため、苦味やエグ味は拭い切れていない。

 味を知ってしまったが最後、再び口にするのには覚悟がいる。


「——!?」

「吐くなよキュリア、なんとか堪えるんだ!」

「———! ————………」


 想像外の味に、キュリアは目を見開き手で口を押さえる。なんとか味には耐え切ったようだが……問題はこの次。


「うぐぁ……!?」

「堪えろキュリア! もう少しだ!」

「え、エリーザさん!? 何を飲ませたんスか!?」


 のたうちまわるキュリアを軽く押さえつけつつ、励ましの言葉を送る。この上等回復薬ハイポーションは飲み終わった後、まるで身の内側からかれるようなとんでもない苦痛を強いられる。

 だが、もうすぐそれもおさまるはずだ。現に、キュリアの身悶えも弱くなりつつある。そして、キュリアは峠を超えた。息を荒げてはいるが、徐々に落ち着きつつあった。


「だ、大丈夫なのかー?」

「ああ……キュリア、立てるか?」

「は、はい…」


 キュリアがゆっくりと立ち上がる。そして、背中の様子を確認しようと体を捻じり……びっくりしたような顔をした。


「治っている……それに、なんだかみなぎってくるような…?」

「少年が作った回復薬ポーションってところだ。よく頑張ったな」

「エクリアの……」


 どうやら、背骨の傷は完治したようだ。さすがは少年、普通ではできないことを平然とやってのける。

 いや、平然とではないか。上等回復薬ハイポーションを飲めるものにするのに、かなり苦労したらしいし。


「……何だか分かんないが、もういいのか?」

「ああ。テレッタ、キュリアを守ってくれてありがとう」

「いんや、逆に助けられたよ。コイツがいなけりゃ、きっと俺はやられてた」


 ガッハッハと大笑いするテレッタに、ダガーはやれやれと呆れている。もはや、私たちにとっても見慣れた景色になっていた。

 私もツッコミを諦め、目線を開かずの扉へと向ける。何かをあの横長で薄い穴に入れることは想像つくが、どうにもならなかったため諦めていた扉だ。


「キュリア、あの扉の穴なんだが、何かわかるか?」

「あれは……きっと、これを入れるのでしょう。先ほども、これで道が開きました」


 そういってキュリアは薄い板を取り出した。確かに、サイズはピッタリだろう。つまりは、この3の試練を突破するには機械人形アンドロイドを倒さなければならなかったということか。


 キュリアが扉に近づき、薄い板を穴に入れる。

 板は穴に吸い込まれていき、ピピッと音を鳴らしたかと思うと扉がゆっくりと開いた。そして、その先に広がっていたのは———


「うわー…」

「隊長、これって…」

「ああ……どうやら、これが終着点らしい」

「団長、俺にはただの部屋に見えるんだが?」

「奇遇だなダガー。俺もそう思っていたところだ」

「自分の部屋より広いのだー!」


 ただの、窓のない一室だった。

 特別なものがあるわけではない。机やベッドに調理場、ここからだと少し見えづらい場所にあるが本棚なんかもあるようだ。どこからどう見ても、庶民がいつも暮らしているような部屋にしか見えない。

 艱難辛苦かんなんしんく、ようやく辿り着いたのがただの部屋だったとは……いや、そんなはずはない。探せば、きっと何かがあるはずだ。


「探索してみよう。テレッタ、入ろう」

「ああ、始めようか」


 …? なんだ、テレッタのことだから落ち込むかと思っていたら、思っていたよりも乗り気だ。その冒険者ハンター特有の嗅覚で、この部屋にある秘宝の匂いでも嗅ぎつけたのだろうか。


「ダガー、ハヤテ。お前らはここで門番してろ。頼んだぞ」

「おう」「ぶー!」

「キュリアも2人を手伝ってくれ。治りたてだ、大丈夫とは思うが安静にな」

「わかりました」


 そうして、私とテレッタとトロアが辺りを探索し始める。私がまず目をつけたのは、もちろん机だ。

 何かの手記が残されていればいいのだが……


(……あった。ずいぶん古いな…)


 机の中に、古ぼけたノートのようなものが入っていた。そこに書かれていたのは……うーむ、これも古代文字のようだ。後でキュリアに見せるとしよう。

 にしても、やはりというかなんというか。少年に関するものは何1つ見つけられなかったか。途中から、なんとなく分かってはいたのだが。


(……ん?)


 何かが私の視界で動く。

 ぼんやりとして何色かもわからないが、何か小さいものが部屋から出て行こうとしているようだった。その正体を見ようと首を出口の方に動かす。

 そのとき、悲鳴が上がった。


「うわああぁっ!?」


 ベッドを調べていたトロアが、派手に尻餅をつく。

 そのおかげで、とっさに振り向いた私の目にも悲鳴の原因が映る。

 トロアのように悲鳴を上げることはなかったが、私にとっても衝撃的な光景だった。



 そこにあったのは、ベッドに身を埋めるようにして横たわるだった。

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