第34話 テレッタ=コーズ

 地面に描かれた弓矢の絵が、具現化する。それは一体、なんの素材でできているのかは全くの不明だ。この私ですら分からない。

 『とにかく黒色の物質でできた弓矢』としか形容できそうもないソレは、私の頭上に瞬間移動してきた敵に狙いを絞っていた。


(さて、当たるものか……)


 ギリギリと絞られていた弓は、具現化したと同時に自らを制限するものがなくなり、高速の矢を放った。

 タイミング的には、敵が瞬間移動したのとほぼ同時だ。矢は敵の目前まであっという間に迫り………空振りに終わった。だがまあ、なんとなく分かっていた事だ。


 この弓には、鉄の体を持つ相手に致命傷どころか傷を与えることすら困難を極めるだろう。しかし私の目的は、あくまで自分の身を守ること。

 そして最大の目的は、敵の知性の有無の確認だ。


「キュリア!」

「私は無事です! それより———」


 テレッタが駆け寄ってくる。その表情は、驚きと困惑が混じっているようにも見えたが、目の色だけは少年のようにキラキラさせているようでもいた。


「なあなあ! なんだ今のは!? そんな魔法も使えるのか!?」

「……この魔杖ロッドは、私特性の魔道具アーティファクトというだけです。描いた物を一時的ですが具現化させることができます」

「すげえ、すげえよ! そんな魔道具アーティファクト、聞いたこともねえ!」


 今までにないくらいの大笑いをあげるテレッタ。そんなに面白い話だったろうか……確かに、これを作る際にはかなり苦労したが。

 ともかく、今はそんな話で盛り上がっている場合じゃない。敵はまだ、こちらの様子を伺っているが、こちらから攻撃を仕掛ければ先程の繰り返しになるだろう。


「……敵に知性はありません。一定のパターンに基づいて行動しています」

「ああ。俺の背後にまわったりと動きが単調すぎるからなあ。それに、あいつの瞬間移動も射程みたいなのがあるらしい。1回目、お前は遠くにいたから攻撃されなかった」


 こうなると、敵は隊長の話していた機械人形アンドロイドとは言い難くなってくる。というより、敵の正体は鉄のゴーレムと表した方が正確かもしれない。

 つまり、この3の試練の内容というのは、このゴーレムのパターンを見つけ出し攻略することになるのだろうか?


「さーて、厄介だぞ。攻撃しようとしても避けられ、瞬間移動するから追撃もやりにくい。どうするよ?」


 私は数日前に『リーフ』を襲撃しに来た、ドッペルのエトラスのことを思い出していた。あの時は、炎で鉄の属性を持つ魔力の結合力を弱め、柔らかくすることで一撃を喰らわした。


 だが、今回の敵はあまりにも素早すぎる。さらに瞬間移動もしてくるし、こちらが攻撃しない限り一切動くことのない反撃カウンター中心の立ち回り。

 炎の魔法などという、チンタラした魔法では捉えることはできそうにない。雷の魔法ならまだ可能性はあるだろうが、その意図が向こうにバレてしまえばやはり避けられてしまうことだろう。


「……テレッタさん」

「ん? なんか思いついたかい?」

「私も前線部隊アタッカーになります」

「……おいおい、大丈夫なのかよ?」


 テレッタの心配も当然だ。基本的に私のような魔術師ウィザード支援部隊サポーターに配属される。理由は、魔法を発現させるために若干の時間差があるからだ。とどのつまり、攻撃が遅い。

 しかし、私は独自オリジナルの魔法の発現方法がある。これは通常の魔法の発現方法より素早く、それがあったからこそ私はアトラスにも勝利することができた。


「ええ。かなり無茶をしなければなりませんが……これしかないかと」

「ったく、俺にあれほど言っといて………だが、いいぜ。その方が盛り上がるしな!」


 テレッタは両拳をぶつけて気合十分といった感じだ。この作戦は、質よりも量で攻める作戦になる。1対1の戦いではなく、1対2の戦いにすることで敵の調子をこちら側に引き込む。


(隊長なら、もっといい作戦を思いついているのでしょうが……)


 あいにく、私は作戦というものを立てるのが苦手だ。

 この作戦において、一番の不安要素はこの私だ。運動能力が劣っている私が、どれだけ瞬間移動を用いてくるゴーレムの動きを読み切れるかが大事になってくる。


「それじゃあ、覚悟はいいですか?」

「誰に聞いてんだっての。こっちのセリフだぜ」

「それじゃあ、行きますよ! 私が隙を作ったら、遠慮なく叩いてください!」

「合点承知ッ!」


 そして、私とテレッタはゴーレムを挟み撃ちにするように、二手に分かれて突進した。

 テレッタは、さすがオーガとも言える突進力でゴーレムに向かっていく。


「行くぜ、【突進タックル】!」


 テレッタは地面がひび割れるほど力強く、足で地面を踏みしめ、弓矢にも負けないほどの速度で突進する。私もそれに着いて行こうとゴーレムに接近する。こうすればゴーレムは、私の近くに移動する可能性も出てくるはずだ。


(今のうちに魔力を———)


 風の属性を与えた魔力を鋭く研ぎ澄ませる。そして、それを身の回り360度を廻すように高速で身に纏わせる。もしこれでゴーレムが私のすぐ近くに瞬間移動したのなら私の魔力で容赦なく切り刻まれることになるはずだ。

 風の魔力はいわば素早い魔力の塊のようなもの。純粋な魔力を操れる隊長のようにはできないが、鎧としては十二分に役目を果たしてくれる。


 そして、テレッタの突進が直撃するその直前。

 テレッタの口がニヤリと歪む。


「かかったな———」


 テレッタの体勢が、突進の構えから大きく変化する。

 両足を前に出し、拳は大きく後ろに引く。前屈みだったその体勢は、あっという間に後ろ鏡に変化した。


「———【鬼神衝波】ッ!」


 テレッタの体は、両足によって踏まれたブレーキによってピタリと停止する。取り残された移動エネルギーは、パァン! という大きな衝撃波となってゴーレムを襲った。その風圧は、私のところにも届くほどだった。

 攻撃のタイミングをズラした、真っ向すぎる不意打ち。


(なんて衝撃波ッ!?)


 激しい衝撃波に、魔杖ロッドを地面に突き刺し体勢を崩さないように踏ん張る。この部屋の壁ですらも、耐え切ることができずに派手な音を立てて崩れ去った。

 砂埃が激しく舞い、辺り一面の視界が急激に悪くなる。テレッタに近づいたとはいえ、私の方からだとテレッタ方向の様子が分からない。


「ハズレだっ!」


 大きく木霊するテレッタの声。

 その声の意味を、私は素早く理解する。


(ゴーレムの行動パターンなら、読める!)


 テレッタの背後にはいない。いや、もしかしたらもう背後にまわっていたのかもしれない。もしテレッタの背後にいるのであれば、わざわざ叫ぶ必要などない。

 このゴーレムの行動はまるで洗練された隊列のように、定められた行動のみをする。


 なら、読める。

 私は、2度もゴーレムの行動パターンの例を見たのだ。十分すぎるほどのヒントを貰った。

 間違いない———


(風魔法の隙間………私の、頭上!)


 予め発現させていた風魔法の回転の力はそのままに、頭上へと徐々に直径を短くしながら突き上げる。その形はまるで、捻れた槍のようにゴーレムを襲った。

 この形状ならば、たとえ風でも鉄を貫く力がある!


「【風捻槍ブラストフロンティア】!」


 そして、やっとこさ攻撃が当たろうかというその刹那。

 私の目の前に、突如としてゴーレムが出現した。それも、両手にぽっかりと開いた大きな穴をこちらに向け、攻撃体勢は万全のご様子だ。


(大丈夫…)


 この状況は、どう考えてもマズいものだろう。

 だが、これは私とゴーレムの戦いではない。


「【首刈ラリアット】ォ!」


 疾風の如く飛来したテレッタが、一瞬にしてゴーレムの首を刈り取る。それは、完全なる視界の外からの攻撃。


(当たった…!?)


 そういうことか。

 テレッタが派手に砂埃を舞い上げたのは、これが狙いだったというわけか!

 これでまた1つハッキリした。このゴーレムは、明らかに。おそらくは、ゴーレムに備え付けられているこの双眸だろう。


 ゴーレムの首からわずかにゴキリと鈍い音がする。

 それを聞き逃し、さらにはこの絶好のチャンスを逃すテレッタではない。


「【撃墜ショックダウン】!」


 テレッタは腕を下に勢いよく振り下ろし、ゴーレムに追撃する。しかし、案の定ゴーレムは地面に叩きつけられるよりも早く瞬間移動を済ませていた。

 その位置は、私の真正面。このままでは、2人まとめてやられてしまう。


 が、次の瞬間。


「シャァァオラァァァ!!」


 テレッタの撃墜ショックダウンが地面に激突する。

 その結果、テレッタを中心に砂埃が舞い上がった。そのほぼ中心部にいる私たちの視界は、瞬く間に茶色で埋め尽くされる。

 


  シュピィィン!


 ゴーレムの両手の穴から、光線のようなものが放たれる。

 そのレーザーとも呼べる攻撃は、あらかじめ屈んでいた私の頭上を通過していった。やはりゴーレムは砂埃によって私たちを見失っている。

 そして、このくらいの時間があれば魔法を練り上げることは可能!


「【電槍ボルトランス】…!」


 お返しとばかりに電流のレーザーをお見舞いする。そして、眼では見えないが手応えは確かにあった。だが、ゴーレムのボディが鉄でできているためか、倒したという感じはしない。


(この感じ———?)


 やはり、このゴーレムは間違いなく目を頼っている。やっと見つけた弱点、この戦闘に確かな勝機が見えた瞬間だった。

 そう思っていた、次の瞬間。


   ピ………ピ………ピーーーーー!!!


「ぐぅ…!?」

「うおぉう!?」


 ゴーレムを中心に、まるで硬い壁にぶつかってしまったと錯覚するくらいの、とてつもない突風が吹き荒れた。あまりにも無防備だった私たちは、その強風に耐えられるはずもなく吹っ飛ばされ、壁に激突する。


「く……くぅ…!」

「大丈夫かよ、キュリア」

「ええ…なんとか」


 体のあちこちを、特に背中を強打してしまったようだ。

 魔杖ロッドは両手に握っていたため、なんとか折れずには済んだようだが……状況が一変してしまった。


「それよりも……ゴーレムの様子が…」

「ああ、ちっと面倒なことになったなこりゃあ」


 ゴーレムの行動パターンは理解した。弱点も見つけた。ここまで来れたのであれば、通常は勝ちやすい戦いになっていたことだろう。

 その目測はどうやら甘かったらしい。それよりも、状況は悪化しているようだった。


 ゴーレムの周りの砂埃が今もなお巻き上がる。流砂の形が、ゴーレムの体から吹き出している風の流れと強さを教えてくれていた。

 あれでは、砂埃による目隠しは全くの無意味になってしまう。


(何か、引っかかる……)


 その程度ならば、まだ対策は立てられる。別の何かでゴーレムの目の部分を塞ぎさえすれば、それで済む話だ。それこそ、私が持つ魔杖ロッドで目隠しでも描き、わずかな時間ではあるが具現化させたもので視界を塞げばテレッタが強烈な一撃を喰らわせることができる。


 だが、どうしてだろうか。

 とてつもなく、嫌な予感がするのは。


「だが、関係無えな。いくぜキュリア———」

「いえ! 待ってください……何か、何かがおかしい」


 ゴーレムは自然に生まれることのない、いわば建築物とも言える代物だ。人工魔物とも呼ばれるゴーレムには、必ず製作者が存在しているはずだ。

 このデヴィス迷宮の3の試練、この最終局面にわざわざ設置したほどのゴーレムが、こんなに単純でいいのだろうか? こんなに簡単な相手で、本当にいいのだろうか?


「おかしいって、なんか問題でもあんのかよ? お前が目隠しして俺が殴る、じゃあダメなのか?」

「ダメでは、ないでしょうが……」


 何よりも引っかかるのが、ゴーレムが見せた第2形態が顔を見せたタイミングだ。まるで、私たちの行動を見透かしているような……逆に、こちらの行動パターンを学習されているような感じがする。


(まさか……)


 その時、私は気づいてしまう。

 なんてことだ。もしそうなら、これ以上にマズい自体はない。


「テレッタさん、次は追撃しようとせずに逃げることに専念してください」

「はあ? それはどういう———」


 テレッタの言葉の続きは、瞬間移動してきたゴーレムの強烈な一撃と共に吹っ飛ばされる。ついさっきまでは、こちらから攻撃しない限りは何もしてこなかったというのに、突如として行動パターンが変貌したのだ。


 つまりは、罠だったのだ。

 あからさま過ぎる行動パターンをあえて見せつけることで、こちらの行動や作戦を固定させる、製作者の仕組んだ罠!


(まんまと嵌められた……!)


 自分の行動パターンを敵に見せるということは、単純に自分の弱点を敵に晒すことに他ならない。逆に言えば、敵の行動パターンすらも操作しうるということだ。

 自分の行動パターンを組み込むような作戦を敵が立ててくれば、その作戦を突き崩すことは容易い。今まで自分が取っていた行動パターンをまるっきり変えるだけで、敵の意表を突くことができるのだから。


 まず、砂埃で目隠しをして攻撃するというプランが壊された。次に、ゴーレムの攻撃手段は両手からでるレーザーだけだという私たちの勝手な想像を崩された。さらには、瞬間移動の行先のパターンすらも覆された。

 この考えに至る、私たちの思考パターンは完全に読み切られ逆手に取られたのだ。それも、名前も知らぬ遥か昔の誰かに!


(殴られる…!)


 浅はかだった。デヴィス迷宮の厳しさを、私は心のどこかで舐めていた。

 この3の試練の本当の恐ろしさは、まだ始まってすらいなかったのだ。これはゴーレムとの戦いであると同時に、制作者の目論見の裏を掻かねば決して勝つことはできない戦いだ。


 とっさに私は両腕でガードをする。テレッタを一瞬のうちに吹き飛ばすほどの攻撃だ、骨折は覚悟すべきだろう。

 ゴーレムの鉄腕が、大きく弧を描いて迫ってくる。私にはこの1秒にも満たない時間が引き延ばされ何秒にも感じられた。次の瞬間には、私は壁に向かって弾かれ———


「【直殴ストレート】ォォッッ!!!」


 何度目かの衝撃波。

 口の端から一筋の血を流し、なおも笑みを絶やさないテレッタの右拳がゴーレムの顔面をとらえる。正確には、『顔面があった場所』になってしまったが。


「テレッタさん…!」

「この木偶の坊、一丁前にパワーが強え…! 俺でさえ意識が飛びそうになったんだ。お前が食らったら挽肉ミンチだぞ」


 ゴーレムは私たちと距離をとった。私の背後に回らずに、だ。一気に行動パターンが読めなくなってしまう。

 そして、恐ろしいことだが……このゴーレムを造った製作者が、第2形態で変化を留めているとは到底思えない。さらに、何か変化があるはずだ。

 そして、その変化が起これば起こるほどに私たちは不利になっていく。最終的には、撃退不可になる。


(その前に、このゴーレムを倒す方法は……)


 想像し切るしかない。

 遥か昔にこのゴーレムを造った人物は、一体次に何を裏切る? 

 私たちのどんな『思い込み』を突いてくる?


「………テレッタさん、作戦があります」

「おう、次はどんなのだ? どんな作戦に変更する?」

。このまま二人で攻めます」

「……なんだって?」

「ただし、私が引きつけます。サポートを頼みます!」

「あ、おい!」


 テレッタの静止を払い除け、ゴーレムに向かって走る。ガリガリと魔杖ロッドが音を立てて床を削り、一本の線ができていく。


 ゴーレムを討ち取るための、最終決戦の幕が開けた。

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