第32話 デヴィス迷宮
深い闇だ。
先ほどまでの明るさが嘘だったかのように、どこを見回しても黒一色。完璧な闇であるから、いつまで経っても目が慣れるような事はない。
落ちていく。どこまでも落ちていく。
ポッカリと開いた穴に身を投げてから、一体どれくらいの時間が経った?
今、私たちはどのくらいの深さまで落ちたのだろう?
感覚さえも曖昧になってしまうような、そんな不思議な浮遊感に襲われながら闇の中をただ落ちていた。
すると突然、目の前がカッと明るくなる。次の瞬間には———
「長旅ごくろーさん、快適だったか?」
ニンマリと笑うテレッタの顔が目の前にあった。どうやら、私は今地面に仰向けに寝ているらしい。ゆっくりと上半身を起こし、周りを確認する。
いかにも、洞窟って感じの空間だ。真っ白なのは相変わらずだが、荒々しい岩壁が半円のような形で、私たちを取り囲んでいる。
その岩壁を突き破るように、白色に発光する水晶のようなものが点々と顔を出していて、とても幻想的だ。この水晶のおかげで、この空間の明かりは確保されているのか。
「ここが、デヴィス迷宮……?」
「なんか、綺麗なとこッスね」
「ま、正確にはここはデヴィス迷宮の入り口だがな。この先に進んで、扉を開けばいよいよさ」
洞窟は右に緩やかなカーブを描きながら、ずうっと奥まで続いていた。この先に進めば、デヴィス迷宮の入り口。その先に何が待っているのかは、行ってみてのお楽しみということか。
一応、トロアとキュリアの様子を確認する。トロアは初の
「……どうした、キュリア。何か気になることがあるのか?」
「あ、いえ。なんでもありません」
「そうか……何かあれば、いつでも言えよ」
「はい、分かっています」
「おーい! 置いてくぞー!」
もうテレッタたちとトロアは先へ先へと進んでいた。私もキュリアを連れて慌てて付いていく。ようやく追いついた頃、テレッタが口を開いた。
「この
「試練、ですか?」
「ああ。んで、その試練に失敗すると最悪死んじまうからな。気合入れてくんだぞ」
「し、死ぬんスか!?」
「ハッハッハ! まあ気を落とすなって。帰ってこねー奴がいるから、そういう話になってるだけだ。そんなに気にすることじゃねえって」
帰ってこないのなら、それはほぼほぼ死んでいると思うのだが……それを口に出すとトロアが面倒になりそうだから黙っておこう。
「それに、帰還アイテムもあるからよ。安心しな」
「帰還アイテム?」
「ま、
テレッタが取り出したのは、『
しかも、壊した本人の周りいる人たちも同時に同じ場所へ
「いざとなったらこれを使えばいい。そう身構えるんじゃねえぞ、ガチガチになってっと危険だからな」
説明を受けながらしばらく歩いていると、巨大な扉が姿を現した。見るからに重そうだ。だが、地面に残っている擦り跡を見る限りだと、何回か開け閉めされているのか。
「あ、扉になんか書いてるッスよ! キュリアさん、来てくれッス!」
「ええい、引っ張るな! 全く……これは、古代
トロアが見つけたのは、扉の右端に書かれていた文字だった。一見すると、ただの扉の模様のようにしか見えない。だが、キュリアが言うにはこれは文章のようだった。
「読めるか? キュリア」
「いえ……古代の言語は今となっては文献もあまり———」
「『1の試練、耳を澄ませて罠を回避せよ。音に吸い込まれれば見えない黒によって終わるだろう』……だとよ」
私はギョッとして、声の主であるダガーをじっと見た。そう、この言語をスラスラと解読したのはダガーだったのだ。
彼は驚く私たちを見て「んだよ」と悪態をつく。
「ダガー、これが読めるのか?」
「……
「ですが、勉強するには文献がなくては———」
「先人たちが必死こいて集めたんだろうよ。文献ならたんまりあるぜ……もっとも、団長もオーガだし、それで知ってただけだ」
「女装してるのに、かっこ良いな、ダガー!」
「
ともかく、私たちは無事に『1の試練』のヒントを手に入れることができたようだ。文面の意味をそのまま受け取るのなら、この中は暗闇になっているのだろう。そして、音を聞き分けて正しい方向に進めば大丈夫……ということなのだろうか。
「とりあえず、扉開けてみないッスか?」
「自分も中を見てみたいのだ!」
「それじゃあ……キュリア、開けてみてくれ」
「わかりました」
キュリアが扉に手をかける。すると、見た目以上に簡単に扉は開かれていった。そしてその奥には……ただ、闇があった。ということは、もう、そういう事だろう。
「キュリア、試しに灯りを」
「はい………【
キュリアの掌から球状の光の塊が出現し、闇の中へとゆっくり進んでいく。そして……消える。私の目には、
つまりは、魔法を使ったズルは一切できないという事なのだろう。この光景を見ていたテレッタは、突然ハヤテの肩を叩いた。この中で一番耳がいいのは、間違いなくビーストであるハヤテだろう。
「任せるぞ、ハヤテ」
「わんっ! 任せて欲しいのだ!」
「ほら、お前らもハヤテの後に続け。前のやつの肩を掴むんだぞ」
「あ、ああ。トロア、キュリア、やるぞ」
「はい」「はいッス!」
「それよりダガー、お前は前のやつの肩掴めるのか?」
「………腰を掴みますよ、団長」
「くくく……」
「笑ってんじゃねえよ!」
やっぱり、なんだかノリというか、雰囲気が軽い。
「それじゃ、出発なのだ〜!」
そして、私たちは暗闇の中へと足を進める。一度入ると、入り口から入って来ているはずの光さえも見えなくなってしまった。目隠しをさせられているかのようだ。閉ざされた視界が、他の感覚を敏感にさせる。
(……いる)
何かがいる。音はあまり聞こえない。だが、間違いなくすぐそばに何かがいる。きっと、見えてはいけない悍しいものだろう。蠢いているような、私たちの迂闊な行動を待っているような、そんな何か。
そんな時間が、しばらく続いてた。すると突然、ハヤテが声をあげた。
「いたっ!」
「おおう!? おまっ、急に止まるんじゃねぇよ!」
「顔をうったのだ〜……痛い〜……」
どうやら、ハヤテは壁に当たってしまったようだ。もしかして外れなのか? この暗闇が迷路になっているのだとしたら……いや、それはきっとない。今もすぐ側にある、こびりつくような気配がそう言っていた。
「テレッタ、もしかしたら着いたのかもしれない」
「……ははーん、なるほどな。おいハヤテ、その壁をくまなく触れ」
「んー? よくわからないけど、やってみるのだ!」
そしてまたしばらくすると……カチッと音が鳴り響く。まずい、何かの罠を作動させたか? そう思って警戒していると、ハヤテの嬉しそうな声が響き渡る。
「壁がなくなったのだ! 外なのだ、明るいのだ〜!」
……無事に、一の試練を突破できたらしい。雪崩れ込むようにして、暗闇から全員が脱出できた。私は一息つき、ハヤテに近寄って頭を撫でる。
「ありがとう、ハヤテ。頼もしかったぞ」
「褒められたのだ〜!」
ハヤテは尻尾をブンブンと勢いよく振っている。ビーストというのは、ここまでタイプの動物に性格がよるものなのか? いや、ハヤテが特別なだけだろう。
「おい、次いくぞ次! こっちにまぁた扉だよ、んで意味不明な文章」
「ああ、今行く。……これまた、すごい扉だな」
もうすでに、ダガーが文字の解読に取り掛かっていた。どうやら、1の試練のように簡単には訳せない言語だったらしい。
それにしても、本当にこのデヴィス迷宮は自然発生したものなのだろうか。古代の文字に、複雑な仕掛け。私の中では、別の可能性がむくむくと大きく膨れ上がっていた。
「……だめだ、ギリギリ読めそうにねえ。キュリアっつったか? 手ェ貸してくれ」
「?」
「これ、古代
「……なるほど」
キュリアが扉の文字に目を走らせる。そしてしばらくすると、キュリアが口を開いた。
「『2の試練、持つ知識を生かして死の池を渡りきれ。半端な覚悟は身を滅ぼすだろう』……そう書かれてますね」
「ふーん……ま、なんでもいいや! さっさと扉開けちまおうぜ!」
「テレッタ、少し待———」
私が言い終わる前に、テレッタはもう扉を勢いよく開けていた。そしてその目の前に広がっていたのは……『死の池』だった。その向こう岸には、出口らしき扉もある。
その池に溜まっているのは、水ではなく雷だったのだ。少しでも池の近くに近づこうものならば、電流は私たちの方に流れ感電してしまう事だろう。天井も低いので、飛び越える事は不可能だろう。
しかも、この電気は魔力でできているようだった。魔法には相性は存在しない。つまり、この電気を止める術も防ぐ術もないだろう。
「厄介だな……」
「…………クックック……」
「どうしたんだ? テレッタ、もしや何か策が———」
「ダガー、お前の出番だぞ」
「……はいはい」
ダガーが嫌々前に出る。そしてダガーは地面に転がっている石ころを、天井ギリギリのところまで放物線状に投げた。石ころは天井にはギリギリ当たらず、『死の池』の上空50cm程度のところで電流に襲われる。
バチィッ! と大きな音をたて、石頃はバラバラに砕け散る。どうやら、電流を受ければ感電では済まなさそうだ。
「……ギリギリか」
「テレッタ、ダガーは一体何を?」
「まあ見てな。マジックを見せてくれるからよ」
「……?」
ダガーは1つ、大きな深呼吸をする。そして……ダガーが浮いた。思わず、キュリアやトロアも声を上げて驚いてしまう。
「なっ———」
「えええええええっ!? ちょ、どうなってんスか!?」
ダガーは天井すれすれまで浮遊し、ゆっくりと出口の方向に向かっていく。重力なんて意に介さないような佇まいだ、完全に浮遊しているようにしか見えない。
浮くなんて事は、できそうでできない事だ。風の魔法を利用して飛び上がる事はできるが、重力に逆らうことなんてできない。そもそも『浮く』という事は『限定的に重力を操る』という事だ、風とは全く扱いが違う。
テレッタは私たちの反応を笑いながら、種明かしをする。
「そんなに驚く事じゃねえよ。ダガーにはな、特異属性があるのさ」
「い……いやいや、驚く事ですよ!? だって、重力を操るなんてこと———」
「ちいっと違うぜ、キュリア。あいつはな、自分にかかってる重力エネルギーの方向を逆転させてるだけだ」
「……何が違うんスか?」
「ダガーは、自分にかかるエネルギーの方向や強さを操る特異属性持ちって事なのだ! それっぽく言うなら……『力』の属性? うーん……」
「ま、範囲は狭いがな。あくまで、自分にかかる力だけだ。しかも、かなり集中しなきゃ使えねえから、喧嘩の時も使い勝手が悪い」
……それでも十分強力に感じるのは私だけだろうか。確かに聞いただけでは扱いづらい能力かもしれない。だが、もし扱い方さえしっかりできれば強力な魔法になる事だろう。
しかも、ダガーは勉学に強いコロコナだ。下手をすれば、『スコーク』の奴らと同等かそれ以上の戦闘力を発揮するのでは……?
だが、今の私にはそれ以上に気になることがある。私は楽しそうな笑顔を絶やさないテレッタに声をかける。
「なあ、テレッタ。これ、私たちはどう行くんだ?」
「ん? ああ、これだよ」
そう言ってテレッタが取り出したのは、歪んだ正方形のような物体。
「
「ああ、これの対になるのはダガーに持たせてるからな。俺らはこれで向こう岸までワープすりゃあいいだけの話だ」
それって危なくなった時に使うはずでは……と思ったが、口に出すのはやめた。テレッタのことだ、どうせ『それじゃスリルが無くてつまんねんだろ! ワッハッハ!』みたいなことを言うに決まっている。信じられない。
そうこうしているうちに、すでにダガーは向こう岸までたどり着いていた。そして、テレッタは持っていた
(なんだか、気味が悪いな…)
あまりにも単調、あまりにも簡単に全てが進みすぎている。何かが引っかかる。このデヴィス迷宮は、まだ誰も乗り越えたことのない
「隊長ー! 置いてかれるッスよー!」
相変わらず3人とトロアはどんどん先へ進んでいく。何やら変な空気を感じているのは、私とキュリアだけのようだった。
「……隊長、行きましょう。悩んでも、仕方ないかと」
「ああ……行こう」
立ち止まっていても仕方がない。私たちはどんどん先に進んでいく。
何かに手繰られているかのように。
▼
「ただいまー」「皆さん、ただいまです」
「あ、エリジェ。おかえりー」
「おかえり、なさい…」
「誘拐された奴に挨拶されてるあたり、ダメだなこりゃ」
親分さんたちが帰ってからしばらくした頃、ミルタさんとエリジェントさんが帰ってきた。エトラスさんは親分さんがいなくなった後も、何故かずっと僕に抱きついていた。「撫でてぇ〜……」って言われてたから、頭もずっと撫でていた。2人が帰ってきたのも、少し手が疲れてきたちょうどその頃。
「あら、シュウ君もいるのね。一応、初めましてになるのかしら?」
「うん…でも、名前は、知ってる…」
「そうなの? とりあえず、自己紹介しておくわね。私の名前はエリジェント=ヴィール。見ての通り、ヴァンプよ」
「シュウ=エクリア…ヒューマン…」
「うふふ、よろしくね」
なんだか、落ち着いた感じのする人だ。柔らかいというか、優しいというか、そんな雰囲気。アインズさんが教えてくれたことを参考にするなら、お姉さんっぽい、ということになるのかな。ミルタさんも「ヴィール姉さん」と呼んでたし……きっとそうなんだろう。
「で、どうだった? 町の様子は」
「いつもと変わりなしよ。活気があって、本当にいい町よね」
「そうか……酒、買ってきてくれたか?」
「シアノ兄さんなら欲しがると思って、買ってきましたよ」
「さっすがミルタ! サンキューな!」
シアノさんは「ヒャッホウ!」と見たことがないほどに嬉しそうにしている。シアノさんは早速お酒をコップに注いで飲んでいた。いつの間にコップを用意したんだろう。
「あ、そうそう。『リーフ』なんだけど、シュウ君を探しに
「えっ」「ブゥーーーーーッッ!!??」「…!」
ふにゃふにゃだったエトラスさんがガチガチに固まり、シアノさんはせっかくのお酒を吹き出していた。
「お、おいおい! それマジなのかよ!?」
「マジですよ、僕も見かけましたし」
「まあ、大丈夫よ。
「……まあ、そうか」
僕も、他の2人と同じだ。エトラスさんを撫でていた手が止まるほど、僕は驚愕していた。どうして
でも、それは果たして大丈夫なのだろうか。エリーザさんたちを、危険なことに巻き込んでいないだろうか。
(……無事で、ありますように…)
▼
「………何語だこれ。キュリアは分かるか?」
「………いえ、さっぱり」
3の試練の扉の前。私たちは巨大な難問を目の前に、大ブレーキを踏んでいた。今まではなんとか解読できていた古代文字が、読めないのだ。それどこか、いったいこれが何語なのかすらさっぱり分からない。
「ったく、なんだよこの文字。複雑だったり単純だったり直線だったり曲線だったり」
「……どうするんスか、エリーザさん。これ、流石にやめといたほうがいいんじゃ———」
「それもそうだが……どうする、テレッタ。内容がわからないまま進むのは、厳しいと思うが」
「っつっても、引くわけにはいかねえよ。
なんで2個持ってこなかったのだろうか。スリル欲しさが仇となりすぎている。今更言っても無意味だが、思わずにはいられなかった。
変える手段があるといえば、この
試練のヒントが読めない限り、もうぶっつけで突入するしかない。解読班も、この文字の解読は無理だと結論付けた時点で、私たちが取れる行動なんて1つしかなかったのだ。
「……開けるぜ? 準備はいいな?」
「ああ。………いつでも」
何も解決策がないまま、3の試練の扉は開かれる。こんなところで倒れていられない。私は、腰に提げている剣を強く握りしめた。
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