第31話 願い願われ
時刻は、およそ夕飯時だろう。日はすっかり沈み、私たちは
宿屋については、私たちの観光ツアー中にテレッタが手配してくれたらしい。彼女が言うことには、明日はきっと大変だろうし、ゆっくり休めるようにそこそこいいところを押さえておいてくれたようだ。
「それじゃあ……調査結果を順に報告するか。キュリア」
「はい。とりあえずではありますが、白色町に住む人たちの大まかな生活サイクルをまとめました。これを」
キュリアが、宿屋に備え付けられていた紙にペンを走らせ、それを渡してくる。そこにはざっとではあるが、白色町の町民性についての情報がズラズラと書かれていた。
私たちは、何も考えずに観光ツアーに興じていたわけではない。設定などではなく、紛れもなく私たちは
私たちがまず知る必要があると考えたのは、
「ふむ……深夜帯には、ほぼ全員が活動しなくなるのか。少し意外だな」
「おそらく、この
「いっぱいあった娯楽施設とか
その危険の波は、どうやら唯一の
このことから分かる事実、それは『どんなベテランも夜の
「それと、
「そうか…」
つまりこの町は、本当の本当に
(どんな政治も、必ず闇の部分は出てくる……だが、この町には政治らしいものはないのに治安は良好、か)
ありえない、とは言わない。
だが、あらゆる種族が一箇所に集まっているのにも関わらず、暴動や反乱が全く起こっていない。たった1つの種族の集まりでも起こり得る事だというのにだ。そんなこと、果たしてあり得るのだろうか。
私の直感でものを言うのであれば……何か秘密がある、といったところだろうか。これでも私は『リーフ』のリーダーだ、政治関係のことにも何度か首を突っ込ませていただいたことはある。
だからこそハッキリと分かるが、国でなくとも、それこそチームであってもそこそこの人数がいれば、反対勢力は内部に発生するものだ。ルールがあやふやな組織なら、なおさら。
「どうしますか、隊長。明日もう一度調べなおしますか」
「いや、明日は
「シュウ君が見つかれば、それでおしまいッスからね」
ほぼ間違いなく、この白色町には秘密とも言えるような何かはある。だが、私たちがそこまで知る必要はないだろう。あるとすれば、少年の行先とこの町に関係があると知った時くらいのものだろう。
「よし、それでは各自で休息を取れ。明日は
「了解」「了解ッス」
こうして私たちは、明日に向け解散した。
願わくば、少年がこの地で見つかりますように。
▼
私たち『リーフ』は、フォルテルの現王女であるリノア様からの任務を受けて、それを確実に遂行するチームだ。そして、その任務はフォルテル周辺の安全確認であったり調査であったり。遠征や極秘任務なども行なっていたりもする。
そして、それらの任務は粛々と行われるのが通例だ。おふざけ半分で任務にあたろうものなら、まず大怪我をする。
これが私の常識だ。自分の中の常識を他者に押し付けるつもりなど毛頭ないのだが、きっと他の種族での部隊も似たり寄ったりだろうと思っている。
そして、もし白色町を
「聞けぇお前ら! 1番に目標を見つけたヤツには褒美をやるぞ!」
「よっしゃあああああああっ!!!」
テレッタの怒号をきっかけに、
ざっと見ただけで30人はいる。想像していた以上の人数だ。もちろん種族も様々。改めて私たちは圧倒されていた。
「褒美が欲しいかァ———!?」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「デカブツを倒したいかァ———!?」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「よぉし! なら、
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
大勢いた
これ、リベリアさんが目の当たりにしたら卒倒するのではないだろうか…。
「よっと、んじゃあ俺らも行くか」
「………褒美ってなんだ?」
「んー? そうでも言わねえと、あいつらすーぐ飽きるんだわ。ま、内容は後で考えとくさ」
「団長、俺らはどこに行きゃいいんだ? テキトーに練り歩いてみるのか?」
「自分、それでもいいのだ!」
「バーカ、そんなつまんねー事するわけねーだろ?」
テレッタが
その地図には、
「
「そっちの方が区別しやすいからな。んー、どの辺に行くかな…?」
「ま、待ってください! まさか、
「ん?」
キュリアが声を上げると、テレッタは不思議そうに首を傾げる。キュリアの言いたい事はなんとなく想像できる。危険な
それに、これはテレッタ達には教えていない事だが、少年は『スコーク』に誘拐された可能性がある。そのアジトをわざわざ危険な
(いや……だからこそ、その裏をついて?)
ありえない話ではない。実際に戦った『スコーク』のメンバーは、十分にここの環境に対応できるほどの実力を持っているようにも思える。
「ああ、そんなんは他の奴らがやってくれるさ。俺らは中身を調べるとしようぜ」
ここは、テレッタに便乗しておくのが無難だろうか。さっき行ってしまった
「キュリア、今回はテレッタに従おう。大丈夫だ、きっと見つかる」
「……隊長がそういうなら」
私たちの会話を聞いたテレッタがニヤリと笑い、広げた地図の1ヶ所を指さした。
「決まりだな、ここに向かうぞ」
私たちは地図を覗き込み、テレッタが指し示す先を見ると1つの
「『デヴィス迷宮』…?」
「……おい、団長」
「んー? なんだねダガー」
「これオメェが挑みたいだけだろ」
「ナンノコトカサッパリワカンネエナ」
「おいコラ、こっち見て言え」
どうやら、ダガーの様子がおかしい。再び地図に目線を落とし『デヴィス迷宮』の説明を読む。雑な箇条書きで書かれているが、まとめると様々なカラクリや敵によって
それよりも気になるのが、目立つように違う色で大きく記された文。
「攻略者、ナシ…?」
「そうなのだ!」
視界の下から、ハヤテがぴょこっと視界に入ってくる。全く気づかなかった、こんな感覚はリノア様の隠密術依頼だ。実を言うと相当びっくりした。
というか、よくこの間に入ろうと思ったな。地図と私の間に入り込むなんて。こういうところも犬っぽい……のか? よく分からなくなってきた。
「そこはただ強いだけじゃ攻略できないようになっているのだ。しかも、自然発生したとは考えられないほど精巧な仕掛けがあったりしてて、まだ誰も最深部まで辿り着けていないのだ」
「待ってください。そもそも
「いーや、それはない」
ダガーを器用に躱しながらテレッタが口を挟む。というよりは、ダガーはもう諦め気味だ。深いため息を吐き、とにかく何も考えない様にしているようにも見える。
「どうしてですか?」
「ここは
「……言われてみればそうッスね」
「とにかく! ひとまずはそこに行くぞ、話はそっからだ!」
テレッタは恐らく、自分の意見を曲げようとしないだろう。若干私情が混ざっているようにも思えるが………まあ、それは、
▼
「ここが……『デヴィス迷宮』」
出発からわずか10分。白色町からかなり近い位置に、それはあった。真っ白な砂場の中に、不自然なほど強烈な存在感を放つ白い岩山。その一部が「待っていました」と言わんばかりに、ポッカリと大きな空洞が開いており、その先は深い深い穴が続いていた。
「いや〜やっと着いたのだ!」
「そんなに歩いてねぇだろ」
「自分的には長距離なのだ!」
それよりも驚きなのは、この余裕ぶりだ。さすがベテランの
昨日私たちが
でも、テレッタたちは全く気にする素振りもなく、それどころか他愛無い雑談をしていた。まるでピクニックでも行くかのような雰囲気だ。
———気にしてたってしょうがねぇよ。来たら倒しゃいいのさ。
道中にテレッタが私たちに言った言葉だ。随分な暴論だと思うが、それくらいの大胆さがなければ
「よーし! 今から
「…?」
「
「生き物…? 一体どういう———」
「そんじゃあ行くぜ! 遅れんなよ!」
「あ、おい! ……行ってしまった」
私たちの質問に答えることなく、テレッタは迷いなく空洞に飛び込んでいった。
私は、近くにいたダガーに聞いてみることにした。
「ダガー、一体どういうことだ?」
「そのままの意味だ」
「そのままの、意味?」
「行きゃわかるさ。とりあえずは着いてこい」
「慣れるより習え! なのだ!」
「逆だバカ犬」
「バカ犬って言うなー!」
結局、ダガーもハヤテもさっさと奥へと進んでいってしまい、疑問はますます大きくなるばかりだった。
「…どうしますか? 隊長」
「どうするって、行くしかないだろう。なるようになるさ……きっとな」
「それじゃ、俺らも行くッスか。俺らがここの第一制覇者になるッスよ!」
「お前……当初の目的を忘れてたりしないよな?」
私は空洞を覗き込む。穴の先は真っ暗闇が続いており、どこまで続いているか分からない。入り口をちょっと進んだ先には急すぎる坂になっており、一気に地下深くまで潜る構造のようだ。滑り台が入り口ということは、一度行ったらもう引き返せないという事。
仮にも
「……俺、できれば飛び込みたくないッス」
「甘えた事を言うな、ガネッシュ。手がかりがあるかもしれないんだぞ、飛び込むしかないだろう」
「なんか、いつもよりやる気ッスね……キュリアさん」
「それじゃあ、行くか」
そして、私たちは穴に身を投げ出した。暗闇に無限に吸い込まれる感覚。
私はただ、この先に何かがある事を願っていた。
▼
「へぇー、ホントに蟲と友達なんだな。オマエ、すげぇな」
「あり、がと…?」
「ガタガタガタ……」
『スコーク』のアジトに軟禁———ちょっと違うような気がするけど———されている僕は、デーモンのシノアさんとドッペルのエトラスさんに監視———これも違う気がする———されていた。
暇で仕方かなかった僕は、アジトに迷い込んできた蟲たちと話をしていた。そうしたら、その蟲さんの誰かが僕のことを話したらしく……親分までアジトにやってきてしまった。
「にしても、魔蟲と会話できるなんてな。オマエに
「そう、かな…」
「その親分蟲もそうだっつの。普通に俺らを殺せる力持ってんだぞソイツ」
親分さんの大きさは、大体僕の体の半分くらい。でも、確かにここまで大きい蟲さんは少ない。さすがは親分さんという事なのかも?
「ガタガタガタ……」
「おい、いつまで震えてんだよ。安全だってシュウも言ってんじゃねえか」
「アタシは虫系ダメなの! 少年君は可愛いから好きだけど、虫は可愛くない!」
どうやらエトラスさんは、虫というよりは一般的な気持ち悪いものは苦手らしい。どこまでは一般的なのかは分からないけど、エトラスさんがそう言っていた。
親分さんも、エトラスさんの言い分には「やれやれ」と首を振る。
「んな事言っても、オマエの後ろにもデカイ蟲いるぞ?」
「きゃああああっ!!!」
エトラスさんが隠れ場所にしていた机の後ろから飛び退き、僕に抱きついてくる。顔を僕の胸に埋めて、自らの視界を塞ぐ事に
なんとなく、エトラスさんの頭をぽんぽんと撫でるように叩く。昔に僕が不安な気持ちの時に、アインズさんがこうしてくれた事がある。
「あ……いいかも………」
「何が『いいかも』だよ………」
「少年君に撫でられるの、思ったより気持ちい……」
「ま、さっきのは嘘なんだけどな」
「ひどい! この悪魔め!」
「
ぐすんと涙するエトラスさんを、僕は撫で続ける。親分さんも「やれやれ」と半ば呆れている様子だった。
「そーいや、ミルタはどうした?」
「ぐすん……」
「……分かった、謝る。だから教えてくれって」
そういえば、
「……エリジェと外に行ったよ。今なら、『リーフ』は白色町にもいないっぽいしね。資材調達だって」
「そうか……酒頼むの忘れちまったなぁ」
久しぶりに『リーフ』という単語を聞いたような感じがする。当然そんなことはないのに、酷く懐かしい。
今頃、エリーザさんはどこで何をしているんだろう。
(無事だと、いいな…)
僕は、エリーザさんたちのためにできる事は何もない。ただ、みんなの無事を願うことしかできない。
ファーザーさんたちは、なんで僕を拐ったのか未だに教えてくれない。一体何を目的に動いているのか、アジトに隔離されている僕からでは分からない事だらけだ。
(…)
僕は、知りたかった。
知らない事は、僕にとっては小さな恐怖でもあったから。
僕が何かに役立てるのなら。そう考えると、体の疼きのようなものが治らなくなっていた。
思い返されるのは、あの2日間。短いけど、濃密すぎた2日間。
僕の中の『何かをしたい』という欲求は、どうしようもなく膨れ上がっていた。何もできない現状が、もどかしい。
僕はただ、みんなに何もない事を願っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます