第31話 願い願われ

 時刻は、およそ夕飯時だろう。日はすっかり沈み、私たちは白の大地スカル・メイズでの初めての夜を迎えていた。

 宿屋については、私たちの観光ツアー中にテレッタが手配してくれたらしい。彼女が言うことには、明日はきっと大変だろうし、ゆっくり休めるようにそこそこいいところを押さえておいてくれたようだ。


「それじゃあ……調査結果を順に報告するか。キュリア」

「はい。とりあえずではありますが、白色町に住む人たちの大まかな生活サイクルをまとめました。これを」


 キュリアが、宿屋に備え付けられていた紙にペンを走らせ、それを渡してくる。そこにはざっとではあるが、白色町の町民性についての情報がズラズラと書かれていた。

 私たちは、何も考えずに観光ツアーに興じていたわけではない。設定などではなく、紛れもなく私たちは冒険者ハンターとしてはド初心者ビギナーなのだ。

 私たちがまず知る必要があると考えたのは、冒険者ハンターの活動パターンを知ることだった。幸運にも、ここには手練てだれが大勢いる。初めてのことに挑戦する際、プロを真似るのは常套じょうとう手段だ。


「ふむ……深夜帯には、ほぼ全員が活動しなくなるのか。少し意外だな」

「おそらく、この白の大地スカル・メイズの環境も影響しているのでしょう」

「いっぱいあった娯楽施設とか酒場パブとかも、全部夜になると閉まるらしいッスよ」


 白の大地スカル・メイズは、世界トップクラスの迷宮ダンジョン密集地帯だ。昼間でさえ、メガクロウガやネオウルガルといった一層危険な魔物に襲われたほど。夜間ならば、当然その凶暴性は大幅に増すことになる。

 その危険の波は、どうやら唯一の安全地帯セーフティエリアである白色町でも変わらないらしい。ほぼ全ての施設が夜9時をさかいに閉店していて、それ以降に開いている建物といえばギルドだけだった。


 このことから分かる事実、それは『どんなベテランも夜の迷宮探索ダンジョン・ハントを恐れる』ということだ。それほどまでに深夜の魔物は獰猛どうもうで厄介なのだと、たったこれだけの情報からでも容易に想像できた。


「それと、冒険者ハンターたちの拠点は基本的に宿屋みたいッスね。いろんな宿屋みてきたッスけど、宿屋を運営してるのは御老体の人ばっかりッスね」

「そうか…」


 つまりこの町は、本当の本当に冒険者ハンターだけで構成されているらしい。だが、この町の治安は全く悪くはない。むしろ、良いくらいだ。果たして、そんなことがあり得るのだろうか?


(どんな政治も、必ず闇の部分は出てくる……だが、この町には政治らしいものはないのに治安は良好、か)


 ありえない、とは言わない。

 だが、あらゆる種族が一箇所に集まっているのにも関わらず、暴動や反乱が全く起こっていない。たった1つの種族の集まりでも起こり得る事だというのにだ。そんなこと、果たしてあり得るのだろうか。


 私の直感でものを言うのであれば……何か秘密がある、といったところだろうか。これでも私は『リーフ』のリーダーだ、政治関係のことにも何度か首を突っ込ませていただいたことはある。

 だからこそハッキリと分かるが、国でなくとも、それこそチームであってもそこそこの人数がいれば、反対勢力は内部に発生するものだ。ルールがあやふやな組織なら、なおさら。


「どうしますか、隊長。明日もう一度調べなおしますか」

「いや、明日は冒険者依頼クエストがある。調べるかどうかは、その後でいいだろう」

「シュウ君が見つかれば、それでおしまいッスからね」


 ほぼ間違いなく、この白色町には秘密とも言えるような何かはある。だが、私たちがそこまで知る必要はないだろう。あるとすれば、少年の行先とこの町に関係があると知った時くらいのものだろう。


「よし、それでは各自で休息を取れ。明日は迷宮探索ダンジョン・ハントだ、今日の疲れを残すなよ」

「了解」「了解ッス」


 こうして私たちは、明日に向け解散した。

 願わくば、少年がこの地で見つかりますように。



    ▼



 私たち『リーフ』は、フォルテルの現王女であるリノア様からの任務を受けて、それを確実に遂行するチームだ。そして、その任務はフォルテル周辺の安全確認であったり調査であったり。遠征や極秘任務なども行なっていたりもする。

 そして、それらの任務は粛々と行われるのが通例だ。おふざけ半分で任務にあたろうものなら、まず大怪我をする。


 これが私の常識だ。自分の中の常識を他者に押し付けるつもりなど毛頭ないのだが、きっと他の種族での部隊も似たり寄ったりだろうと思っている。

 そして、もし白色町を冒険者ハンターで成り立つ1つの国と認めてしまうのであれば………今、私の目の前には、が広がっている。


「聞けぇお前ら! 1番に目標を見つけたヤツには褒美をやるぞ!」

「よっしゃあああああああっ!!!」


 テレッタの怒号をきっかけに、冒険者依頼クエストに参加を表明した冒険者ハンターの歓喜の声が部屋をビリビリと震わせる。

 ざっと見ただけで30人はいる。想像していた以上の人数だ。もちろん種族も様々。改めて私たちは圧倒されていた。


「褒美が欲しいかァ———!?」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

「デカブツを倒したいかァ———!?」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

「よぉし! なら、冒険者依頼クエスト開始だァ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 大勢いた冒険者ハンター達が一斉にギルドから出ていく。複数人の足音は、『ドドド』という擬音が目に浮かぶようだ。あちこちに砂埃が舞い、それがおさまった頃には冒険者ハンターはテレッタとダガー、ハヤテの3人だけとなり、まるで嵐がここを通過した後のような惨事になっていた。

 これ、リベリアさんが目の当たりにしたら卒倒するのではないだろうか…。


「よっと、んじゃあ俺らも行くか」

「………褒美ってなんだ?」

「んー? そうでも言わねえと、あいつらすーぐ飽きるんだわ。ま、内容は後で考えとくさ」

「団長、俺らはどこに行きゃいいんだ? テキトーに練り歩いてみるのか?」

「自分、それでもいいのだ!」

「バーカ、そんなつまんねー事するわけねーだろ?」


 テレッタがふところから大きめの地図を取り出す。おそらく白の大地スカル・メイズの全体地図のようなものだろう、見たところ私たちがここに来る前に見たものよりかなり詳しいようだ。

 その地図には、白の大地スカル・メイズにある数多の迷宮ダンジョンの位置や難易度などが詳細に記されていた。


白の大地ここ迷宮ダンジョンって、名前ついてたんスね…」

「そっちの方が区別しやすいからな。んー、どの辺に行くかな…?」

「ま、待ってください! まさか、迷宮ダンジョン内を捜索つもりですか!?」

「ん?」


 キュリアが声を上げると、テレッタは不思議そうに首を傾げる。キュリアの言いたい事はなんとなく想像できる。危険な迷宮ダンジョン内で少年が見つかる可能性は少ないから、白の大地スカル・メイズの表層部分をくまなく探索した方がいいという考えは、おそらく正しい。

 それに、これはテレッタ達には教えていない事だが、少年は『スコーク』に誘拐された可能性がある。そのアジトをわざわざ危険な迷宮ダンジョン内に隠しておく必要もない。


(いや……だからこそ、その裏をついて?)


 ありえない話ではない。実際に戦った『スコーク』のメンバーは、十分にここの環境に対応できるほどの実力を持っているようにも思える。


「ああ、そんなんは他の奴らがやってくれるさ。俺らはを調べるとしようぜ」


 ここは、テレッタに便乗しておくのが無難だろうか。さっき行ってしまった冒険者ハンターも、白色町の住人ならば白の大地スカル・メイズの地形に関しては私たちよりも確実に詳しいはずだ。


「キュリア、今回はテレッタに従おう。大丈夫だ、きっと見つかる」

「……隊長がそういうなら」


 私たちの会話を聞いたテレッタがニヤリと笑い、広げた地図の1ヶ所を指さした。


「決まりだな、ここに向かうぞ」


 私たちは地図を覗き込み、テレッタが指し示す先を見ると1つの迷宮ダンジョンの名前が記されていた。


「『デヴィス迷宮』…?」

「……おい、団長」

「んー? なんだねダガー」

「これオメェが挑みたいだけだろ」

「ナンノコトカサッパリワカンネエナ」

「おいコラ、こっち見て言え」


 どうやら、ダガーの様子がおかしい。再び地図に目線を落とし『デヴィス迷宮』の説明を読む。雑な箇条書きで書かれているが、まとめると様々なカラクリや敵によって冒険者ハンターを退けてきた難攻不落の洞窟型迷宮ダンジョンだそうだ。

 それよりも気になるのが、目立つように違う色で大きく記された文。


「攻略者、ナシ…?」

「そうなのだ!」


 視界の下から、ハヤテがぴょこっと視界に入ってくる。全く気づかなかった、こんな感覚はリノア様の隠密術依頼だ。実を言うと相当びっくりした。

 というか、よくこの間に入ろうと思ったな。地図と私の間に入り込むなんて。こういうところも犬っぽい……のか? よく分からなくなってきた。


「そこはただ強いだけじゃ攻略できないようになっているのだ。しかも、自然発生したとは考えられないほど精巧な仕掛けがあったりしてて、まだ誰も最深部まで辿り着けていないのだ」

「待ってください。そもそも迷宮ダンジョンは自然発生したもののはずです。カラクリなんて存在するんですか? 誰かの建築物という可能性も……」

「いーや、それはない」


 ダガーを器用に躱しながらテレッタが口を挟む。というよりは、ダガーはもう諦め気味だ。深いため息を吐き、とにかく何も考えない様にしているようにも見える。


「どうしてですか?」

「ここは白の大地スカル・メイズだぞ? あんなもん建築する余裕とかねぇって」

「……言われてみればそうッスね」

「とにかく! ひとまずはそこに行くぞ、話はそっからだ!」


 テレッタは恐らく、自分の意見を曲げようとしないだろう。若干私情が混ざっているようにも思えるが………まあ、それは、冒険者ハンターだからということで、うん、そうしておこう。



   ▼



「ここが……『デヴィス迷宮』」


 出発からわずか10分。白色町からかなり近い位置に、それはあった。真っ白な砂場の中に、不自然なほど強烈な存在感を放つ白い岩山。その一部が「待っていました」と言わんばかりに、ポッカリと大きな空洞が開いており、その先は深い深い穴が続いていた。


「いや〜やっと着いたのだ!」

「そんなに歩いてねぇだろ」

「自分的には長距離なのだ!」


 それよりも驚きなのは、この余裕ぶりだ。さすがベテランの冒険者ハンターということでいいのだろうか。

 昨日私たちが白の大地スカル・メイズに初めてアタックした時には、隠す気のない魔物から発せられる殺気で、気を緩める暇なんてなかった。

 でも、テレッタたちは全く気にする素振りもなく、それどころか他愛無い雑談をしていた。まるでピクニックでも行くかのような雰囲気だ。


———気にしてたってしょうがねぇよ。来たら倒しゃいいのさ。


 道中にテレッタが私たちに言った言葉だ。随分な暴論だと思うが、それくらいの大胆さがなければ冒険者ハンターは務まらないのかもしれない。そういうところは、見習うべきなのだろうか。


「よーし! 今から迷宮探索ダンジョン・ハントに取り掛かるわけだが……お前ら3人に言っとくことがある」

「…?」

迷宮ダンジョンはな、なんだ。そこんとこ、よろしくな」

「生き物…? 一体どういう———」

「そんじゃあ行くぜ! 遅れんなよ!」

「あ、おい! ……行ってしまった」


 私たちの質問に答えることなく、テレッタは迷いなく空洞に飛び込んでいった。迷宮ダンジョンが生き物というのは、どう言った意味なのだろうか。まさか、本当に生き物なわけがないだろう。

 私は、近くにいたダガーに聞いてみることにした。


「ダガー、一体どういうことだ?」

「そのままの意味だ」

「そのままの、意味?」

「行きゃわかるさ。とりあえずは着いてこい」

「慣れるより習え! なのだ!」

「逆だバカ犬」

「バカ犬って言うなー!」


 結局、ダガーもハヤテもさっさと奥へと進んでいってしまい、疑問はますます大きくなるばかりだった。


「…どうしますか? 隊長」

「どうするって、行くしかないだろう。なるようになるさ……きっとな」

「それじゃ、俺らも行くッスか。俺らがここの第一制覇者になるッスよ!」

「お前……当初の目的を忘れてたりしないよな?」


 私は空洞を覗き込む。穴の先は真っ暗闇が続いており、どこまで続いているか分からない。入り口をちょっと進んだ先には急すぎる坂になっており、一気に地下深くまで潜る構造のようだ。滑り台が入り口ということは、一度行ったらもう引き返せないという事。

 仮にも冒険者ハンターとして半人前以下の私にとって、この先に進むには幾分かの覚悟が必要だ。


「……俺、できれば飛び込みたくないッス」

「甘えた事を言うな、ガネッシュ。手がかりがあるかもしれないんだぞ、飛び込むしかないだろう」

「なんか、いつもよりやる気ッスね……キュリアさん」

「それじゃあ、行くか」


 そして、私たちは穴に身を投げ出した。暗闇に無限に吸い込まれる感覚。

 私はただ、この先に何かがある事を願っていた。



   ▼



「へぇー、ホントに蟲と友達なんだな。オマエ、すげぇな」

「あり、がと…?」

「ガタガタガタ……」


 『スコーク』のアジトに軟禁———ちょっと違うような気がするけど———されている僕は、デーモンのシノアさんとドッペルのエトラスさんに監視———これも違う気がする———されていた。

 暇で仕方かなかった僕は、アジトに迷い込んできた蟲たちと話をしていた。そうしたら、その蟲さんの誰かが僕のことを話したらしく……までアジトにやってきてしまった。


「にしても、魔蟲と会話できるなんてな。オマエにはめめられた時も思ったが、今でも信じらんねぇぜ」

「そう、かな…」

「その親分蟲もそうだっつの。普通に俺らを殺せる力持ってんだぞソイツ」


 親分さんの大きさは、大体僕の体の半分くらい。でも、確かにここまで大きい蟲さんは少ない。さすがは親分さんという事なのかも?


「ガタガタガタ……」

「おい、いつまで震えてんだよ。安全だってシュウも言ってんじゃねえか」

「アタシは虫系ダメなの! 少年君は可愛いから好きだけど、虫は可愛くない!」


 どうやらエトラスさんは、虫というよりは一般的な気持ち悪いものは苦手らしい。どこまでは一般的なのかは分からないけど、エトラスさんがそう言っていた。

 親分さんも、エトラスさんの言い分には「やれやれ」と首を振る。


「んな事言っても、オマエの後ろにもデカイ蟲いるぞ?」

「きゃああああっ!!!」


 エトラスさんが隠れ場所にしていた机の後ろから飛び退き、僕に抱きついてくる。顔を僕の胸に埋めて、自らの視界を塞ぐ事に躍起やっきになっているようだった。僕を抱きしめる腕は、細かく震えいる。

 なんとなく、エトラスさんの頭をぽんぽんと撫でるように叩く。昔に僕が不安な気持ちの時に、アインズさんがこうしてくれた事がある。


「あ……いいかも………」

「何が『いいかも』だよ………」

「少年君に撫でられるの、思ったより気持ちい……」

「ま、さっきのは嘘なんだけどな」

「ひどい! この悪魔め!」

悪魔デーモンだが?」


 ぐすんと涙するエトラスさんを、僕は撫で続ける。親分さんも「やれやれ」と半ば呆れている様子だった。


「そーいや、ミルタはどうした?」

「ぐすん……」

「……分かった、謝る。だから教えてくれって」


 そういえば、龍族ドラグーンのミルタさんはエリジェントさんとペアを組んでいたっけ。思い返してみれば、しばらく見ていないような気がする。何処かに出かけたのだろうか?


「……エリジェと外に行ったよ。今なら、『リーフ』は白色町にもいないっぽいしね。資材調達だって」

「そうか……酒頼むの忘れちまったなぁ」


 久しぶりに『リーフ』という単語を聞いたような感じがする。当然そんなことはないのに、酷く懐かしい。

 今頃、エリーザさんはどこで何をしているんだろう。白の大地スカル・メイズは危険な迷宮ダンジョンがたくさんあるって、ファーザーさんから聞いている。


(無事だと、いいな…)


 僕は、エリーザさんたちのためにできる事は何もない。ただ、みんなの無事を願うことしかできない。

 ファーザーさんたちは、なんで僕を拐ったのか未だに教えてくれない。一体何を目的に動いているのか、アジトに隔離されている僕からでは分からない事だらけだ。


(…)


 僕は、知りたかった。

 知らない事は、僕にとっては小さな恐怖でもあったから。

 僕が何かに役立てるのなら。そう考えると、体の疼きのようなものが治らなくなっていた。


 思い返されるのは、あの2日間。短いけど、濃密すぎた2日間。

 僕の中の『何かをしたい』という欲求は、どうしようもなく膨れ上がっていた。何もできない現状が、もどかしい。


 僕はただ、みんなに何もない事を願っていた。

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