第30話 白色町観光ツアー

 テレッタからのあまりの不意打ちに、まるで電流でも走ったかのように体を反応してしまいそうになる。

 私たちが『リーフ』だとバレている!? とっさにキュリアの顔をテレッタにバレぬように見てしまうが、それはキュリアも同じだったらしい。私と同じ驚愕の表情を浮かべながら、バッチリ私と目が合ってしまった。


「ん? なんだ、そんなに驚くようなことか?」


 テレッタはてテレッタで不思議そうな顔をして聞いてくる。この反応から察するに、私たちのことを『リーフ』ではないかと疑っているというレベルではなく、もはや確信しているようだ。


「……いや、そうだ。私たちは『リーフ』だ」

「いや、分かってるっつの」


 私は観念して、正体を自分の口から打ち明けることにした。

 一瞬すっとぼけようかとも考えたが、確信している相手にはすっとぼけても意味がない。それに、もともとオーガという種族は嘘に敏感な種族だ。オーガの中には、嘘を吐かれることを侮辱ぶじょくと考えるような者もいるという。


「ま、そんな緊張すんなって。別にどうしようって気はねえからよ」


 テレッタはぴょんと座っていた机から飛び降り、ガラガラの本棚から本を一冊手に取ると、パラパラとページをめくっていく。


「しかし……なぜ気付いたんだ?」

「最初にお前、『セリーザ=エルシア』っつったろ? なーんか聞き覚えあってな。俺が聞き覚えあることなんて、それなりにでっかい案件だからよ。調べてみたんだ」


 つまり、ガネッシュの『名前の一部を変えただけでも案外バレないんじゃないか作戦』は見事に大失敗したということだろう。やはり、あんなバカの作戦を採用するんじゃなかった。お仕置き役はキュリアに譲ろう。


 「あれ…どこに書いてあったかな」とテレッタがページを行ったり来たりしている。しかし、いつ調べたのだろうか。テレッタは私たちとほとんど一緒に行動していたわけだし、調べ物をする暇なんてなかったハズ……


———俺、ちょっと用事があるので。


 あ、ひょっとしてダガーか? もしかしたら、ダガーのいう用事というのはこの調べ物のことだったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、テレッタは「ああ、あった。これだ」とあるページで手が止まり、それを私たちに見せつけた。


「ほれ、お前らだろ? これ」


 そのページは、大雑把にいえばエルフについての資料のようなものだった。そして、右下にある小さなコラムのような所には私たち『リーフ』についての資料も書かれていた。


「……なるほど、私たちが偽名を使ったところで無意味だったか」

「……そうみたいですね」

「そうでもねえさ。俺がデジャビュを感じてなきゃあ、お前らが『リーフ』だって気付きはしなかった」


 やはり、キュリアによるトロアのお仕置きは決行されることになりそうだ。


「んで、こっからが大事なんだが……こーんなトコに何しに来たんだ?」


 その質問は、ごく自然なものだろう。なにせ、エルフの国フォルテルにおける最高戦力『リーフ』がこぞって遠征なのだから。エルフに興味も関心もない者でも気になりはするだろう。


 だが当然、少年ヒューマンのことまで話すわけにはいかない。いくら白の大地スカル・メイズの唯一の村の長であろうと、そこまで話してしまえばややこしいことになってしまう。

 一番まずいのは話が外部に漏れることだ。そもそもヒューマンは存在するというだけで、とんでもない大発見になりかねない。私たち『リーフ』が存在を認めれば、混乱の規模は想像もつかない。


 とどのつまり、私たちはぼかして言うことにした。


「人探しをしているんだ」

「へえ、どんなやつ?」

。だが、少々身長が高い」

「ふーん……さっぱりわかんないな」


 テレッタは本を本棚に戻すと、さっきと同じように机の上に座った。どうやら、テレッタにとって机というのは椅子と同じようなものらしい。


「そもそもコロコナってのは冒険者ハンターにならない傾向があるからなあ。ダガーくらいのもんだぞ、あんなこと半強制的な女装させられてまで冒険者ハンターやってんのはな」


 ダガー……やはり彼からは、途方もない苦労人の雰囲気がする。なぜか私は、リベリアさんとリノア様の顔を思い浮かべていた。


 コロコナの種族性は、エルフの潔癖症と似たようなものがある。簡単にいえば、多種族を受け付けない種族なのだ。しかしその理由は、他種族を見下しているとか貶しているとかではない。最大の理由は、劣等感だ。

 コロコナは他種族よりも劣っていると考える者が多い。それも、コロコナ自身がそう考えている節があるのだ。その劣等感からは恐怖が生まれ、結果的に他種族を拒むようになった。


 その影響からかコロコナの冒険者ハンターの数は少ないとテレッタは言う。だが、私たちもこの白色町にやってきてから比較的コロコナの姿を見ていない。それよりかは、ビーストやオーガといった種族が多いように感じる。


「んで、そいつが白の迷宮スカル・メイズにいるって?」

「それはわからない。手当たり次第だ」

「なるほどなぁ……」


 この町の町長であるテレッタが分からないと言っているのなら、おそらくこの町にはいないのだろうか。いや、そう考えるのはまだ早いはずだ。

 なにせ、少年は『スコーク』に誘拐されたのだ。『スコーク』の情報があるかどうか、私はテレッタに重ねて質問することにした。


「テレッタ、この町にデーモンとドッペルのペアっているか?」

「んー……いっぱいいるな。ペアっつーかチームだがな」

「それじゃあ、ヴァンプとドラグーンではどうだ?」

「いっぱいいるな」

「そうか……」


 その情報だけでは、まだ何も分からない。むしろ、いないと答えてくれた方がまだ絞れたのだが……。

 キュリアも、手を顎において深く考えているようだ。しかし、その結果には期待そうにできそうにない。このままでは何も分かっていないのと同じなのだから、いくら考えても想像の範疇を超えることはない。


「よしっ!」


 テレッタが急に手をパンッと叩く。そして机から飛び降りると、仰々しく手を広げた。


「俺らがその人探しを手伝ってやろう!」

「……えっ」



   ▼



 改めて、不思議な事になってしまったと僕は思う。

 いや、エリーザさんたちと初めて出会った時からおかしな事になってしまったとは思ってはいたけど、こんな展開になるなんて誰が予想できるのだろうか。


(僕を拐おうとしてたのは、変わらないけど…)


 だけど攫われた後に、大歓迎されるなんて思ってもみなかった。

 というより……


「おいエトラス、ジュース持ってきてくれ〜」

「ヤダよ、シアノ君の方が近いじゃん。むしろ取ってきておくれ」

「めんどい」

「アタシも」

「あ、僕はヴィール姉さんの様子見てきますね」


 放置されるなんて、思ってもみなかった。僕の目の前に広がっているのは多分、『スコーク』の日常風景なんだろう。

 なんというか、緊張感がまるでない。わざわざ誘拐をしておいて、こうも空気的存在にされてしまうと少し寂しい。僕も縛られているとか監禁されているとかは一切なくて、少し落ち込みながら渡された飲み物をちびちび飲んでいるだけだ。

 なんか、色々と違う気がする。


「……少し緩みすぎじゃないか? 君たち…」

「あ、ファーザー」

「帰ってきたのか、ジジイ」

「もっとこう…あるだろうに…」


 突然、僕の背後からファーザーさんの声がした。きっと、瞬間移動シフトで帰ってきたんだろう。今となっては僕も見慣れた現象になってきている。

 とりあえず、僕も挨拶をしておく事にした。誘拐の被害者って、こんなだったっけ……


「おかえり、なさい…?」

「………ああ、ただいま」


 ファーザーさんも、ものすごく複雑そうな顔をしている。その気持ち、僕にはとてもよく分かるような気がする。


「シアノ君にエトラス君……仮にも私たちは誘拐犯、『リーフ』に狙われる身だ。だからもう少しは緊張感を———」

「大丈夫だろ」「大丈夫でしょ」

「…」


 二人とも、ファーザーさんとは一切目を合わさずにさらっと声を合わせる。ファーザーさんは声にもならない溜息を吐いて、二人の説得を諦めた。

 なんだか、エリーザさんとトロアさんのやり取りを見ているみたいだ。


「…ニュースがある。エクリア君も、よく聞いておいてくれ」

「…?」

「『リーフ』が白の大地スカル・メイズにやってきたらしい」

「…!」

「何?」「うわー…」


 エリーザさんたちが、白の大地スカル・メイズに? でも、どうやってここの居場所がわかったのだろう。


(ってことは……もう近くに…?)


 だとしても、動くのがあまりにも早すぎる。そんなに丁度いい偶然が起こったのだろうか? 例えば、僕が拐われた日にエリーザさんたちがアインズさんに会いに行ったとか……そんな、都合のいい偶然が? それとも、何か筋の通る理由があるのだろうか。

 ともかく、エリーザさんたちは近くに来ている。


「それ、アイツからの連絡か?」

「ああ。思ったよりも早い、いつでも対処できるように他の者たちにも言っておいてくれ」

「へいへい、分かったよ」

「本当だろうな…?」


 ファーザーさんは不安そうにしながらも、自分の部屋に戻っていく。

 そんなことよりも、僕の頭の中はエリーザさんたちのことでいっぱいだった。果たして、無事だろうか? そもそも、エリーザさんたちがこの場所に来て大丈夫なのだろうか。

 この先どうなるかなんて、もはや僕には何もわからなくなっていた。



   ▼



 どうしてこうなった。

 私はギルドに設置された掲示板の前で呆然と、ただそれだけ思った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

冒険者依頼クエスト】〈迷い人捜索隊〉

内容:ある人物の探し人の捜索

詳細:探している人物は男性のコロコナ。ただし、ダガーよりかは背が高い。白の大地スカル・メイズ内にいるのかどうかすらあやふや。

日時:明日の10時、ギルドに集合。

報酬:1日限り、ギルドの酒飲み放題!

コメント:お前らの協力を待ってるぜ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 はぁ…と溜息をこぼす。それは、隣にいるキュリアも同じだった。トロアは何処かに行ってしまった。


 ちなみに、テレッタには「偽名なんて意味ねぇからやめとけ」とも言われた。流石にだからって偽名をやめる訳にはいかなかったが、テレッタに強引に連れられ……


———知らないねぇ。

———エリーザ……誰だか知らないけど、素敵な名だねぇ。あたしもそんな名前つけられたかったよ。

———リーフ? そらぁ食いモンか?

———………?


 と、こんな風に本当に意味がなさそうだったので結局撤廃する事になった。本当に、強引すぎる人だ。さすがはオーガといったところなのか、面倒が嫌いなのか。


 当然、私たちがこんな目立つものを書いたわけではない。犯人は、あの困ったギルド長ことテレッタだ。最初、私たちは冒険者依頼クエストなどというものを作ることに猛反対したが、強引に押し切られてしまった。

 誰の依頼なのかは書かないでおいてやる、という約束は守ってくれたようだが……私たちがこの街にやってきたタイミングで、これが出されたのだ。カンのいいやつなら一発で気付くだろう。


「隊長……」

「…しかたない、諦めよう。こうなったら、人手が増えたと考えてもいいかもな」

「そう、ですね…」


 もちろん、そう楽観視している場合ではないのだが……手遅れだ、潔く明日のことを考えたほうがいいだろう。


———明日まで白色町を楽しんでくれ!


 別れ際にテレッタが私たちに言った言葉だ。宿屋もまだ決めていないのに、トロアは諸手を挙げて街ぶらりに走って出かけてしまったということになるのだが……私とキュリアは見つめ合い、同時に二度目の溜息を零した。


「それじゃあ……私たちも行くか?」

「そうですね。あの馬鹿も探さなくてはなりませんし」

「ん、どっか行くのか?」

「!?」


 突然、後ろから声をかけられ過剰に驚いてしまった。そして慌てて後ろを振り向くと……あれ?


「誰もいな———」

「下だ」


 視線を下にさげると、そこにはどこか不満そうなダガーがいた。目をジトッとさせている。まずいことをしてしまった気がするので、私は素直に素早く謝ることにした。


「す、すまない。コロコナと話すのに慣れていなくてな」

「……ふん、まあいい。慣れっこだからな」

「それより……ダガーはどうしてここに?」

「俺だけじゃねえぞ」


 ダガーがギルドの出入り口を親指で示すと、そこには私たちを遠くからじっと見つめて尻尾を大きく揺らすハヤテの姿があった。遠くから見ると、やはり犬にしか見えない。


「俺とハヤテは、その冒険者依頼クエストに強制参加なんだ。団長命令でな」


 私たちよりも深い溜息を混じらせそういうダガーに、私たちは空笑いしか出てこない。本当に苦労しかしていなさそうだなぁ……


「んで、明日のために今日は休めって言われてな。そこで、あそこの能天気がお前らの町の案内を思いついたんだ。俺はそれにも強制参加になってな」

「そ、そうか……ありがとう」

「礼を言う必要はねえよ。所詮はこっちのお節介だ、行くぞ」


 そして私たちはダガーに連れられてギルドの外に出る。ハヤテが「それじゃあ出発なのだー!」とテンション高めな中、私たちの白色町観光ツアーは始まったのだった。


 とは言っても、町の印象は初めてここを通った時とほとんど変わることはなかった。生活重視のフォルテルとは全く違い、白色町はまるで昼の歓楽街。娯楽施設や酒場が町のほとんどを占めている。

 それに、冒険者の町であることが影響してか武器屋や防具屋、道具屋なんかも充実している。町が丸ごと武器庫のような感じだ。さらには、魔法屋なんて胡散臭い店もちらほらある。

 というか、魔法は買うものじゃなくて学ぶものではなかっただろうか。そんな私の視線に気づいたのか、ダガーが口を開く。


「魔法ってのは買うこともできる。少なくとも、ココに関しちゃそうだ」

「どういうことです? 魔法を買うなんて…」


 キュリアが不信感交じりに聞き返す。それもそうだ、キュリアは今まで類い稀な才能と驚くほどの努力で『五属性の全てをマスターする』という偉業を成し遂げたのだ。

 そんな彼女が、「魔法を買える」と聞いたのでは黙っているわけがない。そんな彼女の疑問に答えたのは、意外にもハヤテだった。


「魔法屋にはねー、『魔導書グリモワール』が売られているのだ!」

魔導書グリモワール!?」

「…キュリア、知っているのか?」


 キュリアがこんな声を出すなんて、なんて珍しいことなのだろう。少なくとも、その魔導書グリモワールとやらがすごいものだという事は分かる。

 キュリアは自分らしくない声を上げてしまった事に、少し咳払いをしてごまかした後、落ち着いたいつもの口調で教えてくれた。


「昔、偉大な魔法使いが作成した言われる、10冊の本です。それぞれの本に別の効果があって、その本を読んだ者はそれぞれの本に宿る最強の魔法を使えるようになるのだとか……」

「…つまり、読めば特定の魔法が覚醒する代物ということか?」

「はい、そんな感じです。ですが現在見つかっている本は4冊だけで、炎と風と光と氷だったような…」


 ……つまり、こういうことだろうか。

 それぞれの本には、読み手に別々の属性の魔法を覚醒させる効果がある。


(とんでもないものが世界にはあるものだな……)


 しかも、現在見つかっていない本は残り6冊もあるというのだから驚きだ。ひょっとすると、全部の本を集めたものは世界を支配する力が〜なんてこともあるのだろうか。

 まあ、そんなおとぎ話のようなことが早々あるわけ———


「そして、全ての本を集めた者は全てを手にすると言われています」


 あった。しかも私の想定より規模が大きい。

 私は魔法が使えないから、そこらへんの知識があまりない。少しは、魔法についても勉強しておくべきだろうか。この遠征が終わったら、キュリアにお願いするとしよう。


「ま、お前が思っているのとは別モンだけどな」

「どういう意味ですか?」

「魔法屋にあるのは魔導書グリモワールを真似て作った偽物の魔道具アーティファクトだ。俺らは魔道書レプリカって呼んでいる」

魔道書レプリカ……」

魔導書グリモワールは一回読めば効果がずっと続くだろ? それに制限がついたものと思えばいい」

「よーするに、強力な魔法が数回使える魔道具アーティファクトって思えばいいのだ!」

「うーん……」


 分かったような、分からないような。

 頭を小さく傾ける私たちを見て、ダガーがふっと笑う。


「そんなに気になるなら、見ていくか?」

「……どうする、キュリア」

「…見ておきたいです」


 というわけで白色町観光ツアーの記念すべき一発目のお店は、なんとも怪しい魔法屋に決定したのだった。

 ………どうして、こうなった。

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