第29話 静けさの後の

「ここが俺ら冒険者ハンターのメイン拠点———『ギルド』だ!」


 テレッタが指差す建物は、私たちが想像していた以上に巨大だった。そして、白色町にやってきてから見た建物の中で一番シンプルな作りをしていた。

 何も知らずにこの建物を見たなら、大きな集団住宅地マンションのように感じるだろう。ギルドの頑丈そうな立派な扉は大きく開け放たれており、まるで新しい仲間を歓迎するかのような雰囲気をしていた。


 その開いた扉の向こうには、活気溢れる冒険者ハンターらしき人物があっちに行ったりこっちに行ったりと、入り乱れるようにして歩いているのが見える。ビーストもヴァンプも、御構い無しだ。


(本当に、こんなにもの種族が……)


 こんな光景、今時の偉そうな人に話しても決して信じはしないだろう。まあ、少なくともリノア様は「なんと面白い!」と目を輝かせるだろうが。もはや、眼に浮かぶようだ。


「団長、ちょっといいですか」

「どうしたダガー、女装をやめたい件以外なら聞いてやらないこともないぞ?」

「……俺、ちょっと用事があるので。行ってもいいですか?」

「あー……いいぞ。いってきな」


 ダガーが私たちの間をすり抜けて、どこかに行ってしまう。そして、すぐに街角を曲がり姿が見えなくなった。武器や防具を買い足しにでも行ったのだろうか?


「テレッタ、彼は何を…?」

「ん? ああ、野暮用さ野暮用。お前らが気にする事じゃねぇさ。さあさあ、入った入った!」


 テレッタが私たち3人をまとめてグイグイと中に押し込んでいく。さすがオーガというだけあって凄い力だ、たとえ私たちが抵抗していたとしても結果は変わらなかっただろう。もちろんそんな事をする意味など全くないからしないが。


 今ふと思い出したが、野暮用といえばトロアにもそんな事をよく言っては何処かに行っていたな。トロアは『日課』と言っていたが、結局その日課とはなんなのだろうか。

 そんなことを考えているのも束の間、気が付けば私たちは既にギルドの中央近くの場所まで押し込められていた。そして……ギルドにいた冒険者ハンター全員から、視線の集中砲火を受けていた。


「あー……」

『『『『『…………………』』』』』


 静寂。ギルドにいた者たちの反応は十人十色だった。これっぽっちも興味を示さない者、食事の手を止めて目を見開き凝視する者、仲間に叩き起こされ状況が全く理解できていない者。しかし、その中の誰1人として何も言葉を発さない。

 その沈黙を破ったのは、ギルドに設置されている机の上に大胆に飛び乗ったテレッタの大声だった。


「お前らぁ! 新しい仲間だぁ!!!」


 そして………次の瞬間には、突風のような音の強襲が私たちを四方八方から襲った。


『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!』』』』』

『『『『『エルフだああああああああああああああああ!?!?!?』』』』』


 白色町の隅々どころか、白の大地スカル・メイズ中にまで聞こえてしまうような雄叫びの爆音に、その中心にいた私たちは反射的に耳を強くふさぐ。まさかこんなところで威嚇スレットを喰らう羽目になるとは、一体誰が予想できるだろうか。

 耳をビリビリさせている私たちを無視して、テレッタはどんどん話を荒く先に進めていく。


「仲良くできるな、お前らぁ!!!」

『『『『『おおおおおおおおっ!!!!!!』』』』』

「嘘はねぇな、お前らぁ!!!」

『『『『『おおおおおおおおっ!!!』』』』』

「声が小せえぞぉぉッ!!!!!!」

『『『『『おおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』』』』』


 マズい。この状況は、この展開は非常にマズい。

 私たちの目的は、あくまで少年の捜索だ。そしてその少年というのは、この世界においてレア中のレア、トップレア種族であるヒューマンだ。つまり、捜索が終わった後も誰かにその姿を見られてはいけないという事が絶対条件なのだ。

 それなのに、こんなに人数が多い中で誰にも見つからずに少年を見つけ、誰にも感づかれずに少年とともにフォルテルに帰るなんて至難の業だ。まるで出来るヴィジョンが見えない。

 そんなことより、もっと気になるのが———


「テ、テレッタ! これ全員、お前の部下なのか!?」

「んー? 今更何言ってん———」

「あ、団長! 自分の記憶じゃ、まだ言ってないと思うのだ!」

「あー……そうだったかもしれねえな」


 テレッタが「とうっ」と机から飛び降り、満面の笑みで立ち上がる。顔を私の目の前まで近づけ、そして……自己紹介をした。

 その顔は満面の笑みというより、ドッキリを仕掛けてそれが成功した時の悪戯っ子の表情と言った方が正確だろう。


「改めて、俺の名前はテレッタ=コーズだ。。よろしくな、新参者ビギナーども!」


 ひょっとしたら、私たちは想像している以上にピンチに陥っているのかもしれない。



   ▼



「なーリベリアー、もういいだろー? そろそろ、この縄を解いてはくれないものかな」

「リノア様、何度言わせるんですか。今日の業務が終わるまでダメです」

「積まれてる紙が明らかに今日の分じゃない気がするのは妾だけかなー?」

「はい」

「まったく、遠慮も容赦もない……」


 何を言っているんだろうか、この国王は。私、リベリアはリノア様のあまりの計画性のなさにため息をついこぼしてしまう。


 今現在、フォルテルには『リーフ』という最高戦力が全員欠けているという非常事態に陥っているのだ。この状況下で、どこかの国が攻めにでも来たとなれば敗北する可能性は高い。

 となれば、欠けている戦力を他の者たちで均等に補っていくしかないのだが、何せ『リーフ』はフォルテルにおける最高戦力だ。そう簡単に埋めることのできる穴であるはずがない。武力はフォルテルに残っている兵士などに頑張ってもらうとして、それだけでは補いきれないのが現状なのだ。

 こういった書類上の業務や訓練の教官役といった、ありとあらゆる面でどうしたって欠陥が出てきてしまう。とどのつまり、リノア様国王様はもちろん私たち側近や使いの人たちにも、いつも以上の努力が求められるのは当然なのだ。


 だというのに……リノア様は一体何を考えているのだろうか。たかが人探しの遠征で、まさか『リーフ』を派遣させるなんて。

 探している人物がどんな人なのかは私には分からない。昨晩のエリーザ様の話から察するに、かなりの重要人物であることはなんとなく分かる。あと、性格の良さも。

 しかし後から聞いた話では、名目上での遠征のキッカケは『国王のワガママ』だ。これでは、一般の目にはいたずらに戦力を減らしているようにしか見えない。事実、いつもより過酷な訓練を受けている兵士たちの間では、早速不満の声が上がっているらしい。


(……本当に、何を考えているんでしょうか)


 当然、

 リノア様は酷いサボリ魔ではあるが、決して愚者などではない。でなければ、フォルテルの国王の座には着けていないだろう。間違いなく、理由がある。

 リノア様にしか分からないような、そんな理由が必ずある。


「……リノア様」

「お! やっと縄解いてくれる気になってくれたな! まったく、妾を誰だと思って———」

「いえ、それはまだダメです」

「………」


 気持ちよく伸びをしたリノア様は、その体勢のまま静かに机に突っ伏した。倒れた時の風に飛ばされた書類が、パサリと乾いた悲しげな音を立て床に落ちる。

 なんとも分かりやすいお方だ、こういう時だけは。


「一体誰なのですか? 探している人物というのは」

「………」

「リノア様?」

「………………」

「起きてくださーい」

「………………………」


 完全に拗ねてしまった。というより、全てに対するやる気が無くなってしまったようだ。勝手に期待して勝手に落胆されてしまっては、私としても望んでいない。というより仕事が進まない。

 仕方ない、少し危ない賭けではあるが、これを言うしかないようだ。


「……縄、解きますから」

「重要な人なのだよ」


 ガバッと起き上がり、何事も無かったかのように張り切った顔をするリノア様。ああ、本当に分かりやすいお方だ。


「重要な人なのは分かりますが———」

「おおっと、リベリアよ。話すのは、この縄を解いてからにさせてはくれないか?」


 さすがリノア様、抜け目ない。私の『いつ解くかは言わない作戦』は数秒で玉砕されてしまったようだ。とはいえ、また意気消沈されても困るし……仕方がない、素直に縄を解くとしよう。


「分かりました」

「くくく、ようやっと解放されるわ」


 やっぱり私ごときの作戦はリノア様に見透かされていたようだ。縄をほどきながら、私はリノア様に改めて聞く。


「それで、リノア様。一体何者なんです? 『リーフ』を向かわせるほどの重要人物とは」

「ヒューマンじゃ」

「……………えっ」


 私は思わず、縄を解く手を止めてしまう。

 ……今、リノア様はなんて言ったのだ? 『ヒューマン』と、そう言ったのだろうか。それが、エリーザ様が探している人?


「んん? なんだ、リベリア=ローデックともあろう者がヒューマンを知らないと?」

「そ、そんなわけないじゃないですか! ヒューマンは、ある意味最も有名な種族なんですよ!?」

「うむ、確かにそうだな」

「そうだなって……!」


 しれっととんでもない事を言ってのけるリノア様に、私は頭を押さえてしまう。混乱しかけるが、おかげで理解できた。

 なるほど、それじゃあ『リーフ』でないとダメなわけだ。まさか、今エリーザ様が行なっている遠征の正体が『ヒューマン捕獲作戦』とは想定していなかった。言い方は悪いが、確かにそんな遠征を普通の兵士たちに任せられる訳が無い。

 私は縄ほどきを再開させて、さらに踏み込んでみる。


「それで……どうして、そのヒューマンを探そうと?」

「可愛いからなあ」

「……どういう意味ですか」

「可愛いからだよ。なんというか、放っておけない子なんだ。もとより、これは妾のワガママだ。だからこんなにキツく縛らなくたって仕事はする」

「……本当に、ただのリノア様のワガママ、だと?」

「だから、さっきからそう言っているだろう?」


 相変わらず、ニヤニヤと楽しんでいる表情を浮かべるリノア様。これはもう、隠す気ゼロと思ってもいいだろう。

 これではリノア様は「教えられない」と言っているようなものだ。それを側近である私がわからない筈がない。リノア様も、それは分かっている筈だ。つまりは、私に「これ以上は聞いてくれるな」と釘を刺されたようなもの。私が知り得るのは、どうやらここまでのようだ。


(エリーザ様……)


 思い浮かべるのは、昨晩の事。

 探すということは、行方不明になってしまったということだ。そして相手がヒューマンとなれば、ほぼ間違いなく第三者が関わっている事だろう。大怪我をしているとか、誘拐されてしまったとか。つまり、敵対勢力がいるのは自明だ。


「………」

「どうした、リベリア。エリーザが心配か?」

「……もちろん、です」


 心配しないわけがない。エリーザ様は間違いなくトップの実力を持つ、フォルテルきっての戦士だ。しかし、まだことには変わりがない。

 そもそも、エリーザ様の強さはその弱さを大き隠すために身につけた鎧だ。その鎧がある限り、エリーザ様は誰が相手だろうと負けることはない。


 だが、もしその鎧が剥がされてしまったなら?

 否定し続けてきたものが、再び巨大な壁となって現れてしまったなら?


 エリーザ様の鎧は、ほころびが見えつつある。恐らくは、そのヒューマンとの出会いが原因だろう。その綻びを、敵が冷静かつ的確に突いてきたなら?


———リベリアさん………私、もう………


 ……いや、負けるわけがない。

 エリーザ様はもう、あの頃とは違う。ほぼ別人と言っていい。

 だから、私が心配することなど、何もない。師匠彼女弟子を信じなくてどうする。


「リベリア、あまり思い詰めるな」

「……はい」

「なあに、何も心配などする必要は無いんだ。案外、ひょっこりあっさり帰ってくるかもな」


 ははは、と笑うリノア様には一切の不安が見られない。もしかしたら、私を気遣ってくれているのかもしれない。

 もしそうでなくても、今の私にはリノア様の言葉が暖かかった。


「さて! 縄もほどけたことだし、妾は少し散歩にでも———」

「ダメです、業務を続けますよ。先ほど自分でも言っていたじゃないですか」

「甘いぞリベリアよ! 縄を解いた時点で妾の勝利は決まっている!」


 リノア様がフッと消える。

 相変わらず、まるで魔法のような隠密術だ。いっそ、そんな特異属性を持っているのではと考えてしまうくらいに。

 しかし、無駄である。


「あ、開かないっ!?」


 私の背後から、もうすでに廊下への扉に手をかけていたリノア様の声がする。仮にも私は元総合資料室長だ、私が無策に縄を解くわけがないだろう。魔道具アーティファクトの扱いには慣れている。


「扉を極秘資料室のものと似たようなものに変更させていただきました。私の魔力でしか、施錠も解錠もできません」

「い、いつの間に…!?」

「今朝です。私自ら取り替えました」


 リノア様が再びパタリと倒れる。諦めたようで、よかった。

 ……リノア様がこの扉が攻略されるまで、少しは持ってくれるといいのだが。


「ほら、業務に戻りますよ。自己中国王リノア様」

「お、お前ーーーー!」


 ギャーギャーと喚くリノア様を机に引きずり戻しながら、私は考える。

 この日常が、いつまでも続きますように、と。



   ▼



 嵐の前の静けさ、どころの話ではなかった。

 ギルドでの喧騒はしばらく止むことなく、それどころかどんちゃん騒ぎから宴へとボルテージはどんどん上がっていた。


『酒だぁ! 酒を持ってこーい!』

『おい待てエルフは酒を飲むのか!?』

『おいそこの魔杖ロッド持ってる美人さん! どうなんだ!?』

「え…たしなむものも、いるにはいるが……」

無問題モウマンタイだぞぉー!!』

『『『いよっしゃあああああああ!!!!!!』』』


 そのまま2時間くらいはこんな感じだった。宴の途中、ギルドに戻ってきたダガーも「うわあ…」と引いていたくらいだ。


 キュリアは早々に離脱し、トロアでさえも疲弊ひへいの色を顔ににじませている。強制飲酒アルハラをされる事はなかったのだが、それでもこの疲労感は尋常ではない。

 下手をすれば、このまま日が暮れ夜が明けるなんて事も十分ありえたかもしれない。冒険者ハンター……なんて恐ろしい集団だろうか。ネオウルガルが可愛く思える。


 終わりの見えなかった宴に終止符を打ったのは、他でもないテレッタだった。テレッタはギルド中に響き渡るほどの大きな拍手を2回する。


「よーしお前ら! 歓迎会はこんなもんでいいだろ!」

『『『『『えーーーーーーーーーー!!!!!!』』』』』

「えーじゃない! これから俺はこいつらと話すから、その間に片付けとくんだぞ!」

『『『『『BOOOOOOOOOOブーーーーーーーーー!!!!!!』』』』』


 激しいブーイングをまるで無視して、私たちはトロアに上の階へと取れこまれた。ダガーやハヤテは、もはやグロッキー状態のトロアを運ぶのを手伝ってくれたようだ。

 そして案内された部屋には、『ギルド長室』と雑に書かれた木の板がぶら下げられていた。中にはソファーや机や武器が壁や地面に、これまた雑に配置されている。

 なんというか、確信した。テレッタは本当にギルド長であるようだ。


「おい、こいつどこに置けばいい」

「え、ああ。ガネアはそこら辺にでも転がしておいてくれて構わない」

「はいよ」

「あ、ソイツ置いたら下の連中の片付けを手伝ってやってくれ。団長命令だぞ」

「了解なのだー!」


 ダガーとハヤテはトロアを地面にゆっくりと下ろすと、ギルド長室から出て行ってしまった。これで、この部屋にはグロッキー状態のトロアを除けば私とキュリア、そしてテレッタだけになった。


「いやあ、悪かったなお前ら。あーゆーの、慣れてないだろ」

「まあ……」

「ま、あいつらにも悪気はないんだ。許してやってくれ」


 テレッタは恐らくギルド長の物であろう机に座り、申し訳なさそうに笑う。何度も思うが、やはりテレッタはオーガっぽくない性格の持ち主だ。


「さて、本題を話したいんだが……ちょっと待ってくれな」


 テレッタは机の引き出しをこじ開けたと思うと、そこから出てきたのは瓶に入った透明の液体だった。


「さすがに俺も飲みすぎたんでな。ま、酔い覚ましさ」


 そう言うとテレッタは瓶を一気に傾け、そのまま飲み干してしまった。オーガが酔うほどとは……一体どれだけの量を飲んでいたのだろうか。私たちは冒険者ハンターたちに絡まれっぱなしだったため、テレッタの動向を気にする暇はなかったが、なんとなく想像ができるような気がする。


「ぷはぁ〜……ええと、なんだったかな……」

「本題の話では?」

「おお、それだそれ。サンキューなサリア」


 瓶を引き出しにしまったあと、私たちの顔を順番に見てしきりに頷くテレッタ。なんだか、嫌な予感がする。

 冒険者ハンターが静かになった後は、たいてい嵐が来ると学んだのだ。何を聞かれても大丈夫なように、気持ちの準備を済ませて———


「なんで『リーフ』の連中が白の大地スカル・メイズに来てんだ?」


 ひょっとしたら、私たちは想像している以上にピンチに陥っているのかもしれない。というか、確実にピンチだった。

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