第28話 Welcome Beginners!

 もちろん、全く考えていなかったわけではない。

 白の大地スカル・メイズは広大な土地だといっても、冒険者ハンターたちの憧れの地なのだ。「あの地へ行ってみたい」と羨望した者たちは数知れず、当然そこで命を落とした者も数知れず。

 だから白の大地スカル・メイズで誰とも出会わない確証などどこにもない。むしろ、ベテランの冒険者ハンターに出会う可能性の方が高いだろうとは思っていた。


「んー? 見たとこお前、森に引きこもってるエルフじゃねぇか。なーにやってんだンなところで」


 だが、まさかこのタイミングとは———こんなにも早く遭遇するとは想定していなかった。それも不意打ちとはいえ、目の前でウルガルの頭部が踏み潰されたのだ。私みたいに呆然としても、全くもって不思議ではないだろう。


「おーい、聞いてんのかって」

「…あ、ああ。ありがとう、助けてくれて」

「いいって事よ。なんなら立ち上がるための手も貸してやろうか?」


 そう言って目の前の人物———オーガの女性が手を差し出してくる。目立った怪我もないので手を借りる程でもないが……断る理由もない。

 素直にその人の手をとり、立ち上がる。体力と魔力の消耗が激しいようだ、立ち上がる時に、ほんの僅かだがよろめいてしまった。

 礼を言おうと私が女性の顔を見ると、なぜが驚いたような顔をしていた。そんなに私がよろめいてしまった事が不思議だったろうか。もしや、私たちが『リーフ』だとバレているのでは———


「……ええ、と。」

「あ、ああいや。エルフは多種族に触れられるのが苦手だと思ってたんでな……すまねえ、気に触れたんなら謝ろう」


 彼女はそう言って気さくに笑った。なんというか、オーガっぽくない性格だ。さっぱりしているというか……爽やかというか。

 オーガはプライドの高い種族として有名だ。体格や身長に関わらず、あらゆるものを破壊する剛腕に、嘘を吐かないながらも自分勝手すぎる性格。それがオーガの一般的なイメージだろう。


 少なくとも、目の前の彼女のように朗らかに笑うような種族ではない。

 が……別におかしい事ではないだろう。事実、この女性が言ったようにエルフの一般的なイメージは『潔癖症』だ。私はそうでないのと同じように、またこの女性もそうでないというだけ。そういう事だろう。


「おっと、まだ俺の自己紹介してなかったな。テレッタ=コーズってんだ、よろしくな」

「エ……えっと、。よろしくな」

「おう!」


 危なかった。思わずいつものノリで、本名を口走ってしまうところだった。遠征が始まる前に「外部では本名を言わないように」と言ったのは自分だというのに。


 自分で言うのも気がひけるが、私たち『リーフ』は世界的にも有名な舞台の1つだ。政治に詳しくない者でも、エルフについて調べた事のある者なら『リーフ』のリーダーである私はもちろん、トロアやキュリアの名前も知られている可能性が高い。

 となると、たまたま訪れた町でもうっかり本名を言ってしまえば、「『リーフ』のメンバーがフォルテルを離れている」という事がバレるわけで。その時にフォルテルが攻め込まれでもすれば、かなりマズいことになる。なにせ、フォルテルの最高戦力がいないのだ。


(しかし名前の一部を入れ替えるだけとは……大丈夫なんだろうな…)


 ちなみに、名前の一部を入れ替えようなどと言い出したのはトロアだ。

 行き先が白の大地スカル・メイズという危険地帯なだけあって、あまり人と会わないだろうと思って、その場凌ぎで構わないと考えていたから、すんなりトロアの案を通したが……こうして面向かって偽名を使うと流石に不安になってくる。

 カンの良い者ならあっさり看破されてしまう、なんて事も———


「セリーザ……? はて、どこかで———」


 あ、マズい。


「ええっと! それよりテレッタさんは、どうしてここに?」

「さん付けはやめてくれ、どうもムズムズするんでな」

「じゃあ……テレッタ?」

「おう、それでいい。んで、どうしてここに来たかだったな。そりゃあ『メガクロウガ』の威嚇スレットが聞こえたら駆けつけるだろ普通」


 どうやらテレッタは、たまたま近くにいたらしい。威嚇スレットで呼び寄せられたのが新たな魔物でなくて心底良かったと思う。もしテレッタが来てくれていなければ、一撃喰らっていたかもしれない。

 というより、普通は威嚇スレットが聞こえてきたら逃げるものだと思うが………戦闘民族っぽいところは、なんともオーガらしいと言ったところだろうか。


「メガクロウガというのか? あの魔物は……」

「はあー? なんだよお前、『メガクロウガ』の名前を知らねえたあマジに初心者ビギナーなのか?」

「あ、ああ…そうなんだ」

「ふーん……」


 一応、こうやって冒険者ハンターと遭遇した時の対策は一応考えてきている。つまり私たちは、というわけだ。

 それならば私たちの知識不足にも説明は一応付けられるし、白の大地にはテレッタの言うところの初心者ビギナーも白の大地には訪れているそうだから大きな違和感はないはずだ。


「じゃ、お前らが死なないように色々教えといた方がいいな。おーいお前ら! ちょっとこっちに来ーい!」

『はーい!』


 テレッタは向こう側に———トロアやキュリア、メガクロウガがいた方向に声をかける。すると、4人の人物がこちらにやってくる。

 どうやらメガクロウガの討伐に成功したようではあるが……あの2人は一体誰だろうか? 1人はやけに小さく、もう1人はフードを被っている。フードの人物はやけにトロアと意気投合しているようだ。


 そしてトロアが私に気がつくと、大手を振りながら走ってくる。


「隊長ー! 無事ッスかー!?」

「あ、ああ。お前たちこそ、なんとかなったみたいだな」

「はい。討伐した後、この方達が現れて———」

「あー、ちょっといいかお前ら。まずはお互いのことを知っとくべきだと思うんだが」

「………それもそうか。改めて、私はセリーザ=エルシアだ。こっちは右からガネア=トロッシュ、サリア=キューヴィスだ」

「よろしくッス!」「どうも」


 私たちについて詳しく話すわけにもいかないので、簡潔に自己紹介をする。

 すると、テレッタは一瞬不思議そうな顔をするも「まあいいか」とすぐに表情を戻し、陽気に喋り始める。……やっぱり、バレてるんじゃないだろうな?


「んまあいいや。俺ん名はテレッタ=コーズってんだ。んでこいつらは———」

「ダガーだ。見ての通り、小人コロコナだ」


 コロコナ、それは俗に言うところの小人だ。

 丸い耳を持ち角や尻尾は生えていない、姿形はヒューマンと———少年とさほど変わらない種族だ。しかしコロコナはヒューマンと大きく違い、身長がとても低いことで知られる種族だ。大きくとも、90cmを超える者はいないという。


 とはいっても、身長のことに目をつむればヒューマンとほとんど一緒の見た目をしているため、ヒューマンの謎を解く鍵になる種族だと一昔前にはささやかれていた。しかし残念ながら、今となっては関係ないということが証明されている。

 まあ、コロコナはヒューマンが使えない魔法を使う事ができるわけだし、関係ないのは当たり前なのかもしれない。


「……んだよ、ジロジロ見んな。そんなにコロコナが珍しいかよ」

「いや、そういうわけではないが……その服装は?」


 コロコナは決して珍しい種族ではない。私はもちろん、トロアやキュリアも何度か顔を合わせた事があるという。

 そしてダガーは間違いなくコロコナで、男性だ。少年と比べても、その低身長具合はよくわかる。そして成人した男性特有の、声変わり後の低い声から考えても男性だろう。顔は中性的だが、体格といい言葉使いといい間違いなく男性だ。


 なのになぜ……その、スカートを? というか、女装を?


 横にいるもう1人の男性とテレッタが、どうも笑いを堪えているのも変だ。なぜだろうか、この状況に既視感があるような、ピンとくるようなものがある気がするのは。


「………」

「…い、いや。答えたくないならいいんだが———」

「な、何勘違いしてんだ! そういうんじゃねぇっての!」


 顔を少し赤くしつつ怒鳴るダガー。それに伴い、さらに苦しそうに口を押さえるテレッタとフードの人物。

 ああ、これは、そういう。

 

「てか、俺に合う服なんて迷宮ダンジョンでそうそうあるわけねーじゃねーか。だから…その……」

「女性服、を…?」

「うぐっ……そ、それに、団長命令だったしな…! それで俺は仕方なく……」

「プッ……ククク…!」

「何笑ってんだ団長コラァ!」

「あーはっはっはっは! 笑わずにいられるか!」


 ……なるほど、これ以上は聞かない方が彼にとって良さそうだ。本気で怒っているように見えるダガーと、オーガらしく豪快に笑うテレッタ。なんとなく、この2人の関係性がわかった気がする。

 まあ別に、そういう女装趣味があろうがなかろうが、対応を変えるほどのことでもないし。そもそも自分の意思じゃないらしいし。

 積極的かつ効果的なスルーでいこう。


「ええと……そちらは?」

「あ、自分? 自分はハヤテ=コトブキだよ! 獣人ビーストなのだ!」


 そういうと彼は被っていたフードを取る。するとさっきまで隠れていた犬耳がピコンと飛び出した。


 ビーストには、魔物と似て様々な種類に分類することができる極めて稀なタイプの種族だ。イヌ型やネコ型、オオカミ型など様々なタイプが存在している。

 そして、タイプによって全く違う特技を持つ。イヌ型なら嗅覚が優れているし、ネコ型なら聴覚に優れている、といった風にだ。

 

「自分のことはハヤテって呼んでくれればいいのだ! これからよろしくなのだ!」

「……ん? これから…?」


 まるで、これから長い付き合いになるとでもいうような口調だ。いや、もしかして……


「あれ、違うの? 自分はてっきり、一緒に来るものだと———」

「いーや違わねぇぞハヤテ。こいつらは今から一緒に帰るのさ」


 笑い疲れたのか、目に涙をじんわり浮かばせたテレッタがハヤテの髪をぐしゃぐしゃとかき回す。


 この展開は……少しマズい。そもそも私たちの目的は少年の捜索だ。つまり、『ヒューマンの捜索』に他ならない。だから、このように誰かのご厄介になるわけにはいかない。

 と、出発前はそのように考えていた。


「なあ、そうだろ? セリーザ」


 どうも、そうしてはくれなさそうだ。ニマニマと薄ら笑いを浮かべているテレッタがずいっと顔を寄せてきた。拒否権は……なさそうだな。


 確かに白の大地スカル・メイズの……というか、迷宮ダンジョンの恐ろしさは今さっき嫌という程味わった。現に、私たちだけでは対処しきれないところもあったはずだ。

 となると、少しの間であればベテランの冒険者ハンターに教えてもらうのが一番いい。それに、テレッタたちはこの辺の土地勘に強そうだ。色々聞くにはもってこいかもしれない。


「………ああ、そうだな。2人とも、それでもいいか?」

「隊長がそういうなら、私は特に何も」

「おっけーッス!」

「よーし! それじゃあ行くぜ。面倒な話は着いてからでいいだろうさ」


 そうして私たちは新米冒険者ビギナーとして、玄人冒険者ベテランについて行くことにした。

 この出会いが、あの事件の始まりだった。



   ▼



 圧倒されていた。


「ようこそ初心者ビギナーども! スゲェだろ!」


 白の大地スカル・メイズは、多くの迷宮ダンジョンが密集しているのは今までなんども言っていた通りだ。


 私たちが調べたところによると、迷宮ダンジョンのどこに魔物が生まれるかは全く予測がつかないらしい。つまり、安全区域がないということになる。

 よって、1つの大きな迷宮ダンジョンとも言われるこの一帯で安全区域を探すのは困難。それに、発見できたとしても果たして3人分の面積があるかどうか。


 そう、思っていたのだが。

 私たちは今、目の前の光景に圧倒されていた。


「……」「……」「……」

「ここが俺たち冒険者ハンターの拠点! 白色町だ!」


 なぜなら、世界地図にも記載されていなかった『町』が自分たちの目の前に広がっているのだから。

 場所は、先ほどテレッタたちと出会った場所から、だいたい10分ほど歩いた場所。まるで砂漠の中に突如として現れたオアシスであるかのように、その町を唐突に姿を現した。


「面食らってんなぁ。そんなに驚く事か? たかだか町があるだけだろ」

「そう思うのは団長だけだと思うぞ」

「そういうもんか? ま、どうでもいいか!」


 あっはっはと陽気に大笑いするテレッタとは正反対に、私たちは呆然としていた。混乱していた、とも言えるかもしれない。

 さっきまで私たちは、この地帯に安全地帯など存在しないとまで考えていたのだ。最悪、離脱と潜入を繰り返すような過酷な遠征になるとまで予想していたくらいだ。


 その思考をあっさり裏切る形で安全地帯が容易く現れたのだ。それも、町という巨大な形で。


「一応、自分から説明しとくねー。白色町は白の大地スカル・メイズの唯一の安全地帯に作られた、正真正銘の唯一の街なのだ!」

「……なる、ほど。つまり、この町は———」

「察しがいいなあ。えーっと、サリアだったか? そう、白色町ってのは、冒険者ハンター冒険者ハンターによる冒険者ハンターの為の街なのさ!」


 だんだん状況が分かってきた。

 ここ白の大地スカル・メイズで活動していくとなると、どう考えたって安全地帯が必要不可欠だ。広大な土地で永遠と探索し続けるなんて、そんな事できるのは不死属性アンデッドくらいのものだろう。


 だから、ここに集った冒険者ハンターたちは一致団結をしてこの町を———白色町を築き上げた。そりゃあ、どの世界地図にも記載されていないわけだ。

 それにしても、よく築けたな……。


「団長、ここでうだうだ話しててもなんだ。さっさと入れちまうのがいいんじゃねぇか?」

「それもそうだな。よーしお前ら! 俺について来いよ、はぐれても知らねぇからな!」


 そうして私たちは団長ことテレッタの後を追うように、白色町へと乗り込んでいく。


 そしていざ入ってみた瞬間の印象は、なんというか『活気』という文字が具現化したような町、みたいな感じだ。飛び交う怒号に笑い声。少なくとも、私たちエルフ同士ではみられないような光景だ。

 それより何よりも目を引くのが……町の光景そのものだった。


『そこのビースト御一行さんよぉ! いい武器揃ってるぜぇ、見てかねぇか!?』

『あ、いや今そういうのは———』

『でもドワーフの店だよ、見て行くくらいならいいんじゃない? 行こうよお姉ちゃん』

『デーモン特製のスペシャルな回復薬ポーションはいかがですかー!』

『俺それ買うぜー!』

『店長はすっこんでてください。なんで自作を自分で買おうとしてるんですか』

『誰か一緒にこのクソ狼を倒してくれる奴いねぇかー!? 協力してくれたやつには酒を奢るぞ!』

『おまっ! たかがボードゲームでそこまですんのか!? 仮にも公正が売りの種族オーガだろうが!』

『『『『乗ったァ!!!』』』』

『乗るなバカども!』


 店の中や外関係なく、聞こえてくる声でもはっきりと分かる事だが、改めて私は圧倒される。。これを驚かずにどうしろというのか。


(こんな光景、世界にあったのか……!?)

「驚いてんねえ。ここまでとは思っていなかったか?」

「あ、ああ。正直、度肝を抜かしている」


 テレッタは満足そうに「そうか、そうか!」と笑いながら背中をバシバシ叩いてくる。


「ホント、冒険者ハンターってのは気持ちのいい連中だろ? この町では一切の種族差別がねえんだ。だからよ、お前らエルフに対して何も言ってこないだろう?」

「そういえば———」


 エルフは潔癖症の傾向が大きいため外にはあまり出たがらない。それがエルフに対する一般的なイメージであることは間違いない。それなら、誰か1人は私たちに対して何かしらの興味を持ってもいいだろう。こんなにも堂々と道のど真ん中を歩いているのだから、なおさらだ。

 だが、店の中にいる人もすれ違っている人でさえも、ノーリアクション。


「な?」

「……そう言われると、確かに」

「ま、そんくらいには種族の壁がねえのさ。この町にはな!」


 テレッタが「良い町だろ?」と自慢げだ。私たちは、そんなテレッタに強引に引っ張られるような感覚で、町の紹介をされていた。

 知れば知るほど不思議な町だと、正直思う。


 まず、ここには娯楽施設があまりにも多い。正直、飲食店よりもそっちの方が上回っているとハヤテは言う。そして、その娯楽施設にあるのは基本的には賭博場カジノが中心ではあるが、一応金をかけないタイプの娯楽施設もあるらしい。フォルテルではなかなか見ることのできない施設だ。


 次に、酒場パブと呼ばれる施設が点々と存在している。ダガーが言うことには


冒険者ハンターにとっての生命線みてえな場所だ。見つけたんなら場所くらい覚えといた方がいいぞ」


 らしい。どうやら、冒険者ハンター同士で依頼を出したり依頼を受けたりする場所らしい。

 それを知ったトロアが何やら閃いた顔をしていたが、まあ却下だろう。流石に目立つ場所で『少年を探すお手伝いさん募集!』みたいな依頼はだせない。


 そして、最後に紹介された場所。白色町に来てから、最も大きい建物。これからの私たちの拠点になる場所。

 静かに息を飲む私たちを尻目に、テレッタが大きな声で言い放った。


「ここが俺ら冒険者ハンターのメイン拠点———『ギルド』だ!」

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