第26話 迷宮探索

 午前8時。あと40分もすれば、私たち『リーフ』は初めての迷宮探索ダンジョン・ハントをすることになるだろう。

 そう。私たちは今まさにフォルテルから、魔の森マナ・フォレストから飛び出さんとしているのだ。今までに経験がないということで、普段おちゃらけているトロアにも緊張が見て取れる。


「いよいよ……ッスね」

「ああ、ここで足踏みしても仕方がない。さあ、行くぞ。準備はいいな?」

「はい」「大丈夫ッス」


 トロアはいつも通り、荷物袋を持たせてある。中には回復薬ポーション魔力薬マジックポーションといった緊急キットやキャンプ用のアイテムなどなど。やはりこういう時に男手があると楽でいい。

 そして、キュリアといえば……普段見慣れない、というより私も知らない物を手にしていた。それは、まるで杖のようなものだ。


「キュリア、それは……杖、か?」

「はい。迷宮探索ダンジョン・ハントは初の試みなので、準備しすぎるという事はないかと思いまして」


 当然、キュリアが持ってきた杖はただの棒ではないだろう。

 杖に使われている素材は魔力で育てられた貴重は木材であり、杖の上部にはひときわ大きい赤色の魔石コアが嵌め込まれていた。


 魔石コアの質———言い換えるのなら、魔石コアに溜められる魔力の量は色によって判別できる。

 最低ランクから順に、青白い色、白色、黄色、朱色、そして赤色と全部で5段階だ。つまり、青白い魔石コアは少ししか貯めることができないが、赤色の魔石コアには莫大な量の魔力を込めることができる。

 以前に私が極秘資料室に入る時に使用した魔石コアは青白かったか。


 そして、その魔石コアが込められた杖は一般に魔杖ロッドと呼ばれる。言うなれば、魔法使いにおける援助アイテムといったところだろう。魔力の補給から威力の向上まで、何かと重宝するという。

 


「うへー、さすがのキュリアさんも本気ッスねぇ」

「普段の私は真面目ではない、とでも?」

「そんなこと言ってないッスよーだ」


 そして私の準備は、いつも通りだろう。私用の魔力薬マジックポーションや愛用の剣。そして……アインズから貰った物。


「よし。では、そろそろ行くとしようか」


 そうして私たちはフォルテルを出発した。

 目指すは探索者ハンターたちの憧れの場、白の大地スカル・メイズ

 そこに『スコーク』のアジトの手がかりがあると信じて。そして、少年———シュウの行方の手がかりがあると信じて。

 様々な期待を込め、最初の一歩を踏み出したのだった。



   ▼



 ————。

 ————————?

 ————————————!

 目覚める。

 僕は跳ね起きて、今自分がいる状況の情報量の多さに、混乱する頭の中をさらにぐちゃぐちゃに掻き回してしまった。


「え、ええ、と…?」


 ダメだ。思考がまとまらない。

 こう言う時は深呼吸をすればいいんだっけ? いや、まずは自分の状況を確認した方が? いやいや、みんな蟲たちが無事か確認した方が…!?

 自然と息が荒くなる。呼吸と一緒に思考もどんどん乱れていく。


(呼、吸…?)


 そうだ、深呼吸だ。まずは落ち着かないと。すかさず僕は大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出していく。

 ……うん。まだ混乱してるけど、おおむね大丈夫かな。

 さあ、順番に思い出していこう。まずは、定番なものから。


 僕の名前は、シュウ=エクリア。歳は……もう覚えてないっけ。

 種族はヒューマンで、魔の森マナ・フォレストに蟲たちと一緒に暮らしている。

 よし、だいぶ落ち着いてきた。次は状況を思い出そう。


 確か……僕は友達に会うために森を歩いていたんだ。

 そして多分だけど正午になったから、みんなを昼食に行かせて———


(そう、だ……ファーザーさんに会ったんだ…)


 そして僕は今、全く知らない場所にいる。

 どうしてこうなったのかはまるで分からないけど、確実に分かることが1つだけあった。とても情けないけど。


(あっさり、負けちゃったんだ…)


 だとすると……ここは『スコーク』の本部? それとも僕を閉じ込めておく牢屋のような場所なのかもしれない。


 次は身の回りの環境に目を向けてみると……すっごい落ち着く内装だった。

 木造と石造をいい塩梅で組み合わせたような壁と、アノ人アインズさんの部屋にあったような棚や机。

 そして、僕が今乗っているのはベッドだった。すごくフカフカしている。

 試しに僕はベッドの上にもう一度寝転がってみた。


「あ………いい、かも…」


 眠くなってきた。こんなに素晴らしいものがあったなんて。

 寝てはいけないと叫んでいる理性とは裏腹に、僕のまぶたはどんどん降下を続けひとみおおっていく。

 そして僕がまた再び夢の世界に落ちそうになり———唐突にこの部屋の扉が乱雑に開け放たれた。


「起きてるかい少年クーン!!」

「!?!?!?!?!?!?!?!?」


 僕は又しても、そして別の意味で跳ね起きる。

 その反動で、僕は頭を壁に強打してしまった。このベッド、壁沿いにあるんだった…!


「起きてるじゃないか! どうしたんだい、頭を押さえてうずくまって。そんなにアタシと顔を合わせたくないのかい?」

「…! …!」

「あー……壁に頭をぶつけたみてぇだぞ、コイツ」


 なおも花火が散っている頭の中を、必死に冷却する僕。

 いったい誰が襲って来たんだろうか、というよりこの声……どこかで聞き覚えがあるような?

 ゆっくりと顔を上げていくと、そこには知っている顔があった。


「え…!?」

「お久しぶりだね、少年君! エトラスちゃんだよ、覚えてるかなー?」


 忘れるわけがない、エリーザさん達と出会った日。キュリアさんと戦っていた、ドッペルの人が目の前にいた。


 ということは……やっぱりここは『スコーク』の本拠地なのだろうか? ああ、ダメだ。頭の中がぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃとなっていく。

 ここまで混乱すると逆に冷静になるのか、僕はエトラスさんの後ろに誰かいることに気づいた。そしてその人も……僕はよく知っていた。


「デーモンの、人…?」

「おう、覚えていたか。オレは自己紹介してなかったな。シアノ=スタッカーだ、なんとでも呼んでくれ」

「シアノ、さん…?」

「それでいいさ」


 確か……毒の人、だよね?

 5日前の記憶を掘り返すので必死な僕を無視するように、二人は話しかけてきた。もう僕の頭は考えることを半ば放棄している。混乱の境地は、きっとこれなんだろうな…。


「ここはアタシたち『スコーク』の家だよ。隣の部屋には他のメンバーもいるからね」

「オマエに危害を加えるつもりはねえから安心しろ。信じるかどうかは、オマエ次第だがな」

「…」


 確か、同じようなことをファーザーさんも言っていたような気がする。あの時は全く信じていなかったが……今は、なんとなくだけど信じかけている。

 だからこそ、なおさら分からない。なんでわざわざ僕だけを連れて来たのかが。まあ分からなくて当然だけど、不安にはなってしまう。しかも、あんな手の込んだ方法でさらったんだから、『どうしても』な理由があるに違いない。


「ま、ここで話しててもなんだ。付いてきな、他のヤツらに会わせてやるから」

「はいっ! アタシと手を繋いで行こっか!」

「え…」


 エトラスさんが、僕に手を差し出してくる。

 これは……いいのだろうか。色々思うところはある、信じきれていない部分だって、大いにある。

 そもそも、ついこの間まで絶え間なく襲って来た人たちが「危害を加ない」と言いつつ誘拐してきたんだ。信じろと言う方が無茶というものだろう。


「…………ん…」

「………ふん」

「ありがとっ! じゃあ行こ!」


 僕は、エトラスさんとベットから降りる。

 確かに僕は彼らを信じきれていない。でも、それでも、なぜだろうか。


(『悪い人』って感じが、しないからかな…)


 自分でも不思議だった。それでいて、なぜか心のどこかに安心感があったのも確かなことだった。だから、手を繋げた……のかも、しれない。

 そして僕は……『スコーク』を知った。



   ▼



 結果から言えば、私たちはあっさりと白の大地スカル・メイズの前まで辿り着いていた。

 それもそうだ、魔の森マナ・フォレストは私たちエルフにとっては自分の家の庭ホームグラウンドのようなもの。私たち『リーフ』からすれば尚更だ。

 そしてその外側……魔の森マナ・フォレストから出てからも異常事態は何も起こることはなかった。当然、魔物の襲撃には何度もあってはいたが、その魔物は森のソレよりずっと弱く、いとも簡単に対処できた。

 もともと魔の森マナ・フォレストは世界で有数の危険地帯だったか。


 そして気づけば、目の前には雪でも降っていたのかと見間違うほどに白く塗りつぶされた光景が広がっていた。


「なんか、サクッと到着しちゃったッスね」

「当然だろう、むしろここから大変だぞ。トロア、キュリア、覚悟はいいな? ここから先は……迷宮ダンジョンだぞ」


 白の大地スカル・メイズは、その二つ名の通り巨大な1つの迷宮ダンジョンと考えることができてしまうほどの迷宮密集地帯だ。今までとは違い、強力な魔物や私たちが想像つかないユニークな魔物がたくさん出てくる。

 もし気を抜いた瞬間に強力な魔物に襲われでもすれば……困難な状況に陥ることは想像しやすい。


「大丈夫です。いつでも」

「くぅーっ! やっぱワクワクするッスね!」

「騒ぐなガネッシュ」

「なんスかキュリアさん。男子として、やっぱりここは盛り上がる———」

「………」

「———場合じゃないッスね気を引き締めていきましょう」


 魔杖ロッドに嵌め込まれた、赤い魔石コアが少し光った事を確認したトロアから、先ほどまで浮かべていた笑顔がスンッと消える。

 どうやら、効果は抜群のようだ。この先も活用していくとしよう。


「それじゃあ……行くか」


 私たちはついに白い地面に足をかけ、白の大地スカル・メイズへ乗り込んだ。


 白の大地スカル・メイズはどういう原理なのか、ここから生まれた全てのものが白色で構成されている。それは木材や石材もそうだし、鉄鉱石でさえ白く染まっている。

 私たちが今踏みしめている土であろう物質でさえ白色ときたものだから、方向感覚が狂わされてしまいそうな感覚に陥ってしまうようだった。


「………」「………」「………」


 『リーフ』初の迷宮探索ダンジョン・ハントは、なんとも静かなものだった。キュリアに抑えられたとはいえ、トロアがまたはしゃいでしまうものかと思っていたが、まるで人が変わったように静かだ。

 それもそのはずだ。ここは危険だからだ。


 魔の森マナ・フォレストでは魔獣であっても獲物を狩るには隠密スキルは必要なため、気配をダダ漏れにしたりしない。

 しかしここはどうだ。「わざわざ隠す必要などない」とでも言うかのように、そしてむしろ自分の位置を知らせてくるかのように、常に強い気配が放たれている。そして私たちは、その気配に包囲されていた。


(これが迷宮ダンジョン…? 想像以上だ、これじゃあおちおち休むこともできない!)


 時刻は午後3時ほど。このまま『スコーク』の本部を見つけることができなければ、私たちは野宿をすることにもなるだろう。

 しかし、果たしてこの状況で野宿は可能なのだろうか? 夜の魔物は危険だ、凶暴性が昼の時よりも増す魔物だって中にはいる。もちろん、夜しか出てこない強力な魔物も。

 白の大地スカル・メイズはたとえ小さな洞穴であっても迷宮ダンジョンの1つだ。それはつまり、安全地帯セーフティエリアが無いということに等しい。


 30分は歩いただろうか。私たちは未だに気配の包囲網の中にいた。

 『スコーク』の本部がこの地帯に存在しているのか、不安になってくる。もちろん、ここに行くと決めたのは私だ。理由はただの勘ではあるが。

 暗くなる前に、比較的安全な場所を見つけなければ。そのためには、ただひたすら歩くしかない。私たちはただ黙ってこの一帯を探索する。


「………っ! 来るぞっ!」


 そして脅威が突然、目の前に飛んできた。

 2mに及ぼうかという大きな体躯に巨大な翼、そしてこの大地と相反する真っ黒い体。そして、鋭い鉤爪を持つ鳥。

 有名な鳥類系の魔物、『クロウガ』だ。


「クロウガ…!? しかし、この大きさは…!」

「で、デカ過ぎじゃないッスかぁーッ!?」


 クロウガは鉤爪などを用いて襲ってくる、とても一般的な魔物の1つだ。その知名度はアインズのようなアルラウネに並ぶかもしれない。

 だか、このクロウガは大きさが異常だ。通常のクロウガは平均身長が50cmの中型の鳥程度のサイズのはずだ。今私たちの目の前いる個体は……それを遥かに凌駕していた。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!』

「くぅっ……!」


 巨大なクロウガが叫び声にも似た鳴き声で威嚇する。まるでビリビリとした電流のような、暴力的なまでの音の振動に私たちはとっさに耳を抑えてしまう。


(これは……【威嚇スレット】!)


 高ランクの魔獣がよく使用する技の1つ、威嚇スレット。その魔獣から放たれる独特な音波には、生物を怯ませる効果がある。そしてまともにこの音波の影響を受けた生物は失神することもある、非常に危険な技だ。

 そして、威嚇スレットを扱うことができるのは高ランクの魔獣……つまり、獣系の魔物だ。

 鳥類系の魔物が威嚇スレットを使用した前例は………無い!


(まさか亜種……!?)


 いきなり特殊な魔物のお出ましか!

 私は剣を、魔力を込めながらさやから引き抜く。巨大とはいえ、相手はクロウガだ。倒せない相手ではないはずだ!

 しかし、事態は連続してやってくる。


「隊長、隊長! 周りを見てください」

「周り? ……なんてことだ」

「あわわわわわ……」


 まだ距離が離れてはいるが、しっかりと確認できてしまった。

 奥から狼煙のろしのように白い砂埃が舞っている。それはまさしく、魔物御一行がこちらに走ってくる前兆だった。


「さっきの威嚇スレットで集まったのか…!」

「ここは逃げましょう! あの数に囲まれたら危険です!」

「賛成ッス! 俺の精霊術は多対戦には向いてないんスから!」


 ………なるほど、これが迷宮ダンジョン

 これが『白の大地スカル・メイズ』。

 私が今まで培ってきた、経験や定石といったものは通じないようだ。今、それを体感した。

 ここで逃げるのは、むしろ当然の判断かもしれない。少なくとも、ここが魔の森マナ・フォレストであったのなら私も全く同じ判断を下していただろう。


(ここは、白の大地スカル・メイズ……常識は、通じない)


 そして私は普通では考えられない、血迷ったとも思われる判断を下した。


「いや、応戦する!」

「なっ…!?」

「2人はクロウガを、私はこれから来る団体を相手する! いいな!?」

「ま、待ってください!」


 キュリアが困惑したように大声を出す。それも当然だ、これは半分自殺行為。賢い者が取る作戦じゃない。


「この数です! 一時撤退した方が———」

「撤退? どこにだ?」

「え……」

「この一帯は全て迷宮ダンジョンだ、逃げ場など無いに等しい。それに私の無属性魔法ピュアマジックは多対戦向きだ、心配は必要ない」

「そうではなくっ! まだということです! そうなったらキリがありません!」


 なるほど、確かにそれは十分考えられる。しかし、それは例え逃走をしたとしても同じことだ。


「キュリア、すでに手遅れだ。分かるな?」

「う……」

「うわわ、来たッスよー!」


 見えていなかった団体の正体が見える。やはり、魔獣だったようだ。

 灰色の毛並みと凶暴な牙、魔の森マナ・フォレストにも生息している狼の魔獣『ウルガル』だ。

 当然、私が今まで目にしてきている個体とは異なるのだろう。だが、やるしかない。それしかこの場は乗り切れない!


「いいな2人とも、クロウガの相手に集中しろ! ウルガルは私に任せておけ!」

「了解ッス!」「…了解っ!」


 こうして私たちの迷宮探索ダンジョン・ハントは、今まさに本番を迎えたのだった。



   ▼



「団長ーッ! 大変だ大変なのだ!」

「うるさいぞ! 今こっちは慎重な作業をしているところだ!」

「硬貨を積み上げて遊んでるだけなのだ! それどころじゃないんだってぇ!」

「なんだと! お前この神聖なる遊びを侮辱するつもりか!」

「やっぱ遊びじゃないか!」


 大柄な男と、部屋に飛び入ってきた男が大声で言葉を交わしている。その口喧嘩のような会話を聞いて、団長と呼ばれた人物がため息交じりに呟いた。


「お前たち、喧嘩腰じゃなきゃ話せねえのかよ」

「「だってこいつが!」」

「仲良しかよ、息ピッタリじゃねえか」


 ついには額を直接ぶつけ合って言葉のドッジボールをする2人を見て、団長はますますため息をついた。


「それで? 何があったんだ」

「ああ! そうだそうだ、こいつに構ってる暇はないのだ!」

「お前———」

「黙れって、話が進まないだろうが」

「『メガクロウガ』が近くに出たのだ! 威嚇スレットの声を聞いたって人がたくさんいる!」

「………行くぞ、ダガー。こっちに来ると厄介だ」


 団長は素早く立ち上がり、部屋を出る。さっきまで硬貨を積み上げて遊んでいたダガーという大柄な男も自分の獲物を持って立ち上がった。


「お前なあ、そういうことはさっさと言えっつの」

「ダガーが邪魔するからでしょーが!」

「ああん!?」

「さっさと来いっての!」

「「はい!」」

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