第24話 フォロー・ユー

 ここは……どこだろう。

 水中にいるような気もするし、空中にいるような気もする。

 もしかすると、ここは地中なのかもしれない。

 わからない。僕は今、どうなっているんだろう?

 思考がぼやけているのを感じる。僕の周りは今、どうなっているんだろう?

 ただ、体が揺れているだけだった。

 揺れる、揺れる。

 体も、心も、思考も。

 闇の中でみんな一緒に揺れている。

 恐怖はない。不安もない。警戒もない。

 霞んだ安心感が身を包み、飲み込んでいるだけだった。

 今の僕に、何か行動を起こそうなど思いつくわけもない。

 そっと、眼を閉じて眠るだけだ。

 あの時と同じように………逃げ込むだけだ。



   ▼



「少年をさらったのは恐らく、『スコーク』の仕業だろう」


 そう言い放った瞬間、3人が一斉に私の方を向く。


「ええと、何でそう言い切れるんスか? 確かに、『スコーク』はシュウ君を狙ってたッスけど」

「もしかして……今朝のことですか? 隊長」

「あれ、今朝に何かあったんスか?」


 ああ。そういえばトロアには、まだそこまで話していなかったか。

 私は状況整理も兼ねて、早朝に『スコーク』の隊長———通称、ファーザーが私に密会してきたことを話すことにした。


「その時、ファーザーは『動く』と言った。そして同日、少年が行方不明になった……十中八九『スコーク』の仕業だろう。根拠としては薄いが、『スコーク』が何かを知っている可能性が高い」

「確かに調べる価値はありそうッスね……んで、『スコーク』はどこにいるんすか?」


 当然、私たちは『スコーク』のアジトがどこにあるのかを知らない。恐らくは、魔の森マナ・フォレストのどこかだとは思っているが……

 魔の森マナ・フォレストはとても広い森だ。その広さは、『迷いの森』と名付けられるには十分すぎるほどだ。さらに森の西側には毒の魔力が蔓延しているから調べたくても調べられない。


「アインズさんは、何か知っていますか?」

「そうじゃのう…」


 アインズは、この森全体を観ることができるほど巨大なアルラウネだ。

 だから、アジトの位置が判明しなくとも場所を絞ることはできる。そんな期待を込めて尋ねるが……帰ってきたのは、想定外の答えだった。


「少なくとも、魔の森マナ・フォレストにはおらんじゃろうな」

「………えっ!?」「ええっ!?」「何?」


 私たちは三者三様で立ち上がってしまう。

 まさか、そんなことがあり得るのか? あの襲撃頻度で魔の森マナ・フォレストにはアジトがないなんてことが?


(まさか……瞬間移動シフト?)


 ありえない話ではない。実際、ファーザーも使っていたことだし———


「お、おおう……驚くではないか、落ち着いてくれ」

「アインズさん、それマジなんスか? ほんとッスか?」

「嘘をついてもしょうがないじゃろう! 我だってシュウを見つけたいのは同じなのじゃから」

「あ……そう、ッスよね。すみませんッス」

「隊長、ひょっとすると機械人形アンドロイドは『スコーク』からの刺客では……?」

「あー……」


 今回の事件の最大のポイントが、アインズの破損した連絡網の中で起きたということだ。3日前にインビジブルが自爆をしなかったのなら、この事件ももう少しは単純だったのだろう。

 だから、機械人形アンドロイドは『スコーク』の差し金ではないかと、キュリアはそう疑っているのだ。

 しかし、だとしたら不自然な点がある。


「いや、それはない。インビジブルの自爆は、なんというか苦肉の策といった感じだった。自身の証拠を残さない為の自爆……そう考えるのが自然だろう」

「それもそうですが……敵がそれを読んでいた可能性は、ないでしょうか」

「………なんだって?」


 それはつまり……インビジブルが私に負けると承知した上で襲撃した、というのだろうか?


(……ちょっと待てよ?)


 インビジブルが襲撃してきた理由は、今でも不明だ。自爆されたせいで、一体どこからの刺客なのかすらも不明のまま。

 でも今のキュリアの一言がきっかけで、私の脳に電撃が走った気がした。

 それは、たった1つの小さな疑問。


(なぜ……あのタイミングだったんだ?)


 あの日。戦闘は3つあった。

 まずはトロアと吸血鬼ヴァンプのヴィールとの戦闘。ここにも少し疑問は残っているが……今はいいだろう。


 そしてインビジブル戦。最後に今朝ファーザーから聞いた、

 この2つが妙だ。

 正体不明の敵が、たった1日の間に同時に2体現れている。それも、どちらも生物ではない。この共通点は偶然か……?


「エリーザさん、大丈夫ッスか?」

「あ……ああ、大丈夫だ」

「とはいえ……どうしましょうか。森の外ともなると、少し厳しいかと」

「分かっている。リノア様に聞いてみるしかないだろう」

「む? 何か不都合があるのか?」


 魔の森マナ・フォレストの外まで遠征するともなると、簡単には行動ができない。

 なぜなら、私たち『リーフ』はエルフの国フォルテルにおける最高戦力だからだ。私たちがフォルテルを離れている間、強力な敵が攻めてきてしまったら一大事。だから、フォルテルの管轄外である魔の森マナ・フォレストの外部には我々はなるべく行かないようにしている。

 それに、魔の森マナ・フォレストの外は他の種族の国があることもある。『リーフ』が多種族の国に行けば、外交行為に当たることもあるのだ。

 どうも、今回の事件は一筋縄で行きそうにもない。もし多種族の国内で何かが起こってしまえば大問題だ。戦争に発展することもあるかもしれない。


 そのことをアインズに説明すると、「なるほどのう」と納得してくれた。


「立場が高いと面倒も増えるものよのう。では、お主らはフォルテルに戻り、まずは情報収集をするべきじゃろう」

「そう……ッスね……。闇雲に探すよりかは効率は良さそうッス」

「リノア様に遠征の許可を貰う必要もありますからね……隊長、私に任せてくださいますか?」

「いや、それは私がしよう。キュリアはトロアと一緒に情報を整理してくれ。そうだな……魔の森マナ・フォレストの周辺に限定していい」

「了解しました」


 徐々にこれからの方針が決まっていく。

 ここにいる全員が、少年の捜索に集中していた。


「そうじゃ、これを渡しておくかの」

「……これは?」


 アインズはキュリアに薄い紫色をした液体を手渡した。

 それは、私にとっては忘れることができないアイテムだ。もちろん、これのことも2人にはすでに話してある。


上等回復薬ハイポーションじゃよ。3回分ある、持っていくといいじゃろう」

「……これが、そうなのか」

「知っておると思うが、再度言っておこう。これを飲んだらしばらくは苦痛で動けなくなる、使い時には十分注意するのじゃぞ。敵の前で使おうものなら大変なことになるからの」


 キュリアは黙ってそれを懐にしまうと、一つ礼をして部屋から出た。

 きっと、彼女も少年のことを心配しているのだろう。誰にも悪意がないということを認識しながらも、誰かを責めてしまいたくなるのは誰にでも起こりうる現象だ。

 複雑。それが今のキュリアの心境だろう。


「あ! キュリアさん待ってくれッス!」


 トロアもすかさずキュリアの後を追いかけ部屋を出る。

 ひょっとすると時間は、私が想像しているより少ないのかもしれない。私もアインズに礼を言いフォルテルに帰るとしよう。


「それでは、私たちはこれで———」

「待つのじゃ、エリーザよ」


 アインズは私に、ある物を渡した。これは……保存食か何かか?


「あの、これは一体……?」

「それはの、シュウ特製の『     』じゃ。使い時には注意するのじゃぞ」

「……………分かりました。ありがとうございます」


 受け取ったソレを懐にしまい、今度こそ部屋を出る。

 魔の森マナ・フォレストを覆う黒い雲は、未だに飽きもせず水滴を落とし続けていた。



   ▼



「———以上の理由により、遠征の許可を頂きたく存じます」

「ふーむ……」


 フォルテルの王室、リノア様に遠征の許可を貰うために私は1人でここにきている。

 本当に許可が貰えるかどうかは分からない。だが、意地でも許可を貰わなければならない。でなければ、少年を探しに行けないからだ。


 もちろん、理解はしている。

 これは完全に私個人としてのお願いなのだから。言い換えるとするなら、これは私のわがままなのだ。国がこれを許可するとは到底思えない。


 リノア様が唸りに唸って出した返事は、私にとって想定内であった。


「許されんだろうな。そもそもそれは、君のわがままだろう? それを許容することはできない」

「しかし———」

「ダメだ。許容できない」


 取り付く島もなかった。

 こうなってしまえば、リノア様は決定を覆したりはしない。やはり、ダメだったか……。


「そう、ですか……」


 私は半ば諦め、王室を出ようと背を向けた。

 こうなったら………もう、覚悟を決めるしかない。

 そう思い、私は扉に手をかける。


「待て」


 リノア様に呼び止められ、私はピタリと動きが止まる。

 そして、ゆっくりと振り向いた。


「君個人のわがままは到底許容できない。国王として、国として、それは絶対なのだ」

「…………」

「しかし、リノア=シルバートフォルテルの国王のわがままな通すことができる」

「…っ! では……!」


 リノア様は、優しく微笑んで私にこう言った。

 ひょっとするとそれは、悪戯が成功した時の表情だったかもしれない。


「シュウ=エクリアを捜索してほしい。妾のわがままだ、聞いてくれるか?」

「……かしこまりました!」

「うむ、ありがとう」


 私は深く頭を下げ、王室を後にした。

 向かうべきは、森の外部に存在するであろう『スコーク』のアジトだ。


(絶対に、見つけ出してみせる……!)


 固い決意を胸に、私は2人の元へと向かった。



   ▼



 私は今、ガネッシュとともに特別資料室で怪しいポイントを洗い出していた。魔の森マナ・フォレストの外部の地理情報をまとめ上げ、怪しい場所———悪巧みにはうってつけの場所をリストアップしていく。


 相手は、多種族で構成されいている『スコーク』だ。

 他種族の国内にアジトを構えている可能性は限りなく薄いだろう。


「ねえキュリアさん、ちょっと提案なんスけど」

「なんだ?」

「今、割と問題というか疑問が多いじゃないッスか。それを1回まとめてみた方がいいと思うんッスよ」

「……なるほどな」


 ガネッシュにしてはいい案を思いつく。

 思い返してみれば、これまでの出来事には疑問点が山積みだ。一度それを思い出して整理すれば、隠れていたヒントが顔を見せるかもしれない。


「じゃあ、やってみましょうッス」


 そうして、今まで起こった出来事と不可解な点をガネッシュとともに出し合う。数十分後には、メモには多くのことが埋まっていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

・ヒューマンとは?

・『スコーク』に『リーフ』の討伐依頼をしたのは?

機械人形アンドロイドの正体と、襲撃の目的は?

・野生のゴーレムの真相は?

・『スコーク』は何故シュウを攫った?

・『スコーク』が『リーフ』を襲わないと言った理由は?

・『スコーク』のアジトはどこにある?

魔の森マナ・フォレストにいると言われる2つの王とは?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そのあまりの謎の多さに、若干だが目眩がする。ここまで分かっていないことがあると、一体何から調べればいいのか分からなくなってしまう。

 もちろんこれらの全てが、エクリアの誘拐に関係しているとは言わない。だが私たちは、これらの疑問点からアジトの場所を割り出さなければならない。


「そういえば、もう1つ疑問点があったッスよね」

「ああ……今まで出会ってきた『スコーク』のメンバーは、どこか変だった」


 1人目は悪魔デーモンの男。

 2人目は影人ドッペルのエトラス。ドッペルは自身より小さいもの変身できる自己体型変化フィギュアチェンジという特殊技能を持っているゆえ、平均身長が2mを超えるほどに高身長だ。しかし、

 3人目は吸血鬼ヴァンプのヴィール。ヴァンプは魔力濃度を上げるために背が低いはずの種族。しかし、ガネッシュが言うにはと言う。


 確かに、これらの違和感の奇妙な一致は気になっている。もしかしたら、ここに『スコーク』の正体に迫る秘密が隠されているのかもしれない。


「でも、ぶっちゃけそんなもんスよねえ……今まで『スコーク』は目立った活動はしていなかったわけだし、情報が全然ないッス」

「……いや。むしろ、わざとそうしていたのかもな」

「わざとッスか?」

「単なる憶測だが……広く知れ渡るとマズい『何か』があるとか、な」

「だとすると……『何か』って、何スか?」

「そこまで分かるわけないだろう。情報が足りなすぎる」


 そう、私たちを今悩ませている最大の理由はこれだ。

 いっそ、不自然なまでの圧倒的な情報不足。

 捜査に取り掛かろうにも、どこから初めても結局は巨大な穴のようなものに突き当たり、行き止まりになってしまっている。


 ここまできて、ようやく痛感する。『スコーク』の機密性は他の秘密組織に比べて抜群に高い、優秀な組織であると。

 ここまでくると、もはや只の1つの秘密結社と考えることはできない。それはまるで、1つの国のそれだ。


「でも、確かこの野生のゴーレムって『スコーク』を襲ったんスよね?」

「ん? ああ、そのように隊長から聞いているが…」

「だったら、機械人形アンドロイドはやっぱり『スコーク』じゃないッスね」

「第三勢力か……それは考えていたが……」


 謎の第三勢力。

 もしかすると、この勢力が『スコーク』が少年を攫ったきっかけになるのかもしれない。

 ということは……この『スコーク』はこの第三勢力を敵視している? そして、第三勢力に関する何らかの理由でエクリアが必要だったから誘拐した?

 ということは———まさか。


「まさか……知っているのか?」

「ん? どうしたんスか?」

「ひょっとすると……『スコーク』はヒューマンの秘密を知っているのかもしれない」

「え…!」


 もちろん、これはただの憶測だ。

 ヒューマンの可能性を信じて攫っただけ、ということも考えられる。だが、それにしては『スコーク』がここまでする理由にしては弱い。


「それだけじゃないッスよ…! そう言うんだったら、『スコーク』はシュウ君について何か知っているかもッス!」

「……ますます、どんな集団か分からなくなってきたな」


 一度気づいたら深まっていく、『スコーク』の謎。

 それについて深く思考を巡らせ様々な可能性を考えていたその時、特別資料室の扉が開かれた。


「2人とも、いい知らせだ。遠征の許可が下りたぞ」

「まじッスか!? やったーーー!」

「隊長…! ありがとうございます!」

「礼はリノア様に言ってくれ。それで、何かわかったか?」


 隊長が私たちが広げていた土地に関する資料や疑問点を挙げたメモに目を通す。しばらくして、隊長は「なるほど」と呟いた。


「『スコーク』……なかなか厄介な相手だな」

「そうなんスよー。もう、何から何まで不明ばっかで」


 隊長は「ふむ……」と土地に関する資料を手に取り、パラパラとページをめくり始めた。

 魔の森マナ・フォレストの周りには、平原や砂漠、巨大な湖———もはや1つの海と言っていいかもしれない——と多くの地帯バイオームであふれている。

 ふと、隊長の目が止まる。そして何かを考えたらしい、ゆっくりとある場所を指差した。


「……明日、ここに向かうぞ」

「え゛……それ本気ッスか…?」

「そこは……」


 隊長が指差したのは、魔の森マナ・フォレストに並ぶ危険地帯とされる『白の大地』だった。


 白の大地は魔の森マナ・フォレストの北東周辺に位置する、広大でなだらかな山岳地帯だ。しかし、普通の山岳地帯とはモノが違う。

 まず挙げられる大きな違いは、その地帯に生成される岩や木々は全て真っ白に染まっている点だ。その理由などは一切不明、意識が遠のくほどの乱雑な白に塗り固められている。

 そして、白の大地が危険地帯だとされている最大の理由が………迷宮ダンジョンが他と比べ物にならないくらいの数が存在すること。もはや『白の大地』全体が1つの迷宮ダンジョンと考えてもいい。


 つまり、白の大地とは迷宮ダンジョンの集合体のようなもの、とされている。

 それに因んで名付けられた二つ名が………『白の大地スカル・メイズ』。


「俺、迷宮探索ダンジョン・ハントなんて経験無いッスよ……?」

「まあ……それもそうだな」


 魔の森マナ・フォレストには迷宮ダンジョンは全くない。割とこれも、おかしいと言えばおかしいのだが、ともかく存在していない。

 だから、我々エルフで迷宮ダンジョンに入った経験がある者はほぼいない。ガネッシュが迷宮探索ダンジョン・ハントの経験がないのは当然だろう。

 ……まあ、もちろん私もそんな経験はないが。


「なら、今すぐ捜索に出るのはかえって危険だ。今日中に、迷宮探索ダンジョン・ハントに関することを徹底的に調べ上げるぞ」

「分かりました」「了解ッス!」


 こうして、我々『リーフ』初となる迷宮探索ダンジョン・ハントが幕を開けたのだった。

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