第20話 エリーザ=セルシア

「とは言った、けど…どう、しようかな…」


 数分前、だろうか。通信木の実を無事にエリーザさんに渡すことができて、なんとか連絡を取り合えるようになった。

 そして、大まかな敵の正体を知ることはできたけども……どうやってインビジブルを探し出そうかな。


 いや、策なしで「任せて」と言い放ったわけじゃない。

 僕は今回の戦闘自体には参加しないから、みんな蟲たちの力を借りられるわけだけども………なぜ透明化できているのかの、理屈がわからない。


(それの見当をつけてからじゃないと、かえって危険…)


 魔法でも魔道具アーティファクトでもないことが分かっているから、きっと何かの理屈があるんだと思うのだけれど。話を聞いた感じだと、擬態蟲のようなものじゃないことだけは何とか推測できる……はず。


(でも、時間は、ない…)


 今はまだ、エリーザさんから襲撃されているという連絡はない。

 きっと、インビジブルはエリーザさんから受けた傷——というより、故障部分を修復してるんだろうと思う。様子見も含めて、攻撃の機会をうかがっている状態だから、爆発攻撃すらもしてこないんだろう。


 でも、それも時間の問題だ。

 インビジブルは『機械人形アンドロイド』という兵器らしいから気配がなく、エリーザさんでも正確な位置がわからないと言っていた。大まかな位置さえわかればいいとも言っていたっけ。つまり、その『大まかな位置』すらも、今のエリーザさんは掴めていないことになるはずだ。

 ならせめて、まずはその『大まかな位置』をエリーザさんに伝えるんだ!


「おね、がいね…」

「「「キュー!」」」


 僕の近くにいてくれていたみんな蟲たちが一気に拡散する。やることは、シンプルだ。

 いくら透明化することができて気配も完全になくしたとしても、はどうやっても変えることはできない。もし空間を捻じ曲げるみたいな大規模な方法だとしたら、アノ人アインズが瞬時にわかるはず。

 つまり、透明化のネタはきっと些細ささいなものである可能性が高い。

 …………はず。………きっと。


 だから姿が見えなくても、そのは消すことができない。どうやって透明化をしていようとも、森の匂いに慣れている蟲たちの嗅覚を誤魔化すことなんてできない。


(あと僕ができることは……隠れる、こと…)


 蟲たちのみんなが見つけてくれるまで、僕が見つかっちゃいけないんだ。大まかな位置がわかるまでは、僕が今いる場所どころか結界の内部全体が危険地帯だと思ってもいい。

 ……そうだ、あえて木の上じゃなくて、茂みの中に隠れよう。むしろ隠れるという点では、木の上よりもいいかもしれない。『灯台下暗し』……だっけ? みたいな言葉もあるほどだし。


「………ん…」


 案外、あっさりと見つかったみたい。

 僕特製の連絡網から、不審な匂いを感じ取ったという連絡が入ってくる。でも、焦っちゃいけない。ひょっとすると、他の場所でも何かあるかもしれない。少し待って……


「……え…!?」


 次に入っていきた連絡に、僕は驚愕する。

 これまで様子見をしていたインビジブルが、突然として急速に動き出したらしいのだ・


(やば…! みんな見失ってる…!)


 しかも、相当速いらしい。みんな蟲たちもかなり焦っているみたいだ。

 こうなったら、他の連絡を待っている余裕なんてない! 位置がダメなら、せめて襲いかかる方角だけでも…!


「聞こえ、てる…!?」

『どうした、少年? 見つかったのか!?』

「うん…! そっちに、向かって、る…。アノ人の方向から…!」

『分かった、あとは任せろ!』


 僕も、今は気配を殺さなくてはならない。見つかってはならない。

 あと僕にできることは……祈ることだけ。



   ▼



(奴がこっちに来る…! どのタイミングだ、どう攻めてくる!?)


 まさか、少年の探知に感づいたのか? それとも

 どっちにせよ、ここからが一番キツそうだ。私は空になった魔力薬マジックポーションを投げ捨てて剣を構える。


「ぐっ……」


 魔力薬マジックポーションによって増大した私の魔力が、体内で渦巻いているのを感じる。久々の感覚すぎて、危うく魔力酔いを起こしてしまいそうな錯覚を覚えてしまう。エルフだから、そんなことはまず起こらないのだけれども。


「さて、と」


 私は自分の魔力を、思いっきり周囲に放出する。

 奴が今どの辺にいて、どれくらいのスピードで迫っているのかわからないというのであれば。せめて、私のに入ってきた瞬間を捉える!

 正直、もうすぐ襲ってくるという情報だけでもありがたい。それさえ分かれば、気を張り詰めるタイミングとメリハリがしっかりつけることができるからな。

 そして、その瞬間は想像より早くに来た。私が放出した魔力の流れの一部が、不自然に歪む。


「そこか!」

「……ッ!?」


 今だ!

 私は回転斬りの要領で、少年から入ってきた情報とはを向いて、剣を振る。その剣はインビジブルには当たらないが、それが目的ではないから問題はない。


「せりやぁっ!」

「クッ…!」


 私とは5mも離れている木が、真っ二つに切断される。

 外してしまったか…。どうやら、斬撃すらもかわされたらしい。


「不思議ダ……」


 次の瞬間、不可解なことが起きる。

 なんと、インビジブルが自分から姿を現したのだ。なぜ、そのようなことを…? なぜ自分から居場所を晒した?


「ナゼ私ガ背後カラ迫ッテイルト気付イタ…? ソレニ、ソノ……筋肉ノ乏シイ エルフガ繰リ出セルモノナノカ…?」

「……何が言いたい」

「貴様、一体誰ト話シテイル?」

「…気付いていたのか」


 少年の存在は、やはりバレていたのか。

 唐突に猛スピードで移動した理由は、サポートの乱入に気付いたからだ。強引に先制攻撃を仕掛けてきたということだろう。

 少々まずい状況になってしまったようだ。


「私ハ機械人形アンドロイドト言ッタロウ。ソノ僅カナ音モ、私ハ探知デキル。ソレヨリモ聞キタイ事ガアル。ソノ空キ瓶ニツイテダ」


 そう言ってインビジブルは、私が飲み干して空になった魔力薬マジックポーションの容器を指差した。


「貴様ハ、エルフダ。ソンナモノ、イクラ魔力デ探知スルトイッテモ必要ナイハズダ」

「……言う必要はないな」

「マア、ヤルコトニ変ワリハナイ」


 インビジブルが、片手を私の方に向ける。その手のひらには、何かしらの穴が開いていた。

 何の攻撃だと咄嗟に構える私だが……遅すぎた。


   『PIIIIIIIIIIIIiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!』


 騒音。

 無駄に響き渡る、大音量の機械音が森中にこだました。音が止み終わったあとも、私の鼓膜はビリビリと震えたままだ。


「何の…つもりだ!」

「探知ダ」

「探知…?」

「言ッタ筈ダ。私ハワズカナ音モ逃サナイト。ソシテ、今ハッキリト聞コエタゾ」

「まさか…!」


 インビジブルがある方向に向かってダッシュする。

 まずい、今すぐ奴を抑えなくてはならない! 反射的に私も追いかけるが、スピードはインビジブルの方が上だ。追いつけない!


「貴様ノ仲間ハ、コノ先50mノ地点ダナ! 高所デハナイ……茂ミノ中カ!」

「待て! インビジブル!」

「貴様ハ後ダ! マズハ厄介ナ協力者サポーターカラ消ス!」


 インビジブルは、通信木の実の『音を届ける性質』を利用して少年の位置を特定したという事か! 普通なら聞き分けることのできない、轟音の中での微かな音の発生源だが、機械人形アンドロイドである奴には聞き分けられる!


(追いつけない……! これじゃあ、斬撃も届かない!)


 必死に足に力を込めるが、追いつけない。この距離の短さだ、通信木の実で少年が状況を把握していても、隠れ直す時間なんてない!

 このままでは少年は見つかってしまう。やられてしまう!

 そして……ついに、到着されてしまった。


「ココダナ! 見ツケタゾッ!」

「やめろぉーーーッ!」


 そこにあったのは、少年が隠れるにはちょうどいいサイズの茂みだった。

 そして……


「【空砲エアロ・キャノン】ッ!」

「……!?」


 その茂みは、少年は。インビジブルの一撃必殺によって吹き飛ばされた。

 ……そう、誰もが思った。


「君達の、会話を聞いて…思った、んだ…」

「ナニ!?」

「少年!」


 声がするのは、上。

 少年は、茂みの中なんかには隠れていなかった。


……ダト!?」

「君の『音の探知』を聞い、て…もしかしたら、それを使って、僕を探すかも、って…」

「貴様…! ナゼソコニイル! 隠レル余裕ナド無イハズ——」

「だから、…。を、ね…」


 ……本当に。この少年は、本当に賢い。

 私の通信木の実から、少年の反応が全くないと思っていたら……まったく。

 すごく心配したというのに、生意気にも少年は自慢げだ。


「そしたら…君が、困るって、思ったんだ…」

「私ガ……困ル?」

「うん、だって…ほら、、でしょ…?」

「……ハッ!?」


 少年があえてインビジブルをこんな形で騙したのは、私に最大の攻撃の機会を与えるためだからだ。インビジブルは、大技を放ったおかげで防御をしていない。

 そして私が奴に大技を繰り出せる距離までに………十分に、近づけた。


「覚悟しろよ、インビジブル」

「シマッ———」

「【魔斬撃】!」


 繰り出すは、一線の斬撃。

 力が今まで以上に込められたその斬撃は、目でしっかり確認できてしまうほどにハッキリとした形となってインビジブルに襲いかかる。


「馬鹿メ! ソンナ攻撃、当タリハシナイ!」

「………」


 インビジブルは上に跳躍。斬撃の攻撃範囲から外れる。

 斬撃は通常、進行方向を変更できない。考えてみれば当たり前のことだ、誰でもわかる。だから目に見える斬撃は、威力は凄まじいが当たりにくい。

 ……だが、奴は勘違いをしている。目に見えるように放ったことに気がつかないのが、運の尽きといったところか。


 私が放ったその斬撃は……追尾するように、上へと曲がる。


「斬撃ガ、曲ガッタ…!?」

「もう遅い」


 そして、ついに、ようやく………攻撃が当たる。

 インビジブルは、右腕の部品を全て失うことになったようだ。


「グギャアアアアア!!!」

「やっと当たったか……少年、今の内にここから離れろ! もう十分だ、早く逃げろ!」

「ん…!」


 少年は、そのまま走り去っていく。

 通信木の実は吹き飛んでしまったから連絡はできないが、もう少年の居場所がバレることはない。ここから先は、正真正銘の一対一サシの勝負だ。


「グオオオ……!」

「話は変わるが、インビジブル。お前の透明化、正体が見えたな」

「ググ……ナ、ニ……!?」

だな。自分の身の周りの空気を操作する技能が、お前の全てだ」


 気付きのきっかけは、少年を殺そうとした時の攻撃方法だ。インビジブルは空気を圧縮して、それを放つ技を使っていた。

 正直、違和感だった。透明化に爆撃、そして空気圧力の操作。果たして、私の未知の技術で作られた機械人形アンドロイドとはいえ、そんなにも多くの機能を搭載とうさいできるものなのかと。


 透明化ができる事、音の発生源がわからなかった事、爆発攻撃を仕掛けられた時の事、光線を浴びせられた事。

 そして今では、私の頭の中では全てが繋がっている。


「お前は、それを光線のように放っていた。また、その圧縮を解除させる事で爆発させて攻撃していた……違うか?」

「………」

「透明化の時も声の時も、光や音の振動を空気で操作し、事で実現させていた。お前の能力は、。ただそれだけだ!」

「………正解ダ。ヨク見破ッタモノダナ」


 インビジブルがゆらりと立ち上がる。破損した右肩からは、複雑なからくりのようなものが電気を漏らしているのが見えた。改めて私は、目の前にいる奴が見たこともない技術を使って作られた物だと理解する。

 電気が漏れているということは、動力源は電気なのか…? 電気が血液のように全体を駆け巡る事で、こいつは動けている。そう考えていいものだろうか。


「ダガ、ソレハ私モ同ジ……貴様ノ攻撃、見破ッタゾ」

「私の……?」

「斬撃ガ曲ガルナド、アリエナイ。ツマリ、アレハ衝撃波ナドデハナイ」


 インビジブルがこちらに指を指して叫んだ。


「貴様、マサカトハ思ウガ……魔法攻撃ダナ! 貴様ハ、私ノ左腕ヲ切断シタ!」

「……なるほど、ハッタリではないみたいだな」


 正解だ。

 私が苦手とするのは、あくまで魔力に影響を与えて属性をつけることだ。魔力を出すくらいだけなら、私でも簡単にできる。

 そして……それを知った私だ。それをそのまま、放置することはない。


「コンナヤリ方……聞イタコトガナイ!」

「当たり前だ。なんてしてるのは、世界中で私くらいのものだろう。確かに威力はごく僅かとされているが、『塵も積もれば山となる』だ。濃度を高くすれば、攻撃力も高くなる」

「ダカラ自分ノ魔力ノ量ヲ増ヤスタメニ、魔力薬マジックポーションヲ飲ンダノカ…。ソシテ貴様ハ、剣ニ纏ワセタ魔力ヲ ソノママ斬撃トシテ放ッタ!」

「ああ……全て、当たりだ」


 昨日のデーモンの男の時もそうだった。

 あの時私は、デーモンの男を蹴り飛ばす際に魔力を足に集中させていた。その魔力を蹴る前に放つ事で、デーモンの男にダメージを与えていたというわけだ。

 つまりあの時、実際には蹴っていなかったということになる。物理攻撃無効アンチショックという特殊技能を持つデーモンには、蹴りなんて意味ないからな。


 私の専売特許、無属性魔法ピュアマジックは言うなれば魔力の塊を作り出し、それを放つという、それだけのシンプルな攻撃方法だ。空気を操作するインビジブルと似たものがあるだろうか。

 我々エルフは、もとより魔力の操作に長けている種族だ。だから、一度放った魔力の斬撃を操作して上昇させるなんてことは、今の私なら息をするように簡単にできる。

 ……まあ、相当な特訓はしたがな。


「カナリ驚イタガ……モウ、時間ガ無イヨウダ。次デ決メサセテモラウゾ」

「ほう…?」

「私ハ機械人形アンドロイド……コト分析スルコトガ本業ト言ッテモ過言デハナイ」


 インビジブルの周りの空気が歪んでいくように見える。まさか、また空気を歪ませて消えるつもりか?

 私は魔力を一気に拡散させ、ソナーの代わりにする。こうすれば、先ほどのようにインビジブルの位置を正確に把握できる。


「消エルワケデハナイ……貴様ハ、貴様ノ技デ倒サレテ貰オウ」

「どういうこと——」

「【入力コピー:魔斬撃】」


 インビジブルの左腕から生えている刃に、空気が集まっていく。

 まさか……空気で、私の魔斬撃の真似事を!? まずい、光線の時の様に空気の塊を拡散させることはできるが、空気の斬撃は切断できない。

 つまり、もしそうなら防ぎようがない!


「【向上応用グレードアップ】」

「な…!? まさか、連射をっ!」

「【出力ペースト:空斬乱撃】ッ!」


 そして、インビジブルは左腕を大きく振る。ちらりと、その刃から空気の境界線の様なものが何本にも分かれて飛んでいくのが見えた。

 次の瞬間には、私は切り刻まれていた。


「ぐあああああっ!」


 脚、腰、脇腹、胸部、二の腕が深く切り裂かれ、血を撒き散らす。堪え難い苦痛だ、意識が飛んでしまう。


(くっ…………!)


 ここで気絶しては敗北だ。私は途切れてしまいそうな意識を、体をねじって切傷をさらに広げる。

 痛みは脳の回路を正常につなげてくれる。脇腹からさらに血液が吹き出るが、激痛のおかげてなんとか意識をつなぎとめられた様だ。


 だが……もう私は動き回れないだろう。


「勝負アッタ……ト言イタイガ、貴様ハ『リーフ』ノ隊長。油断ハデキナイ」

「くぅ…!」

「私ノ【光線銃レーザー】デ確実ニホウムッテヤロウ」


 インビジブルは近づいてこない。むしろ離れた位置で左手を突き出し、空気を凝縮し始める。光線銃レーザーの溜めが長いのは、私がもう避ける体力もないと判断したからだろう。

 事実、その通りだ。私に、奴の攻撃は避けられない。


「サラバダ、エリーザ=セルシアヨ———」


 光線銃レーザーが放たれようとした、その瞬間。


   ガキィン!!


 インビジブルの左腕が、


「何ィ!? シマッタ、空気ガ———」


 そして、爆発音。

 インビジブルは、自らが溜めた空気の爆発で吹っ飛ばされた。


(………間に合った、か)


 内心、ほっとする。

 かなり危険な賭けだったからな……間に合ってくれて、本当に良かった。


「ナ………………ゼ…………」


 インビジブルはまだ動ける様だ。

 かなり損傷は激しいから、もう脅威ではないが……なんてしぶといのだろうか、機械人形アンドロイドというのは。


「お前は機械人形アンドロイドだ。私の魔斬撃を見て盗むことは容易に想像できる。魔力の代わりに空気を使うことも、な」

「バカ…………ナ……」

「私が魔力を拡散させたのは、お前の位置を探るためが真の目的ではない。お前に、使だ」

「貴………様………私ノ………空斬乱撃ヲ……!」

「そうさ……お前を切り裂くことになった、斬撃の形になった私の魔力を飛ばしたのは他でもないお前だ。自分の技でやられるのは、お前の方だったな。インビジブル」


 魔力が自分のものであれば、その魔力を操り進行方向を変えることはさっきの様に簡単にできる。問題は、その斬撃の形にどうやってするかだった。

 それに、ここは魔の森マナ・フォレストだ。自然発生している魔力と自分の魔力の循環呼吸で、多くの魔力をインビジブルに使わせることができた。


 ただ、あんな風に乱射されるとは思っていなかった。おかげで今は、満身創痍まんしんそういだ。立ち上がることもキツいな……

 この時、戦いは終わったと、私は考えていた。


「マ、ダ…………ダ………」

「は……?」

「コウナッ………タラ……貴様ダケデモ……!」


 そして数秒後には、インビジブルの音声が流れ始める。


『自爆シークエンス、作動。残リ30秒デス』

「自爆、だって…!?」

「貴様ハ……モウ、動ケナイ…! コノママ、私ト………共ニ……!」

『残リ20秒』


 くそ、まずい……! このままでは、自爆に巻き込まれる!

 しかも、私にはもう動く術はない。無属性魔法ピュアマジックは、魔力を塊にして飛ばしているものだが、誰かを運べるほどのパワーはない。鋭利にして切り傷を負わせることがメインだ。


(これまで、なのか……?)

『残り10秒』


 思いつかない。

 自爆に巻き込まれても助かるという、そんな奇跡を……祈るしかない。


『5秒前』


 そんな奇跡が起こるわけないと、私はとっくに理解している。目をそっと閉じかけたその時………腕に何かが巻き付く。

 なんだ……?


「貴様…………ナンダ……ソレハ………!」

「これは……つた?」


 蔦がまっすぐ、向こうから伸びている。その先には……

 アインズの、本体!!!


(蔦に……引っ張られる!)


 私の体が浮上する様に、力強く引っ張られる。半ば吹っ飛ばされている様な気分だ。インビジブルとの距離が、ぐんぐん広がっていく!


『自爆、作動』

「————————————————————ッッ!!!!」


 そして……大爆発。高速で移動していく私の足を少し熱するほどの、大きな爆発だ。もしあのままだったら、私は跡形もなく、灰すらも残さず消え去っていただろう。


「ぐぅ…!」


 蔦から感じる力がなくなり、加速力をなくした私の体は地面に滑るように落下する。傷が土に染み、鈍痛が私の体を襲った。

 体が静止したと同時に伸びてきた別の蔦が、私の耳に何かを詰め込んだ。アインズの声がする、どうやら通信木の実らしい。


『我の連絡網の正体は、じゃ』

「アインズさん……」

『さらに、その根を養分にして育った木々も中にはあるものじゃ。その木々は今や魔の森マナ・フォレストの全域に広がっておる。まあ、我の分身みたいなものよ。この蔦は、その分身の木から伸びておる……間一髪じゃったの、間に合って良かったわい』


 インビジブルとの戦いは、今度こそ終わった。敵はその破片すら残らず、戦う意思を最後まで持ちつつ華やかに散りさった。

 少年も、アインズもいなければ勝てなかったのかもしれない。こちらも、相当の深手を負ってしまった。


 しかし、勝てたのだ。

 私たちは……勝利した。

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