第18話 家族

 私はアインズから話を一通り聞いて、頭の中は軽いパニック状態になっていた。解消されていく疑問と、増える疑問。そして、深まっていく疑問が私の中で渋滞を起こしているようだ。

 しかし、これでも『リーフ』のリーダーだ。取り乱す様を表に出したりはしない。冷静を取り繕い、話を進めた。


「さて、こんなところかのう。他に知りたいことはあるかの?」

「そう、ですね……。あの、その後……少年とは?」

「おお、そうじゃったな。その話もせねばな」


 アインズは少年の髪をくように頭を撫でる。当の少年はというと、なんとも心地よさそうに眠っている。

 まったく、人の気も知らないでそんな顔して。


「突然、シュウが魔の森マナ・フォレストを見て回りたいと言い始めての。当然、我は危険じゃし反対したんじゃが……如何いかんせん、珍しくシュウの決意が硬かったもんでのう……」

「それで、行かせたのですか?」

「まあの。それから、6ヶ月後のことかの」


 アインズは少年から手を離し、蟲たちに目を向けた。


「たくさんの蟲を連れて帰ってきたんじゃ。たまげたもんだのう」

「ということは、それまでは蟲たちと少年は関係なかったと…?」

「そうじゃ。どういう経緯で蟲と友人になれたのかは、我にもよく分からん。肝心のシュウも、名誉毀損めいよきそんとか言って教えてくれんかったしの」


 アインズでも分からないとは……少々、予想外だった。

 それに、たった6ヶ月で蟲たちと友人関係になっていたなんて。それに、確か少年は蟲たちと会話すらも可能だったはずだ。

 相当に特別なことがない限り……そんな短期間で、そこまでの関係になれるものなのだろうか。


「………」

「ははは、不思議そうな顔をしておるのう」

「ええ…色々と、疑問はあります」

「そうじゃろうなあ。それに答えてやるのもかまいやしないのじゃが……」


 んん…、と声がする。声のする方を見てみると、少年の顔に蟲がたかっていた。蟲たちが耐えきれず、少年を起こそうとしているみたいだ。

 少し呼吸が辛そうだ。あれで起きなかったら二の舞になるのでは……?


「シュウが起きてしまうの。この話はまた次回、じゃな」

「んんん………くる、しい…」

「少年!」


 少年は顔の上に乗っていた蟲たちを払いのけながら、ゆっくりと起き上がる。

 気絶と睡眠はまるで違うと言うのに、起き上がる姿はまるで昼寝から起きた時のようだった。


「遅い起床じゃのう、シュウよ。いい夢は見れたか?」

「君の、せいなの、に…」

「そうじゃったな、すまんすまん。怪我はしとらんかの?」

「ん…へー、き…」

「それは良かった。もし我のせいでどこか悪くしようものなら、気が狂ってしまうからのう」

「過保護…」

「そんなことなど断じてない。我は当然の心配をしておるのじゃ」


 いや、言葉の端々に過保護に思えるようなものがあるとは思うが……。

 話によれば、少年はアインズにとって初めての友人のようだし。過保護になってしまうのも無理はないと言えばそうだ。


(まるで、のようだな……)


 例えばそう、アインズが母親で少年がその子供、か。

 少年も色々言っている割には満更でもなさそうだし、見ていて非常に微笑ましい。いつかのキュリアの時もそうだったか。


(……………)


 家族、か。


「おっと、置いてけぼりにしてしまったかの」

「えっ。あ、いや。大丈夫です」

「お主も立派な、我のお客人だからのう。さて、次は何について話すとしようか……」

「ん…? 何か、話して、たの…?」

「ああ、我とお主のめをな」

「そう、なんだ…」


 ……意外と、あっさりと内容を話してしまうんだな。

 少年が起きることを理由にアインズが話を区切ったものだから、少年に聞かれたらまずいのかもしれない、と思っていたのだが。


 とにかく、少年とアインズの関係は理解できた。

 あと聞きたいことといえば……やはり、あのことだろうか。


「アインズさん、迷いの森……じゃなくて、魔の森マナ・フォレストでしたっけ。そこに住んでいるをご存知ですか?」

「んん……? 二つの王?」

「はい。『森のぬし』と『蟲王ワームキング』です」

「ほう……?」


 アインズが目を細めて悪者っぽく微笑んだ。やっぱり知っていたか。

 初めてアインズに会った時、彼女は言っていた。


———にしても、。連絡もせず『リーフ』の小娘を、我の所に寄越すなど……。


 リノア様とアインズには面識が……あったかは分からないが、少なくとも知り合いではあったはずだ。きっと、通信木の実を使って連絡していたんだろう。

 そのリノア様が、昨日の極秘資料室で私にくれたヒントだ。そして、リノア様は私たちとアインズと会わせるつもりだったはずだ。


———それはお前が自分で調べるのだな。


 きっとこれは、この状況を見越して言ったのだろう。リノア様の真意は、今アインズに聞けということだろうな。

 今のアインズの表情がその証拠だろう、いかにもよく知っていそうだ。少年の方は、表情の変化が少ないから分からないけども。


「知ってるんですね」

「まあの」

「………教えていただけますか?」

「ふーむ…」


 アインズがちらりと少年を見る。少年はその視線に気づき、頷いた。

 二つの王については、少年も知っているのか。


「ま、正直に言うと我にもよく分からんのじゃ」

「わ、分からない……?」

「その『森の主』だの『蟲王ワームキング』だのとかいう単語は、お主らが勝手に作った単語じゃ。万年ここに引きこもっている我が、詳細を知っているわけなかろう?」

「でも、知ってるんですね」

「一応は、リノアからその単語は聞いておる。それで名前だけは知っておるだけじゃ」


 私たちの知らないところで、通信木での連絡は昔から行われているようだ。この調子だと、たぶんリノア様は信じられないほどの隠し事をしているのだろう。

 まあ仕事に追われて泣いている(らしい)とはいえ、私たちエルフの国王だ。隠し事なんて、凄まじい数あるのが普通だろうか。


「リノアのやつは、勝手に我のことを『森の主』と言っておるがの」


 やっぱり、か。そんな感じはしていたが、改めてはっきりと言われると軽い衝撃のようなものがある。


 アインズは連絡網と呼ばれるもので、魔の森マナ・フォレストのほとんどを把握しているみたいだったから、もしかしてとは思っていたが。

 戦闘能力に乏しい———本当かは分からないが———とはいえ、それだけの能力があれば十分、『森の主』を名乗れるだろう。

 これまで目撃報告が皆無だった事も、この特殊な自然結界によるものと言われれば納得がいく。


「とはいえ、真偽は我にも分からぬ。魔の森マナ・フォレストを統治しているわけでもないし、ひょっとすると別の奴かもしれんしの」

「そうですか…」

「納得しとらんって顔じゃの。まあ分からん訳じゃないが」


 アインズの言い分もわかるが……まあ、ほぼ間違いないだろう。

 『森の主』は、アインズのことだったのだ。今は、そう考える事にしよう。


 となれば……次は、少年について、になるのだろう。

 『蟲王』とは、本当に、少年のことなのだろうか。


「なあ、少年」

「…」


 ちゃんと聞こうとした、その時。

 激しい衝撃。


   ドゴォオオオオオオオン!!!!!


 部屋が揺れる。家具は床の一部であるために、ぐちゃぐちゃにはならなくて済んだ。しかし、今の感覚は……私の経験上、間違いないだろう。

 大きな大きな……だ。


「な、なんだ!?」

「こ、攻撃されとる……!」

「え…?」


 アインズが弱々しく呟いた。

 私が聞き返すと、同時にまた爆発音が私たちの耳を貫いた。


   ドゴォオオオオオオオン!!!!!


「くぅぅぅ……!」

「ねえ…! 大丈、夫…!?」

「あ……ああ、安心せい。これでも我はアルラウネじゃ、それ相応の装甲は備えておる。これしきで……我は倒れん」


 いや、アインズは今、相当苦しいはずだ。

 なぜなら、アルラウネの弱点は火だからだ。もっと厳密に言うのであれば、アルラウネの弱点は『熱』。アルラウネは植物の肉体と魔力で動いている。そして、肉体である植物のほとんどは水分でできている。

 だから、爆発によるもアルラウネにとっては相当のダメージになる。


 大樹のアルラウネであるアインズだとしても、それは同じのはずだ。

 いくら長生きしていようと、アルラウネであることと自身の弱点は変えることはできない。


「…!」

「待て…! シュウよ!」

「で、でも…」

「敵の姿が視認できん! お主じゃ敵う相手じゃなさそうじゃ」

「う…」


 襲撃者は姿を見せていない?

 アインズは、森のことを把握しきれる程の連絡網があるはずだ。事実、少年が森に初めて入った時も完璧に把握していたらしいし、アインズが全く視認できないなんてありえるのだろうか。

 ありえる、としたら……


のか…!」

「ああ、そのようじゃ…!」

「透、明…」


 少年がげんなりとする。自分では勝てないとわかってしまったのだろう。

 にしても、なぜここに襲撃者がやってきたんだ? と言うより、どうやって?

 ここの周りには特殊な結界があったはずだ。なのに、なぜこの一帯に侵入できたのか———


 ……いや、今はそれを考えている場合ではない。

 今は、襲撃者をなんとかするのが先!


「私が行きます」

「いいのか……?」

「はい、少年をよろしくお願いします!」


 そう言って、私は部屋を飛び出して外に出た。

 まだ色々ある疑問は、今は部屋に置き去りにしておくとしよう。



   ▼



「暇ッスねー」

「気を抜くな、ガネッシュ。まだ迷いの森の中にいるんだぞ。警備を怠るな」


 今、私たちは隊長の指示で結界の外で隊長を待っている。まさか、私の目をもあざむく程の結界が存在しているなんて思っていなかった。

 軽く、私の自信というものが崩れかけてしまったが……その辺りも含めて、隊長が戻ってくるまでの辛抱しんぼうだ。戻ってくるまでは、ただひたすらにここで待機していればいい。


「そういえば、俺ちょっと気になってることがあるんスよ」

「ん? なんだ」

「いや、『スコーク』についてなんスけどね?」


 トロアが珍しく真面目くさった顔をしている。

 この時のトロアは、見た目通り結構真面目だ。何かに気付いたのだろうか。


「あ、いや。ヴァンプのヴィールさんと戦ってる時に気付いたんすけど……なんか、変だなーって」

「ヴィール……確か、先ほどの屋敷のやつだな。それがどうした?」

「いや、普通ヴァンプって、ものッスよね?」

「ん? まあ、そうだな」


 吸血鬼ことヴァンプは、魔力の消費が非常に早い種族だ。通常の状態では、ヴァンプの専売特許であるでさえも満足に扱えない。要するに、燃費が悪い種族なのだ。

 そのためにヴァンプは、身長を低くしている……というより、自身の体積を低くして、魔力濃度を高くしている。それでいて、魔力保有量キャパシティは変わらないのだから、結果的に魔力量が増えているということだ。

 それとは別に、ヴァンプの特殊技能である吸血過剰強化レッドドレインによる魔力強化もある。吸血過剰強化レッドドレインによる恩恵おんけいは、他の能力にも大きく影響するらしいがな。


 似たような容姿を持つ小人コロコナという種族も存在するが……羽根といい尻尾といい、まず見間違える者はいないだろう。


「それがですね……ヴィールさん、綺麗だったんスよ」

「は……?」

「あいや、だったんスよ」

「は…………?」

「あれ? 伝わってないッスか?」


 突然、何を言い出すんだコイツはとも思ったが……思ったよりも重要なことだった。思わず、シンプルに聞き返してしまうほど。


 ヴァンプが高身長というのは、通常ありえないことだ。自身の体積が大きくなることは、ヴァンプにとっては自分の首を絞めることに他ならない。

 そもそもヴァンプの低身長は、進化の過程で手に入れたものだ。遺伝子レベルで、そういう設定になっているということになっている……はずなのだが。


 いや、ちょっと待て。

 そういえば……思い出した。


「ちゃんと聞いている。少し、思い出しただけだ」

「思い出したって……何をッスか?」

「エトラスだ。本部を襲撃した、あの影人ドッペルだ」


 確か、エトラスは私とほとんど同じ身長だったはずだ。あの時は目の前の戦闘で必死だったから気にもしなかったが……。

 ドッペルの特殊技能、自己体型変化フィギュアチェンジは自身の体積よりも小さいものなら何にでも変身できる代物だ。つまり、

 だから、ドッペルはヴァンプとは真逆で、総じて高身長。自身の体積を進化によって大きくしてきた種族というわけだ。


 そもそも進化してきた種族はヴァンプやドッペルのみならず、私たちエルフを含めた全ての種族に身体的特徴にを見ることができる。

 我々エルフは、筋肉が発達しない代わりに魔力保有量キャパシティが大幅に進化した、といったところか。


「エトラスは、私と同じくらいの身長だった……冷静になれば、それは変だ」

「いや、キュリアさんも俺より高身長ッスからそれはどうッスかねえ…?」

「馬鹿者、ドッペルの平均身長はだ。それに、2mを下回る者などドッペルにはいない」

「そ、そんな高いんスかぁ〜〜〜!?」


 トロアが驚くのも無理はない。

 普通、ドッペルはそう簡単にお目にかかれない種族だ。そして中々お目にかかれない種族には、興味を抱くきっかけすらないというものだ。

 トロアがドッペルの平均身長を知らないなんて、むしろ当然だったか。


「トロア、最初に出会った『スコーク』のメンバー……悪魔デーモンの男を覚えてるか」

「え、あいつッスか……? 確か、毒の特異属性の奴ッスよね?」

「そいつの見た目を覚えてるか?」

「えっと確か……あっ、ツノが片方折れてたッス!」


 悪魔デーモンにとって、つのとは強さの象徴だ。事実、デーモンの長はそれはもう立派な角を持っているという。

 それに、実際デーモンの角はとてつもなく硬い。かなり強力な素材とも言われているが、試した者は例外なくとっ捕まえられている。


「やはり、変だな……デーモンの角が折れてるなんて」

「ここまで不思議があると、なんか気味が悪いッスね」


 角が欠けた悪魔デーモン

 身長の低い影人ドッペル

 身長の高い吸血鬼ヴァンプ


 この3人が、同じ『スコーク』のメンバー、か……。

 これが、どうも偶然と思えないのは私だけだろうか。



   ▼



「ここならなら、がよく見えるか…」


 私は今、アインズからかなり離れた木の上に立っている。地上だと木が邪魔でよく見えなかったから、こうして木の上に登ったのだが……爆風がこっちにも届いているせいで、足元が不安定になっている。

 早めに爆発をなんとかしなければ、本格的にアインズが危なくなってしまう。それほどに大きい爆発攻撃だ。


 私よりも近い距離で、襲撃者がアインズに攻撃しているのは確実だ。しかし……なぜだ!?


が……無い……?)


 透明になっているだけなら、まだ分かる。実際、そのような敵を相手にしたこともある。その時は、相手の気配を感知して攻撃を仕掛けていたが……その手段は、今回はどういうわけか使えないようだ。

 ならば……


「ねえ…」

「うおっ!? 少年、いつから!」


 突然、木の下から少年の声がして驚いてしまう。

 なぜここに少年がいるのだろうか。それにいつから———


「アノ人に…お願い、したの…」

「だからって…! 危険だぞ、早く戻れ……と言いたいところだが……」


 むしろ少年は、逃げてきた形になるのだろうか。

 少年を襲撃者の近くに行かせるわけにはいかないわけだし……仕方ない、ここはひとつ協力してもらうしか無いようだ。

 私は、さっき聞いた少年の意外な特技を思い出した。


「君、今から私のいう場所を、そこの小石で狙えるか? 確か……的当て、得意だったよな?」

「あれ…何で、知って……あ、聞いたん、だね…」

「ま、まあそういうことだ。頼めるか?」

「まか、せろー…」


 気合十分のようだ。

 しかし今回、狙うべき的は見えない。果たして少年に、どれほど的確に投げられるかどうかは分からないが……私にはできないことだ、お願いするしかない。

 距離も襲撃者とはかなり離れているが、それも問題ない。私なら、一瞬ではあるが襲撃者の位置なら把握できる!


(狙うのは……! その出発点だ!)


 目を凝らして、視野を思いっきり広げる。

 その時、空中のある場所がキラリと光る。そこだ!


「斜め45度、まっすぐに全力で投げてくれ!」

「りょー…………かいっ!」


 木の葉の床から、大きめの石が勢いよく飛び出してきた。

 当然、少年の筋力では襲撃者のところまでは届かない。だから足りない距離を補うのは、


(にしても……ここまで正確に石を投げられるとはな。さすが、少年か)


 石が欲しい位置ピッタリに来てくれるとは、流石に思っていなかった。これなら、少しの狂いなく的まで石を弾き飛ばせそうだ。

 私を剣を抜き、刃とは逆の、みねの方で石を思いっきり叩く。


「せいッ!!」


 石はまっすぐに、凄まじい勢いで正確に襲撃者へと飛んでいく。

 そして、また爆発攻撃が発射されるその寸前。石が何かと衝突する、かん高い音が鳴り響いた。


『グギャア!!』

「当たったか……君はそのままそこにいろ! 流石に危険だからな!」

「むう……わかっ、た…」


 不満そうにしているが、理解してくれたようで何よりだ。私は急いで襲撃者が落下したであろう場所へと向かう。

 私と襲撃者との戦いは、これからが本番だ。

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