第16話 ゴーレム
「ここで僕が……このゴーレムを、倒すしかない!」
姉さんを守るべく、僕はゴーレムの前に立ちはだかった。
なぜなら、そうしなければ姉さんが死んでしまうかもしれないからだ。勇気を出さなきゃ、いけないからだ!
まずは、この場所から離れなきゃいけない。ここでゴーレムと戦えば、大なり小なり被害が姉さんにも及んでしまう。ただでさえ瀕死に近い状態なのに、これ以上のダメージを与えてしまったなら、姉さんは本当に死んでしまうかもしれない。
そうはさせないための手段はたった1つ。僕自身を
(…………)
けれど、大きなリスクもある。
もし僕の作戦通りゴーレムを誘導できたとして、そのあとに待ち受けるのは、僕とこのゴーレムとの情け容赦なしの正真正銘の一騎打ちだ。たとえ僕が絶体絶命のピンチになったとして、助けてくれる人は……いない。
でも……でも、姉さんに余計なダメージを与えないためには。少なくとも今は、それしかない!
まずは、この僕にゴーレムの意識を向けるんだ。
「【
ゴーレムの頭に、僕の固有能力——
やっぱり
ゴーレムは操り手がいなければ、思考能力を持たない自動人形だ。その振る舞い方は、もはや獣に近い。そして、このゴーレムには操られている感じは全くしない。
それなら、僕に意識を向ける方法は簡単だ。ゴーレムを怒らせればいい。
落雷を起こして攻撃したのが目の前にいる僕だと分かれば、素直に僕を追ってくれるはずだ。そしてこの読みはピタリと命中する事になる。
『GWOOOOOOOOO!!!』
「よし………こ、来いっ! こっちだ!」
僕は姉さんからそれなりに離れた、木が密集していない場所を目指して駆け出す。木が密集している場所では、視界も悪い上に倒木や岩の破片がゴーレムの武器になってしまうから逆に危険だ。
目的地は、龍化で空を飛んでいた時に見ていた景色の記憶から割り出せた。確か、こっちの方角のはず……!
(ゴーレムは、ちゃんと着いて来てくれているかな……?)
もしゴーレムが対象を僕から姉さんに移動させてしまっていたのなら、それこそ最悪のケースだ。
首だけを動かして、後ろを確認する。
そして、僕が確認できたのは……黒い影だけ。
「ッ!?」
僕は前へ進み続けようとする両足に急令だし、無理やり横方向に跳ぶ。そしてその直後、さっきまで僕がいた場所めがけて、ゴーレムの岩のような腕が振り下ろされた。
衝撃音。ゴーレムが僕を目掛けて攻撃した音だ。
もし僕が横に跳ばなかったならスデに攻撃されていた!
(このゴーレム、見た目の割に素早い!)
しかも、あの破壊力。あれじゃあ、いくら
もつれる足を強引に動かして、全力で前へ前へと突き進む。ゴーレムが木々を
どしんどしんと、轟音は徐々に近づいて来ている。これじゃあ、ゴーレムに追いつかれるのも時間の問題だ。木を避けて進んでいる僕と、木を無視してまっすぐ向かって来ているゴーレムとじゃあ、この追いかけっこの勝負の結果は見えている。
(ん…? 木を薙ぎ倒して……?)
その時、僕は何かを閃いた気がした。そうだ、このゴーレムの足を少し止める方法は……あることはある。
でも、僕にできるだろうか。もし失敗すれば、僕とゴーレムとの距離をいたずらに縮めるだけだ。つまりそれは、僕が負けるリスクが高まるということだ。
(でも、しなきゃ……ほぼ、僕の負けだ!)
そして、僕は………走る足を、少し遅めた。
ゴーレムは恐ろしい速度で、ぐんぐん僕に近づいてくる。破壊の音が、着々と近づいてきている。
(怖い)
信じるしかない。うまく行くことを、祈るしかない。
もう、装填は充分なはずだから。
「間に合えっ……!」
『GWOOOOOOOO!!』
そして、僕の真後ろの木が吹き飛ばされる。吹き飛んできた木片が僕の腕を掠めていった。数秒後には、巨人の剛腕が僕を押しつぶしにくるだろう。
もう突っ走るしかない。成功させるしかない。
お願い、当たって………!
『GWO!?』
「———よし!」
僕の後ろでゴーレムの呻き声が聞こえた。でも僕にとっては、作戦が成功した合図だ。
あのゴーレムには思考回路なんてものはないことは分かっている。目の前に木があったら、それを吹き飛ばして無理やり道を作ってくることも。
だから僕は、その木の上に【
もう一回、首だけを動かし後ろを確認すると、雪から脱出しようともがくゴーレムの姿が見えた。
(よし、いい感じに雪に埋もれてる。時間を稼げた!)
そして、このタイミングで僕はもう一回能力を行使する。
「【
さらに僕はこの一帯に
ここは迷いの森だ、これだけの霧が出せればこのゴーレムも道に迷ってくれるかもしれない。初戦闘としてはカッコ悪い決着のつき方ではあるけど、それでも僕の勝ちにはなるはずだ。
僕の天候を操ることができる
しばらく走り続けて、僕は何事もなく広場にたどり着いた。いい感じに木が生えていない、まさに平原の広場だ。これでゴーレムが何かを武器する余地はなくなるだろう。
「あとは、アイツがくるかどうか…ッ!」
後ろに振り返って、ゴーレムが来るのをひたすら待つ。さっきは迷子になってくれないものかと思っていたが、多分そんなことはないだろう。
酷使し続けた僕の太ももが、それを教えてくれている。
そして、その予感は、ドシンという音と共に当たることになる。
『GWOOOOOO!!』
「……怒り狂ってる…」
巨人が現れた。やっぱり探知している……僕に打ち込んだ
つまりは、ここで僕が負けたとして。ヴィール姉さんに矛先が向くことはないということだ。我ながら、安心の仕方に情けなくなる。
しかも、さっきの走りで僕の足も限界を迎えてしまっている。これ以上は、走り回れない。僕は、帰りの体力を温存させるためにその場に座り込む。
……次で、最後の攻撃になる。
(これが失敗すれば……僕は、きっと死ぬ)
正直、死と向かい合う事がこんなに怖いものとは思わなかった。座り込んだのは、やっぱりまずかったかもしれない。自然に、不自然に両手が振動する。体が、体験したこともない恐怖に震える。
(ダメだ! こんなんじゃ、失敗する!)
思い出す。姉さんとトロアとの戦いが本格化する直前を。
本当なら、僕がトロアに雷を当てて終わるはずだった。それなのに僕は、怯えてしまった。
もし雷が直撃したら、彼が死んでしまうのかもしれないと。殺してしまうんじゃないかと。ほんの一瞬、そう思っただけで絶対に当たるはずだった狙いが外れてしまった。
———いい、ミルタ君? 君の本当に弱いところは、自分を疑うことよ。自分を信じなさい。そうすれば、君は誰よりも強くなれる。
いつも姉さんにそう言われているのに、僕は自分を疑った。力加減が出来ずに、殺してしまうかもと不安になってしまった。
今だってそうだ。僕は今、自分で立てた作戦を、自分自身で疑ってしまっている。こんなんじゃ、失敗するに決まっている。
『GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
「ぅ…」
ゴーレムが、その腕を振り上げた。全力で僕を叩き潰す気だ。
手を握りしめ、震えを抑える。歯を食いしばる。
———今だッ!
「【
命中。ゴーレムの体に、僕の雷が当たる。
『………………』
「………………」
最初に放った
ゴーレムはここに来る前に雪や霧と、僕の妨害をくぐり抜けて来たんだ。つまり、今のゴーレムは………僕の能力により湿っている。
雪や霧だって、元をたどれば電導性の高い水分だ。だから雷の電気は、ゴーレムの体である岩の隙間に染み付いた水分を伝っていく。
ゴーレムの心臓、
『………………』
「………………」
お互い、動かない。長い沈黙のように僕は感じた。
———そして。
「太ももの
確かに、僕は感じた。太ももに打ち込まれた何かが消滅していくのを、僕は確かに感じた。
勝った……?
勝ったんだ。
僕が、ゴーレムに勝てたんだ!
「やっっっっっっっっったぁ〜〜〜〜……!」
僕は思わず大の字で寝っ転がってしまい、全身で喜びを表現した。思わずゴロゴロと転がってしまうが、太ももの傷が僕を現実に引き戻した。
「痛っててて……ヴィール姉さんの所に行かなきゃ…」
この傷だって、コレーラさんがすぐに治してくれる。……きっと一言二言、何か言われてしまうかもしれないけれど。
龍化して、僕はいつも通りに空に飛び上がる。
『よし……行こう』
そして、僕は姉さんの所へ飛び立った。
姉さんに今回のことを自慢するか秘密にするか……どうしようかな。
そんなことを考えながら。
▼
「ほれ、こっちじゃ」
私はアインズに連れられ、大樹の中へと案内された。
……普通に、誰でも快適に過ごせてしまいそうなお部屋だ。ウッドハウスというか、ロッジ風というか。私の想像とは反して、とてもオシャレな空間だと思う。少なくとも、私の部屋よりは確実にオシャレだ。むむむ。
「はっはっは。その様子から察するに、予想外という感じかの?」
「ええ……正直、驚きました」
テーブルや椅子やベッドといった家具も充実している。
ベッドには気絶して倒れている少年が寝かされており、その上には蟲たちが乗っかっていた。そこが蟲たちの定位置なのだろう、本当に懐かれているようだ。
しかし、抱きしめただけで気絶してしまうとは……どれほどの力で抱きしめたのだろう。それとも、少年の防御力の方が乏しいのか。
「そうか、そうか。ほれ、そのチェアーにでも座るといい。わざわざ立って話す必要もないじゃろうて」
「失礼します」
私は、木製の椅子に腰掛ける。
椅子に座る瞬間、とても僅かな、それでいて確実に椅子が動くくらいの力で椅子を引いてみた。しかし、椅子はまるで地面とくっついているかのように微動だにしない。
いや……まるで、ではなく床と椅子はくっついているのだろう。それどころか、この椅子は床から生えているようだ。床と椅子との境目が見えない。
ここまで木を自在に動かせるとは……やはり、この大樹そのものがアインズの本体であることに間違いない。
一体、このアルラウネは何年の間を生きてきたのだろうか。
ちらりとアインズの様子を
これも、私にはリノア様と重なって見えた。こちらの動きや考えを見透かすような目……そっくりだ。
「だから、言っておろうに。この大樹こそが我だと」
「その様ですね……疑ってしまい申し訳ありません」
「かかか、むしろ魔物と対峙して警戒せぬ者などおらんわ。ただ一人を除いて、な」
アインズが、ベットで寝ている少年を見る。
大樹のアルラウネであるアインズと、超希少種族のエクリア=シュウ。この二人の接点は、一体なんなのだろうか。やはりアインズが『森の主』で、少年が『
……私は少年のことを、知ることができるのだろうか。
「……アインズさん」
「ん? なんじゃ?」
「少年とは……シュウ君とは、どうやって知り合ったのですか?」
「………」
ついに、切り出した。
若干の嫌な予感と、好奇心が私の背を押す様だった。アインズは、私の顔をじっと見つめて何かを考え込んでいる。
「そうじゃな………どうして知りたいのか、教えてくれるかの?」
「それは……」
なぜか、と聞かれれば。
はっきりとした答えは、なに一つ浮かばなかった。強いて答えるとするならば、それは私自身の好奇心に他ならない。理論的な答えは……ない。
「リノアからはそういう命令があったのか? それともまさか、理由もなしにシュウのことを知りたいと?」
「………明確な理由は、ありません」
「ほう?」
「ただ……知りたいんです」
少年は、昨晩に言っていた。私に投げかけてくれた暖かい言葉の影に聞こえた、不穏なセリフ。
———耐えられなくて、逃げた…
———行く宛がなくて、彷徨さまよって……気付いたら、森にいた…
私は、この言葉に隠れた『何か』を知りたいんだ。少年の過去の『事実』を、知りたいんだと。
そう、思っているんだと。私は気付かされた。
「私は、少年と知り合ってまだ1日しか経っていません。ですが、私は……」
「私は?」
「私は……確かに、少年に少なからず、少しだけ救われました」
———もっと、自分を誇って、いい、と、思う…
「私にとって、少年は大切な仲間とも似た存在です。だから、私は少年のことを知りたい」
「…………」
「少年の過去に、何があったかを……何を体験して、この『迷いの森』に迷い込んだのかを知りたい」
「…………」
「だから、お願いします」
私は、頭を深く下げて懇願した。
「少年のことを……教えてください」
アインズは、黙りこくっている。
私に、少年のことを話してもいいのか考え込んでいるのだろう。だが、私の気持ちは、本当の心は全て伝えた。
そして……
「……うむ、いいじゃろう」
「………え?」
「なんじゃ? お主から言ったのではないか、シュウについて知りたいと」
「そうですが! その……本当に、よろしいのですか?」
「なんじゃ、怖いのか?」
「それ、は………」
怖くない、と言ってしまえば嘘になるだろう。
確かに、私は少年の過去を知ることに不安を抱いている。少年の奥底を覗いてしまう事に、抵抗があると同時に、それと同じくらいの興味があったのだ。
私は「もし」を考えていないわけじゃない。もし、少年の過去を知った事で誰かが傷ついたのなら? もし、少年の真実を知った事で私たちの関係が変わってしまったなら? そう考えずにはいられない。
だけど、決心は変わらない。
私の本当の心は、アインズに言った通りだ。
「……私の決心は、変わりません」
「そうでなくては困るの。決心が揺らぐなら話しはせんよ」
本当に、「もし」が実現してしまったら……その時は、私がなんとかすればいい。私には、それができるはずだから。
「それじゃ、話すとするかのう」
▼
森の中。木々に隠れるように佇む2つの影があった。
しかし、その影を視認する事ができる者は誰1人すらいない。
「………おい、データは取れたのか?」
「はい、しっかりと取れているようです」
声を聞けば、その影は男性と女性、1人ずついるのだと分かるだろう。話し方を聞く限り、男性が上司で女性が部下だという事も推測できるかもしれない。
話し声は、まだ続いている。
だがこの声も、はっきりと聞くことが者はやはりいない。
「そうか。予定外のことが起きたから少々動揺したが、何とかなってくれたか」
「ドラグーンの人型時の戦闘力、割り出せました」
「ドラグーンは個体差が激しい。あまり重要なデータとは言えないだろう」
ドラグーンは、神に近い種族だと言われている。理由は明確ではないが、ドラグーンという種族はとにかく個性的だ。
まず大きな特徴が、特殊能力は個人によって違っていることだろう。よって、ドラグーンに限って言えば特殊能力ではなく『固有能力』という言い方をするのが通例だ。
『スコーク』にいる
「とはいえ、本当は『リーフ』のデータを取る予定だったというのに……『スコーク』に邪魔されてしまうとは。運がなかった」
「どうしますか? このままここで彼らが来るのを待ちますか?」
「撤退しよう。ゴーレムも、もう手元にいない。我々が『リーフ』の前に姿を現すのも、まだ早い」
「了解しました」
森の中で、草を踏み締める音が鳴る。
それに気づく者は誰一人としていない。
「帰るぞ、『バステック』へ」
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