第8話 謎は何を呼ぶ?

 一応、すべての報告と任務を終えた私とトロアは部屋に戻っていた。報告も、リノア様に先ほどのメモを渡すだけであっさりと終了した。


「あ。エリーザさんエリーザさん、ちょっといいッスか?」


 帰りの道中、トロアが突然話しかけてきた。この地点で嫌な予感しかしていないのは、もうしょうがないことだろう。事実、そうだし。


「俺、ちょっと行かなきゃいけない所あるんスよ。なので、ちょいと失礼するッスね」

「行かなきゃいけない所?」

「ええ、ほらあれッスよ。いつものッス」

「ああ、なるほどな」


 トロアは間抜けかつバカであるが、毎日欠かさない日課がある。日課の内容は私も知らないが、毎日飽きずにし続けているから、恐らくよっぽど大事な日課なんだろう。

 私自身、その日課とやらには興味はない。トロアの身分はちゃんと分かっているし、こいつのプライベートまで探るつもりもないしな。


「じゃあ、ちょっと俺はこの辺で離脱するッス。お疲れッス〜」

「ああ、夕食の時間には戻ってくるんだぞ」


 遠くの方で「は〜い!」という返事があるのを聞いた後、私は再び部屋に戻っていた。


 部屋に戻った私は、予想外の光景を目の当たりにすることになった。


「——じゃあ、特異属性と五属性のある共通点はなんだか分かるか?」

「んー……魔力が、元になってる、こと…?」

「それもそうだが、もっと意外なことだ。それはだな——」


 キュリアと少年が隣同士に座り、さらにキュリアがまるで教師のようなことをしているではないか。私の記憶が正しければ、キュリアは人前で何かを教えることに苦手意識があったと思うのだが。

 少年に授業——聞いている限り魔法論理学の基礎の部分らしい——をしているキュリアの姿は、まるで弟に勉強を教える姉みたいだ。任務中の彼女からは想像もつかないほど、優しく柔らかい表情をしている。


(ふふっ。そこに割り込むのは、野暮やぼだな)


 珍しいことに、私にリアクションを取る暇もないというほどに、キュリアは熱くなっているようだ。こんなキュリアを見るのは、初めてのことかもしれない。それに、私には少年に魔法を教えているキュリアが、どこか楽しそうにも見えた。

 多分、暇そうな少年を見かねて仕方なく始めたのだろうな。少年はキュリアが熱くなるほどに優秀な生徒なのだろうか。


 ふと、私の魔法事情について考えてしまう。私は五属性が全く扱えない。そのせいで昔に痛い目を見ることもあった。


 種族には、それぞれ特殊技能のようなものがある。それは一種族につき一つだったり、二つだったりとまちまちだが、何かしらはあるという。

 例えばデーモンであれば、誰か一人と特別な儀式を行うことで『血の契約ブラッドサイン』を結ぶことができるという。契約を結んだ者同士は、受けたダメージなどをデーモン側に移すことができる。さらにデーモンには物理攻撃無効アンチショックという特殊技能もある。


 私たちエルフの特殊技能は俗に多量魔力保有オーバーマジックと呼ばれ、読んで字のごとく、生まれつき多くの魔力を持って生まれる。私も魔力量自体は多いのだが、その魔力に影響を与えなければ一般には魔法として認められない。まさに、宝の持ち腐れということだ。


(あ、そういえば。しなければならないことが、私にはまだあったな)


 種族のことを考えていたからか、やりたかった事があったことを思いだせた。目の前の光景が余りに微笑ましかったからだろうか、ついうっかり忘れてしまう所だったようだ。危ない危ない。

 私は立ち上がり、一声かけてから出ようかと思ったが止めておくことにした。あんなに楽しそうなんだ、わざわざ水を差すこともあるまい。


 そうして私が向かった先は、城にある書庫、特別資料室だ。そこには合計五十万冊もの歴史書や魔道書、小説や雑誌なんかまでが保存されている。これらは一般人にも一部公開されていて、受付に申請をすれば借りる事ができる、まさに国立図書館のような場所だ。

 とは言っても、図書館ではなく資料室なので本を読むためのスペースなどは用意されていない。


 ただし、何事にも例外はある。


「やあ、少しいいかな」

「エリーザさん! はい、一体どんなご用ですか?」


 受付にいる眼鏡をかけた女性が愛想よく返事をしてくれる。ここの役員は一般人を相手にすることもあるので、容姿がいい者ばかりだ。きっと、国の顔的な意味もあるのだろう。


「奥のに入りたい。許可を出してもらえるか?」

「わかりました、少々お待ちくださいね」


 そういって受付の女性は奥に行ってしまった。

 先ほどの例外とは、まさに極秘資料室のことだ。そこに保存されているのは、まさに極秘情報が詰まった資料ばかりだ。その極秘性は、中にある資料を外に持ち出すことは誰にも、たとえリノア様であっても禁止されているほどだ。よって、極秘資料室には読書スペースが設けられている。

 しばらく待つこと約五分。先ほどの眼鏡の女性が戻ってきた。


「お待たせしました。上からの許可がおりましたので、こちらの魔石コアをお持ちください。方法は13です」

「ああ、わかった。助かる」


 一見すると緩そうな警備だが、実はかなり頑丈だ。そのセキュリティは三重ロック式である。


 まず第一に、顔認証だ。実は先ほどの受付員がかけていた眼鏡は魔道具アーティファクトで、私の顔をスキャンする事ができる。先ほど奥に引っ込んだ時に顔の照合も行なっているらしい。


「ここだな。……ふんっ」


 私はもらった青白い魔石コアに力を込める。これが二つ目のセキュリティシステムだ。

 実は魔力の質は、指紋や耳の形のように人それぞれで異なっている。そして、この魔石コアは魔力を貯めることのできる石を加工して作られている魔道具アーティファクトのようなものだ。


 私は魔法は使えないが、魔力は出せる。魔石コアに私の魔力を込め、専用の容器に入れる。そして、扉がひとりでに開いた。魔石コアに込められた魔力が私のものであると認識してくれたようだ。


「よし」


 余談だが、私はたまにこれを失敗してしまう。認識は純粋な魔力でないといけない。それを私は、無意識のうちに属性を与える事があるので、いつもこの時はヒヤヒヤだ。成功してよかった。


 中に入ると、小部屋のような部屋につく。それは一見するとただの部屋だが、実は色々と仕掛けがある。


「確か、13だったかな…こうか」


 そのどれを動かすと次の扉が開くかは、受付にて番号で伝えられる。この三重ロックをくぐり抜けてやっと極秘資料室に入れるというわけだ。ちなみに30まであるらしい。


「ええと、目的のものを探さなくてはな……こっちだったかな?」


 極秘資料室もそれなりの広さがあるため、探すのが大変だ。ウロウロと探し回ってやっと見つけた目的の資料は、全部で二つ。


「まずは、こっちだな」


 私が最初に手をつけたのが、『種族調査報告書』と書かれたものだ。この中には多くの種族のあらゆる情報が全て記載されている。以前、私はこの報告書に何度か目を通したことがある。

 そして、私がめくったページはもちろん『ヒューマン』に関する報告書だ。まさか出会うことになるとは微塵みじんも思っていなかったので、あまり読んだ事はない。


 私は、先ほどの少年とのインタビューのことを、頭の中で反芻はんすうしながら読み込んでいく。だが……


「…参ったな、流石に不明のらんが多すぎる。これじゃあ、一般向けに公開されているものとあまり変わらないな」


 さすが超希少種族、不明の欄のオンパレードだ。生息地域、性質、習慣、文化、特殊技能の全てが不明で、記載されている情報も、極端に少ない。

 どうやらまだ次のページがあるようだ。あまり期待しないでページをめくると、そこには意外にも興味深い記事が載っていた。


———不思議な力を持つヒューマンが存在する可能性あり。不思議な力の詳細は

不明だが、そのようなヒューマンを巫女シャーマンと呼ばれているとの情報あり。ただし、情報の出所が不明なので、信憑性しんぴょうせいは著しく低いと判断。不思議な力の概要がいようが不明であることも、その判断基準の大きな要因である。


 巫女シャーマン。確か前見たときもそのような事が書いてあったような気がする。だがそれについても情報が少なく、さらには信憑性が著しく低いときた。


「これは期待できそうにはないな……他の欄は、やはり不明ばかりか…」


 ヒューマンにゆいての調べ物は、ほぼ収穫ナシという少々がっかりな結果になってしまったようだ。


(だがまあ、こんなものか)


 巫女シャーマンについて知れただけ、まだよかった方だろう。

 本命は、もう一つの資料にある。その資料のタイトルは『「迷いの森」調査報告書』だ。内容は、題名でおおよその察しはつくだろう。


 だが、今回私は迷いの森に関するを調べに来たのだ。『リーフ』のリーダーを務める際に、迷いの森の地形は全て頭の中に叩き込んであるので、そういったことを調べても、本来であれば意味がない。

 だから、私が求める情報とはいわば、それ以外の何かだ。何でもいいから、とにかく今は情報が欲しい。そう思ってページを開いた時、誰もいないはずの極秘資料室から突然私ではない声が響いた。


「何か調べ物かな? エリーザよ」

「ふぇっ!? リ、リノア様!?」


 私は肩をいきなり叩かれびっくりして変な声を上げてしまう。その反射で振り返りそこにいたのは、なんとリノア様だった。


「しばらく休むといい、と言ったはずなんだがな」

「も、申し訳ありません…」


 いたずらっぽく笑うリノア様。時折、わざわざ気配を殺してまで私にいたずらを仕掛けてくる事があるが、正直やめて欲しいと思う。以前リノア様自身が「戦闘は苦手」と仰っていたが、なぜか気配を消すことに関しては超一流だ。

 側近が言うことには、「ちゃんと見張っていたはずなのに、いつの間にか消えてしまっている事が多い」と愚痴ぐちを漏らしていた。「もう縛るしかない」とも酔った勢いで言っていたか、当然私と側近だけの秘密だ。


「よいよい。興味を抱くことは当然の事だからな。なんせあのヒューマンを保護したというのだから。もしかしたら世界初かもしれんぞ?」


 カラカラと笑うリノア様。どうやら大層機嫌がいいらしい、果たしてほっぽりだしてきたとか言う仕事は片付いているのだろうか。


「ですが、ここの資料も全く手がかりと呼べるものはありませんでした。そう簡単にはうまくいきませんね」

「ま、それは仕方ない事だ。なにせ目撃情報すら曖昧な種族だからな。それより、今お前が手にしている資料。いいところに目をつけたな」

「いいところ?」

「なんだ、まだ読んでおらんのか。ほれ、62ページ目を開いてみい」


 私は言われるがままそのページを開く。そこにあった情報は、いわば都市伝説のようなものだった。


 内容をざっとまとめると、迷いの森には二つのが存在している可能性がある、と言う記事だ。

 一つ目が、迷いの森のぬしと呼べるような存在だ。目撃情報がない為、今までの事例からの推測になっているが、この森を統治している存在がいる可能性が高いと推測されている。正式な名前も、その正体も一切が不明。謎に包まれた存在らしい。


 だが、私の興味を強く引いたのが次に書かれている王の情報だった。


「……『蟲王ワームキング』?」


 蟲王ワームキング。資料によるとそれは、迷いの森に生息している魔蟲たちの頂点に君臨する存在であるという。生息地は不明、今まで一切その姿を見せていないこともあり、知性がある可能性も大いにある。


 当たり前ではあるが、真っ先に私が思い浮かべたのは少年だ。

 初めて出会った時から、少年と蟲たちとの関係はまるで分からなかったが、私の中で何かがつながったような気がした。


 毒の襲撃者の時も、仲間との連絡手段もそうだ。少年は蟲たちのことを友達と呼び、蟲たちも少年には忠実に従っていた。

 さらに、初めて出会ったあの時。蟲たちはまるで、王のそばで控える側近のような振る舞いをしていたことを、私は鮮明に覚えている。


「あの少年が……そう、なのでしょうか? あの少年こそが、この『蟲王ワームキング』だと?」

「はっはっは、それは言えんなあ。シュウ君に怒られてしまう、それはお前が自分で調べるのだな」

「そうですか……」


 現時点では、その可能性が高いと私は思っている。だが、引っかかることもある。それは単純かつ素直な疑問で、もし仮に本当に少年が蟲王ワームキングなのだとしたら、 という事だ。 

 確か、少年は次のように言っていた。


———3年、くらい……かな。住んでるから…


 わずか三年で、蟲たちの頂点に立てるものなのだろうか。いや、今になって考えれば、三年程度で、あそこまで蟲たちを従える事ができるのだろうか。


「ま、それが妾からのヒントみたいなものだ。慎重に捜査するのだぞ? あと、休むことも忘れずにな。不休での作業は逆効果だからの」


 リノア様は立ち上がって本棚のところに移動する。

 あ、そうだ。せっかくだし、ちゃんと聞いておくとしよう。話してくれるかどうかは、分からないが。


「リノア様、少し聞きたい事が」

「何かな? もう答え合せをしたいのか?」

「いえ、そうではなく……伝言って、なんのことでしょうか」


 リノア様の口角が上がる。その表情は、とても楽しいとでもいうかのようだ。


「ほう……さすがエリーザだな。そこに目をつけるか」

「教えていただけませんか?」

「うーむ……これは与えてもいいヒントなのか、悩みどころではあるが…」


 数秒じっくりと考えるリノア様。私としては一部でもいいので、その手がかりを得たい。果たしてどうだろうか。


「……やっぱり、ダメだな。ギリでアウトだ」

「そうですか……」


 残念、そこも自分で調べろということらしい。でも、というヒントはあるわけだから、もう少し調べていけば尻尾は捕まえる事ができるかもしれないな。


 それともう一つ。大事なことを聞かなければならない。実はこっちの方が大事だったりもする。


「リノア様。そういえば、ほっぽりだしてきたとか言う仕事の方は、もう済まされたのですか?」

「………」

「リノア様?」


 急に黙り込むリノア様。私と目すら合わせず、無表情を貫いている。

 ああ、なんてわかりやすい。


「リノア様、お仕事の方」

「……?」

「可愛らしく首を傾げないでください。お仕事の方は大丈夫なのですか?」


 いつぞやの少年のようにキョトンと首を傾げ、さも「よくわかりません」という表情を浮かべる。容姿も幼いので、体操可愛らしいことには違いないが、ごまかそうしているのはバレバレである。その証拠に、しっかり目は明後日あさっての方向に泳いでいる。


「あ、リベリアさん側近の方が来ましたよ」

「やばいっ! どこかに隠れなければ………あっ」


 ここは極秘資料室。ここに入れるのは私とリノア様を含めたごくわずかな人間だけである。リノア様の側近であるリベリアさんは入ることはできない。


「……リノア様」

「ひ、卑怯者! 姑息こそくな騙し討ちをしおって! 良いではないか、期日は今日ではないものばかりなのだぞ!」

「そんなこと言ってまた溜めますと、期日当日にまた泣くことになりますよ。ほら、戻りましょう」

「お、お前! なぜそのことを知って……そうか、リベリアだな!? あやつが漏らしたのだな!?」


 あ、しまった。確かこれも二人だけの秘密だった気がする。すまない、リベリア。


「い、行かぬぞ! 妾は決してここを離れぬ! 今日はもう筆を持ちたくないのだ!」

「ダメです、行きましょう」

「嫌じゃ嫌じゃ! 働いたら妾は負けてしまう!」

「何にですか。そんな堕落だらくした人みたいなこと言っていないで、さっさと行きますよ」


 私は地面にしがみついて離さないリノア様を、担ぎ上げる。この行為も何回目になるだろうか。ジタバタと暴れるリノア様だが、私はこれでも『リーフ』のリーダーだ。この程度で怯んだりはしない。


「な、何をするーっ! またそうやって妾を担ぎ上げていいのかっ!? 妾はこの国の王だぞーッ!?」

「国王様なら、ちゃんと仕事をしてください。計画的に」

「やめろー! はーなーせー!」


 私はこのまま極秘資料室を出て王室に向かう。その間、すれ違う人たちから奇妙なものを見るように見られ……ることはなく。誰しもが「またか」なんて表情をしている。興味すら抱かない者もいた。それでいいのか。


「馬鹿者! 卑怯者! 裏切者—————ッ!!」


 さて、リベリアにどうやって謝るか、悩みどころだ。

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