第6話 影の行方

 僕が慌てて逃げ込んだのは、装備置き場のようなところだった。箱の中には武器や防具とか道具とかがたくさん入っていて、棚の上にある透明な器の中には水色や黄緑色、赤色の液体がたっぷりと入っていた。

 確か、これはポーションという名前だったと思う。色ごとに効果が違うらしくて、これを飲むと色んなものが即時回復するのだとか。


 前に、アノ人に実物を見せてもらったことがある。なんでも、落し物を拾っただけって言ってたけど。その時は水色というより青だったと思うけど、アノ人はポーションのことを「甘くて美味しい」って言ってた。でも、やっぱり僕には美味しそうには見えない。


 部屋が揺れる。ここからだと何もわからないけど、きっと部屋の外では激戦が繰り広げられているんだろう。僕はせめてもの手伝いのつもりで、ポーション瓶が倒れないように手で押さえる。


 改めて、本当に変なところに来ちゃったなあ、と僕は思う。待ち合わせに来ただけなのに、なぜか僕は今フォルテルの凄い場所にて、しかも今日だけでもう2人に襲われている。


 ……ほんとに、なんでこうなっちゃったんだろうなあ。


 明日には開放してくれるらしいから、僕は大丈夫なんだけど。なんというか、今後のことが不安になってくる。変な人たちにも狙われているらしいし、ほんと何でなんだろ。

 本当に、困ったもんだ。



   ▼



 それからは、大変だった。

 部屋はめちゃくちゃ、壁は壊れ床もボロボロで机や椅子は吹っ飛んでいる。これらをとりあえずの所まで復旧させるまで、それなりの時間と労力がかかってしまった。

 まあ、戦っていた本人であるキュリアには休んでもらっていたが。


「まさか、キュリアさんが敵を逃しちゃうなんて。珍しいこともあるもんスねえ。なんで逃げられちゃったんスっけ」

「穴だ」

「穴?」


 とりあえず椅子だけは元通りの位置に戻して、私たちはそれに座っている。

 まだ部屋の中には壁の修理の準備のために多くの人がいるが、少年のことはまだ秘密にしておけと国王に言われたので、また荷物袋の中に隠れてもらっている。

 だがまあ、しばらくの間はこの部屋は使えなくなるだろう。ここは仮の拠点の準備ができるまでの待機場というわけだ。


 私はキュリアがいう、エトラスという襲撃者が気絶していたという場所の床を見ると、確かにそこには拳ほどの大きさの穴が空いていた。


「人が通れる大きさじゃないが…」

「敵はドッペルだったんです。おそらく、体を小さく変形させてそこから逃げ出したんだと思います…。不覚をとりました」

「なるほど……穴は、鉄釘のようなものでも作り出したんだろう。おい、君たちは何か見てないのか? 怪しい人影とか」

「いえ……私たちは何も」


 城で働いている人たちに聞いてみても、めぼしい情報は無し。完全に見失ってしまっているようだった。

 下から逃げたなら、誰かそれらしき人を見たのではと思ったのだが…さすが影人ドッペル、といったところだろうか。不審人物を誰も見ていないとは。

 ふむ……。


「でもでも、なんでその…エトラスさん? には風の魔法が効かなかったんスかね。鉄ならもろに影響受けそうッスけど」

「鉄を円錐状にして、空気抵抗を減らしたんだろう。仮にそうなら、突進だけでも壁や机を破壊するぐらいの威力は余裕である」

「あー」


 エトラスを逃してしまったのはまずいことだが、実は先ほど、もっとまずい事になっていると先ほど情報があった。

 なんと、森で私たちを襲った男も脱走したとのことだ。というより、そもそも牢獄にそのような男は来ていないという。


(男を任せたあの門番が、エトラスだったのか……)


 どうやら、襲撃者は何かの団体のようだ。

 少年が言うには、男は「仕事に関わる」とかなんとか言っていたらしいから、ほぼ間違いないだろう。


 しばらくしていると、代わりの部屋の準備ができたと報告が入り、そこに移動するため私たちは本部の外に出る。

 少年が入っている荷物袋はトロアに持たせた。

 部屋を出る時にふと、部屋の瓦礫を回収している人が視界に映る。


「あの瓦礫って、この後どこに出すんスかね」

「いつも通りフォルテルの外にある捨て場だろう。まだ今日やることはたくさん残っているんだ。急ごう」


 そして私たちは本部が復旧するまでの間、使用させてもらう代わりの部屋まで移動した。

 部屋は本部と比べると若干狭いが、会議やら何やらをするには十分な広さがある。小部屋も充実していて、不自由はなさそうだ。いたって普通の部屋、内装だけのことを言うなら、そういうことになるだろう。

 だが、ある存在のせいで部屋には別格感が溢れ出していた。


「ご苦労だったな、リーフ諸君」

「リ、リノア様!?」


 部屋のど真ん中、普通の椅子になんと国王のリノア様が紅茶を飲んでいた。


「ちょええっ!? なんでリノア様がここでお茶飲んでるんスか!? さっき仕事が忙しいとかなんとか言ってたじゃないッスか!」

「ほっぽりだしてきた」

「何やってんスか!?」


 またか。リノア様は、大変優秀で人望も厚い立派な方ではあるが、どうも仕事のことになると途端に不真面目になる。それでも、仕事はきちんと終わらせるから問題はないらしいが……

 側近の愚痴がまた増えそうだな、とぼんやり思ったのは内緒だ。


「まあそう言うな。わらわは噂のヒューマンに会い来ただけだ。して、そのヒューマンはどこにいる?」


 全てを諦めたようにトロアは荷物袋を地面にゆっくり置き、その口を開ける。荷物袋の中から、やはり窮屈だったらしい少年が「ぷはっ」と出てきた。


「あれ…だれ…?」

「君が噂のヒューマンか? 悪いが、そこから出てきて妾の前まで来てもらえるか?」

「ん…」


 よいしょ、と言いながら荷物袋から脱出した少年。椅子に座っているリノア様の前に移動した少年は、未だ状況がわかっていないのかキョトンとしている。


「さて、まずは自己紹介をしておこうか。妾はリノア=シルバート、フォルテルのリーダーみたいな事している。気軽にリノアの呼んでも構わんぞ」

「シュウ=エクリア…よろ、しく…? リノアさん…」

「うむ、よろしくな。早速で悪いが、体に触れてもいいか?」

「ん…」


 リノア様は立ち上がり、少年の顔や体をペタペタと調べ始める。ちなみに、リノア様の身長は少年とほどんど同じで小柄…と言うより、幼い。年齢はよくわかっていないが、国王歴はそれなりに長いので見た目はアテにならないだろう。

 リノア様はまず耳、次に腕と上から調べていく。最後に顔をじっと見つめ、やがて調べ終えたのか「ふむ」と言い椅子に座りなおした。


「確かに、ヒューマンだな。…驚いた。こんなに間近に見ることができる日が来ようとはな。エリーザ、少年はどこに住んでいるんだったか?」

「迷いの森の西側、と言っていました。毒への耐性もあったので、おそらく本当かと」

「西側か…確かにそのあたりは調査していないが……」


 数時間前にリノア様に報告しに行った時は側近なんかもいた為、詳しい報告はできていない。本当なら私がある程度質問をして、わかったことなどを書類にして報告するはずだったのだが。相変わらずリノア様は、動きが読めない。

 ちなみに、側近に言わせれば「はた迷惑」とのことらしい。これも内緒だ。


「まあ、そのあたりの真偽は今はいい。それより、聞きたいことがある。少し耳を貸してはくれないか? すぐに済むから」

「…?」


 リノア様は少年に耳打ちをする。その瞬間、今までずっと表情が薄かった少年は明らかに、激しく動揺した。目を見開き、リノア様と少し距離を取るように後ずさる。


「……ッ!?」

「その表情……つまりは当たりかな? くくく、なるほどなぁ」

「なん、で…」

「ただの直感だよ、あとは人脈かな。なら、一つを頼んでおこうか。いいだろう?」


 微妙な顔をする少年。若干警戒しているようだ。


「……もし、断った、ら…」

「ここには君以外にも人がいるなあ」


 ニヤニヤするリノア様。流石の私たちも、軽い脅迫であることはわかった。そして何よりもそれを感じてる少年は、さらに表情を歪ませる。


「……ずる、い…」

「国王にはずるさも必要でな。ほれ、もう一度耳をかせ。———。」

「……ん…わかった…」

「頼んだぞ。では、『リーフ』諸君。今日はお疲れ様だったな。しばらく休……ああ、シュウ君への質問がまだだったな。それを済ませたら、しばらく休むといい」


 そう言うとリノア様は部屋から出て行った。少しの沈黙の後に動いたのは、トロアだった。トロアはゆっくりと少年の方に近づき、視線を合わせるようにしゃがんだ。

 少年は嫌な予感しかしていないらしく、私にヘルプの目線を一瞬飛ばしてくる。


「……シュウ君」

「………な、なに…?」

「ちょっと秘密を俺だけに教えてくださいッス。なあに、誰にも言わないッスから安心するッス」

「いや……えっと…」

「ちょっとだけでいいんスよね〜。ちょーっとだけでいいッスから〜うえっへっへっへ」


 トロアが大層気持ち悪い表情と声で少年に詰め寄る。その光景は、大の大人が未成年によろしくないことをしようとしている、まさにそんな光景だった。

 ああ気持ち悪い。本当の本当になんでこの犯罪予備軍者トロアは『リーフ』に入隊できているのだろう。

 手をワキワキさせながら迫ってくるトロアに、少年はもう涙目だ。流石に止めた方がいいだろう、と思いトロアに近づくが、キュリアに止められてしまう。


 キュリアはゆっくりと首を横に振り、拳を固めながら足音も気配も決してゆっくりとトロアの背後へ。涙目だった少年も気づいたようで「あ…」と声を漏らした。


「へへへグボァッ!?」


 次の瞬間には、氷の魔法により威力が跳ね上がったキュリアの拳が、トロアの頭に突き刺さっていた。

 そして訪れたのは、沈黙。トロアは死んだ。


「馬鹿は死んだら治るのか……確かめるいい機会かもしれないな」

「え、と……ありが、とう…?」

「なに、礼には及ばない」


 どうやら、キュリアは本当に少年を信頼するようになったらしい。思ったよりも早く打ち解けてくれたようで、よかったよかった。


 さて、仲良くなった二人はいいとして、この遺体バカはどうしてやろうか。ピクピクと痙攣しているあたり、一応生き残ってはいるようだが……まあ、邪魔にならぬよう部屋の隅に置いとくだけでいいだろう。

 私はトロアの足を掴み部屋の隅へと引きずる。地面にめり込んだ頭を抜くのに少々手間取ったが、力任せに引っこ抜くことに成功した。その途中、何やらか細い声で「ひどいッス…」と聞こえた気がするが、ただの心霊現象だろう。気にすることでもない。


「なあ、少年。これからのことについて話そうと思う」

「これから、の、こと…?」

「まあ、とは言ってもそんなにキツい事はしない。ここにいる間の注意事項とちょっとした質問だけだ」

「………」

「場所は……そうだな」


 この部屋をぐるりと見渡してみる。クローゼットやトイレ、物置きのような小部屋もいくつかあるようだ。


「あの奥の物置部屋がいいだろう。キュリア、見張りを頼めるか? そこで死んでるのも含めて」

「了解しました、隊長。お任せください」

「よし、じゃあ……行こうか」

「………ん…」



   ▼



 ちょうど、エリーザがシュウに質疑応答を開始したのと同時刻。フォルテルの外では、『ブランチ』襲撃騒動に関する二人のゴミ出し員が、大量の瓦礫がれきを捨てにきていた。


「ったく、重いな。瓦礫はやっぱり」

「それに敵さんも思い切った事するねえ、『リーフ』をフォルテルの中で襲うなんてよ」

「いや、サーヴィス様がいうことにゃ、やっこさんは襲撃する気はなかったっんだとよ。見つかって仕方なく戦闘したらしい」

「あーらら。ま、『リーフ』を相手にした地点で終わってるようなもんだからなあ」

「それがなんと、奴さんには逃げられたらしい。方法は知らんがな」

「ひぇー。やるなあ」


 談笑をしながら重い瓦礫を捨てる二人。二人が持つ袋がカラになり、立ち上がって肩を回す。パキポキと心地いい音が響いた。


「あー、疲れた。早く戻ろうぜ、ここ迷いの森に長居は禁物だ」

「ああそうだな。さっさとずらかるとしよう」


 そうして二人はいなくなった。残ったのは、大量の瓦礫の山。

 そして、そこに近づく人影が一つ。


「オイ、いるんだろ? さっさと出てこいよ」


 それは、森でエリーザたちを襲ったデーモンの男だった。名を、シアノ=スタッカー。

 シアノがそう瓦礫の山に呼びかけると、その中のうちの一つ、瓦礫がみるみる大きくなる。そして、人の形へと変形した。


「早い、ね……シアノ、君」

「おいおい、瀕死じゃねえか。さっきの自信はどうしたんだよ」

「お互い…様、でしょ?」


 エトラスだ。

 実はキュリアが振り返った時、まだエトラスは逃げてなどいなかったのだ。彼女がしたのは、だけ。穴から逃げれば必ず誰かに見つかると考えた彼女は、とっさに脱出プランを変更したのだ。


「ま、それもそうだな。ホレ、オマエの腹見せてみろ。………あー、こらダメだね。ご冥福をお祈りしよう」

「ダーク、ジョークは……今は、NGだよ…」

「目を離すとオマエはいつもこうだからな。そう近いうちに死ぬぞ。悪魔デーモンが言ってるんだ、間違いない」

「やめ、てゴフッ……あ、本当に、死んじゃう…」


 血を吹くエトラス、このままでは失血死するのも時間の問題だろう。そもそも、瓦礫に紛れて脱出するという作戦も、命がけだったのだ。変形しても感覚はあるし傷は治らない。痛みも当然残るから、運ばれている時には耐え難い痛みが彼女を襲っていた。

 だが、彼女はそれに耐えきり、さらには声すら押し殺した。まだ死んでいない事は、他でもないエトラスが持つ幸運と根性の賜物たまものだった。


「わーってるよ。ほれ、貰うぞ」


 シアノは傷口に手を当て、術式を組む。それは普通の魔法ではなく、もっと言えばそれは魔法ですらない。


「……『血の契約ブラッドサイン』」


 次の瞬間、エトラスの腹部にあった大きな穴はみるみるうちに小さくなり、そして遂には完全に塞がった。その代わり、シアノの腹部にはの穴ができる。だがそれも、どんどん小さくなり、そして綺麗になくなった。


「ふう〜、生き返った……、だっけ? いつ聞いてもチートよねそれ」

「その代わり、魔法攻撃にはめっぽう弱いがな。特に、オレはそうだ」

「あ、アタシの傷、魔法攻撃による傷なんだけど」

「オマッ……そういうのはさっさと言え! あっぶねえなあ!」

「てへっ」

「コノヤロウ…! まあ、直接貰うのはマズいが間接的なら大丈夫だ。多分な」


 元気になったエトラスが立ち上がり、体の隅々を調べるように体を動かす。異常なしと判断した彼女は大きく伸びをする。


「あ、じゃあ何でアンタは気絶したの?」

「あ? 何がだ」

「だってアンタ、んでしょ? がっつり物理攻撃じゃない」

「あー……」


 シアノは、シュウに止めを刺す直前にエリーザに蹴飛ばされ気絶した。これは、通常デーモンに対しては意味のない行動だ。本来であれば、ノックバックされるだけでダメージは入らない。

 しかし、シアノは確かに気絶した。これは、通常で考えればありえないことに他ならないのだ。


「それはな……オレにもわからん」

「ええ? なにさ、その締まりのない話は」

「しゃーねーだろっ! 突然のことだったからよく覚えてねーんだよ!」

「チェー」


 そして、シアノとエトラスは森の奥へと消えていった。

 二人は、『リーフ』とフォルテルから、命からがらではあったが逃げ出すことに成功したのだ。


「まあでも、何となく推理はできるよねー」

「は? 何がだ?」

「エリーザの事だよっ! ひょっとして彼女、特異属性あったりして〜…」

「おいおい、アイツは魔法が使えねえはずだろ? そらねーよ」

「わかんないよ〜? だって…」


 エトラスは今日の事をゆっくりと思い出して、重く呟いた。特に、自分が変装相手に使った、ある男の顔を思い出しながら。


「隠し事をしてるヤツが、まだいるみたいだからね」

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