第5話 魔法のスゝメ


 魔力は属性を与えることで、火・氷・雷・風・光のいずれかにその性質を変えることができる。これは、魔力に対し高温・低温・電力・風力・発光の性質を与えることになるからである。以上を五属性と呼ぶ。このように発現させた魔法は実物のそれよりも強力であり、魔力が尽きるまでその効果は持続される。

 ただし、特異属性は五属性以外の属性を扱えることで知られている。特異属性を使えるものは少なく、現時点では使えても一種類のみであると報告されている。


———以上、『魔法学入門編』第1章より抜粋。


   ▼



 エトラスの体から魔力があふれ出す。どうやら、この私に対して魔法対決でもしようと言うらしい。


「……やはり貴様、私の事を舐めているだろう」

「だから違うってー……だから、すっごく残念だよ。こんな形でキュリア様と闘うなんてさあ!」


 エトラスが私に向かって突進してくる。私はその行動に確かな違和感を覚えた。なぜなら、本来近距離戦はお互い不利にしかならないからだ。


 本来、俗に言う魔法使い同士の戦闘は中遠距離戦になりやすい。その理由は、近すぎたら自分が発現させた魔法に自分自身が巻き込まれやすいからだ。しかもその対策は魔法の威力を弱めるしかないので、好んで近距離線を挑む魔法使いは通常存在しない。


 この部屋は『リーフ』の本部とはいえど、部屋は部屋。決して広くはなく、このままエトラスが突っ込んできたら、冗談ではなく一瞬にして間合いは無くなってしまうだろう。


(さては、そのが突進の狙いか?)


 私は、エトラスの狙いをなんとなくだが察する。


 通常は魔法を発現させようと思ってから実際に発現するまでに、若干だが時間がかかる。

 魔力を体外に放出し、属性を与え、形を整えて発現させる。ここまでをこなして初めて魔法となるのだから、リロードに時間がかかるのは当たり前だ。


 どうやらエトラスは、私のことをよく知っているようだ。もちろん、私が魔法の得意なエルフだということを知っているだろう。だからエトラスは突進してきたのだ。私が魔法を出す前に攻撃するには、これしかないとでも判断したのだろう。

 だが…


「言ったろうが、と」

「くッ!?」


 直後、竜巻の中にいるような狂暴な風がエトラスを襲う。エトラスは予想外だという反応を見せるが、まあその気持ちも分かる。今までで何度もあんな顔をされてきた。


 エトラスが驚いている理由は、想像をはるかに超えるスピードで魔法が発現したことだろう。魔法の発現には、どんなに優秀でも1秒かかってしまうのが通常、というよりそれが生物としての限界に近い。

 だが、それはだったらの話だ。


 私の魔法の発現法は我がサーヴィス家の自家製オリジナルだ。と言っても、その発現法の手順は通常の発現法となんら変わらない。

 私の発現法と通常の発現法の唯一の違いは、全ての過程を行っている、と言う点だ。それはつまり、即座ノータイムに魔法の発現ができるということだ。


 今の風の魔法は、ほぼとどめのつもりで放った。これをくらえば、ほぼ間違いなくエトラスは部屋の壁まで吹っ飛ぶ。そうしてできた距離は私にとってこの上なく有利なものとなる。

 と、そう思っていた。


「ッ!」


 信じられない光景だった。

 エトラスは尚も私に向かって突進を止めていなかった。そんな事はあり得ない。なぜなら、これは災害クラスの暴風の中でも走れるということになってしまう。そんなこと、あってたまるか。


「くっ!」


 私はエトラスを回避するために横に飛ぶ。机の上に飛び込む形になってしまうが、仕方ない。エトラスの突進は危険だ。明確な根拠はないが、私はそう感じた。

 ガシャン! と、私が倒れ込んだことで机の上のティーカップが大きな音を立て壊れる。急いで体勢を立て直し、敵と向かい合う。すると目線の先には、もっと信じられない光景が広がっていた。


「なッ……!」

「まったく…避けないでよ」


 エトラスが突進した先の壁が、砕かれている。エトラスの足元には壁の一部だったものが瓦礫となり散らばっている。ここは『リーフ』の本部の部屋、いざという時に備えて他の部屋より頑丈に作られていると聞いていたが……。やはりエトラスの突進は危険だったようだ。避けていなければ、あの瓦礫は私の肉片だったろう。


 しかし、一体どういうことだ。なぜあいつは吹き飛ばなかった? 私の魔法がうまく発現しなかったのかとも思ったが、魔力は私にとって手足同然。そんなはずはなかった。となれば、考えうる可能性はもはや一つしかなかった。


「貴様、特異属性持ちだな?」

「あーあ、やっぱり分かっちゃうかぁ。やばいなぁ」


 エトラスは本気で困ったように頭をワシャワシャとかき乱した。だが、私にとって状況は依然として悪い。エトラスの特異属性がわからない限り手の出しようがないからだ。

 私の魔法が効かなかった事しか、今はヒントがない。まさか、魔法の無効化では……いや、それはないか。もしそうなら、エトラスはもっと攻めにくるはず。今も様子を見ているという事は、もっと別の何かなのだろう。


「なら、さっさと倒さないとね!」


 だが、エトラスがいつまでも私に考える時間を与えるわけもなく。またもや、私に向かって突進を繰り出してくる。


(やりながら探るしかないか…!)


 私はとっさに机の裏を蹴り上げ、即席の盾にする。この机だって頑丈なもののようだったから、これもまた簡単に砕かれるなんて事にはならないはずだが……果たしてどうか。

 だが、そんな私の小さな願いとも言える考えは、文字通り打ち砕かれてしまった。エトラスは机を粉砕し、なおも突進をやめない。そして、エトラスの胴体が見えた直後、あらかじ私は魔力を込めた右足を突き上げる。命中。


「【雷槍ボルトランス】ッ!」


 風でダメなら、直接電流を流し込む。体に直接流し込めば、なんであろうと倒すことができるはずだ。だが、そう上手くはいってくれないらしい。

 槍に見立てた私の右足は、エトラスの胴体に触れる直前で、何か硬い板のようなものに阻まれてしまった。ガン! と大きな音がしてエトラスの体が止まる。


「なるほど…何かを纏ってるということか」

「うう、なんでこうも上手くいかないかなぁ…」


 このことで、私は謎の答えのようなものを見つけたような気がした。少なくとも、私はヒントをもう得ている。


「せえい!」


 エトラスが構えていた右腕を振り落とす。私は難なく回避することができたが、その攻撃によって床がひび割れ、破片が舞い散る。

 まず、ここが不可解だ。壁を破壊したり床を砕く力がありながら、なぜ? 私の物理攻撃の力は並のエルフと同等か、それ以下だ。普通に考えると、こんな突進を私が止められるはずがないのに突進は完全に止められた。それとも、机がクッション代わりにでもなったのだろうか?


「はっ!」


 エトラスの攻撃はなおも続く。突進は非効率と思ったのか、接近戦にシフトしたようだが……魔法対決ではなかったのか? いや、エトラスの体からは、今でも魔力の波動を感じる。

 ということは、この接近戦自体がエトラスの魔法? 


(まさか……いや、そうか)


 確証はないが、やってみる他ない。エトラスの繰り出す攻撃にあたりでもすれば、最悪一撃で気絶してしまうかもしれない。あんまりボンヤリしていられなさそうだ。

 私は大きく息を吸い込み、魔力を込めると同時に属性を与える。エトラスも私の行動に気づいたようで、慌ててガードした。


「あ、やば……」

「【炎吠ブレスフレア】…ッ!」


 私の口から飛び出したのは灼熱の炎。その温度は500度を優に超える。普通ならば敵は一瞬で焼肉だが、まあエトラスは違うだろう。私の目的は、別にある。


「くっ…あ、あれ!? 何この火! 全然消えないんだけど!」

「それは普通の炎じゃなくて魔力から生み出した炎だ。そう簡単に消えるわけないだろう」


 魔力から生み出した炎は、それに込められた魔力が尽きるまで決して消えることはない。水をかけられようとも、酸素がなくなろうともだ。


「でも、失敗したね…これで、アタシの魔法の勝利だよ」

「は…?」

「最後に教えてあげよう! アタシの特異属性は、『の鎧』を身に纏うもの。私を炎で蒸し焼きにするつもりだったんでしょうけど、あんたから貰った雷と炎で逆に焼肉してやる!」


 どうやら、エトラスの体の周りには私の放った炎の魔法とは別に、電流も走っているようだ。確かに、私の雷の魔法はまだ反応がある。嘘ではないようだ。

 確かに、相手の魔力または魔力が元の何かを吸収することがエトラスの特異属性なら、私に勝ち目はない。なぜなら魔法が効かないのだから。そういう場合の敵は私のような魔法使いにとってはまさに天敵、撤退するしかない。


 しかし、馬鹿馬鹿しい。その発言は、墓穴ぼけつだ。


「え?」

「貴様の本当の属性は、もう分かった。さっきの貴様の言葉で確信した、もうバレているぞ」

「……何のことか、よく分からないなあ」


 あくまで、その嘘を押し通すつもりらしい。まあ、エトラス自身も嘘がもう機能していないことを自覚しているような気がしなくもないが。


「何にせよ、もうアタシの勝ちには変わりはないよ。だって、少しでもあんたに擦りでもすれば——」

「無理だな」

「——は?」

「貴様は私に触れるどころか、もう私に近付くこともできない。なぜなら、私の次の魔法で貴様は敗れるからだ」

「へえ……面白いこと言うじゃん」


 私は両拳に魔力を込める。エトラスも先ほどと変わらず、身体中に魔力を放出し続けている。今更だが、よくそこまで魔力が持つものだ。魔力を使いすぎると、

魔力枯渇ショック』を引き起こしてしまうのだが…。


「なら、答え合わせと行こうかッ!」


 変に感心している間に、最終対決の幕は開ける。だが、私にもう心配事はない。特異魔法の正体は、他でもないのだから。


 私は、魔力に氷の属性を与えて杭のような形に変形させる。それを見たエトラスはニヤリと笑ったような気がした。きっと、勝ったとでも勘違いしたのだろう。


「【氷山アイスバーグ】」


 放たれた氷山アイスバーグはまっすぐに標的に向かっていく。エトラスは回避せず突っ込んでくる。そして……



 氷山アイスバーグが、エトラスの腹部を貫いた。



「がぁッ!?」


 やはり、私の推理通りだったようだ。エトラスはノックバックされ、どさりと倒れこむ。そして、体を纏っていたソレも消滅したようで私の雷や炎も反応が途切れてしまった。


「な…なん、で……」

「貴様のミスは、勝負を急ぎ過ぎてしまったことだな。貴様の突進攻撃が、結果的に命取りになったってことだ」

「どう、いう……」

「貴様の特異属性、それはだ。そうだろう?」


 驚愕したように目を見開くエトラス。やはり、大正解だったようだ。


「貴様は鉄に変質させた魔力を身にまとい、『甲冑かっちゅう』とすることで私の魔法を無力化した。もし本当に貴様の属性が吸収なら、ことの説明がつかないだろう?」


 確かにあの時、エトラスの体周辺には私の雷と炎の魔力反応はあった。だが、風の魔力は完全に消失していたのだ。これは決定的な矛盾、属性が吸収の類ではないことは明白だった。


「だが不可解なのは、私の雷槍ボルトランスは確かに吸収されてしまったことだ。そこでこう思ったんだ。貴様が身にまとっている何かは、なんじゃないかってな」


 雷というか、電流というのは流れやすいところを優先的に流れるという性質がある。雨でずぶ濡れになった若いエルフが雷に打たれたにも関わらず、軽傷で済んだ話がある。それは、電流の性質を示すとてもいい例だろう。

 魔力で作り上げたものは、本物のそれよりずっと強力だ。それは、五属性を見ても同じ。消えない炎や、溶けない氷などがその例だ。

 だから、仮にエトラスが何か金属板のようなものを身にまとっているとしたら、雷槍ボルトランスはそっちに流れ、あたかも吸収されてしまったかのように見える。


「電流が体の周りに流れていると気づいた貴様は、とっさの嘘で私を惑わそうとした……違うか?」

「で、でも……! なんで、アタシの鉄鎧アーマーが、そん、な、氷なんか、に……?」

「まだ気づかないか?」

「どうし……て…!」


 本来、魔力で作り出した強力な鉄に氷なんかが貫けるわけがないことは、私でも予想はついていた。だから、私はその鉄に加工を施したのだ。


「鉄の性質を利用しただけだ。火を使ってな」

「あ……!」

「鉄は熱を加えると柔らかくなる。氷も魔法で作ったものだから、炎で溶ける事もなく貴様の鉄鎧アーマーを貫けた。少し考えれば分かりそうなものを、そのことに全く気を向けず、貴様自身の特異属性の力を過信し過ぎたことこそが、貴様の最大のミスであり敗因だ」

「くっ……そう……!」


 そして、エトラスは突っ伏したのち動かなくなった。どうやら、出血により気絶したようだ。


「さてと。おい! 出てこい、どこにいる!」

「あ……終わ、った…?」


 戦闘中に姿を見せていなかったヒューマンがひょっこりと出てくる。どうやら、奥の部屋のクローゼットに身を潜ませていたようだ。逃げられてしまったのでは、ともチラリと考えたが全くの杞憂きゆうだったらしい。


「なんというか…本当に逃げる気がないんだな、お前は」

「だって…そんなことしても、意味、ないでしょ…?」

「……そうか」


 なんだか、変な気分だ。確かにこのヒューマンには敵意どころか、抵抗すらないのは認めよう。なんだか、ついさっきまで強く警戒していた自分が阿呆アホらしく思えてきてしまうほどに、このヒューマンは無防備だった。


「まったく、本当に妙な存在だな。お前は。もしかして、ヒューマンというのは、お前のようによく分からない奴しかいないのか?」

「さあ…?」


 エクリアはきょとんと首をかしげる。数刻前にはワザとらしいと感じていたその動作も、今では素なんだなと思わせた。


「…もう私は、お前を疑わないことにしよう」

「いい、の…?」

「ああ。お前はこの上なく奇妙だが、警戒する必要は完全にないと分かったからな。お前のような奴が私たちに敵うはずもないし、問題ないだろう。今まで悪かったな」

「あれ…なんか、けなされてる、気が…?」

「気のせいだろう」


 別の意味で逆に首をかしげ始めたエクリア。

 それと同時に、部屋の扉が開かれた。入ってきたのは、報告を終えた隊長と本物のガネッシュだ。


「ただーいまッスておおおおお!? 何!? 何があったんスか、キュリーさん! まさか、本当にシュウ君をフルボッコに——」

「アホか、するわけないだろう」

「うん、だいじょー、ぶ…」

「ほら見ろ、お前は私を一体なんだと思っているんだ」

「いつも俺を叩いてくる理不尽の塊のようなってイターーーー!」


 は、いけないいけない。思わずパーではなくグーで叩いてしまった。でも、そこに魔力を込めなかっただけ自制心は働いてくれたようだ。ああよかったよかった。


「グーはホントにやめてくださいッス……コブできちゃうじゃないッスか……」

「できなくてよかったな」

「他人事みたいに言わないでくれッス! ………まあでも、良かったッス」

「は? 何がだ?」

「何がって、もちろんシュウ君のことッスよ。仲良くなってたみたいで、安心したッス」

「………そうか」


 な、なんか照れ臭い気がする。ガネッシュに言われてしまったことが原因か。思わず照れ隠しでもう一発殴ってしまい「へぶぅ!」とか聞こえたが、全部ガネッシュが悪いということにしておこう。


「だが、キュリア。なぜこんなにも荒れているんだ? 何か敵に襲われでもしたのか?」

「ええ、はい。でも、もう問題ありません。襲撃者は私が倒して、今あそこで気絶——」


 振り返った時、私の言葉は止まっていた。

 確かにエトラスが気絶していた場所には、。人影ひとつなく、まるで最初から誰もいなかったかのようだ。


「——逃げられたッ!?」

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