第4話 キュリア=サーヴィス

 魔法。それはこの世界に存在する、最もスタンダードな攻撃手段の一つでもあり、日常生活の中でも多くの場面で役立つものでもある。君たちも、魔法について考えを巡らせたことをあるのではないだろうか。


 魔法は生物が持つ、魔力というものが無ければ使えない。この世界において、そもそも魔法というのは魔力を放出することによって発現するものだ。ただし、そのまま放出しても『無属性』として発現するだけで、大した効果は期待できない。


 しかし、放出する過程で魔力に何かしらの影響――例えば、詠唱や魔導書などだ――を与えることで、その魔力はを持つことができる。与えることができる属性は、火・氷・雷・風・光の五種類。これらをまとめて『五属性ごぞくせい』と言われている。

 だが、五属性の全てをマスターするのは容易ではない。並外れたセンスと努力が必要だが、それでもマスターできない事の方が多い。


 そして、魔法には五属性以外も存在する。それは、『特異属性とくいぞくせい』という可能性だ。これには五属性のように決まった属性は無く、人によってその属性は全く違っている。

 ただ、特異属性を使える者は極稀であり、まずお目にはかかれず、そもそも特異属性の存在すら知らないまま一生を終える者もいる。それほどまでに珍しいのだ。


 魔法は万能ではない。魔法に限った話ではないが、魔法では特に己の力を過信してしまえば、あっという間に追い詰められ、負けることだろう。



   ▼



「エリーザさん。大丈夫ッスかねえ、キュリアさんは」


 国王のいる部屋、王室に向かっている道中でトロアが雑談を始める。まあ今は任務中でも何でもないのでとがめる必要は全くないし、私も雑談はやぶさかではない。


「ん? どういうことだ?」

「あいや、キュリアさんってシュウ君の事まったく信用してないじゃないッスか。そんな人をシュウ君と二人っきりになるのは、ちょいとマズいんじゃないかなー、と思ったんスけど…」

「ああ、それなら大丈夫だ。キュリアなら騒ぎは起こさないだろう」


 確かに、キュリアと少年を二人きりにさせることに心配が全くないわけではないが、まあ大丈夫だろうとは思っている。

 あの少年に一度救われたことは一応事実ではあるし、少年に敵意がないことも分かっているわけだから、キュリアが少年に害を与える道理はない。唯一の懸念けねんがあるとすれば、少年についての謎の多さと少年が黙秘していたことだろうか。

 キュリアが少年を色々と問い詰めて、なかなか答えない少年に腹が立ち……なんて、まあさすがにそんなことは無いだろう。


「だから…うん、まあ大丈夫だな」

「なーんか不安なんスけど……」

「少なくともお前よりは安心だ」

「わあい凄い信頼感ッスね…」


 しょんぼりするトロア。

 だがまあ当然だ。結果オーライにはなったとはいえ、非常用アイテムを全滅させた罪は重い。今回は事情が事情ゆえに不問にせざるを得なかったが、だからと言ってトロアの評価が下がらない訳がない。


「あ、そうそう。エリーザさん、ちょっと聞いておきたい事があるんスけど」

「……なんだ?」


 ちなみに、トロアが「聞きたいことがある」みたいな事を言い出した時は大抵、よからぬ事を企んでいる時だ。いたずら的な意味で。


「ヒューマンについて何か知っていることってないッスか?」

「なぜ、それを今、私に聞く?」

「いやあ、単なる雑談ッスよ。それに、エリーザさんなら他種族の情報について詳しいかなーって思っただけッス」

「……いや、何も知らないな」


 嘘である。

 『リーフ』の隊長なるもの、他種族の習性や弱点を知っておかなければならない義務がある。それはもちろん、ヒューマンのような超希少種族も例外ではない。だが、そういった種族は機密事項だったとしても情報量は非常に少なく、それも「あるらしい」とか「と言われている」とかしか書かれていなかったりする。

 だが、それはそれで貴重な情報だ。


「えー? ほんとッスかー?」

「しつこいな、トロア。知らないのだからしょうがないだろう。それとも、何か知りたかったことでもあるのか?」

「いやいや、そういうわけじゃないッス。ただ興味があっただけッスから」

「そうか」


 妙にあっさりと引くトロア。気のせいだろうか、何故かいやーな予感がする。こいつ、今度は一体何を企んでるのだろうか。


「あ、だったらシュウ君に聞いてみるといいかもッスよ! ヒューマンの国『バステック』に、ヒューマンの色んなマル秘情報! わくわくするッスよねー!」

「おい、あまりそういうことを廊下で大声で言うなっ。誰かに聞かれたらどうするつもりだっ」


 トロアの頭を叩き黙らせる。


「痛いッス……あれ、いつもより痛くないッスね…」


 なんだか、企んでいるというよりかは、珍しい生き物をみて目を爛々らんらんと輝かせている少年のように思えてきた。相変わらずトロアの本心はよく分からんものだ。精神年齢が低いともいえるかもしれない。


「そういうことは後で私が聞く予定だ。少年が明日には解放されてたいというのだから、そうする他ないだろう」

「他の人だとメッチャ時間かかりそうッスもんねぇ。あ、俺もう今からワクワクが止まんないッス! 長年レアすぎる種族として有名なヒューマンの謎が明らかに――」

「お前は部屋の外で待機だ」

「なんで!」


 あたりまえだろうが、そのくらい。

 私は後ろでギャーギャーと五月蠅うるさい奴を意識からシャットアウトして、足早に王室へと向かうことにしたのだった。



   ▼



 僕がこの『リーフ』と言うらしい部屋にやってきて初めに思ったことは、広いなー…、ということくらいだ。あと、やたらとキラキラしているなー…、とも思った気がする。やっぱりエリーザさんは凄い人だったみたいだ。


 そのエリーザさんはトロアさんと一緒に報告? に行ってしまったので、この部屋には僕と監視役のキュリアさんが残っている。でも、正直この状況は僕にとってはちょっと辛い。エリーザさんとトロアさんは僕の事を信用してくれているみたいだけど、キュリアさんはどう考えても違うみたいだった。


「………」

「………」


 この沈黙が辛い。体感だから分からないけど、五分や十分は経っていると思う。僕とキュリアさんは、見つめ合う形を保ったまま動かない……いや僕に限って言えば、動けない、という方が適切なのかもしれない。前にに「蛇に睨まれた蛙」というコトワザを教えてもらったことがあるけど、今の僕はまさにその蛙に違いない。

 僕が今、ものすごく警戒していること。それは、キュリアさんからの質問攻めだ。僕はエリーザさんたちに沢山の隠し事をしてしまっていることを、きちんと自覚しているつもりではいる。本当なら色々話しちゃった方が僕も楽だし、こんなことになることもなかったんだろうけど……怒られたくないからなあ…。


 ともかく、この状況は僕にとって物凄く心臓に悪い。いやほんとに。キュリアさんが僕をじっと睨みつけているのが怖くて、僕は情けないことにキュリアさんの顔を見つめたまま動けない。


「………」

「………」

「………」

「………え、ええ、と…」

「………」

「……うう…」


 かといって、このままお互い黙り続けている訳にはいかないわけで。思い切って何かを話そうとしてみたけども、やっぱりというか何というか、僕の口から出てきたのは何の意味も持たない、呻き声のような言葉だった。

 作戦は大失敗、またもや苦しい時間がズルズルとやって来てしまう。僕はもう泣きたい気持ちだ。


 そんな沈黙を破ったのは、キュリアさんだった。


「……はあ、もういい。来い」

「はぇ…?」

「こっちに来て座れ。それともお前は立っている方が楽なのか?」

「あ、えっと…失礼、します…?」


 正直言って予想外だ。てっきり、僕はキュリアさんに何から何まで聞かれまくってしまうのかと思っていたんだけど。僕がフワフワと柔らかい大きめの椅子に座った後も、キュリアさんから質問される気配はない。

 それが僕には不思議でたまらなくって、つい聞いてしまう。


「えと……質問、しない、の…?」


 言った直後に僕は即座に反省する。なんでこんな余計なことを言ってしまったのだろう、馬鹿じゃないのか僕は。

 それでも、キュリアさんは僕に質問はしないみたいだった。


「してもいいんだがな。どうせ喋らないだろう、お前は」

「う…ええ、と…」

「それに、お前への尋問じんもんは隊長の役目だ。別に今、質問攻めはしなくていいだろう」


 キュリアさんはそう言ったきり、あらかじめ用意されていたらしい紅茶を飲んでくついでしまった。僕は呆気あっけにとられたままだ。


 そんな僕にたたけてくるように、突然部屋の扉が荒っぽく開けられる。誰かと思って、そっちを見てみると…


「シュウく~~~~ん!!!」


 なんてこった。思わず普段使うことのない言葉を思ってしまう程に、びっくりしてしまう。扉を元気に開けたのは、あのトロアさんだった。エリーザさんと一緒に報告に行ったハズじゃなかったのだろうか。

 トロアさんが僕に向かって突進してくる。いつもの僕なら避けられるけども、今の僕は情けなさすぎることに、全く動けない。ああ、僕はまたトロアさんに捕まってしまうのか…と別の意味で泣きたい気持ちになっていたら、キュリアさんが動いた。

 鋭い打撃音と、勢いそのままに沈むトロアさん。キュリアさんの手に握られているカップから一滴もこぼれない紅茶。それをぼんやり見ていた僕は、ほぼ放心状態で「すごー、い…」と言ってしまっていた。


「おいガネッシュ! なぜお前がここにいるのだ! 報告はどうした!」

「いつにも増して痛いッス、キュリアさん……次は優しくして…」

「質問に答えろ、なあんで! お前が! ここにいる!?」

「そ、そんなに怒らないでくださいよキュリアさん…ちゃんと理由はあるッスから…」


 トロアさんがふらふらと立ち上がる。僕の幻覚だろうか、トロアさんの頭から白い湯気のような煙があがっているように見えていた。


「報告しに行った時に言われたんスよ。シュウ君の話をした時に、が本人に会いたいって」

「リノア、様…?」


 僕は聞いたことのない名前に首をかしげる。それに、トロアさんが様付けで呼ぶなんて…。

 その僕の様子が気になったのか、キュリアさんが説明してくれた。


「隊長が報告しに行った相手だ、国王様だよ」

「ああ、なる、ほど…」

「それで、それは本当なのか? 国王様がこのヒューマンに会いたいと、そうおっしゃったのか?」

「だから、そうって言ってるじゃないッスか~。ああもう、急いでるので! もう連れてくッスよ!」


 そう言ってトロアさんはさらうように僕の手首を掴み、強引に引っ張る。僕は少しの不安と違和感を抱きつつも、抵抗することもないのでされるがままになる。

 が、その時。


「待て」


 キュリアさんの言葉が、トロアさんに刺さった。猪突猛進ちょとつもうしんという感じだったトロアさんの足が止まる。


「…? なんスか?」

「すこし質問に答えてくれ。お前の特技は何だ?」

「………は?」


 ぽかーん、とするトロアさん。僕も多分同じ表情しているだろう。トロアさんに何か特技なんてあっただろうか。エリーザさんたちには信用ゼロみたいだったけど…。それよりも、何で今そんな質問をしたのだろうか。


「ほら、答えてみろ。お前の特技だよ」

「えーと…なんでッスか?」

「そうだな、ストレートに言おう」


 キュリアさんが、隠していただろう敵意を見せる。僕はゾッとした。


「貴様、ガネッシュの偽物だな? いったい何者だ」

「え…」

「………」

「ガネッシュの口調の真似は上手い方だが……私がお前を叩いた時に、気を抜いたな」


 僕は思い出してみる。いままで僕が聞いてきた、叩かれた後のトロアさんの言葉は、確かこうだった。


―――すんませんッス……あと痛いッス、キュリアさん

―――キュリアさん……もうちょっと優しくしてほしいッス……


 トロアさんの代名詞の”ス”の口調がちゃんとあった。

 そして、今のトロアさんの叩かれた後の言葉は…


―――いつにも増して痛いッス、キュリアさん……


「あ…」

「こじつけと思うか? 悪いがガネッシュはその口調をほとんど徹底している。本物のガネッシュなら「次は優しくしてほしいッス」と続けるだろうな」

「そ、そんなの、やっぱりこじつけじゃないッスか!」

「まあそうだな。確かに、これだけじゃあ断定なんかできない」

「えっ…」


 アッサリと引き下がるキュリアさんに驚くトロアさん。でも、キュリアさんは引いてなどいなかった。


「だから質問してるんだよ、ガネッシュの特技を」

「ッ!?」

「ガネッシュは馬鹿だが、特技があるのは知っているし、それが何なのか私は知っている。ほら、言ってみろ。ガネッシュの特技を」

「………」


 さっきとはまた違う、辛く重苦しい沈黙が流れる。そして、僕の手首を握るの力が強くなり…


「あーらら、バレちゃったかーっと。いい線行ってたと思うんだけどなー」

「…やはり、偽物か。貴様、だな?」

「うん、そうだよー」


 僕の聞いたことが無い種族の名前。でも僕は、ドッペルという種族の恐ろしさというか、凄さを体験する。

 偽物さんの「よっと」という掛け声とともに、その体が黒い霧のようなものに覆われる。そして、その霧が散った時にはトロアさんの姿は見る影もなかった。そして、代わりにそこにいたのは…


「え、誰…?」


 全くの別人だった。茶色い髪は長く赤い髪に、白黒が逆転している目。頑丈がんじょうそうな鎧は綺麗さっぱり消え失せ薄着になっているし、極め付きには性別までもが逆転している。さらに彼女の腰からは黒く半透明な、不思議な尻尾が生えていた。

 僕は今起こっていることが理解できず一瞬混乱するけど、すぐに悟ることができた。


「あ…変、身…?」

「そーゆーこと! アタシはドッペルのエトラスちゃんだよ!」


 何となく、ドッペルがどのような種族なのか理解したと思う。ドッペルとはいわば、自分の姿をなのだろう。いや、自分の姿だけじゃない。自分の服……というより、触れている物も変形できるのかもしれない。でなきゃ、鎧が消えてしまったことの説明がつかないから。


「エトラス、貴様の目的はなんだ。そのヒューマンの仲間で、助け出しにでも来たか?」

「まっさかー。この少年君とは初めましてだよー? ただ、ちょっと誘拐しよーかなって」

「え…」


 なんてこった。いつの間に僕は指名手配されてしまっていたのだろうか。いや、心当たりがないわけでもないけども……でも、なんだって今なのだろうか。


「みんなが会いたいって言ってるからさー。アタシ個人としても気になってるしね」

「みんな? 貴様、それはどういう――」

「それじゃー、ばいばい!」

「うわっ!」


 エトラスさんが僕の腕をさっきよりも強引に引っ張る。痛いくらいだ、足がもつれて倒れてしまいそうになるのを何とか踏ん張って耐える。後々考えてみれば、倒れてしまった方が良かったのかな。

 でも、どっちしろ同じだったらしい。エトラスさんが部屋を飛び出すよりも早く、扉が閉まった。エトラスさんの足がすぐに止まり、慣性のせいで僕はエトラスさんの背中に顔をぶつけてしまう。そんなには痛くなかったけど。


「貴様…私の事を舐めすぎてやしないか? そう簡単に、この私から逃げられるとでも?」

「………しょーがないなーもう…」


 そう言うとエトラスさんは僕を投げて、キュリアさんと対峙たいじする。


「別に舐めてたわけじゃないんだよー? そもそも変装がバレるなんて思ってなかったしね…」


 エトラスさんの雰囲気なようなものが変わったように思えた。でも、その雰囲気の正体を僕は何とくなく察していた。

 これは、きっと、魔力だ。


「でも、こうなってしまっちゃーしょうがない」

「……やはり貴様、私の事を舐めているだろう」

「だから違うってー……だから、すっごく残念だよ。こんな形で……」


 そして、二人の勝負は唐突とうとつに始まった。


「こんな形で、キュリア様と闘うなんてさあ!」

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