第27話 表革

 私が告白されるのは、いつも同じ時間、同じ場所だった。

 沈みゆく夕日が赤く燃える放課後の屋上。

 少しの熱も感じる光に当てられている私に、彼らは決まってこう言う。


「俺と付き合ってくれないか」


 それはとても簡潔で、わかりやすいお願いだと思う。

 しかし私は、もうすでにこの言葉を何十回と聞かされている。

 そしてその全てが、前置き無しに突然に吐かれたものばかり。


「どうして?」


 私がそう尋ねると、彼らは少し困ったような表情になる。

 この瞬間、彼らが何も考えていないことが丸わかり。


「お前のことが好きだから」

「どこらへんが好きなの?」


 わかりきっていた言葉に、私はいつも同じ質問を折り返す。

 そうすると面白いくらいに、次に返ってくるセリフが一致するのだ。


「顔かな」


 彼らは決まって、私の好きなところで真っ先にそれをあげる。


 お前の顔が好き。お前の顔がタイプ。

 彼らはいつもそう言って、私に交際を迫ってくる。


「それ以外は?」

「それ以外?」


 顔以外で何かあげてもらおうとしても、スッと答えられる人は誰1人としていない。


 それはきっと、彼らは目に映る私しか見ていないから。

 冬坂白羽の表革おもてがわである部分しか知らないから。


「ごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」

「なんでだよ。別にいいだろ付き合うくらい」

「ごめんなさい」


 私がきっぱりとお断りを入れた時だけ、彼らは違う反応を見せてくれる。

 落ち込んで何も言わず去っていく人。その後もしつこく交際を迫ってくる人。


 そして中には——。


「ちっ……嫌われてるくせに調子乗り上がって……」


 わざと私に聞こえるように、皮肉を吐いて去っていく人もいた。

 でもそんな反応など、私にとってはどうでもいいことでしかない。

 それよりも私が気になっていたのは、告白された後の副作用。


「ねえ聞いた? また冬坂さん男子に告白されたんだって」

「ええー? またー?」


 私が告白されたという噂は、すぐに学校中へと広がった。

 そして気づけば私は、こんな二つ名をつけられる羽目になっていた。


「まああの人、 "学校一の美少女" だからねー」


 学校一の美少女。


 一見文字に起こせば、特別悪いイメージは持たないと思う。

 女性にとって容姿を褒められることは嬉しいことであり、光栄なことだから。


 でも、私の場合は違った。


「あの人性格悪いらしいよー」

「ええー。確かに敷居たかそうだしねー」


 あるところではそんな話のネタにされ。


「私あいつ嫌いなんだよね。なんか気取ってるって感じ?」

「ああーわかるー。私もあーゆー人無理だわー」


 あるところではそんな陰口を叩かれ。


「なあ。あいつマジで身体エロくね? 一発やらしてくんないかな?」

「わかる。あの見た目でされたら最高だろうなー」


 またまたあるところでは、そんな下心に晒されていたりもした。


 そうやって私のことを軽視する人たちは、いつも身勝手なイメージを私に押し付けてくるばかり。

 しかしそれは私という人間に対してではなく、学校一の美少女というレッテルに対してのイメージ。


 告白してくる人たちだってそう。

 彼らが欲しているのは、学校一の美少女と付き合っているという事実だけ。

 つまり私じゃない。


 そんな風に晒されているうちに、気づけば私は孤立していた。

 やがて告白してくるような男子もいなくなり、周りの女子たちからは嫌われる始末。


 おかげで私に向けられる視線は、いつも冷たいものばかり。

 その中に私の存在をしっかりと捉えているものは、何一つとしてなかった。


 そんな状況の中、年度は変わり2年生に。

 もちろんクラス替えが起きたところで、私の立場は一切変わらない。


 ただ孤独にひっそりと、誰とも関わらず生活していく。

 それはおそらく、高校卒業まで変わることのないものなのだろうと、私はその現状を素直に受け入れていた。


 そう、あの日彼と出会うまでは——。


「おい。大丈夫かよ」


 委員長である私が、1人教室に残り、掲示の仕事をしていた時のこと。


「高いのに無理するな。怪我するぞ」


 そう声をかけてきた彼の目は、今でもはっきりと覚えている。

 他の人たちとは何かが違う、とても純粋で透き通った目。

 そして彼があの時吐いた一言は、紛れもなく本心からのものだった。


「俺がやるから、それ貸してみろ」


 そうして私から掲示物を受け取った彼は、私の代わりにそれを壁に貼り付けてくれた。


「これでいいか?」

「うん。ありがとう」


 たったそれだけの時間。

 たったそれだけの会話だった。


 でも彼が私を見る目は、他の人のそれとは全くの別物に感じられた。

 私のレッテルだけを見ている他の人とは違い、ちゃんと私という人間を捉えてくれている気がしたのだ。


 そんな出来事があったのが、今から約半年前のこと。

 おそらく彼は、その時のことを覚えていないのだろう。


「そう言えば、初めて私が声をかけた時も、お前誰とか言ってたっけ」


 ひと月ほど前の駅での出来事を思い出して、思わずクスッと小さな笑いが零れた。

 彼の他人への興味のなさは、度が過ぎていると思ってしまうほどに酷いものだから。


「本当。バカみたいよね私」


 1人でブツブツと物言いながら、私は先生に頼まれた掲示物を、教室の壁に貼り並べていく。


「あとはこれをここに……」


 椅子の上で伸びをするようにつま先立ちした私は、残された最後の一枚を、教室の最上部にペタッと貼り付けた。


 その掲示の内容は、吾妻ヶ祭開催について。

 約3週間後に迫った、一般公開の文化祭に向けた、宣伝用のポスターだった。


「やっと広告係も仕事をしたのね」


 その内容を見て、私は思わずそんなことを口にする。


 いつも他の実行委員が仕事をしている時に、広告係だけはずっと暇そうにしていた。

 そんな彼らにも、ようやくまともな仕事が与えられたのは、とてもいい事だ。


「これでいいかな」


 登っていた椅子から降りた私は、その椅子を元の場所に片して、クラス全体の机の並びを整える。


 それが委員長である私の放課後の日課。

 今日は実行委員会が休みな為、やることはこれだけで終わり。


「よし、帰ろ」


 そして私は全ての仕事を終え、教室を出た。

 もちろん教室を出るのは、いつも私が最後。

 鍵はこの後、見回りの先生が掛けてくれるので、そのまま帰っても大丈夫。


 誰もいない廊下を1人で歩く。

 その間、流れるように他の教室を覗いてみるが、誰1人として生徒は残っていなかった。


 階段まで残り半分ほどまで差し掛かったところで、向かい側から人が歩いて来ていることに気がついた。


 顔はよく見えないが、それはおそらく男子。

 階段の向こう側には男子トイレがあるので、おそらくその帰りだろう。


 そう思いつつ、私は無言で歩みを進める。

 するとあろうことか、その近付いてくる男子の顔に、私は見覚えがあった。


 放課後に行われている文化祭実行委員会。

 そこで同じ記録雑務である、南野さんと同じクラスの――確か名前は神永くん。


 初めの頃はろくに顔を出していなかった彼は、最近になってようやくまともに仕事をしてくれるようになった。


 そのわけは私も詳しくはわからないが、おそらくあの人が、いつもみたいに余計なお節介をかけたのだろう。

 そういうところも、以前と全く変わっていない。


「…………」

「…………」


 私たちは無言で廊下をすれ違う。

 同じ記録雑務だからといって、まだ一度も会話をしたことがないから当然だ。


 それからしばらく歩いて、ようやく階段付近に差し掛かった時。

 廊下を曲がろうと思った私の視界の隅に、とある人の影が映った。


 男子トイレからおもむろに出てきたその人からは、ポトポトという水の滴るような不自然な音が鳴っている。


 私はそれに惹かれるように、自然とそちらへ視線を向けた――。


「えっ……」


 その声を最後に、私の思考は止まった。

 思考だけではなく、もちろん足も。


「南野さん……どうして……」

「冬坂……先輩……」


 弱々しくそう呟いた彼女は震えていた。

 全身びしょびしょに濡れたその姿は、おぞましさも感じる程に悲惨で、髪や服から滴る水で、彼女の足元には大きめの水溜まりができている。


「何があったの……」


 私がとっさに口にしてしまったその問い。

 しかし彼女は俯いたまま、無言で立ち尽くしている。


「と、とりあえず身体を拭きましょう。風邪ひいたら大変よ」


 そうして私は、近くの空き教室に彼女を連れて行った。


 教室に入るまでも、教室に入ってからも、彼女は俯いたままずっと震えていた。

 おそらく相当怖かったんだと思う。


「はい。ちょっと小さいけど、これ使って」

「あ……ありがとう……ございます……」


 カバンからタオルを出して、それを差し出すと、彼女はそれを受け取って、また俯いてしまった。


「ほら、ちゃんと拭かないと」


 手に握られたタオルを、私は優しく彼女の額に当てる。


「すみません……迷惑かけてしまって……」

「気にしなくていいのよ」


 額に付いた水滴を拭き取り、次はタオルを頭の上に乗せる。

 わしゃわしゃっと髪を撫でると、髪が短かったおかげもあり、小さめのタオルでもしっかりと水気を取ることが出来た。


「服、何か着替えある?」

「た、体操服なら一応……」

「うん。仕方ないから今日はそれで帰るしかないわね」


 校則では原則禁止されている体操服での登下校だが、こういう場合はそれが許されている。


「1人で歩ける?」

「は、はい……何とか」

「それなら良かった。気をつけて帰えるのよ? そのタオルはあげるから」


 そう一言告げて、私は教室を出ようと南野さんに背を向けた。

 そしてドアに手をかけたその時。


「あ、あの。冬坂先輩」

「ん?」


 背後から南野さんに呼び止められ、私はその場で振り返るようにして彼女を見た。

 すると南野さんは、私の足元あたりをずっと見つめ、何やら難しそうな表情を浮かべている。


「どうかした?」

「あの……えっと……」


 彼女は地面を這うように目を動かした後、再び私の足元付近に目線を止め、


「と、冬坂先輩は……聞かないんですか……」

「ん? 聞かない?」

「そ、その……私に何があったのか……聞かないんですか……」


 そう、ぽつりと呟いたのだ。


 困ったように、視線を俯けたまま。

 でもどこか不思議に思っているような表情の彼女に、私は普通を装い尋ねる。


「聞いた方がいい?」

「そ、それは……」


 私が折り返すと、彼女は再び地面を這うように視線を泳がせた。


 おそらくはあまり聞いて欲しくない。

 でも、私が何も聞かなかったのが少しおかしかった。


 と、言ったところだろう。


「南野さんが話したいのなら聞くわよ?」

「えっと……す、すみません……うまく話せそうにないです……」

「うん、それでいいのよ。とりあえず今は早く着替えて風邪をひかないようにすること。いい?」

「わ、わかりました」

「うん。それじゃ、私は帰るわね」

「は、はい。タオル、ありがとうございました」


 そうして私は南野さんに軽く笑顔を見せ、教室から出る。

 ドアを完全に締め終わるまで、彼女はずっと私に頭を下げ続けていた。


 こんな礼儀正しくて、優しくて、いい子が、なぜこんなことになってしまったのだろう。

 それを考えるだけで、胸の内から怒りと悲しみが湧き上がってくる。


 ——許せない……。


 南野さんをこんな目に合わせた人が許せない。

 そして、彼女を前にして、怯えてしまっている自分も許せない。


 本当なら私が、南野さんから事情を聞いて解決の手助けをしてあげるくらいしないとなのに。

 なぜか私は彼女の顔を見た瞬間、以前までの自分を見ているようで、とても恐ろしかった。


 だから私はすぐに南野さんの前から立ち去るような真似をしてしまったのだ。

 彼女の身に何があったのか、聞くことが怖かったから——。


「私……本当に最低だ……」


 教室を出てすぐの壁に寄りかかり、私は自分の愚劣さを噛みしめる。

 彼女を受け止められなかった自分が、あまりにも愚かで、未熟だと知ったから。


「廊下……拭かなきゃね」


 足元にある水溜りだけが目に止まる。

 私は近くの掃除用具ロッカーを開け、少し汚れた雑巾を取り出し、濡れてしまった床を綺麗に拭いた。


 こんなことしかしてあげられない自分が憎い。

 これだから私はいつまで立っても救われないんだと、今日改めて知らしめられたような気がする。

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