第24話 孤独な少女
その少女はとても大人しそうな雰囲気の子だった。
ベリーショートとも呼べるくらいの短い髪に、とても華奢な身体つき。
黒縁の眼鏡をかけているせいもあってか、一見とても真面目に仕事をしているようにも見える。まあおそらくはそうなのだろうが。
「ちょっと待ってて。私聞いてくるから」
そう一言呟いた冬坂は、1人真面目に仕事をしているその少女の元へ歩み寄って行った。
彼女が自分から他の女子に話しかけるところなど、今まで見たことがないので、何だかすごく新鮮味が感じられる。
——てか大丈夫なのか? あいつ。
冬坂のことが少し心配ではあるが、これは彼女から言い出したことなので、俺はここから黙って見ていることにしよう。
そう思った俺は、その場の椅子に腰を下ろし、2人の会話に耳を傾けた。
「えっと、仕事中ごめんなさい」
「…………」
冬坂が横からそう話しかけても、その少女が仕事の手を止める様子は全くない。
もしかしたら、集中しすぎて声が届いてないのかもしれない。
「あの。ちょっといいかしら」
そして冬坂が、少女の肩を優しく叩くと、
「はっ……!」
ようやくその少女は、冬坂の存在を認識し、肩をビクッと弾ませた。
どうやら本当に今まで気づいていなかったらしい。
「急に話しかけてごめんなさい。もしかしてあなた、まだ今日の分の仕事が終わってないのかしら」
「え、あ、あの……」
「ん?」
優しく声をかける冬坂に反して、少女はとても動揺しているようにも見えた。
おそらく突然知らない人に声をかけられたせいで、びっくりしてしまったのだろう。
「す、すみません……まだ少し残ってて……。も、もしかして生徒会の方でしょうか?」
「いいえ、私はただの実行委員よ。あなたがまだ仕事している姿が見えたから、声をかけてみたの」
「そ、そうなんですか……」
するとその少女は、何かを隠すかのように冬坂から目を逸らした。
その表情はどこか暗く落ち込んでいて、とてもじゃないが自ら進んで仕事をしているようには見えない。
一体どうしたんだろう。
「あなたずっと1人で仕事をしていたようだけど、同じクラスの人はどうしたの?」
「え、えっと……。今日は用事があるみたいで……」
「用事って……。それじゃあ代理の人は?」
「代理の人も見つからなかったみたいで……」
「そ、そう」
実行委員の誰かが、その日の実行委員会に出席できない場合、原則として代理役を立てないといけないのだが、どうやら彼女のクラスではそれが見つからなかったらしい。
別に絶対というわけでもないので、出席できなかった奴が罰せられるようなことはないが、それでも代理役が立てられないとなると、相方1人だけに大きな負担を負わせることになってしまう。
「普通無理にでも探すのだけど……。どうしても見つからなかったのかしら」
「わ、私も詳しくはわからなくて……あはは……」
冬坂がそう呟いたのに対して、少女は何かをはぐらかすかのように不自然な笑みを浮かべた。
その様子を見る限り、やはり何かを隠しているようにしか見えない。
いや、待てよ——。
よくよく考えれば、この実行委員会が始まってすぐの時、この子と同じクラスの男子生徒は確かにこの場に居た。
生徒会の茶番劇が終わった直後に教室を出て行ったから、俺はてっきりトイレにでも行ったのかと思っていたのだが——。
——まさかあのまま帰ったわけじゃないだろうな……。
その後あの男子生徒が帰ってくる様子はなかったし、現にこうして彼女1人で仕事を負担する羽目になってるわけだ。
何か用事があるにしても、何も告げずにそのまま帰るのは、少し不自然な気もする。
「これは直接聞いてみるか……」
そう思った俺は、腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、2人の元へとゆっくりと近づいた。
「すまん。ちょっといいか」
「どうしたの六月くん」
「いや、ちょっと気になることがあってな」
そして俺は、思っていたことを単刀直入に質問する。
「君と同じクラスの実行委員って、今日本当に用事があって休んだのか?」
「えっ……?」
俺がそう質問すると、少女はとても驚いたような顔つきになった。
まあ突然こんなことを聞かれれば、そうなるのも当然だろう。
「六月くん、それってどういう意味?」
「実は今日、この子と同じクラスの実行委員がこの教室に居るのを見たんだ」
「居るのを見たって……それは本当なの?」
「ああ。それで作業が開始されてすぐに何処かへ行ったから、俺はてっきりトイレかと思ったんだが。どうやらその後ここには戻って来てないようだし、何も言わず帰るのはちょっと不自然だなって思ってな」
「確かに……。もしそれが本当ならちょっと不自然ね……」
俺の意見を伝えると、冬坂もまた、何かを考え込むような姿勢になった。
そして少女の顔に再び視線を戻すと、
「本当にあなたのクラスの人は、今日用事があったのよね?」
「は、はい……。ほ、本当……です……」
「そう。それならいいのだけど」
いくら俺たちが質問しても、少女から返ってくるのは同じ返答ばかり。
本当にそうなのであれば問題はないのだが、どうも彼女の反応からして、何かありそうな気がしてならない。
今後何も起こらなければいいのだが——。
「まあとりあえずは、残っている仕事早く終わらせちゃいましょうか」
「し、仕事ですか?」
「うん。私たちも手伝うから」
「そ、そんな……お手伝いなんて……」
「そのために私たちはあなたに声をかけたんだから。ねっ、六月くん」
「ああ、そうだな」
俺たちがそう言うと、少女は心底申し訳なさそうな表情になり、
「す、すみません。私なんかのために……」
「気にしなくていいのよ? どうせ私たち暇なんだから」
——いや、俺は暇じゃねぇよ。
「それに1人でやるよりも、3人でやった方が早く終わるしね」
冬坂の無茶苦茶な言動の中にも、少女に対する気遣いだけはしっかりと感じることができた。
「俺にも少しは気遣えよ!」と言ってやりたいところだが、今更彼女にそれを伝えたところで、おそらくは無駄なのだろう。
——慣れって怖いな。
「それじゃ早速やりましょうか。ほら、六月くんもぼさっとしてないで」
「へいへい」
「す、すみません……。よろしくお願いします……」
そうして俺たちは少女の仕事を手伝うことになった。
この時点でバイトまで残された時間はあと15分。
これは間違いなく間に合わないなと、俺は腹を決めて仕事に取り掛かるのだった。
——嫌——
「よしっ、これで終わりね。2人はどう?」
「俺も終わり」
「わ、私も終わりました」
少女の仕事を手伝い始めてからおよそ10分。
俺たちはようやく残されていた仕事を、全て片付けることができた。
「それじゃ、生徒会に提出して帰りましょうか」
「そうだな」
冬坂の声に続くようにして、俺も席を立ち上がり帰りの支度を整える。
この調子なら遅くても6時までには、バイトに入ることができそうだ。
——まあ、それでもちゃんと遅刻だけど。
「あ、そういえば——」
するとここで冬坂が、何かを思い出したかのようにボソッと声を漏らした。
そして動かしていた手を止め、少女の方に視線を移すと、
「まだあなたの名前聞いてなかったわね」
「わ、私ですか!?」
「ちなみに私は冬坂白羽。2年生よ。そしてこっちのパッとしない人が同じ2年生の六月春くん」
「おい……なんだその紹介は……」
俺は冬坂にそんな風に思われていたのか。
別に構わないが、それでもちょっと酷すぎやしないか?
「それで、あなたは?」
「わ、私は1年の
そう呟いた南野は、俺たちに向かって勢いよく頭を下げた。
先ほどからずっとおどおどしていたから何事かと思えば、どうやら1年生だったらしい。
どうりで俺たちに対して敬語だったわけだ。
「南野さんね。同じ記録だし、これからも色々お世話になるだろうけど、その時はよろしくね」
「は、はい……! よろしくお願いします……!」
冬坂が何か言うごとに、南野は頭を下げては上げ、下げては上げの繰り返し。
どこまで彼女が謙虚なのかは知らないが、それでも同じ記録雑務として、今後少なからず共同していくことになるのだろう。
——まあ人間謙虚なのに越したことはないからな。
「それじゃ私たちはそろそろいくわね。南野さんも帰り気をつけて」
「は、はい。今日は本当にありがとうございました」
そうして俺たちは南野と別れた。
その後生徒会に今日の分の仕事を提出し、俺の文化祭実行委員会初日は、静かに幕を閉じることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます