第23話 文化祭実行委員
翌週の放課後——場所は北校舎3階、社会科研究室。
よく学校行事の打ち合わせやなんかで使われることが多いこの教室で、今日から文化祭までの約1ヶ月間、ほぼ毎日実行委員会が開かれることになる。
「てめーらよく来たな。私は生徒会長の
そして今俺たちの前で話しているのが、この学校の生徒会長である楠木楓。
黒くて長い髪を後頭部で一つに縛り、いかにもな態度を取っている番長みたいな先輩だ。
その容姿は可愛いというよりかは美人系で、背も高い上にスタイルも抜群。
さらには胸もかなり大きいときた。
そんな完璧すぎる見た目もあってか、男子生徒だけではなく女子生徒にも、結構な人気があるらしいのだが——。
「この文化祭実行委員会は我々生徒会が中心になって活動する。ゆえにてめーら一般生徒が足を引っ張るようなことがあれば、容赦無く処刑する。以上だ」
あろうことか楠木会長は、実行委員会初日にして堂々の処刑宣言をして見せたのだ。
普通こんなことを初っ端に言われたら、嫌でも一生懸命仕事しなくてはいけなくなってしまう。
——てかこの人……マジでただのスケバンだろ……。
周りを見ると、少なからず会長の威勢に圧倒されている人はいるし、このままだと間違いなくただの独裁政治になるだろう。
まあそっちの方が、こちら側が何も考えなくていい分楽なのだが——。
「会長会長会長会長!」
「なんだ
「もし僕が足を引っ張った場合、どんな罰が与えられますかっ!?」
そして今会長に絡んでいるのが、生徒会書記の
俺と同じ2年生だが、あいつは1年生の時から生徒会に所属している。
もちろん面識はないが。
「ああ、そうだな……。お前はグラウンドに穴を掘って生きたまま埋めてやる」
「会長に……生きたまま埋められ——ドゥヒュン!!」
さらに——。
三枝は天性のドMとしても、広く名前が知られている男だ。
いつも会長にちょっかいを出しては
いわばただの変態だ。
「きょ、今日も会長のご褒美はすごい……はぁ、はぁ……」
頬を高揚させ息を荒くする三枝に、周囲の反応は緊張からドン引きへと一変した。
なぜこんな変態が生徒会にいられるのかはわからないが、それでも今までこの学校をまとめ上げてきた人間の1人だ。
やるべき時はちゃんとできる奴なのだろう。
「まあ、三枝に与える罰など今はどうでもいい。それよりも仕事だ。各自で早速取りかかれ」
楠木会長の指示で、集まっていた実行委員が一斉に仕事を開始した。
そして俺もまた、請け負った仕事をしっかりとこなさないといけないわけなのだが——。
「なあ冬坂。俺たちの仕事って何だっけ」
「あなたさっきの話聞いてなかったの? 私たちは記録よ。記録雑務」
「ああ、記録ね」
「全く。しっかりしてよね」
「すまん」
少し怒ったような表情の冬坂は、不甲斐ない俺に対してそう呟いた。
しかしよくあんな茶番があった後で、すぐさま仕事に取りかかれるものだ。
前から真面目な奴だとは思っていたが、冬坂は想像以上に出来る女らしい。
「それじゃ、やりますかね」
これ以上ぼーっとして冬坂に怒られるのはごめんだし、ましてや会長に見つかって処刑されるのはもっとごめんだ。
あまり乗り気ではないが、今は無心で働くしかないのだろう。
そう思った俺が、早速仕事に取り掛かろうとしたその時——。
「それじゃ、あとよろしくねーん」
「う、うん……」
そんな会話が聞こえた後、俺の隣では人が立ち上がったのがわかった。
気になってそちらに目を向けると、何やら女の子1人を残してどこかへ向かう様子だ。
——トイレか?
まだ始まって数分だが、おそらくは我慢してたのだろう。
生徒会の茶番劇もなかなかに長かったし、仕方がない。
そう解釈した俺は、あまり気にすることなく、再び自分の仕事に意識を戻した。
「てか記録雑務って……似合いすぎだろ……」
他にも色々な仕事がある中、俺たちが任されたのは記録雑務。
文字通りの雑用係で、俺みたいな隠キャには特にお似合いの仕事だ。
「仕方ないでしょ。結局誰かはやらないといけないんだから。それよりもあなたは口よりも手を動かす」
「へいへい」
俺がボソッと呟いたくだらない愚痴にも、冬坂はしっかりとした正論を返してくる。
見たところ仕事も順調に進んでいるようだし、さすがはうちのクラス委員長と言ったところか。
「てか、お前も似合うな記録雑務」
率直な感想だった。
彼女もまた俺と同様隠キャよりなので、記録雑務のような裏方仕事が最も適しているのだろう。
それに、なんだか今の冬坂は、記録雑務っぽくてとても様になっている。
「六月くん」
「ん?」
俺がボソっと本音を漏らした直後、彼女は記録していた手を止め、何やら不吉な笑みを俺に向けてきた。
表情にも少しばかり影が掛かっているし——。
——まさか……。
「口よりも手を動かしてね」
そう一言呟いた冬坂は、俺の目をじっと見つめたまま謎の圧を送り続けてくる。
不自然に上がった口角と、引きつったその表情から、彼女が俺に何を言いたいのか嫌という程によく伝わってくる。
これはさすがにやらないと処刑されそうだ。
「やるから……その笑顔やめてくれ……」
「わかればいいのよ」
そうして再びペンを取った冬坂は、何事もなかったかのように仕事を再開した。
——一体お前はどこまで真面目なんだ……。
そんなことを思いつつも、俺はそんな彼女に続くようにして、自分の仕事に取り掛かるのだった。
——嫌——
実行委員会が始まっておよそ1時間。
ここでようやく俺たちの仕事にも、終わりの兆しが見え始めていた。
「あとこんだけか……。冬坂、お前はあとどれくらいで終わる?」
「私もあとこれを書き終えれば終わりよ」
「よし、そしたらようやく俺たちも帰れるのか」
長いようで短かった実行委員会も、すでに解散の指示が出されており、自分の仕事を済ませた他の実行委員たちは、先に帰ってしまっている。
ではなぜ俺たちが残って仕事をしているのかというと、それは俺たちが記録雑務だから。
記録雑務は、その日に消化した全ての仕事を最後に記録しないといけない役割も担っているため、他の奴らが全員帰るまでは、俺たちの仕事に終わりが来ることはない。
つまりはなかなかにめんどくさい役どころというわけだ。
「てかなんで俺たちだけこうなんだ……」
「さあね。勝手に決められちゃってたからしょうがないのよ」
今日俺たちがここへ来た時には、もうすでに全実行委員の役割が決定していた。
おそらくそれは生徒会が適当に配分したものなのだろうが、それでも俺たちだけに、こうして仕事が集中しているのは納得ができない。
「広報とかいらないだろ絶対」
実行委員の役割の中に『広報』というものがあるのだが、俺が今日見ていたところ、それが割り当てられた奴らは永遠と暇そうにしていた。
そもそも広報なんてのは実行委員全体でやればいいだけの話で、わざわざ貴重な人材を割いてまで割り当てるような仕事じゃない。
——生徒会の奴らはバカなのか?
「まあ広報に関しては、私もあなたの意見に賛成ね」
「だよな。絶対いらないよな」
「もちろん後々必要になって来るのはわかるけど、まだ何も決まってない今の段階で用意しておく必要は全くないわね」
——確かに。
今冬坂が言ったことが、間違いなく正解だろう。
まだ何も決まってない今の段階で、広報なんて役割は全くの無用だ。
そんなことに人員を割くくらいなら、俺たちの記録雑務に少しでも加わってもらいたいところだ。
「よし、私は終わりかな。六月くんはどう?」
「ああ、俺もこれを書けば……よし、とりあえずは終わった」
「それじゃ、生徒会に提出して帰りましょうか」
「そうだな」
俺が愚痴をこぼしているうちに、本日分の仕事もようやくケリがついた。
時計を見たところ、とっくに午後5時を過ぎてしまっているので、このままだともしかしたらバイトに間に合わなくなってしまうかもしれない。
「そんじゃ冬坂。俺バイトだから先行くな」
そう一言呟いた俺は、素早く支度を済ませ、足早にその場を後にしようとした。
すると——。
「待って六月くん」
「ん? どうした。俺急いでるんだが」
「あの子。まだ仕事終わってないのかしら」
「ん? あの子?」
背後から冬坂にそう呼び止められ、俺は立ち止まり後ろを振り返った。
するとそこには、未だ仕事が終わっていない様子の少女の姿が——。
「ああ、あの子確か」
しかもその少女は、今日の実行委員会が始まってすぐの時に、ちらっと目に入ったあの女の子だった。
席が近かったのでなんとなく覚えている。
しかし——。
どうやらその子の様子が少しおかしいように見える。
俯きながらひたすら何かを書き込んでいる彼女は、心なしか少し落ち込んでいるようにも思えたし、何より彼女の周りには、同じクラスの実行委員らしき人の姿は見られなかった。
一体どうしたのだろう。
「なあ、あの子なんで1人なんだ?」
「わからない。けど今日の分の仕事、まだ終わってないみたいね」
その少女の前には、まだ手のつけられていない書類がかなりの数残されている。
どうやら彼女にも、俺たちと同様、記録雑務が割り当てられているらしい。
「あれは終わるまで結構かかりそうだな……」
「そうね」
残っている量からして、おそらくまだまだ時間がかかってしまうだろう。
可哀想ではあるが、記録雑務になってしまった以上、我慢してやり遂げるしかないのだ。
「てか、お前は何してんの?」
「何してるのって?」
「いや、急に筆箱出し始めたけど」
するとここで、帰ろうとしていたはずの冬坂が、カバンから再び筆箱を出し始めたことに気がついた。
しかもその中からペンやら何やら、先程しまったはずのものを取り出しているし——。
——まさかとは思うが……こいつ……。
「何ぼーっとしてるの。あなたも手伝うのよ」
「やっぱりか……」
あろうことか冬坂は、時間のない俺に対して平然とそう言ってきたのだ。
「普通時間がないって言っている人間に対してそんなこと言うか?」とも思ったが、記録雑務がどれだけめんどくさい仕事かは理解している身なので、はっきりとは断りにくい。
——つーかマジで時間やばいって……。
「バイトなら大丈夫よきっと」
「お前それ何の根拠を持って言ってるわけ?」
「別に根拠なんてないけど。それとも六月くんは1人で頑張ってる女の子を見捨てられるの?」
「いや……別に見捨てるわけじゃ……」
冬坂の言うことが最もなのはわかっている。
だが俺にも用事というものがあり、どうしてもそちらを優先しないといけない時くらいあるのだ——。
「もちろんあなたがそんなことできるわけないわよね?」
さらに冬坂は、心が揺らぎかけている俺にそんな追い打ちをかけてくる。
——全くこいつは……。
「はぁ……。どれくらい掛かるんだ、あれ」
「詳しくはわからないけど、3人でやれば10分ぐらいで終わるんじゃないかしら」
「10分か……」
まあそれくらいの時間なら、あまり気にする必要もなさそうだ。
それにバイトも一応5時半からにはなっているが、もしかしたら遅れるかもしれないと、店長には前もって予告してあるし——。
「……わかったよ。やればいいんだろ」
「さすが六月くん。ちょっと見直したわ」
「別に嬉しくねーよ……」
またしてもまんまと冬坂に乗せられてしまった俺は、バイトそっちのけで、1人仕事をしている少女の手伝いをすることになったのだった。
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