第5話

「ミア、君に話しておきたいことがある」

 シュウは真剣な表情でミアに向き直った。

「何ですか、改まって?」

 現在地は警察庁の屋上。他に人影はない。夕暮れの空は真っ赤に染まっている。

「我々、特テロの中に裏切り者がいる」

「…どういう、ことですか?」

「さっき話した組織の話には続きがあるんだ」

「あぁ、FBIとの合同捜査の?」

「そうだ。その組織の幹部が特テロの中に紛れている」

 険しい表情のまま、懐からタバコを取り出した。

「タバコはやめてもらえます?」

「…すまない」

 ミアの言葉でそのまま懐にしまった。

「それで、その裏切り者は誰なんです?」

「コードネームは〈カメレオン〉だそうだ」

「カメレオン?」

 シュウはコクリと頷いた。

「君にはその裏切り者を見つけて欲しい。頼めるかい?」

「…それが命令ならば、動きます」

「なら、命令だ。裏切り者を見つけろ」

「了解」

 ミアは頷くと屋上を出て行った。

「…本当に、すまない」

 ポツリと呟かれた謝罪の言葉は夕暮れの空へと吸い込まれて行った。


 *


「さて、と。そろそろあの人からの命令に答えないとね」

 セナの携帯電話を手に、ユキは赤く染まった空を見上げる。

「…えーっと、特テロの番号はっと…」

 素早く携帯電話を操作し、別の携帯電話で番号を入力した。

「……あぁ、特殊国際テロリズム対策課ですか?」


「ミアさん!シュウさん!大変です!」

 帰ってきた二人にミカリが慌てた様子で声をかけてきた。

「ミカ?何かあったの?」

「たった今、Fallen Angelnのユキと名乗る女性から電話がありました。全員を五分以内に集めろと」

「なっ?!」

 三人は急いでカイトの元へ向かった。

「カイ!」

 すると、まるでわかっていたかのように電話が鳴った。

『どうも、初めまして、特テロの皆さん。僕はFallen Angelのユキ。君たちにとっておきの情報を教えてあげようと思って電話したんだ』

 電話から聞こえてきたのは女の声だった。

「とっておきの情報?」

『あぁ、その声は如月 シュウだね?』

「まさか、君はメンバー全員の情報を知っているのか?」

『当然だよ。じゃあ本題に入るけど、そこにいない霧島 セナ。彼女は今、僕の手元にいるんだ。もちろん、日向 ソラが彼女を探して街中を探し回っていることも把握しているよ』

 ユキの声はとても楽しそうだ。皆が驚愕の表情を浮かべているのを見ているかのように。

『あぁ、霧島 セナは生きているから、安心してよ。日向 ソラは今頃、蝙蝠になって飛び回っているだろうから、電話が繋がったら確認するといいよ。じゃあね』

 電話は唐突に切れた。シュウが拳を固く握った。

「なんてことだ…セナが彼らに捕まっていたとは…」

「でも、なんでソラさんが蝙蝠になって探していることまで分かるんでしょう?」

 ミカリが真剣な面持ちで独り言のように呟く。それに答えたのはミアだった。

「何故、ソラとセナがいつも一緒にいるか分かる?」

「いえ…幼馴染みだからじゃないんですか?」

「吸血鬼と人狼は、昔から主従関係にあるの。でも、あの二人はそれとは別の考えで一緒にいる」

「と、言いますと?」

「お互いを制御するためよ」

 ますます分からないと言わんばかりにミカリは首を傾げた。

「吸血鬼は人狼を、人狼は吸血鬼を助けながら生きていける。そう一族に啖呵を切ってセナはソラとの契約を破棄した。だから、本来ある主従契約を二人はしていないの」

「その契約がないと、どうなるんです?」

「どちらかが人間を襲い、歯止めが効かなくなる」

「それ、ヤバイじゃないですか!」

「でもあの二人は一度も暴走していない」

「どうして、そんなことが…」

「別の契約をしているからよ」

 ミアはデスクの引き出しから手帳を取り出し、最後のページを開いた。そこには、ソラとセナ、そしてミアの三人が映る写真が挟まっていた。

「何があってもお互いを信じ、助け合う、信頼の契約。二人が四十八時間以上離れない限り、その効果は続くそうよ」

「その時間を過ぎると、どうなるんですか…?」

「ソラかセナのどちらかが暴走して人間を襲う」

「そんな…!」

 ミカリは今にも泣き出しそうだ。だがミアは冷静に指示を出す。

「二人を引き離し、暴走させることが目的なら、早くセナを見つけないとマズイことになる。カイトは早急にソラと連絡を取って。ミカリはセナの居場所の特定を。私は国テロに連絡してくる」

「「はい!」」


 *


(ソラ…ごめん…約束、守れなくて…)

 冷たい床の感触を味わいながら、セナは朦朧とする意識の中、必死に体を起こそうとしていた。

「あれ、もう起きたの?さすが人狼だね、セナ」

 扉が開き、ユキがクスクスと笑いながら近づいてくる。まだ力が思うように入らない。

「ユキ…」

「あぁ、まだ動けないんでしょ?流石に今動かれると困るから、繋いでおくね」

 床に取り付けられていた鎖にセナの手錠を繋ぎ、それをセナの左足首に繋いだ。

「そういえば、シュウさん、だっけ?君たちの上司。良い声しているよね。賢そうだし、僕たちの側だったら良かったのになぁ」

 クルクルと回りながら、ユキは楽しそうに話し出した。

「他の人の声は聞こえなかったんだけど、面白そうな人達だよね。でも、それを僕が壊すんだって思うとさ、すっごく楽しみなんだ!ねぇ、セナ。君もこっち側においでよ。楽しいよ?」

「………」

 生気のない暗い瞳の笑顔でセナに問うが、口が動くだけで返事は聞こえなかった。だがその答えははっきりとわかった。

「…なんでそこまで人間との共存にこだわるの?は彼奴らのせいで惨めな思いをしてきたのに、なんで守ろうとするの?」

「……い………から…」

「大切?自分たちと違うってだけで非難する彼奴らが?…そっか、じゃあ僕たちは一緒には居られないね」

 冷たい視線を送り、そのまま部屋を出て行く。その背中は少し寂しそうに見えた。

(ユキ…なんでそこまで…)

 そこでセナの意識はまた途絶えた。

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特テロ〜特殊国際テロリズム対策課〜 Noa @Noa-0305

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