第4話

「なんで、ユキが…?」

 困惑するセナをよそに、ユキはニコニコと微笑みながら近づいてくる。

「久しぶりだね、セナ」

 ふわりとユキが傘を持ったままセナに抱きつくと、瞬時にセナの体を電撃が走った。

「がっ?!」

 そのまま力なく崩れるが、ユキが倒れないように支えている。

 雨が降っていることもあり、誰もセナが気絶していることには気付かない。

「ごめんね。少し、君たちを利用させてもらうよ」

 ユキはセナを抱き上げると、近くに留まっていた黒いワゴン車に乗せた。

 その時、一つの視線を感じ、ユキはニッと口元を緩ませた。

「やっぱり見てたか」

 だが彼女は振り返らず、そのまま車へと乗り込んだ。


 *


 -セナが、攫われた…?

 ソラは伏せっていた体を勢いよく起こして立ち上がった。

「ソラ?どうしたの?」

 ミアが不思議そうに尋ねるも、ソラはどこか一点を見つめて動かない。

「ソラ?」

「……ごめん、ちょっと出てくる」

「ちょ、ソラ?!一体どこに?!」

 駆け出していったソラを、皆が呆然と見つめていた。

 ただ一人を除いては……


『ヴァンパイアが向かった。計画通りに進めろ、後で私も向かう』


 --ある人物の携帯電話から、一通のメールが送られたことを誰も知らない。



「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 ソラは全速力でセナが車に乗せられた場所へと向かった。知らせてくれた蝙蝠の元へ。

「セナ…どこに…?!」

〈黒いワゴン、それに乗せられていった〉

 蝙蝠は近くの路地にある飲食店の裏口の屋根の下から、顔をのぞかせていた。

「黒いワゴン…?連れていったのはどんな奴だ?男か?女か?」

〈あんたと同じくらいの歳の女だ。人狼の彼女は、ユキ、と呼んでいたな〉

「ユキ、だって…?」

 ソラは困惑の表情を見せたが、すぐに真剣な表情で道に出た。

「そうか。話には聞いていたけど、本当に生きていたのか」

 ギュッと拳に力が入る。

 奥歯を噛み締め、殺気を放ちながら、ソラはまた雨の降り続ける街中を走った。


「う、うぅ…」

 頭がぼんやりするが、何とか体を起こして辺りを見渡す。

 手足が痺れてうまく力が入らない。

「ここは…」

「ここは僕の家だよ」

 声のする方へ視線を向けると、ガラスの向こうにユキが立っていた。

「ユキ…」

「やぁ、おはよう。セナ」

 ニコリと微笑むユキは、純粋な少女そのものだ。だが置かれている状況は全くと言って良いほどに穏やかではない。

「ユキ、なんで、こんなこと…」

「ごめんね、セナ。君には餌になってもらうよ」

「餌…?何の…」

「もうすぐここにソラが来るんだ」

「え…?」

「君を助けようと必死になって走り廻っているよ」

 まるで恋バナでもしているかのようにうっとりとした表情でユキはセナを見つめて話している。

「何で、ソラが…?どういう事?!ユキ、説明して!」

「あぁ、もう、うるさいなぁ…」

 ユキはコートのポケットから端末を取り出した。

 端末をタップした瞬間、またセナを強烈な電撃が走った。

「あああああああああああああああ?!」

 その場にばたりと倒れ、体が痺れて動かない。

「凄いでしょ?この部屋は特殊なんだ。防音室にもなっているし、床も壁もスイッチ一つで電撃が流れるんだ」

 細く開かれた目には光がなく、暗く冷たい青い瞳が倒れているセナを見つめている。

「………」

「もう少しの間、そこで大人しくしていてね。ソラは僕が迎えに行ってあげるから」

 ユキはそう言って踵を返し、部屋から出て行った。


 *


「……っ!」

 -また意識が途絶えた…

 蝙蝠の姿で雨上がりの夕暮れの町をソラは飛び回っていた。

「一体…どういう事なんだよ…!」

 町にいた蝙蝠に会って以来、鳥一匹飛んでいない空を全速力で飛んでいる。ポケットの中にある携帯電話が鳴っていることにも気づかずに。


「……出ない。一体何をしているんだ?セナも出ないし」

 ミアは繋がらない受話器を睨みつける。だが当然、睨みつけたところで繋がるはずもない。

「全く、どこで何をしているんだ?」

「セナさんがミアさんからの着信に気づかないなんてことはないと思いますけど…」

「でも実際、反応がないのよ。ソラが電話に出ないなんて…それにあの時の慌てようは只事じゃない。セナに何か会ったのは間違いないんだ」

 受話器を握る手に力が入る。その時--

「ミア、すまないが来てくれないか?」

 シュウがスーツを着崩したまま、険しい表情で声をかけてきた。

「…わかりました。ミカ、悪いんだけど、二人から連絡が入ったら知らせてくれる?」

「わかりました、必ず知らせます」

 受話器を置き、シュウの元へと向かった。その背中を、睨みつける視線を感じながら。

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