第3話

「ねぇ、セナ。やっぱりセナは大きくなったら狼として生きてくの?」

「ううん、アタシはこのまま生きるよ!」

「ホント?!」

「うん、だから、ユキもソラも、ずっと仲良しだよ!!」

「わーい!セナ大好き!!」

「アタシもユキ大好き!!あ、ソラも大好きだよ!」

「僕はついでかよ」

 三人で笑いあっていた頃、僕らは一族のことなんて気にせずに、ただただ無邪気に遊んでいた。

 青い空、白い雲、心地の良いそよ風。

 自然の中で、僕たちは出会った。

 そして種族関係なく仲良くなった。

 あの日、あんなことさえなければ…


 十五年前。

 僕--ユキはとある妖と交わる混妖種の一族の長女として生まれた。

 ただ、力を継いだのは兄だったこともあって僕は度々家を抜け出して遊んでいた。

 兄は才能に恵まれている。

 僕と違って、勉強も運動も出来るし、力も継いでいる。

 だから、僕はいつも一人だった。


 ある時、兄が言った。

「俺は力を継いでいるが、家を継ぐのはお前だと思っている。お前だって気づいているんだろう、ユキ?俺より強い力を持っているんだろ?」

 兄は全てお見通しだった。

「僕は力を継いでないよ。だから誰も僕とは遊んでくれない。相手にしてくれない。今更、相手にしてほしいとも思わないよ」

 僕は笑顔で答えた。

 あの時、兄がどんな表情をしていたのか、もう覚えていない。

 そもそも、兄の顔を、覚えていない。


 それから数日後、僕は彼らと出会った。

「今日はどうしようかな…」

 森の中には入るなという両親との約束を破り、僕は一人で森に足を踏み入れた。

 そこで一匹の狼を見かけた。

 狼は僕に気づかずに走っていった。

 追いかけると、狼は一人の少年に飛びかかるようにジャンプした。

 でも次の瞬間、狼は人間の女の子の姿になって少年の目の前に立っていた。

「ね?ね?上手くなったでしょ?!」

「そうだね。もう帰っていいかな?」

「もう?!早くない?!せっかく森に来たのに帰るの?!」

 少女はぴょんぴょんと跳ねながら駄々をこねる。今思えば、とても可愛らしいな。

 僕は自分たち以外の異業種を初めて見た興奮から、彼らに近づいた。

「今、狼だったよね…?」

「え?!な、何のこと?!」

「セナ、嘘下手すぎ」

「ソラ、酷い!」

 少女は少年にキャンキャンと文句を言うが、少年は無視して僕に近づいてきた。

「今見たこと、内緒にしてくれる?」

「良いよ、その代わり、また来ても良い?」

「わかった。それじゃあ交渉成立だね」

 少年はニコリと微笑むと、手を出した。

 僕はその手を握った。

「セナ、今日は帰るよ」

「ホントに帰るの?!」

「帰る」

 少年はスタスタと僕が来た方とは反対の森の出口へ歩いていく。

「あ、またね!えっと…」

「ユキ!僕はユキだよ!」

「そっか!アタシはセナ!ちなみにアイツはソラ!じゃあね、ユキ!」

 少女--セナは元気にかけていった。


 半年後。

 兄が家を継いだ。

 継承の儀が執り行われ、僕も強制的に出席させられた。

 そこで、事件は起きた。

 兄が家を継ぐことをよく思っていなかった親戚連中が暴れ出したのだ。

「兄さん!やめてくれ!誰かが怪我でもしたらどうする?!」

「うるせー!放せ!!俺は絶対に認めないからな!」

 叔父を筆頭に数人が暴れ、僕はうんざりしていた。

「お兄、僕、いなくても良いかな?」

「そうだな、流石に危ないし、怪我しないうちに避難しようか」

 兄が僕を連れて部屋を出ようとした、その時だった。

 誰かが投げた座布団が儀式用の蝋燭に当たり、燃えながら畳の上へ倒れた。

 炎は一気に燃え広がり、親戚達はパニックになった。我先にと逃げ出してく。

 僕は大人達に押しのけられ、蹴られ、兄と引き離されていった。

「いたっ?!お、お兄!どこ?!」

「ユキ!」

 声は聞こえるが、まだ背の低かった僕は少し広い和室でさえ、途方もなく長い廊下のように感じられた。

「お兄…!」

 兄を見つけて駆け出そうとしたその時、僕は着慣れない着物の裾を踏んで転んだ。

「うわあ?!」

 --ドサッ

 そして、僕は--炎に包まれた天井板の下敷きになった。


 *


 目を覚ました時、僕はベッドの上だった。

 兄は僕を助けた後、家を出たらしい。

「ねぇ、親戚の人たちは?」

 僕はベッドの横に立つ男に問いた。

「君以外は皆、軽傷で済んだよ。主犯である君の叔父と暴れていたメンバーは放火犯として逮捕された。ちなみに君は今、昏睡状態ということになっている」

 男は手帳を出すと、何か書き込んだ。

「なら、僕は死んだことにしてくれない?」

「なに…?」

「僕は一族にとって必要のない存在だったからね。別に問題ないでしょ」

「だが、死んだことにしてどうするんだ?世の中、一人で生きていくには厳しいぞ。それも女の子一人でなんて…」

 サングラスをしていて表情ははっきりとはわからないが、訝しげなのは見て取れた。

 だが、僕の心は決まってた。

「おじさん、裏組織の人でしょ?血の匂いするし、暴れてた叔父さんと陰で話してたの見たことある。だからさ、僕をその組織においてよ」

「…!?」

「簡単でしょ?」

 男はフッと笑ってサングラスを外した。

「まさか、見られていたとはな。…何故、組織に入りたいんだ?」

「僕、人間が嫌いなんだ」

「それだけ、か?」

「それだけだよ。他に何かいる?シンプルで良いと思うけど」

「まあ、いいさ。だが、君は力を継いでいないと聞いたんだが?」

「あぁ、皆はそう思ってるね。でも、僕は継いでるよ。だからどんなことでも出来る。ちなみに、傷も治ったよ」

 僕はそう言って起き上がり、包帯をとった。

 男は目を丸くして僕を見つめる。

「そうか、わかった。なら死亡手続きは俺がしておこう。君はここで待っていなさい」

 そして僕は、裏世界に入った。


 *


「ユキ……?」

 まさか本当に再会するとは思っていなかったなぁ。

 久しぶりに会ったんだ。

 やっぱりここは、笑顔が一番だよね。

「やぁ、セナ、久しぶり」

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