第2話
とある都内の路地裏に二つの影があった。
「こんなところで何をしているんだい?」
声をかけられた男はピクリと手を止めた。
月明かりに照らされた男の顔を、若い男はじっと見つめて低い声音で答える。
「…シュウさん、貴方こそこんなところで何をしているんですか?」
男はゆっくりと立ち上がり、シュウへと向き直る。
両者とも漆黒に包まれているかのような服装で佇むその姿は、月明かりがなければ闇に溶け込む影のようだ。
「おや、私は仕事でこの辺の調査をしているのだが」
「そうですか」
「君は何をしている、カイ?」
左手を顎に当て、ニヤリと笑うシュウは、まるでサイコホラー映画の殺人鬼のようだ。
「別に、何をしていようと貴方には関係ないでしょう」
ピリッと空気が張り詰める。
「ふむ、そうか。それじゃあ、この話はまた今度にしよう。--明日にはソラとセナが帰ってくるだろうから、君も早く帰って寝なさい。おやすみ」
シュウはひらひらと手を振って夜の闇へと消えていく。
カイトはその背中を睨みながら、ボソリと呟いた。
「あの人、どこまで知っているんだ…」
*
「あーもう!ソラ、遅い!」
ふらふらとした足取りで歩くソラを、セナは子どものように急かす。
「セナが早すぎるだけだろ?何なら、僕を置いて先に戻ってていいよ」
「良いわけないでしょ!ほら、早く!」
周囲から見れば、まるでスタミナ切れの祖父の手を引く孫のような光景だ。
ソラはフードを抑えながら、必死に手を引くセナのスピードについて行く。
「ほら、もうすぐ出るから……ぅわあ?!」
「え、おわっとっと…」
セナが少し振り返った瞬間に通りすがりの男にぶつかった。
「ご、ごめんなさい!よそ見してました!」
転んですぐに立ち上がり、セナは深々と頭を下げて謝罪した。
続けてソラも頭を下げる。
「すみませんでした」
男は手を振って「こちらこそ、よそ見をしていましたから、頭をあげて」と苦笑した。
「いえ、ぶつかったのはこっちなんで!本当にごめんなさい!」
「彼女、こういうところは頑固なんです。だから気にしないでください」
ソラは弱々しくも優しく微笑んで男を立ち去るように促した。
「そ、そっか。それじゃあ、次はぶつからないように気をつけてね」
「はい!」
男が立ち去り、セナは頭をあげた。
「ソラ、あの人、混血者だ」
「だろうね、獣臭が微かにした」
ソラとセナはジッと男が向かった先を見つめている。
「それと、血の匂いもした」
「あぁ、多分、彼はどこかの殺し屋だ。袖口から糸が見えた。多分、プロだよ」
「どうする?追う?」
「いや、証拠がないからね。今の僕たちじゃ逮捕できない。今は放っておこう」
「え、放っておくの?!」
背を向けたソラの肩を掴み、グイッと引き寄せる。
「今、アタシたちが捕まえたら、これから起きる事件を防げるかもしれないんだよ?!それでもソラは見過ごせって言うの?!」
「今、僕たちが追って何になる?証拠もなければ現行犯でもない。野生の勘だ。混血者が絡んではいるものの事件が起きたわけじゃないのに、指示もなしに動けるわけないだろ」
「それは!そうかもしれないけど…でも!」
「でもじゃない。君だって理解しているはずだ。僕たちが動けば、被害が出る確率の方が高くなる。"もし"や"かもしれない"なんて言っていたら、キリがないんだ。可能性は無限大なんだから」
ソラは赤く暗い瞳でセナを見つめると、そのままセナを置いて空港を出てしまった。
セナは拳をギュッと握って身を震わせる。
「わかってるよ、分かってるけど…だったらなんでソラは警官になったんだよ…」
涙を堪え、セナは荷物を持ってソラの背中を追いかけた。
*
帰ってきた二人をミカリが出迎える。
「ソラさん、セナさん、おかえりなさい」
ほわほわとした笑顔を向けるが、帰ってきたのは冷たい返事だった。
「ただいま」
「ミカ、ただいま。これお土産。じゃ、アタシ帰るね」
「え、セナさん、帰っちゃうんですか?」
「うん、帰る。じゃあね」
セナは紙袋をミカリに渡すと、そのまま帰ってしまった。
「良いんですか、ソラさん?セナさんと喧嘩したのなら、追いかけた方が良いですよ?」
「別に。帰るって言うんだから、放っておけばいいよ。僕は事実を言っただけだし」
「そう、ですか…」
ミカリは心配そうにソラを見つめる。
「やあ、お疲れさま、ソラ。セナはどうしたんだい?」
珍しくスーツをピシッと決めたシュウが、まるで社長のような貫禄でデスクに向かう。
「シュウさん、ただいま。セナはついさっき帰ったよ。--会議?」
「あぁ、急遽決まったんだ。FBIと共同捜査することになったから、その挨拶をね」
上着を掛け、椅子にどかっと座るとネクタイを緩めながらソラの報告書に目を通した。
「FBIと?何かあったの?」
「うん、まぁ全員揃ってからの方がいいんだけど…仕方ないか。説明するから、みんな集まってくれ」
シュウが声をかけると、全員が即座に彼のデスクへと集まった。
「実は先日、都内の廃工場で男の遺体が発見されてね。その男、実はFBIが追っているある組織の人間なんだ」
鞄の中から一枚の封筒を取り出し、そこから数枚の写真を出して並べていく。
「この男の人…どこかで…?」
ミカリが手にした写真には、男が壁にもたれるように座り込み、項垂れていた。
その周りには大量の一万円札。
「この男、警察学校にいたわね」
ミアがサラリと答える。
それにソラも頷く。
「あぁ、途中で辞めたからすっかり忘れていたよ」
「名前は飯嶋タケル。世界的犯罪組織-フォーリン・エンジェルの一人だ」
シュウはそう言うと、飯嶋の肩に入っているタトゥーの写真を出した。
そこには、折れた羽にFallen Angelと書かれたタトゥーが描かれている。
「堕天使、ですか。なんだか、犯罪組織にしては厨二病っぽいですね」
カイトは無表情なまま、ポツリと言った。
「そういうものさ、組織名なんてものは。だが、名前だけで侮ってはいけない。彼らはかなり頭のキレる連中だ。我々も追うことになるから、頭に入れておいてくれ」
*
一方その頃。
セナは行く当てもなく、街中をふらふらと彷徨い歩いていた。
「…ソラだって、好きで見逃したわけじゃない。そんなのわかってる。わかってるけど、どうにもできないのは、悔しいよ」
ブツブツ言いながら、セナはフードを被って泣きそうな顔を隠す。
誰かが見ているわけでもないが、誰かに見られるのが嫌だった。
次第に雲がかっていた空からポツポツと雨が降り出した。
「…雨、か。そういえば、しばらく会ってないな」
立ち止まってゆっくりと空を見上げる。
雨粒が顔を濡らしていく。
「久しぶりに、会いたいなぁ…ユキ…」
セナはふふっと愛おしそうに笑いながら、空を見つめる。
すると、前方から真っ赤な傘をさした人が近づいてきた。
「変わらないね。昔からそうやって雨に打たれるのが好きだったよね、セナ」
「……その、声は…まさか…」
傘の下から顔が見えた。
その顔は、忘れるはずもない、もう一人の幼馴染みの--。
「ユキ……?」
真っ白なコートに身を包み、真っ赤な傘をさしているユキは、ニコリと微笑んだ。
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