特テロ〜特殊国際テロリズム対策課〜

Noa

第1話

 朝日が登り始めた清々しい青空を、ドイツから日本へと鉄の鳥が向かっている。

 時刻は午前四時を回った頃、事件は起きた。

「ーーーーー!!」

 アイマスクを掛け、イヤホンで音楽を聴きながら眠っていたミアは、何やら周りが騒がしいことに気がついた。

 -五月蝿いわね…飛行機の中でくらい静かにできないの?

 ドイツに丸二日いたが、徹夜で仕事をしていたために睡眠不足で少々イラついていた。

 せっかく睡眠用にと録音したBGMを聴いているのに、気になって目が覚めてしまう。

 そんな事を考えながらも、仕事の疲れから体は眠ろうとしていた、その時--


 --パンッ!


 突然、発砲音が機内に響いた。

 ミアはアイマスクとイヤホンを外し、立ち上がった。

「いいか、よく聞け!この飛行機は俺たちが乗っ取った!殺されたくなかったら大人しく言うことを聞け!」

 目出し帽を被った、ザ・強盗と言わんばかりの格好をした男が銃を天井に向けて大声をあげていた。

 だが

「それ、まさか威嚇用に空砲を撃ったの?」

 ミアは呆れたように男に向かって毒を吐き始めた。

「あ?んだとこのアマ!」

「いやいや、そんなバカみたいな格好でドラマみたいなセリフ吐く奴に言われたくないわね。何が言う事を聞けよ。脅すしか能のないバカのやりそうな事だわ」

 先ほどまでの綺麗な紫の瞳パープルズ・アイが、まるで闇のように暗く冷たい光を放った。

「テメェ、死にてぇのか?!」

「それはお前だろ」

 ミアは通路に出ると、男を睨みながらゆっくりと近づいていく。

「動くな!撃つぞ!?」

「撃ちたいなら撃てばいいけど、窓が割れたりしたら、困るのはお前らだぞ。この飛行機が落ちる可能性だってある。自分たちが死ぬのは嫌よね?」

 ニコリと微笑むが、その目は笑っていない。

 男は震える手で拳銃を向けた。

 乗客たちは出来るだけ身を縮こませて、二人の行く末を見守っている。

「う、うるせぇ!死ね!!」

 一発の銃声が鳴り響き、ミアの左肩を貫いた。

 血が飛び、乗客から悲鳴が上がる。

「………」

 左肩から血が流れるが、ミアは構わず男に向かって近づいていく。

「ひっ?!」

「……良かったわね。弾は壁に埋まったみたいだ。だが、まさか実弾を撃てるとは思わなかったよ」

 撃たれてもなお笑って近づいていく。

 男は腰を抜かして動けなくなった。

「何だ、この程度でハイジャックしたつもりだったのか。本当にバカね」

「あ、あんた…一体、何者なんだよ…」

「私?日本の特テロよ」

 そう言うと、ミアはそのまま機長室へと向かいハイジャック犯全員を捉えた。

 その後、警察の取り調べで男はこう供述したそうだ。

「不気味な笑みで近づいてくるあの女が、まるで死神のように見えた」と。


 *


 同日、午前十一時。

「ねぇねぇねぇ!今日のお昼にミアが帰ってくるんだよね?!」

 慌ただしく同僚に声をかけている彼女は、黒と黄色のオッドアイをキラキラと輝かせている。

「そうだね。とりあえず、もう少し落ち着いてくれるかい、セナ?」

「うぅ、でもさ!あのミアが帰ってくるんだよ?!ソラだって聞きたいでしょ?!ミアの武勇伝!」

 そう言うとセナは机に突っ伏しているソラの隣の席の椅子に座って、拳を上下にブンブンと振った。

 ソラはそんな同僚の行動を見慣れているのか、チラリと見てから「そうだねー」と言ってパーカーのフードを目深に被る。

「ちょっと、何で睡眠モード入ってんの?!寝る気満々じゃん!」

「だって眠いもん…」

 セナは唸りながらソラを見つめる。

「セナさんって、本当にミアさんのお話が好きですよね〜」

「あ、ミカ」

 声のする方を見ると、セナとソラの後輩の水城ミカリがオフィスの入り口で苦笑していた。

「ミカも聞きたいよね、ミアの話!!」

「そうですね。ミアさんのお話は勉強になりますから」

「だよね!!」

 ニコニコと笑顔で対応しているが、ミカリは少し困っている様子だ。

 -ミカちゃん、対応に困るなら声かけなきゃいいのに…

 ソラがいつセナを止めようかと考え始めたその時、ミカリの後ろから声がした。

「東雲、只今戻りました」

「ミア!おかえり〜!!」

「ミアさん、おかえりなさい」

 ミカリはニコリと微笑み、セナはミアに勢いよく抱きついた。

「ただいま、セナ、ミカ。ソラ、起きているのでしょう?おかえりは?」

 ソラはギクリと体を硬直させ、ゆっくりと体を起こした。

「やぁ、ミア。おかえり」

「ただいま。また貧血?」

「あぁ、さっき市販のレバニラを食べたんだけど、流石にまだ眠いよ」

 そう言うと、ソラはまた机に突っ伏した。

「あら、残念。せっかく紅茶に合うドイツのお菓子を買ってきたのに、ソラはいらないのね?」

 ミアがそう言って紙袋を頭上に掲げてニヤニヤとソラを見つめる。

 当の本人はピクリと反応するが、必死にその誘惑に耐えようと身を震わせている。

「何なに?!お菓子?!ドイツの?!」

「えぇ、何でも、かなり有名なパティシエが作っているそうだから、味は格別なのだそうよ。しかも紅茶に合うって言うから、さぞ美味しいのでしょうねって、あら?」

 気がつくと、ミアの手にあったはずの紙袋がいつの間にか体を起こしたソラの手元にあった。

「ちょっと、ソラ!ミアがみんなで食べるために買ってくれたお菓子を独り占めなんて、ズルい!」

「別に、誰も一人で食べるなんて言ってないだろ?!そんなこと言うならセナにはあげないぞ?!」

「それを決めるのはミアでしょ?!何でソラが決めるのよ!」

「それは君が僕の部下だからだろ?」

「誰が部下だ!」

 二人の言い合いを見て、ミアとミカリはやれやれと苦笑を浮かべる。

 すると、近くにいたミカリの同期、一条カイトが声をかけてきた。

「ミアさん、お勤めご苦労様です」

「あら、カイ。ありがとう」

 ポンポンとカイトの頭を軽く叩いて、ミアは嬉しそうに微笑んだ。

「あ、カイ!物凄く苦い紅茶一つと物凄く美味しい紅茶六つお願い!苦いのはソラに飲ませるから!」

「何でだよ!?」

 二人の奮闘は終わる様子がないのでミアは頭に四割ほどの力でチョップを打ち込んだ。

「いい加減になさい」

「「痛っ?!」」

 二人は頭を抑えて涙目になる。

 その様子を見て、ミカリ、カイト、そして少し離れたところから五人を見ていた上司、如月シュウはフッと微笑む。

「平和だなぁ」

「シュウさん、聞こえてますよ」

「おや、流石はソラだね。聞こえていたか」

「聞こえるのわかってて言ってますよね?」

「さあねぇ」

 シュウは笑顔で誤魔化した。

 と、そこに一本の電話が入った。

「はい、特殊国際テロリズム対策課…はい、はい……分かりました。出動します」


 --ガチャ


「何だって?」

「アメリカの銀行で立て籠り事件が発生。人質十人の中に日本人が二名。犯人グループは計三名。拳銃を所持している模様」

 ミカリが要請内容をシュウに告げると、真っ先にセナが立ち上がって手を挙げた。

「はい!アタシ行きたい!ソラも連れて!」

「何で?!」

 ソラは目を丸くしてセナを見つめる。

 が、そんな事は御構い無しにセナは続ける。

「今から空港行って、アメリカに飛んだら夜だよね?!アタシ動きたい!だから行く!良いよね?シュウさん!」

「うーん…そうだなぁ…」

 出動要請を受けたからには、すぐに動かなければならないはずだが、全員がのんびりしているためにテキパキと行動するカイトでさえも、慌てる様子がない。

「ミアは今戻ったところだし、セナの言う通り夜になりそうだから、今回の件は二人に任せようかな」

「やったー!」

「えー…」

 セナは嬉しそうにソラの腕を掴むと、シュウに敬礼して勢いよく飛び出して行った。

「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい」

「僕はまだ行くって言ってないのにー……」

 ソラの不満聞こえなくなるまで、そう時間はかからなかった。


 *


 アメリカのとある銀行前にて。

「さっさと金と車を用意しろ!」

『今、用意しているところだ。もう少しだけ待ってくれ』

 犯人と警官がまるでドラマのようなやりとりを行なっていた。

「あらら〜ホントに立て籠もってるよ」

「要請があったんだから、当たり前だよ」

 セナはニコニコしながら、拡声器を持つ警官に近づいて手をひらひらと振った。

「やぁ、状況はどんな感じかな?」

「あ、あなた方は?」

「アタシらは日本の警察庁警備局特殊国際テロリズム対策課。通称、特テロの人間だよ」

 ニッと笑うセナの口元から、鋭い八重歯が見える。

「そ、そうか、日本の。それで、さっき来た国テロ-国際テロリズム対策課の人たちと何が違うんだ?」

 警官がチラリと横目に国テロの人間、三名を見やってからセナに質問した。

 その問いに答えたのはソラだ。

「僕たち特テロはね、文字通り特殊なんだ。だって--半分は人間じゃないから」

 フードを被ったソラの眼は、真っ赤に染まっている。

 警官は後退りしそうになるのを必死に抑え、言葉を紡ぐ。

「そ、それでは、君たちに任せる…二人で動くのか?」

「お、アンタこの状態のアタシらと話せるなんて、大したもんだね!」

 そう言われてセナを見ると、彼女のオッドアイの瞳がまるで狼のように細くなっていた。

「ひっ?!」

「もう、セナ。脅かしたらダメだろう?」

「何でアタシだけがビビらせたみたいになってんだよ?!」

 すると、国テロの女-瀬尾サユミが声をかけてきた。

「霧島警部補、日向警部、最短で人質を救い、犯人逮捕に協力してほしい。だから、前回のように瀕死にまで追いやらないでくれるか?」

「う、サユミちゃん、階級で呼ぶのやめて…ソラの方が一個上なんて現実、認めたくないからさ…」

「いい加減、認めたらいいのに」

「ちょっとソラ!聞こえてるぞ?!」

 セナが振り返ると、すでにソラの姿はなく、何故かセナの頭の上に一匹の蝙蝠コウモリが乗っていた。

「それじゃ、セナには正面突破して犯人たちを脅かしてもらおうかな」

「あ、またおいしいとこだけ持ってく気だ!まぁでも、今回はそれが最善手か」

 顎に手を置いて、セナは納得したように頷いた。

「それじゃあ、しっかり脅かしてね」

「あいよ」

 そう言うと、は銀行の前に飛んで行った。

 セナはゆっくりと銀行の前に歩み出ると一度、深呼吸をしてからニッと笑った。

「さて、やるか!」

 ざわざわと髪が伸び、僅か数秒でその姿は狼と化していた。

『強盗どもを思いっきり脅かせば良いんだよな?余裕じゃん』

 セナは銀行の入り口で牙を剥き、今にも飛びかかりそうな雰囲気で威嚇する。

「ひっ?!こ、こいつ、人狼だったのか?!まさか、俺らを喰い殺すつもりじゃ…」

「何バカなこと言ってんだ!そんなわけねーだろ!」

「だ、だよな?脅かしやがって…!」

 すると、犯人の一人がガラス越しに拳銃をセナに向けた。

「今だ、セナ!」

『おう!』

 ソラの合図に合わせて、セナは遠吠えをすると入り口のガラスに飛びかかった。

「うわあ?!」

 だが、ガラスが割れる事はなく、そこには人間の姿のセナが立っていた。

「はい、チェックメイト☆」

「へ…?」


 --ドサッ


 犯人の男が振り返ると、他の男二人が次々に倒れた。

「な、何が、どう、なって…?」

「僕が血を吸ったから、気を失っただけさ」

 誰もいなかったはずの隣に、黒いフードを被った赤い瞳の少年-ソラが立っていた。

 その口元には、真っ赤な血が付いている。

「い、いつの間に…」

 男が言い終わる前に、ソラは首筋に牙を突き刺した。


 *


「日向警部、ありがとう。君の策のお陰で速やかに犯人グループを逮捕することが出来た。協力に感謝する」

 サユミがぺこりと頭を下げるが、セナはそれを不満そうに見つめる。

「何でソラだけが感謝されてるんだよ。アタシだって働いたのに」

「まあまあ、後でケバブでも奢ってあげるから」

「言ったな?!ちゃんと奢れよ?!」

 キャンキャンと吠えるセナを宥めながら、ソラはアメリカの街に消えていった。

「あれが、特テロ-特殊国際テロリズム対策課か」

 サユミは見えなくなった二人の背中を見つめ続けていた。


 *


「それで?君の部下はまんまと特テロに取り押さえられたと」

 とある地下のバーカウンターで、男は酒を飲みながらリボルバーを弄っていた。

「は、はい、申し訳ございません…」

 部下であろう男は深々と頭を下げる。

 だが、彼は目もくれずに酒の入ったグラスを回した。

「全く、金を用意させるだけで強盗なんて下らないことをしたかと思えば、特テロに捕まるとは」

「金はまぁ、いくらでも用意できますから。後始末は俺らがやりますよ」

 テーブル席に座っていたチャラそうな男がヘラヘラと笑いながらナイフをくるくると回している。

「……まあ良い。準備が出来次第、奴をこちら側に引き込め。良いな?カメレオン」

 すると、バーテンダーがニヤリと笑った。

「もちろん。それが私の仕事だからな」

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