思い込み彼女の戻し方

@lunesong

第1話 岸田裕二の日常

始めに言っておこう。俺は普通の学生だ。どこにでもいる普通の学生であり一般人だ。

一般人アピールをしているわけではない。実は伝説の勇者だったりチート能力を持っていたりなんかではない。正真正銘の一般人だ。

 なぜこんなに一般人アピールをするのか?それは俺には何も異常がないという証明をするためである。そうすることで今俺が置かれている状況がどれだけ異常なことなのかわかるだろう。

「…一応聞くが、何でお前は天井に張り付いているんだ?」

「へ?やですね、いつも言っているでしょう?そりゃ忍者だからですよ」

 自称忍者と名乗るこの女の子は、クラスメイトの東雲夏鈴しののめかりん。もちろん本物ではない、自称忍者だ。

そんな彼女は今何をしているかというと、ベットの真上の天井に張り付いている。

 だが、彼女は制服で張り付いている。おわかりいただけるだろうか。そう、制服は重力には逆らえず、スカートまでは天井には張り付かない。ということは?

「スパッツ丸見えですよ東雲さんや」

「スパッツだから恥ずかしくありません!」

「俺はスパッツのほうが興奮するぞ」

「存じています!だから私ので良ければいくらでも興奮してください!」

「変態なのは俺ではなくお前だったか淫乱痴女忍者」

「痴女になるのは主殿の前だけです!」

 恥ずかしがるどころかむしろ嬉しそうに答える東雲。元気よく答えてくれるものだからすっごいつばが飛んでくるんだが、これはよく考えたらご褒美なのか?なんせ東雲はかなりかわいいからな。美少女のつばならご褒美に…ならねえわ汚ねぇ。

「っと。そんなことより、起きないと遅刻しますよ主殿?」

シュタッっと音が鳴るかのように華麗な着地を決めた東雲は長いポニーテールを揺らし俺にそう言った。揺れたのは髪だけで他に揺れるものは何もない。あれば目の保養になっただろうに

「主殿。胸部を凝視されるのはいいのですけど、こんな大きくもない胸を見たところで何も得はないと思うのですが…」

「すまん考え事してたら無意識に見てたわ」

「言ってくださればもっと胸元を開けておきましたのに…いまからでもはだけさせましょうか?」

「めっちゃエロイ目で見るけどいいかな」

「大歓迎です」

 いや、流石に恥ずかしがってくれ。俺は照れる女の子のほうが好きなんだ。むしろ…っとそんなことを考えてる暇も忍者にかまっている暇もない。東雲の言う通り遅刻しちまう。

「着替えるから外出てくれ」

「おかまいなくおかまいなく!むしろお手伝いをば!」

「そのままパンツまで脱がされて俺の貞操がサヨナラバイバイしそうだ」

「問題ありません!私、今日大丈夫な日ですので!」

「奪うのは決定事項なのね!?」

 俺は東雲の様子をうかがいながら仕方なくその場で着替えをすまし、予想通り襲って来そうになるのも回避し。無事に朝食をすまし。学校へと向かうことにした。

「という流れで行きたい、協力してくれるな?」

「はい!とりあえず襲ってもいいですか?」

「さっそく予定崩すなこら!」

 と言ってもワンルームマンションで一人暮らししている身なので、外に出てもらうぐらいしかないのだが、こいつに言っても無駄なのでもうあきらめている。

 とりあえず襲われることもなく無事に着替えは終わり、東雲の作ってくれた朝食を食べて学校へ。これが俺の一日の始まりだ。そして昼休み、俺は東雲の作った弁当を取り出しランチタイムとする。   

 東雲は学校内であまり話しかけてこない、俺の護衛をするため気配を消して見張っているとかなんとかで変な理由を付けているので一人でランチと行きたいところではあるが、しかしそうはいかない。

「あの、岸田くん…」

「どうした谷川」

 話しかけてきたこの美少女は谷川未来たにかわみく、東雲とおなじくクラスメイトの一人であり未来の記憶を持っている。予知というよりは未来の記憶を持ったまま過去にやってきたというほうが正しい。

 もちろんこれも本当ではない、谷川の思い込みだ。そんな谷川は決まって俺に弁当を作ってきてくれる、なのでいつも昼は決まって弁当を二つ食べることになってしまう。食べ盛りでなければかなりしんどい状況であったので自分の若さにいつも感謝している。

「悪いないつも、大変だろう二つも作るのは」

「平気、将来の旦那様のためだから。これくらいなんともないよ」

 どうやら谷川の設定上将来俺は谷川と結婚しているらしい。弁当のほかにも休日にデートへ誘われたり、家へ料理を作りに来ようとしたりする。弁当以外はすべて断っているが。

 なんせ休日は東雲の相手をしなければいけないし、身の回りのことは全部東雲がやってくれているし。弁当も東雲が作ってくれるし。学校以外は東雲で忙しいのに他の奴なんて相手にしていられない。

「…それ、また東雲さんの?」

「おいおい、毎回言っているがこれは自分で作っているんだ」

「そっか、ならいいんだけど。嘘はだめだからね、岸田くん?」

「俺は生まれてこの方嘘なんてついたことないから安心しろ」

 現在進行形でついているわけだが、世の中にはついてもいい嘘と悪い嘘がある。これは前者であり決して谷川の気がひきたいからとかハーレムを作りたいからとかではない。

 そんな東雲はどうしているかというと、学校の近くまでは一緒に登校し、学校の近くと校内になると忍者のように消え、俺の前に姿を現さなくなる。流石自称忍者。

 なので俺と東雲の仲がいい。なんてことは言われたことないし、ましてや弁当を作ってくれる仲など思うはずもないのだが、谷川は俺の普段の生活を監視しているので例外である。

 幸いにも東雲は自称忍者なので家に入るときは気配を消しているのでばれる心配はないらしい。

 というより東雲が弁当を作らなければいいのではと言ってみたことがあるんだが、露骨に機嫌を悪くし、一週間は口をきいてくれなかった。正直デリカシーが足りなかったと自覚している。

 それから量は少なくしてくれたのでましにはなったが、本当に食べ盛りでなければ地獄を見ていただろう。というか普段食べる量自体が増えてうれしいくらいだ。

 とまあそんな感じで昼は谷川と過ごし午後の授業を終え帰宅する。のだが、帰宅する前に俺はとあるところに行かなければならない。

 学校から駅へ向かい、30分ほど電車に乗り駅からはバスで目的地である病院へ。その病院の地下に俺の目的はある。

 エレベーターで地下2階に降り、そのフロアの奥にある研究室へ向かう。中は大体うちの体育館ぐらいある広めの研究室となっており、その奥にある病室に俺は通っている。

 俺は指紋認証とカードキーでロックされている扉を慣れた手つきで開け、中にいる一人の研究員に挨拶をする。といつものようにその人はやあ。と元気よく返事をし

「よーーーーーーーくーーーーーー来たね‼毎日ご苦労様だ‼裕二君‼」

「どうもです草壁さん、相変わらずうるさいですね」

「そういう君は相変わらず遠慮がないね!そういうところ嫌いじゃないが!」

 と大笑いしながら背中をたたいてくる。痛い。筋肉質の大男によるじゃれつきは一歩間違うと死に至るので覚えておいてほしい。実際今の俺がそうだ。

 草壁将くさかべまさるこの研究室の副所長であり昔からの知り合いだ。所長である父さんの親友であり、子供のころからよくしてもらっている。

 「しかしいつも思いますけど、見た目全然研究員に見えませんよね。しかもここで二番目に偉いとかありえないですよね」

「本当に遠慮がないな君は!そこが!!!いいところ!!!だけどね!!!」

「だからうるさいですって」

 かなり大きい声でしゃべっているにもかかわらず、ここの研究員の皆さんは顔色一つ変えずに仕事をしている。いつものことでもうあきらめているのだろう。注意しても治らないからなこの声。

「おっと、足止めして済まないね。行こうか、愛瑠ちゃんのとこに」

「はい、お願いします」

 俺は草壁さんに連れられて目的の病室へと向かう。研究室の入り口にあるセキュリティより厳重なものを解除し部屋へと入る。そこに彼女はいる。

「やあ、愛瑠あいりちゃん。裕二君が来たよ」

「…」

「お待たせ、ちょっと今日は遅くなっちまってごめん」

「…」

 俺たちが話しても何も答えない。当然だ。なぜなら彼女は人形だからだ。いや、人形であると思い込んでいるのだ。

 彼女につけられている医療器具はすべて命をつなぐためのものである。彼女の思い込みには波があって、軽い症状の時は感情がなく人形のような存在と思い込む。

 そのときは食事をとってくれるのだが、今のようにひどいときはなにも口にせず、何にも反応を示さないのだ。

 全く何も食べない日を作らないようにしてもらっているため、体つきは女の子らしく、出ているところは少し出て、引っ込むところは程よい感じにとかなりいいスタイルを維持してもらい、髪もキレイな銀髪のロングヘアでとてもかわいい女の子である。そのせいで余計人形に見えてしまうのだが。

 ここまでくればある程度察しはつくと思う。ある子は忍者と、またある子は未来の記憶を持っていると、そして彼女、俺の実の姉は人形と思い込んでいる。ただの思い込みでは済まされないほどに彼女たちは思い込んでいる。彼女たちは病気だ。

 この研究室で研究されている病気の一つそれがこの病気「過剰妄想癖障害」彼女たちはこの病気にかかっている。

 治療法はいまだ見つかっていない。だけど解決策はある。それはとても簡単だ、自分で間違いに気づくこと、それだけである。

 俺は彼女たちの治療を手伝い、自分は普通の女の子であると気付いてもらう。それが俺の役目でありしなければいけないことである。

 これが俺の日常だ。でもいつか変えなければいけない日常。とまあ少し重くなってしまったがそんなに身構える必要はないと思っている。いつか治る。そう信じているから。

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