第3話

「グレン、自分が昨日メラニーにしていたことをよく考えろ」

「は?」

「お前も身体だけは大人だ。これ以上メラニーと一緒に暮らすのはよくない」

「妹の昔の話聞いて同情してハグして、何が悪いのさ」

「メラニーが嫌がっているのがわからんのか」

 一瞬遅れてやってきたのは怒りだった。

 邪推も邪推、父はなんて性根が腐りきっているんだろう。

 わざとらしい諭す口調に顔が熱くなってくるのを感じる。

「嘘だ!メラニーの口から嫌かどうか聞かせてよ」

「あの子は嫌なことを嫌とは言えないんだ。特にお前みたいな親切ごかしなやつにはな」

「何だよその言い方!」

「メラニーを傷つけることは許さん」

 この男は自分の息子より、妻の連れ子の方が大事になってしまったらしい。

「メラニー!メラニー!!」

 我慢ならなくなって僕は大声で廊下に向かってメラニーを呼んだ。

 彼女はさっき階段下のストレージで海洋生物の縫いぐるみを並べ、皿に小魚やミミズの形のグミキャンデーを盛りつけておもてなし中だった。すぐに来るはずだ。

 軽い足音が聞こえ、リビングのドアで止まった。

「メラニー、こっちおいで」

 ドア枠に半ば隠れ、そばかすまみれの小さな顔が怯えた表情を浮かべている。腕には僕が近所の店でポイントを貯めて交換してもらったアオミノウミウシの縫いぐるみを抱えている。

「メラニー、ちょっとこっちに来て」

「いい子だからあっちへ行っていなさい」

 血の繋がらない父と兄に正反対のことを言われ、彼女はその場でどぎまぎしていた。

 僕は訊ねた。

「僕は、メラニーに何か嫌がることした?」

「してない」

「聞こえないよ。大きな声で!」

「してない」

 僕はさらに畳みかけた。

「僕のこと、嫌い?」

「好き」

「僕がお兄さんでよかったと思うだろ?」

「思う」

「ほら、父さん、メラニーは僕のこと嫌ってないし、僕はメラニーに変なことしてないよ」

 父は僕に無表情で一瞥をくれ、メラニーに近づいた。

「メラニー、父さんのことは好きか?」

「うん、好き」

「父さんもメラニーのことが大好きだ。だから、本当のことを言ってごらん。グレンが怖いだろう?近寄られると嫌な気持ちになるだろう?」

 父の粘っこい猫なで声に、僕はぞっとした。

「父ちゃんも、グレ兄も好き」

 メラニーは悲しそうに小さく言う。

「父ちゃんとグレ兄が喧嘩するの、嫌だ。みんなで仲良くしたい」

 開いたドアから、メラニーにも、継母にも総て筒抜けだったようだ。

 いつの間にか、継母がダイニングの方の入り口から、リビングに姿を現していた。

「私もグレンはこの家にいた方がいいと思うわ。家のこともちゃんとしてくれるし、勉強だって、学年でいつも五本の指に入る成績じゃないの」

 父は、鼻白んだ顔で僕と継母を見ていたが、そうか、と短く言い捨てて書斎へ入り、しばらく出てこなかった。


 一か月ほど経ってふと気づけば、メラニーは継母にいじめられなくなっていた。

 継母は、父と僕とがメラニーを庇うのが面白くなかった様子ではあったが、ここのところはほどほどに母親らしく接している。

 メラニーはよく食べ、よく喋り、よく笑うようになった。

 おそらく、今までで一番幸せなのだろう。

 喜ばしいことではあったが、僕自身は奇妙なわだかまりを感じた。

 それが「嫉妬」の変形だと気づいたのはずいぶん後になってからだ。

 僕がメラニーの母親に嫉妬するというのはおかしなことだったが、僕を頼ろうとすることが格段に減ってしまったのが寂しく思えた。

 そしてだんだん気づいてきた。

 初めメラニーに会った時に感じたあれは、不幸の匂いだ。

 僕だけを頼り、僕の手元から飛び立っていかないようにできる可塑性を、僕は嗅ぎ取ったんだと今でははっきり言える。

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