彼と従妹①

 彼は六高に入った後、一年と経たぬうちに病人となり、おじさんの家へ帰ることになった。腎臓結核だった。


 僕と龍之介が待ちわびていた夏は走り抜けるように通り抜けてしまい、気づいたことにはひんやりとした秋の風が吹く季節となっていた。彼の見舞いに行く途中に見上げた空が妙に青かったことを覚えている。数日前、まだ夏の終わりとも言えた時期に龍之介は一人で彼を見舞っていた。


「存外元気そうだったよ」

 龍之介はあの秋の日の彼と同じように道端の塀を指でこすりながらたんたんと彼の様子を語ってくれた。

「本を貸してくれと言っていた」

「いいじゃないか。何持ってきたんだい?」

「忘れた。君が貸してやれよ」

「お前ねぇ・・・」 


 本については僕よりもずっと龍之介の範疇だ。まぁ、それが彼の趣味に合うかどうかはまた別の話だが。しかめて見せた僕の顔を龍之介はじっと見て、

「面白い顔だ」と興味深げにうなずいて見せ、僕があまりのことに目を白黒させるのに満足げに微笑んだ。そして、さらりと話し出した。


「君は、彼の従妹を見かけたことはあるかい?」

「従妹? いや、ないと思う。可愛い子なのかい?」


 僕は少し龍之介を冷やかすような気持ちで問いかけた。彼は女性に興味がなさそうな雰囲気を醸し出しておきながらそれほど奥手ではないし、存外によくもてる。大学生になってから、電車の中で女学生から手紙をもらったことも一度や二度ではない。


「あぁ。もし世の中に『完全な妹』のような存在がいるのだとしたらまさにそんな感じだよ」

 僕のささやかな好奇心に龍之介のかすれた声がこたえた。一体どういう意味なのだろうか? そう問いかけようとして顔を上げると龍之介の白い顔が目に入った。その表情には見覚えがあった。あの秋の日、彼の妹を訪ねようとした日に龍之介が見せた表情だった。


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