彼と岡山
僕と龍之介は中学を卒業し一高に進むんだ。彼も試験を受けたが生憎落第した。翌年彼は岡山の六高に進んだ。時折彼から届く手紙を僕と龍之介は大いに楽しんだ。岡山での近状とともにその手紙にはいつも彼が読んだ本の名前が列記されていた。
「マルクス、エングルス・・・彼はすっかり社会科学に夢中のようだね」
「君、ヴォオドレエルでも送ってやれよ」
メリエの短編を読みながら僕が読み上げる彼の手紙に耳を傾けていた龍之介が意地悪く笑った。手紙を読む限り彼は彼の土地に馴染みつつあるように思えたし、実際そうだったのだろう。
からっ風の吹きつける東京なんかよりずっと彼の気質にあっているようだった。あの秋の終わりの日の彼の姿が妙に物悲しく記憶されてしまった僕は、まだ訪れたことのない岡山の土地を想像するたびにからりと澄んだ太陽の下で笑う彼の姿を思い描いた。なぜだかそれが彼に対して唯一僕にできる罪滅ぼしのような気がしていた。
しかし彼のいないことは多少僕には物足らなかった。
「なぁ、夏になったら彼を訪ねて行ってみないか?」
「どこに?岡山か?」
「どうだい?途中で京都によるのも悪くないだろ」
龍之介は本から顔を上げて少し考えるように空を見上げた。そして目を細めてうなずいた。
「君にしたら悪くない考えだね」
「・・・一言多いんだよ。まぁ、いい。そうなれば早速手紙を出そうじゃないか」
僕らは熱に浮かされたように岡山の風景について語り合った。話せば話すほどそれは現実とは遠い景色になっていったのかもしれないけれど、実際に目にして自分たちの想像力のたくましさを笑い飛ばすのも悪くないと思っていた。
3人で夏を過ごせればそれで満足だった。
でも、僕らが彼を訪ねて岡山に行くことは永遠になかった。
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