第2章 彼
彼と彼
これから冬に向かうところだというのに、春のように心地よい陽気だった。僕と龍之介は本郷通りを白山方面に向かって歩いていた。
「これだけ心地が良いとどこまででも歩ける気がしてくるね」
「じゃあこのまま王子の飛鳥山にでも向かってみるかい?」
龍之介がまんざら冗談でもなさそうに晴れ晴れとした顔で提案した。
「いや、せめて巣鴨の地蔵通りで勘弁してくれよ」
そういう僕を「なんだ軟弱じゃないか」と笑う龍之介こそひょろりと背が高くていかにも軟弱そうな姿をしているのに、足取りは軽く本当にどこまででも歩いて行ってしまいそうに見えた。
こんな風にどこまででも進んでしまいそうな後姿というものを前にも見たことがある気がした。はて、どこでだったか。
僕が思考にふけり出したのを疲れ切ったものと勘違いした龍之介は、仕方がないというように足を緩めた。
「確かこの辺にカッフェがあったよな」
「あったかい?」
「あったさ、ほら、彼の家の近くの」
龍之介が示した「彼」の名前は、まさに僕が今探し出そうとしていた名前だった。
「あぁ、彼か・・・」
龍之介がうなずく。ゆるい風が龍之介の長い髪を巻き上げる。その風の中にかすかに磯の匂いが混じっているように思えた。
彼。
そうだ。彼と過ごしたあの時期に、僕と龍之介も親しくなったのだった。
彼を思い出す脳裏にあの日の潮騒がよみがえる。
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