第6話

「ある人とお揃いの大切な物を盗まれてしまいまして、それを持っていたのがさっき追いかけてきてた男の人たちだったんです。居ても立っても居られず後をつけて、返してほしいとお願いしたんですがうまくいかなくて、騒ぎになって、それで……」

「それで追われる羽目に?」


 お兄さんは言葉に詰まった先を代わりに紡いでくれた。私は頷いて、それに付け足す形でもう少しだけ話した。


「はい……。それに取り返せず終いで……」

「そっか。それは悔しいね……」


 お兄さんが眉尻を垂れて同情してくれることで、少しだけささくれだった心が宥められていくような気がした。当然のように人が生きていく権利を蹂躙するような人たちばかりに触れ合ってたせいで私の方がおかしいのかと思いかけていたので、こんな風にただ理解を示してくれるだけでもありがたかった。


「どうにかもう一度会えたらいいんですけど……、彼らがどんな人たちでどこにいるのか皆目見当付かなくて……。お兄さん、この街は長いですか? なにか彼らについてピンと来ることないですか?」

「そうだなぁ、思い当たるっちゃあるけど……」

「ほ、本当ですか?!」


 話してみるものだと思った。少しでも手がかりに繋がるなら飛びつかないわけにはいかない。それがどんなに危険であっても、私はそうしなくてはいけない。


「でも悪いことは言わないから首突っ込まない方がいいと思うよ」

「だ、大丈夫です。杖さえ持てば大抵のことはへっちゃらですから、だからどうか教えてください!」

「そう?」


 ほんのり疑い混じりの声と視線を感じる。杖さえあればあの三人の男達相手にあそこまで苦労して逃げることもなかったと思っている。そもそも逃げずにあの場で捕縛してしまうことだってできたかもしれない。そしたらここまで事態は大事に至らなかったのに。身ひとつで私のことを部屋から追い出した勇者さまを恨めしく思うけれど、でも、その勇者さまとの繋がりを証明するブローチを探し回っているわけで、私は自分の中で複雑に渦巻く感情に溜め息を溢しそうになった。

 私は大きく身を乗り出してお願いしますと念を押す。観念したのか渋々とお兄さんは話は切り出す。


「この町にね、よそから流れてきた盗賊の類が住み着いちゃったんだよ。もう何年くらい経ったかな。町の上の方から山間一帯占拠されちゃってさ、あの辺で畑やるにも金を払い続けて許可取るかそうでなければ荒らされちゃうせいで被害は深刻みたいなんだよね。畑を質に取ってるから自警団も下手に手が出せないしね。それに加えて、観光客から金目のものを奪って盗品を横流しもするし、今日みたいな暴力沙汰も珍しいことじゃないよ」

「ひどい話です……」


 心からそう思った言葉だった。この一年ほどで色んな町を見て回ったが、それでもこんな状況に陥っている町に出会ったことはない。活気溢れた大きな町なだけに宿場通りや市場周辺だけに留まっていればきっとこんな事実を知ることもなかったかもしれない。


「この飲み物作るのに使う果物だってその畑で採れるものなんだって」


 グラスのふちをお兄さんは細い指でしなやかになぞる。

 こんなに美味しいものを作ってる人たちの生活が脅かされてるなんて、やはり許せない。ブローチが奪われた怒りにさらに義憤が加わり、胃がカッと熱くなった。


「なんとか出てって貰えないものでしょうか……」

「無理じゃないかな、相当ここの暮らしが気に入ってるみたいだし。食べ物にも金にも困らない、手放すわけないだろう?」


 このお兄さんが発する言葉尻が先ほどから妙に引っかかる。まるで当事者のような言いぶりだと気がついた瞬間、背筋を氷でなぞられたかのように寒気が走った。頭の中がざわついていくのがわかる。しかし、寒気と相反するように身体は熱を帯びていて気怠さに包まれていく。胃の方から込み上げてくるような熱は着実に私の全身を蝕んでいた。私はグラスの方を見やる。身に起きてる異変の原因はそれしか思い浮かばなかった。


「……あの、これ、お酒ですか?」

「うん。お酒だし、ちょっとしたお薬も入ってる」


 平然としたお兄さんから放たれた言葉に脳みそが揺さぶられた。どこから私の認識は間違っていたのだろう? これまでのことを思い出そうとしたが、もうすでに頭がうまく回らなくなり始めている。いま聞いても意味のない質問を投げかけることしかできなかった。


「い……いつから……」

「うーん、そうだな。下っ端たちの怒鳴り声が聞こえたあたりかな。誰かを追ってるのが分かったから一般人のフリして手助けしてやろうかなとは考えてたけど、君とぶつかって怪我したのは本当にただの事故だよ。それから、気を失ったのは一瞬。君が助けを断ったのが不思議だったから、気絶のふりを続けて観察してたんだ。そしたら好都合なことに俺を路地裏まで運び出して、二人きりになってくれたんだよ。それで魔法使いって知れたのも運が良かったし、俺に対しての非があるからお礼だなんだって言えば付いてきてくれるそうだなって思ったし。君、バカみたいにお人好しそうだもんね?」


 完全に身体に回っているのかこんなに近いのにお兄さんの話しがとても遠くに聞こえる。最後の方なんてろくに聞こえてなかった。逃げなくちゃいけないのに身体がとても重くて、視界もぐにゃぐにゃと回っていて、ゆっくりと緩慢に身体を動かすことしかできない。


「魔法使って逃げてもいいんだよ? あはは、なんならいま俺が悠長に話してる間に逃げてもよかったね。その時ならもう少し動けたろ?」


 気づけばお兄さんは私の横に移動していて、私の腕を掴んで後ろ手に拘束しているようだった。


「俺は今朝『気をつけるんだよ、ぼく』って言ってやったんだけどね」


 その台詞を聞いた瞬間、ハッと意識が浮上する。今朝聞いた声の主そのものだと今更ながら気づく。


「ぜんぶ、貴方が仕組んで……?」

「ううん、今朝のこととさっきのことは関係ない。本当に偶然。だから今、面白くって仕方ないんだよね」


 けらけらと笑っているのだろう、揺れが私に伝わってくる。引き寄せられるままにお兄さんに身体を預けると人肌の温かさに意識が沈むように急速に失われていった。寝てはいけないのに、まだ勇者さまとちゃんと話をできていないのに。それが最後に脳裏によぎったことだった。


「また後でゆっくり話そう。それまではおやすみ」

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