第2話
移動して間も無く、空き部屋のある中規模の宿を見つけることができた。
朝の時間帯のためか開いていた食堂で拵えた軽食を部屋に持ち寄り、小腹を満たしながら私は勇者さまに市場での事を話した。全てを聞き終えた勇者さまはくつくつと堪えるような笑い声をあげる。
「そんな簡単に盗まれるようじゃいくらあっても足りないかもな。」
「すみません、本当に油断していました……。」
「でもいい機会じゃねえか。いっそのことこのまま解散するのもありだと思うぜ。」
自分の目が見開くのが分かる。勇者さまはそんな私を見てか、ますます面白おかしそうに笑いを殺しながら饒舌に言葉を続けた。
「今日だってそうだが、お前も本当に飽きずに邪魔してくれるよな。まさかいつか改心してくれるとでも思ってんのか? 馬鹿だな。お前が何度躍起になって俺を止めたって俺はやめるつもりはないぜ。……お前がただの旅のお供の限りは、な?」
含みを持った問いかけに対して、私は下唇を軽く食んで顔をそらすことしか出来ない。
勇者さまは私に性的な関係を踏まえさえすればあのような蛮行を止めてくれると言っているのだ。それはここにきて初めて言われたわけではない。同じようなことを幾度となく言われてきた。
「……まあ、その顔からして遠回しに言っても理解できるくらいには成長したんだな。思えば、最初からそうだったな。俺とお前は全くもって反りが合わねえ。」
「な、なんで今さらそんなこと言うんですか。」
「気に食わないんだよ。自分は高みで保身のままっていうのがよ。前にも同じこと言ったのだって覚えてるんだよな?」
「お、覚えていますけど……でもそんな、私と貴方は恋人でもないですし、ましてや私も貴方も男じゃないですか。好き合ってもない同性同士の姦通だなんて神様が許してくれません……。」
私は組んだ手を胸に寄せて親指を擦り合わせる。言い淀みながらもこれは決まりきった答えだった。
私には出来ない。そんなことをすればきっと罰を受けてしまう。それに、勇者さまは私のことを好きでもなんでもない。一番手頃な私で体の欲求を満たしたいだけだ。それは分かってるし、私も勇者さまに触れられるのは別に嫌じゃないと思ってる。でも、その関係には愛がない。愛もなしに神様の言いつけを破るなんて絶対に許してもらえない。だからしてはいけない。
勇者さまも期待はしていなかったのだろうけど、変わることのない私の答えに早々に匙を投げた。吐息混じりに冷笑すると立ち上がって、私を席から退けるように促す。
「この話はもうやめだ。代わりに女を呼ぶからしばらく外にいてくれ。無理矢理じゃなきゃ文句もないだろう? とにかくこの先どうしたいか答え出しとけよ。何度も言うが俺はお前の神に合わせるつもりは一切ない。覚えておけ、分かったな。」
「ま、待って……!」
子猫でも運ぶかのように襟首を掴まれ部屋の外へ放り出される。勇者さまは私に向かって吐き捨てるようにそう言うと扉を閉めきってしまった。
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