04:さらば、アヘ顔ダブルピースビデオレター



「……だれ、それ?」


 勇者マコトの呟きに、ベラが誇らしげに答えを返す。


「キュロリアはね、教えてくれたよ。どんな場所でも絶対変わらない、世界で一番上の真理だって。……エロは、気持ちよくなるためにあるものであって。決して、絶対、何があっても――誰かを傷つける道具なんかじゃあ、ないんだーーーーっ!」

「へ、ヘンタイだーーーーっ!?」

「……いやいや、いいじゃねえの、ヘンタイ。おまえみたいに陰湿じゃなく、そういう、カラッとした奴ならよ」


 ひぅ!? と短い悲鳴を上げた勇者マコトに対し、起き上がった彼が近づいていく。

 アヘ顔ダブルピースビデオレターの呪縛から解き放たれたパットは、にこやかな笑顔で、無茶苦茶なデカい光に包まれている拳をぽきぽきと鳴らす。


「さって、勇者さんよ。現実じゃあ絶対味わえないような、ブッ飛んだ映像体験ありがとう。今からお礼をしようと思うんだが、言い残すこととかあるかね?」

「う……う、う、うばぁーーーーーっ!」


 苦し紛れに生成した、恐怖で絞り出した最後の一本のアヘ顔ダブルピースビデオレターを、勇者マコトは相手に向けた人差し指の先っぽから射出する。


 瞬間。

 風が裂け、地面が揺れた。


 勇者マコトの放ったアヘ顔ダブルピースビデオレターを、パットは最小限の動作で避けながら交差して迫り、下から上へ抉りこむように、胴体へ拳を炸裂させていた。


 ……ぴし、ぴし、と、何かがひび割れる音がする。

 それはビデオテープが砕ける音にも似た、上位勇者の纏っているチーレム・オーラの防護が、砕け散る音だ。衝撃が、本体へと伝達しつつある音だ。


「勇者マコト。あなたに、正しきエロスの伝道者にして求道者、魔界一のサキュバス、キュロリアからの伝言を伝えておきます」


 おもむろに近寄ったベラは、勇者マコトの肩に手を当て、右手ではぐっと親指を立て、左手でその――男性用礼服に包まれながら、存在をずっと主張してやまなかった尻を、エールを送るように、叩いた。

 スパァァン、と、それはいい音がした。


「『心を入れ替えて、これからは、陰キャではなく淫キャの道を進みなさい。乳が無くとも悲しむなかれ、あなたにはその、でか尻がある。フェチも増えれば、一般性癖(マジョリティ)!』」


「フェチも増えれば、一般性癖(マジョリティ)ーーーーっ!」


 勇者マコトは絶叫し、そして吹っ飛ぶ。

 その身体は約束の鐘へ衝突し、それから光の中へ消えていった。


 青空、高らかに、澄んだ鐘の音が再び鳴る。

 それを聞く、広間に集まり、正気を取り戻した人々からは――信頼が取り戻されたことを示す光が、内側から溢れ出していた。




 ◇◎△◇◎△◇◎△



「うむ。まあ、よくわからないが、一件落着であることに文句は無い。よきかなよきかな」


 その日の午後、ラクベルを経ち、【約束の鐘】のバフ効果が効いているうちに手漕ぎボートでの渡河を行いながら、事の顛末を聞いたマリー(クッコロの呪いのせいか、チートスキルの影響が抜けるのは最も遅く、多くの住民にその醜態を目撃された)が何となく雑にまとめた。


「用心棒役の俺としては、今でもヒヤっとする案件だったけどな。何の対策もとれないうちに真っ先にやられるとか、面目無いにも程があるだろ……」


「そ、それは仕方ないところもあると思いますよ。勇者マコトは元からわたしたちを狙っていて、トッカラケと勇者タケトの件を知っていて、パットくんを一番最初に無力化しよう、って決めていたみたいですから」


「フォローありがとよ、ベラ。良いことだけでもねえよなあ、名が知れるってのは。そういう意味じゃ、姫騎士だの大魔王の孫やってるそっちの苦労が、ほんのちょっぴりでも分かった気がしたわ。今後はこういうことにならないよう、気を引き締めていかねえと」


「はは。なに、そう気を張らずとも信じて頼りにしているし、助けられているよ。今もね」


 マリーの言う通り、普通なら勇者が根城にしている町にある橋を使わねばならない激流の河を、命知らずでしかない手漕ぎボートで越える無茶が出来るのも、パットの力あってこそである。ほのかな光を放つ腕がオールを操り、小さな三人用ボートは頼もしく先へ進んで行く。


「――ところで、なんですけど」


 そんな、どこにも逃げ場のない状況だからか。

 これ幸いに、とばかりに大魔王の孫が、悪い顔で二人を見る。


「勇者マコトのチートスキル、《アヘ顔ダブルピースビデオレター》――アレって要するに、自分が一番そういうところを見たくない人が出てくる、っていう類の呪いだったわけだけど。パットくんは、誰が出てきちゃったの?」


「……ふふ、そうだな。今後のため、信頼を壊さぬために、早めに共有しておくのはよいことだ。大丈夫だともパット、君がその空想の中で思わずアヘらせてしまったのが私であろうとベラであろうと、旅の仲間として寛大な心でそれを許し」


「ジジイ」


 端的なパットの回答で会話が止まり、ボートの上が、激流の音だけで満たされた。

 実に痛ましい、何をどう言ったらいいか分からないタイプの静寂だった。


「聞く? 聞いたな? いや助かるわ、正直俺もさ、自分の中でだけとどめておくのはあまりに苦しくて、誰かに打ち明けて楽になりたいと思ってたもんでさあ。それがよ、も、わけわかんねえの。聞いたところによると、アヘ顔ダブルピースビデオレターって、自分の大事な相手が身も心も奪(と)られることで不信感を植え付けるって能力だったよな? なのにさ、あのジジイ、本当の性別も年齢もわかんねえ現在赤毛幼女フォームな大賢者ファイハンタ様、口説く側やってんの。しかもさ……なんでか、相手役、俺がやってんのね。その時点でかなり嘘でしょって感じな上にさ、『そう緊張するでない、初心な童でもあるまいに』だの『誰に遠慮しておるのじゃ? 愛いやつめが』とか『儂も偶には羽目を外しとうてのう』みてえなことほざいてさ、それがまた、普段俺を地獄の特訓でシゴいてるときとは全然違う外行き用の作った甘え声で、なんだろうな、つらいにはつらいんだけど多分本来意図されてたのとは違うつらさっていうか、いたたまれなさっていうか、恥ずかしくって涙が出ちゃったんだよな、ジジイ無理すんなって気分が滅茶苦茶高まってさ……」


「パットくん、ごめん」

「パット、私が悪かった」


 死んだ目で誰とも視線を合わさず、【大賢者がアヘ顔に至るまで】の詳細をノンストップ早口で吐き出し続けるパットをベラとマリーはひたすらに慰め、元気付ける。


 無事に渡河が済んだ後、『君が見たもののことは絶対に生涯誰にも漏らさない』と手を握った二人にパットは深く感謝を述べ――こうして、本来の評判とも意図ともまったく違ったのだろうが、信頼と約束の町ラクベルを訪れた三人は、更なる絆を深めたのであった。

 


【アヘ顔ダブルピースビデオレター無双 ~侵略性外来種勇者番外編・迷惑勇者列伝~ 完】

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アヘ顔ダブルピースビデオレター無双 ~侵略性外来種『勇者』番外編 迷惑勇者列伝~ 殻半ひよこ @Racca

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