挿話 虚弱き翼にも夢がある 大陸新暦305年2月

虚弱き翼にも夢がある (1)

 大陸新暦305年2月。“境界都市”テルミナに、その短い歴史上3度目の『全市動員』が発令された。

 “霧の街”ジーズドルフからの2度目の大規模侵攻が始まったのである。


 霧の街はザルツ地方からの食料輸入をテルミナに依存しているくせに、毎年のようにザクソン海を越えて出兵してくる。ただし、これは毎年恒例の挨拶(?)のようなもので、ある程度交戦すると粘ることなく撤退する。あるダーレスブルグの高官は「茶番」と冷笑したほどだ。

 テルミナとしても、レーゼルドーンのバルバロス領から来る物品は貴重な商品であったし、何より経済封鎖したところでジーズドルフの人族が飢えるだけ……というわけで、敵国がお得意先という奇妙な関係は続いていた。


 だが、今回はいつもの恒例行事とは違う。10年ぶりの大規模侵攻である。わざわざ、侵攻に先立ってヤーハッカゼッシュ直筆の挑戦状を送ってきたのだ。

 もっともテルミナとしては不幸中の幸いなことに、今回もヤーハッカゼッシュは来ていない。彼としては、ジーズドルフに攻め寄せてくるほどの相手でなければ直々に相手をするには物足りない、というところだろうか。

 狙いは戦いに飢えている部下たちの戦闘欲求発散と、武勲を立てる機会を与えることにあった。それでテルミナが滅んでしまうなら、その程度の相手だったと言うだけのこと。テルミナが消滅すれば少々食糧は確保しにくくなるが、おおよそ300年の間、霧の街はそれなりにやって来たのだ。




「来たぞ!ドレイクとダークトロールだ!!」


「逃げろや逃げろ!!」


 蜘蛛の子を散らすようにテルミナの市民軍が敗走していく。

 取り残されたドゥームがパラパラと砲弾をばらまく中、一人のドレイク女性が戦場を駆け抜けて行った。

 警備用のレンザバンたちがカサカサと集まり、結合して水圧銃の一斉射撃を浴びせようとするも、女性は純白の翼を広げ、その上をひらりと飛び越える。 


「他愛ないですね」


 純白の長い髪が月明かりに照らされてきらめく。二本の角はやはり白く、外側に向かって緩やかなカーブを描いて生えていた。背はすらりと高く、細身でありながら四肢の筋肉はしなやかで、胸と腰は豊満なカーブを描いている。整った美貌に光る両眼は血のように赤い。


 “月白の女男爵バロネス”クラリーチェ・ロンバルディーニである。彼女はドレイクでありながら、バジリスクのヤーハッカゼッシュに親衛隊員として仕えていた。


「テルミナとやら、しょせんこんなものですか」


 彼女は未だ、挫折した事がなかった。


「百騎長殿!突出しすぎですぜ!!」


 レンザバンを叩きのめし、ようやく追いついた護衛のダークトロール、ゾントがたまりかねて叫んだ。


「付いてこれなければ、置いていきますよ!」


 クラリーチェは傲然と言い放ち、翼を広げる。


 ドレイクはバジリスクと並ぶ、バルバロス社会の貴種だ。魔剣と共に卵から生まれ、その魔剣を使うことで竜に変身することができる。

 人族社会の王侯貴族は、基本的に長男……第一位の継承権さえあればどんな無能でも後を継げる。もちろん、『素行や健康面に難があって継承権を剥奪される』、『親が弟の方を可愛がったため継承権を剥奪される』、『下位の継承者ー弟や叔父に亡き者にされる』、というような場合はあるが。

 ドレイクの場合はそうはいかない。どんなに高位の貴族の子として生まれても、最初は下級バルバロス数人を率いる小隊長からスタートする。そこからの昇格はまさに実力次第だ。一応、ドレイクでも当主が男爵相当なのに伯爵家を称するようなことはある(リプレイ『竜伯爵は衰退しました!』参照)ものの、結局社会的な地位は実力で量られる。

 男爵は爵位としては一番下だが、数十年、場合によっては100年、200年をかけてようやくたどり着ける地位だ。そもそも男爵にすらなれず生涯を終えるドレイクの方が多いのである。

 これは人族も同じで、PCは経験点さえ得ればLv15まで(2.0の超越者ルールを導入すればLv17まで)たどり着けるが、NPCたちはそうはいかない。腕利きの傭兵がLv5、正騎士がLv7である。ということは、大半の冒険者や軍人はその辺りのレベルで伸び悩んでしまうのだ。

 ところが、クラリーチェは21歳の若さで男爵にたどり着いたのだった(作者註:彼女が公式設定でいつ男爵になったかは不明ですが、少なくとも26歳時点(大陸新暦310年)で男爵です。なお公式設定では、ディルフラムにカフィバルガ・ディルフラムの曾孫で25歳の男爵がいます)。慢心するな、というほうが無理がある。



「ドゥームにレンザバン、ガーウィ、ビット・・・・・・つまらないですね、本当に」


 魔動機による幾重もの防衛陣を突破してきたクラリーチェは、公園と思われる場所に出た。

 彼女が足を止め、噴水の縁に腰掛けると、30名ばかりに数を減らした配下の兵士たちがほっと息を吐く。他の兵がみなやられてしまったわけでもないが・・・・・・


「奴らは臆病者かもしれんですが、臆病者にも臆病者なりの戦い方があるって事でさあ。現に、兵もだいぶ落伍しちまった」


 手負いの兵の傷を癒やしながら、ゾントは言った。


「でも、貴方だって血の通った相手と戦いたいでしょう?」


「そりゃまあそうですが・・・・・む?」


 辺りを見回したゾントの視線が止まる。公園の周りの建物の窓に、銃を持った人族の少年の影を認めたのだ。


「あら?」


「わ、やべっ!」


 クラリーチェと目が合うと、少年は慌てて首を引っ込めた。


「あんな子供まで兵士とは・・・・・・ああ、よしなさい」


 クラリーチェは動きかけたボガードの兵士トルーパーを制した。


「子供など放っておきなさい。私たちが狙うのは・・・・・・」


「わ・た・し?」




 場違いにおどけた女性の声に、クラリーチェたちは一斉に振り返った。


「いらっしゃい。テルミナへようこそ」


 黒いコートを来たナイトメアの女性が、にっこりと笑う。

 その背後からは武装した人族とバルバロスの混成部隊・・・・・・テルミナの市民軍が続々と姿を現した。


「百騎長殿。囲まれましたぜ」


 ゾントの声を右手を挙げて遮り、クラリーチェはよく通る高い声で言い放った。


「私はクラリーチェ・ロンバルディーニ。ヤーハッカゼッシュ閣下親衛隊隊員兼務、ジーズドルフ軍百騎長です」


「テルミナのネリス・ヘルシェルよ。一応、議長なんてものをやってる」


「ヘルシェル議長・・・・・・貴女が」


「ふうん、ヤーハッカゼッシュは来ていないのね。あのスカした顔を吹っ飛ばしてやりたかったのに」


 ネリスの軽口に、クラリーチェは不快感をあらわにする。


「口には気をつけた方がいいですよ。死に方が変わってきますから」


「百騎長、数が多いですぜ。ここは一旦退いた方が・・・・・・」


「ゾント。貴方は、それでもダークトロールですか?」


 上官に一喝され、ゾントは黙り込んだ。

 一般的なトロール族は敵を正面から堂々と叩き潰す事を好む。だが、彼らが引き際を知らないわけでもない。彼らはより素晴らしい戦いによって死ぬ事を望む。どう考えても敗北必至な戦いからは一旦退いて、後日の雪辱を狙うのもまた戦士だ。

 もちろん、逃げる事自体を恥と考え、圧倒的不利な戦いでも逃げないトロール族も少なくはないが。


「あら、やるんだ?」


「当然です!」


 剣を構えたドレイクバロネスに、ネリスは肩をすくめた。


「なら、遠慮無く。【リピートアクション】」


 ネリスの脇を浮遊していた大きなマギスフィアが変形し、ネリスそっくりに姿を変える。

 評議会議長は微笑みを崩さないまま、弾丸に魔法を込める。


「【レーザー・バレット】」


「ううっ!?」


 クラリーチェの肩に激痛が走る。肩を撃ち抜かれたのだ。

【リピートアクション】で作られた分身が、ネリスと全く同じ動作を繰り返す。


「ま、まずい・・・・・・」


 避けようとするクラリーチェは、今度は右の翼を撃ち抜かれた。


「あうっ……!」


 普通のドレイクバロネスならこの段階で昏倒している。


 それだけでは終わらなかった。ネリスはもう一度銃を構える。


「なっ・・・・・・!?」


ー≪先手必勝ファストアクション≫。先手を取った高位の斥候スカウトは2回目の主動作ができるのだ。


「百騎長!」


 自らも傷から血を噴き出させながらも、ゾントが叫ぶ。


 薄れていく意識の中で、クラリーチェは今更ながらに思い知らされた。

 冒険者の作り上げた冒険者国家の国家元首。すなわちそれは、最強の冒険者なのだ。




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ネリスの魔動機術はLv15、知力B7で魔力22となります。武器習熟の効果、銃の追加ダメージ諸々を足して3発も叩き込んでやれば<剣のかけら>入りドレイクバロネスとて昏倒です。

Lv9相手にLv15が大人気ないですぞ議長・・・・・・(銃声)。


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 暗い部屋の中。小ぎれいなベッドの上に、クラリーチェは座り込んでいた。


 廊下との間には鉄格子がはめられている。命の次に大切な生来の魔剣は奪われたらしく、美しかった翼は萎びてしまった。

 頭が冷えると、自分がどれだけ愚かな真似をやらかしたのかがわかってくる。

 あれは敗走ではなく、罠だった。勝ちに勢いづいて突出したジーズドルフ軍を一網打尽にするための。


 涙は流さない。余計みじめになるからだ。


「あ、起きてた」


 クラリーチェがゆっくりと顔を上げると、鉄格子の向こうに声の主がいた。

 ランタンを左手に、岡持ちを右手に持った少年。先ほど、公園で目が合って慌てて逃げていった少年兵だ。


「・・・・・・」


「えっと・・・・・・ロンバルディーニ卿?」


「・・・・・・放っておいてください。私は、その名に値しません」


「なんで?」


 首をかしげる少年に、弱々しい声でクラリーチェは答えた。


「驕り高ぶり、あたらヤーハッカゼッシュ様の兵を失いました。ゾントたちは・・・・・・死んだのでしょう?」


「ん・・・・・・まあね」


 少年は素直に認めた。ダークトロールと、配下の兵士はボガードがほとんど。逃げも降伏もしなかっただろう。


「でも、とりあえずさ。飯持ってきたんだよ」


「要りません。早く首を刎ねてください」


「ドレイクって、潔さが美徳ってわけじゃないと思うけど」


「負け方にも程があります。これではヤーハッカゼッシュ様に会わせる顔がありません」


「まあね」


「・・・・・・」


「でも、それだとさ。そもそも、お姉さんを任命したヤーハッカゼッシュの目が節穴だったってことにならない?」


「なんですって!?」


 鉄格子に飛びかからんばかりに詰め寄ってガシャン、という音が立った。


「その口を閉じなさい!私はともかく、ヤーハッカゼッシュ様を侮辱するのは許しません!」


「だったらさ」


 血のように赤い眼で睨みつけられながら、少年は口答えをした。


「なんですか!?」


「とりあえず、食べたら?腹が減ったままじゃ脱獄もできないよ」


「む・・・・・・」


 無邪気に笑いかけられて、クラリーチェは毒気を抜かれたようだった。


「・・・・・・貴方、お名前は?」


「あ、聞いてくれるんだ」


 少年はうれしそうに言った。


「スイ・ガルドナ。ロンバルディーニ卿・・・・・・がダメなら、お姉さんは何て呼んだらいい?」


「クラリーチェ、でけっこうですよ」


「クラリーチェ・・・・・・うん、よろしく、クラリーチェ」


 頬を紅潮させて、少年ははにかんだ。


 そこまで話してようやく、クラリーチェは少年のシャツの隙間から小さな翼がのぞいているのに気づいた。


「あなたは……ひょっとしてバルバロスなのですか?」


「うん。俺はガルーダのウィークリングだぜ」スイはうなずいた。


「ガルーダの?どうして・・・・・・」


 クラリーチェは耳を疑った。


 人族の中にナイトメアという穢れを持つ存在が時々生まれるのと同様、ウィークリングはバルバロスの中に、一定の確率で発生する虚弱種だ。公式設定では『もやし野郎』という意味合いになる(直訳すれば『ウィーク=弱い』『リング=~の子』)。たいてい、親の種族の特徴の名残りを持ちつつも、基本的には人間に似ている。

 強さこそ正義のバルバロス社会では、彼らは多くの場合迫害される。かつては、母親ごと、あるいは一族、部族ごと種族の恥さらしとして殺されていたという。現在では、どのバルバロスにも一定の確率で生まれる、というのが定説である(バルバロスの中には生殖によらず人族を儀式によって同胞に引き入れるような種族(ライカンスロープなど)や、他のバルバロスによってルーンフォークのように製造される種族(タロスなど)もあるが、そういう種族でも生まれるかは不明)。


 その中でも、特にガルーダのウィークリングは希少な存在である。ガルーダは非常に誇り高い種族で、子作りの時以外は基本的に個人で行動する(アードラー等を従える場合もあるが、面倒を押しつける下層民としての扱いになる)。

 当然、ウィークリングなど生まれてしまった日には、ほとんどの場合即殺されてしまう。


「俺が卵から孵化するまさに直前、お袋が今の俺の親父……冒険者の一行に殺されたのさ」


「それは……運がいいのか悪いのか……ですね」


 クラリーチェはなんとも言えない表情をした。


 もしスイがウィークリングでなかったなら……いくら親テルミナ派の冒険者とはいえ、普通のガルーダの子を育てるのは躊躇したに違いない。普通の冒険者なら、多少の後ろめたさは感じつつも殺していただろう。


「ま、とりあえず食べなよ」


 スイは鉄格子の隙間から皿をゆっくり押し入れた。肉と芋や人参を煮込んだスープから、おいしそうな匂いが立ち上る。


「・・・・・・いただきます」


 とは言え、ヤーハッカゼッシュ様に会わせる顔もないのに、これからどうしろというのか。


 月白の女男爵(元)は嘆息した。






(つづく)

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