提督閣下の護衛隊 (4)
ここまでのあらすじ:
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ボガードの兵士一団を撃破し島の中央に進むと、立派な城があった。
城門の門番をしていたコボルドに『
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「つまり、配下の方々は親衛隊たる十二鬼士とあなたたち雑用役のコボルドを除いて、4つの隊に分けられている。それぞれ、見張り、巡回、起床の非番、睡眠の非番をローテーションしている、と」
「はい」
コボルドは、エディンのまとめを肯定したあと、おずおずと付け加えた。
「でも、まあ、その・・・・・・必ずしも守られているとは限りませんけど」
「城門の門番を御主一人に押しつけているようではな・・・・・・怠慢極まりない」
トリシェラが腕組みをして言うと、エディンはにこやかに言った。
「いやぁ、敵方の我々としては規律が緩んでいる方が有り難いんですが」
「ふん・・・・・・。先ほど我々が撃破したのは、巡回の部隊か?」
「少なくとも、あの3倍は城の中にいるということですわね」
トリシェラとドルネシアは顔を見合わせると、コボルドに向き直った。
「城内の地図と、奴らがどこにいるか。御主、描けるか?」
「も、もちろんですっ」
トリシェラに渡された羊皮紙に、コボルドは城の見取り図を描いていく。
「できるだけ各個撃破したいところだな」
「ですわね」
二人の令嬢は膝をつき合わせて作戦を練り始めた。
その様子を見ていたリヒトがぽつり、と言った。
「・・・・・・もう、なかよし?」
「・・・・・・まだご本人たちの前では言ってはいけませんよ」
やんわりと釘を刺すと、エディンはコボルドの描いた見取り図を眺めた。小さな城ではあるが、その規模がジャーナック配下の頭数に比して広すぎるように思える。“ゴブリン強奪王”の次は“ゴブリン皇帝”。ジャーナックというゴブリンが一筋縄ではいかない男である事は確かだが、やはり誇大妄想の気があるのではないか。こちら側としては付け入る隙になって有り難いのだが。
魔香草や救命草で消耗を補った後、一行は城の中に忍び入った。眠っているはずの一隊はひとまず放っておいて、まずは『起床の非番』になっているはずの一隊を狙う。
部屋に近づくと、ボガードやゴブリンらしき騒がしい声が聞こえてきた。怒号と悲鳴がかなり離れた場所まで届いている。
「何を騒いでいる・・・・・・?」
「うちの者に探らせましょう」
ドルネシアの側近のカーライルが片手を上げると、海賊たちが動いた。
しばらくして戻ってきた海賊は、苦笑いを浮かべていた。
「奴ら、宴会の席で殺し合いやってますぜ」
「なんだと?」
「なんですって?」
トリシェラとドルネシアは顔を見合わせた。
「よくあることなんですか?」
エディンに問われると、コボルドはうなずいた。
「はい、まあ時々・・・・・・」
下級バルバロス、特に妖魔は命が軽い。味方であってもしょうもない理由でいがみ合い、殺し合う事も珍しくはない。ドレイクのような上級バルバロスの支配下であれば、統制も取れているだろうが。
「呆れた奴らですわね」
「こちらには好都合ではありますがねぇ」
遠くから聞こえる音声だけなら、味方同士での殺し合いと敵の襲撃の区別は付きにくいだろう。
「魔法の使用は避けましょう。魔力を温存しなくてはいけませんし、他の隊に気づかれたくないですから」
カーライルが言った。流石に【ファイアボール】の爆発音は怪しまれるだろう。
宴席で殺し合いをしていたバルバロスたちの数は、思ったよりも多かった。泥酔している者も少なくはなかったので、そこまで殲滅に苦労はしなかったが。
給仕を務めていた3匹のコボルドが隅で震えていた。おずおずと、元門番のコボルドが声を掛ける。
「あ、あのう、こちらは自分の家族と友人で」
「ああ、心配なさらなくとも、・・・・・・ですね?」
エディンがドルネシアに顔を向けると、彼女は口をへの字に曲げた。
「いちいちコボルドの助命に許可は不要ですわ。ところで・・・・・・門番さん、あなたが言ったよりもだいぶ数が多いのですけど」
「ひいっ!?」
「おそらく、見張り組の方々も職務怠慢で宴会に加わっていたのでは?」
エディンが助け船を出すと、元門番は首を高速で縦に振った。
「ひゃ、ひゃいっ!その通りかと・・・・・・」
「彼の言葉通りなら、あとは睡眠の非番組をどうするかですが・・・・・・」
カーライルが言うと、彼と同じく魔力を温存したセシルが口を挟んだ。
「あの・・・・・・【ハード・ロック】を使うのはいかがでしょう」
「【ハード・ロック】・・・・・・ですの?」
城の中だけあって、部屋の扉はかなり頑丈だ。【ハード・ロック】で魔法的に施錠してしまえば、戦闘の音に気づいたり、何かの手段でジャーナックから呼び出しがあったとしても【アンロック】を使うか、物理的方法か魔法で扉自体を破壊しないといけない。脱出は困難だろう。
そして、今足元に転がっている連中の中に【アンロック】が使えそうなバルバロスはいない。
しかしドルネシアは乗り気ではなさそうだった。コボルドは見逃すとしても、ゴブリンボガード連中は殲滅すべきと思っているのだろう。
「ルネお嬢様、この後にはジャーナックとの戦闘が控えています。一個部隊をいない扱いにできるなら、やらない手はありませんよ」
「ですけれど・・・・・・」
「まあ、それに」カーライルは付け加えた。
「事が終わった後、わざわざ扉を開けて差し上げる義理はないですし」
「ですねぇ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
腹黒コンビのあんまりな発言に、一同は押し黙った。
「直接皆殺しにするより干殺しにするほうがよっぽどえげつなくない?」
レヴィアがげんなりした顔で言った。
「ん、なにものだ?」
眠りこけている非番組の部屋の扉を【ハード・ロック】で封じ、一行は厨房にいた残りのコボルドと合流。
最上階の謁見室に続く扉を開け放つと、一人のゴブリンが玉座にふんぞり返っていた。
「ゴブリン風情に名乗る名は無いな」
「ええ、ありませんわ」
令嬢両名は共に豊かな胸を反らして、名乗りを回避した。
「ぶれいものめ、余の名はゴブリン皇帝ジャーナックであるぞ」
「ぶれいなやつらめ!」
「ジャーナックさまを怒らせるとこわいぞ!」
ゴブリンどもが玉座の両脇から湧いて出てはやし立てる。待機していたのだろうか。
「コソ泥の親玉風情が笑わせますわ!かかりますわよ、野郎ども」
「応!」
ドルネシアと海賊たちが駆け出すと、ジャーナックはニタリと笑い、玉座の肘掛に触れた。
「おろかものめ!」
「リヒト!」
リヒトはレヴィアの叫び声の意図を瞬時に理解し、ドルネシアの腕を思いっきり引いた。
「なっ!?」「うわぁぁぁぁぁ!!」
床がぱかりと割れ、ドルネシアの足が急激に沈み込む。海賊たちはそれだけでは済まなかった。
「んうっ」
リヒトは自ら海賊妃の下敷きになる形で後ろに倒れ込んだ。
「ご、ごめんあそばせ」
赤面したドルネシアが謝ると、リヒトは首を振った。
「僕は大丈夫・・・・・・それより」
「おうい、大丈夫か若い衆」
ゴードンは穴の中をのぞき込んだ。
「お、お嬢・・・・・・俺らは、無事、ですぜ・・・・・・」
若い衆たちは2階分ほど下に落下していた。幸い、先の尖った杭などは仕掛けられていなかったため命に別状はないようだが、戦闘中に登ってくるのは困難だろう。
「謁見室の下に不自然な隙間があったのは、これですか」
「おまえたち、しめろ!」
「おー!」
ゴブリンたちが玉座の脇にあるハンドルを回すと、割れた床はゆっくり戻っていこうとする。
「ふはははは、さあどうする?」
いつでもまた落とし穴にできるぞ、と言わんばかりの表情でジャーナックは言った。
玉座に至るまでの全ての床が割れたわけではない。左右に迂回していけそうだが、この分だと罠はもっとありそうだ。
「いやあ、これはうかつに近づけませんね」
エディンは頬をぽりぽりとかきつつ、素早く周囲に目を走らせた。右側には天井に不自然な切れ込みがあり、左側の壁には複数の穴がある。
「めがねおとこ、こわいか?ン?ふはははは!」
ジャーナックがエディンを嘲ると、ゴブリンたちはげらげらと笑う。
「近づけないなら、別の方法を採りますかね?」
カーライルの言葉に、レヴィアが応じた。
「そうよ、後衛ってのもいるの!!」
すかさずレヴィアは【ショットガン・バレット】を撃ち、カーライルとセシルは【ファイアボール】を放った。たちまち十二鬼士は炎に巻かれる。
「ぎゃああああああ」
黒焦げになったゴブリンたちが次々と倒れ伏す。
「お、おのれ、飛び道具とはひきょうものめ!!」
ジャーナックは武器を振り回して憤った。自分の事は棚に上げるのがゴブリンの性である。
「みなさん、左へ」
「おうよ!」「わかった!」
エディンの指示に従い、前衛が走り出す。
「ばかめ!」
ジャーナックが肘掛を操作すると、左側から矢が飛んでくる。自動で矢を放つ仕掛けだ。
「種が分かりゃ怖かねえぜ!」
ゴードンはリヒトたちよりも左に割り込み、矢の雨の盾となった。
「ええい、こしゃくな!」
罵るジャーナックに、姫提督と海賊妃が肉薄した。
「小癪なのは貴様だ!」
「御礼参りですわ!」
「お、おのれ!くるなっ、げろう!!」
ジャーナックはめちゃくちゃに武器を振り回した。腐ってもゴブリンの皇帝と名乗るだけの威力はあり、まともに受けたリヒトは顔を歪めた。
「んぎゅ」
「大丈夫ですか?」
エディンが【キュア・ハート】を飛ばすと、リヒトは武器を構え直した。
「ん、まだいける」
「もう罠はないんでしょうか?」
「というより、玉座付近を巻き込む罠なら、自分も食らいかねないからでしょ」
セシルの疑問に、レヴィアが答えた。
「ともあれ、詰みですね」
カーライルが暢気に言った。親衛隊たちはもはやピクリとも動かず、孤立した皇帝は袋だたきにされるしかなかったのだ。
黒い剣のような結晶体は玉座の裏にあった。砕くと、周囲の空気が変わっていくのを感じる。
「これで終わり、のようですわね」
「よし。エディン、ロープを用意しろ」
「ゴードンさんたちが準備していますよ」
ドルネシアが驚いて振り向くと、ゴードンがロープを柱に念入りにくくりつけて落とし穴に垂らそうとしていた。
「・・・・・・助けてくださるんですの?」
「当たり前だろう」
トリシェラは、お前は何を言っているんだ、と言いたげな顔をした。
「・・・・・・わたくしたちは」
「仲間、でしょう」
エディンがにっこりと笑った。
「・・・・・・少なくとも、ここでは、な」
姫提督がしかつめらしく言うと、ドルネシアは苦笑した。
「・・・・・・ですわね」
リヒト一行が軍艦『イェリング』に戻ると、すでに離礁して出航の準備は整っていた。
「提督、あれを!」
遠くに船が一隻見える。どうみても海賊船だ。
「おや、あれは・・・・・・」
望遠鏡をのぞき込んだエディンが顔をほころばせた。
「手旗信号ですよ」
「何と言ってる?」
「『また会おう、提督』だ、そうです」
「・・・・・・」
無言でトリシェラが索敵手の方を向くと、彼も肯定した。
「僕って信用無いですか?」
露骨にしょんぼりした風を装うクス神官に、トリシェラは冷たく返した。
「お前は余計な忖度をやりかねんからな」
「提督、どうしますか」
「・・・・・・こちらも『また会おう』と返してやれ」
何とも言いがたい微妙な表情で姫提督は言った。
(次の話につづく)
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