提督閣下の護衛隊 (3)

ここまでのあらすじ:

 <奈落の魔域シャロウアビス>の島に上陸したリヒト一行とトリシェラは、海賊団<アレスタの鮫>ドルネシア一行と遭遇した。

 『ここで争っても無意味』と考えた両者は、お互い相手の正体に気づかないフリをして共闘することにした。

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「何のつもりだ」


 しゃがれた老人の声が、机の上に浮遊する正二十面体から響いた。


「あら……?何のつもり……とは何のことでしょうか?」


 顔立ちの女性は、正二十面体に微笑みかけた。


「私の駒とそっちの駒を引き合わせた事だ」


「トリシェラちゃん、ですよ。先生の娘さんもドルネシアさんという良い名前があるじゃありませんか」


「……しょせん、駒は駒だ」


「そうでしょうか?」


 女性は、可愛らしく首をかしげた。トリシェラの倍ほどの年月を生きているはずなのに、彼女は姉妹のように見える。


「まあ、それはそれとして……あの子たちを巻き込んだのは本当にたまたま、です」


「実験海域をアレスタ海とザクソン海にしたのもたまたまか?」


 老人は怒鳴るわけでもなく、淡々と疑惑を口にした。


「それは違いますけど」


 女性はあっさりと認めたが、かぶりを振った。


「あの子たちの行動まで干渉しているわけではありませんから。同時に網にかかったのはたまたまですよ」


「……そうか」


「あらぁ……御迷惑でした?」


 女性は、にこやかな笑みを崩さずに言った。


「しょせんは浮世の事だ。あれがお前の駒にそそのかされたところで、何という事はない。ただ……」


「ただ?」


「あれがあの異分子セミ・バルバロスどもと接してどう変わるか。あるいは変わらないか、には興味がある」






「ほう……」


「これはまた……」


 トリシェラと『ルネ』ことドルネシアは同時に感嘆の声を上げた。

 ボガードトルーパーの襲撃を退けて進んでいった先。島の中央部に踏み込むと、木々の向こうに小さいながらも立派な城が見えてきた。


「このような城が、一体なぜここに?」


「<奈落の魔域>がどこかから取り込んできた,と言う可能性もありますが」


 例によってエディンが解説を始める。


「<奈落の魔域>は取り込んだ存在……たいていは人族や蛮族ですが、それの望む世界を構築します」


「どうして?」


 リヒトの疑問に、エディンが応じた。


「<奈落の魔域>は拡大を続け、最終的には新たな<奈落>になるのが目的ですから。取り込んだ存在に自身を守ってもらおうとするのでしょう」


「まぁ、<奈落の魔域>では基本的に『何でもあり』と考えればよろしいかと」


 ドルネシアの部下である海エルフのカーライルは身も蓋もない事を言った。


「……もう少し言い方というものはありませんの?」

 

 ドルネシアは眉をひそめた。


「いやぁ、実際その通りですから。さて……」


 エディンは、望遠鏡をのぞき込んでいたレヴィアを見た。


「コボルドよ」


 エディンが代わって望遠鏡をのぞくと、城門の前には1人の直立した犬のようなバルバロス……コボルドが立っていた。

 彼は、落ち着かない様子でしきりに周囲を見回している。


「門番ですかねぇ」


「城の主は蛮族ということですの?」


「おそらくは。それで……いかがでしょうか?」


 意味ありげな笑みを浮かべて、エディンはドルネシアを見た。

 バルバロス社会でも最底辺に位置するコボルドは、バルバロスとしては珍しくおとなしく従順であるために人族社会でも例外的に受け容れられている。

 ただしそれは、存在を容認されている、程度の話に過ぎない。コボルドが国家の要職に着いている事例は皆無ではないが、かなり珍しい。


「……お好きになさって」


 ドルネシアはそっぽを向いた。

 これがゴブリンであったならば、エディンも尋問した後首をはねる事に異論は無かっただろう。しかしコボルドならば、こちらが勝てばいいだけの話だ。


「ありがとうございます。それでは・・・・・・」


 今度はカーライルが意味ありげな笑みを浮かべる番だった。


「こちらの者で、よ」


 レヴィアは肩をすくめた。


「あたしじゃ不意を突くのはできても、あの子を取り押さえるのは難しいもんね。お願い」




 声を出す間もなく制圧されたコボルドは、見知らぬ人族(若干バルバロス含む)に囲まれてブルブルと震えた。


「ひ、ひいいい命だけはっ!」


「ええ、命だけは助けて差し上げますとも」


 エディンはにこやかに言った。


「ただ・・・・・・もし、あなたの言葉に嘘があったりするとですね。怖いお嬢様がたが・・・・・・」


 意味ありげに、エディンは二人の令嬢を見た。


「どういう意味だ」「どういう意味ですの」


「ひいっ、話します!全部話しますから」


 コボルドは首をぶんぶん縦に振った。


「ありがとうございます。ここであなたたちが仕えているのはどなたですか?」


「じゃ、ジャーナック様ですっ。ゴブリンエンペラーの」


「!?」


 背後で、二人の令嬢が吹き出していた。二人はお互いを見ると、ばつの悪そうに視線をそらした。


「ジャーナックだと?あのジャーナックかよ?」


 ゴードンは額に手をやった。


「有名な方なのですか?」


 セシルが首をかしげると、リヒトが答えた。


「エイギア地方の・・・・・・悪名高いゴブリン」


「ああ・・・・・・そうだ」


 トリシェラはうなずき、簡単な説明を行った。


 ジャーナックはエイギア地方の開拓地で猛威を振るっているゴブリンの長である。12匹のゴブリンを率いており、自らを“ゴブリン強奪王”、部下たちを“十二鬼士”と称していた。

 (作者註:ザルツ博物誌は2012年発行なので、ジャンプで連載されていた某人気漫画とは無関係です)


「そいつって、強いわけ?」


「いや、普通のゴブリンよりは強いが・・・・・・シャーマンやロードほどではないはずだ」


「彼奴の厄介な所は、その狡猾さにありますわ」

 

 口を挟んだのはドルネシアだった。


「彼奴は一つの村から大量に奪うのではなく、多くの村々から少しずつ盗むのを常にしていますわ。そして、村人たちを傷つける事は極力避けていますの」


「冒険者や兵士の標的になるのを避けるため、ですね」


 ドルネシアはエディンの顔を微妙な表情で見ると、続けた。


「ええ・・・・・・被害がそれほど深刻でなければ、冒険者や軍に退治を依頼するのも気が引けますもの。それでなくとも、エイギア地方には他の脅威がたくさんありますわ」


「そうですね。そして、たとえ、冒険者が自発的に動こうとしても捕捉は困難です。広範囲に出没していますからね」


「おまけに、ゴブリンのボスに部下十二匹ってのが絶妙だな。駆け出しの冒険者にゃちと荷が重い」


「ベテランの冒険者としては、他に倒すべき標的がいくらでもいますしね」


 カーライルはうなずいた。


「しかし、ルネお嬢様がそこまでゴブリンにお詳しいとは」


「・・・・・・敵の事を知らずしてどうやって敵を討てますの」


 ドルネシアはムッとして言い返した。


「とはいえ、シャーマン未満のゴブリンなら、ボガードの兵士を従えられるわけはありませんねぇ」


「・・・・・・強くなってるとお考えですの?」


「魔域に取り込まれて主となった影響ですかね」


「皇帝を名乗っているなら、そうだろうな。だが、ゴブリンなら問題ない。斬るまでだ」


 トリシェラが胸を張って言うと、ドルネシアは張り合うように言い返した。


「もちろんですとも。異論はございませんわ」




(つづく)

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