提督閣下の護衛隊 (2)

ここまでのあらすじ:

 ピルクス一族との戦いに備え、リヒト一行はダーレスブルグ公国海軍司令官トリシェラ・マーストリヒ提督と共にトリシェラの故郷テイブリッジに向かっていた。

 ところが、乗っていた軍艦『イェリング』が突如発生した黒い渦に飲み込まれ、座礁してしまう。

 エディンの推測によれば<奈落の魔域>に入ってしまったのではないかという。

 脱出するためには<奈落の核>を砕かねばならない……ということでさっそく冒険に向かおうとすると、トリシェラも同行すると言って聞かず……



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「どういうつもりだ!?」


「まあまあ、落ち着けよ姫さん」


 エディンの首を締めんばかりに詰め寄ってきたトリシェラを、ゴードンが抑える。


「どういうつもり……とおっしゃられましても」


 得意の曖昧な笑顔で返すエディン。それがまたトリシェラの癪に障る。


「奴らが何者か、分かっていないわけではあるまい?」


「そりゃまあ、あの格好じゃねえ」


 いかにも、な連中の格好を思い出し、レヴィアは吹き出した。


 おそらく、50mほど向こうでも同様のやり取りが交わされているに違いなかった。





「なっ……!?」


 その女性が視界に入ると、トリシェラは思わず絶句した。

 20代前半のシャドウの女性。お互い直接の面識は無いが、相手だ。いや、双眼鏡越しになら顔を見たことがある。

 驚愕のあまり絶句したのは、向こうと向こうの護衛たちも同様だった。


「いやぁ!冒険者の方ですか!?」


 我に返った双方が武器を抜きかけた瞬間、向こうの護衛の一人である男が声を張り上げた。銀髪に褐色の肌のエルフ。いわゆる海エルフと呼ばれる種族の出身のようだ。


「わたくし、に護衛として仕えるカーライルと申します!実は、船が妙な渦に巻き込まれて遭難してしまいまして!!」


 カーライルは誰にも口を挟ませぬ勢いでまくし立てたため、皆毒気を抜かれて声も出なかった。


「なるほど……」


 エディンはにこやかに答えた。


「僕はエディン・ティレルと申します。我々はこちらのに雇われている冒険者です。ここに来た経緯はそちらとほぼ同じく、ですね」


「僕はテルミナのリヒト・ヘルシェルです」


「……!」


 エディンに続いてリヒトが自己紹介すると相手側に緊張が走る。唯一、カーライルは変わらずにこやかに応じた。


「なんと!あなたがあの……?」


「あたしはラルヴァのレヴィア・シューマッハよ。この子がリヒトって証拠、見てみる?」


 後ろから抱き締められたリヒトは、ちょっと嫌そうな顔をした。バジリスクウィークリングである彼の、眼帯で隠された片目はもう片方に比べて大きい。予備知識があったとしても、見慣れない者はぎょっとするに違いなかった。


「あ、いえいえそのようなことは」


 カーライルは手をひらひらさせて言った。


「ところで、冒険者殿……であれば現在の我々の状況について何か御存知では?」


「ええ、そのことなのですが……」


 言いかけて、がしっ!と肩を強い力で握りしめられて、エディンはうめいた。


「すまない、ちょっと向こうでこいつと相談したいのだが」


 トリシェラは引きつった笑顔を相手に向けた。


「ええ、わたくしもこの者と相談したいので、どうぞ」


 シャドウの女性は笑顔で返したが、こちらのこめかみにも青筋が浮いていた。





「僕の見る限り、戦力は双方互角ですねぇ。船の方の戦力まで入れると分かりませんが」


「だから奴らと手を結べというのか!?」


 苛立たしげに迫るトリシェラに対し、エディンはにこやかに問いかけた。


「では、どうなさるおつもりですか?」


「む……それは」


「ここでやり合って消耗するつもりー?」


「勝ったとしても、その後でこの島を脱出するだけの力が残っとるかね」


 レヴィアとゴードンが口々に言った。


「しかし……不意に裏切るかもしれん」


「彼女たちアレスタの海賊は誇り高いことで知られています。一度交わした約定を違えはしないと思いますよ」


「とは言え、な……」


 トリシェラは口ごもりつつ、リヒトとレヴィアを見た。


「……相手がバルバロスならば話は別、ということですか?」


 セシルが言うと、トリシェラはうなずいた。


「奴らは誇り高いかも知れないが、それは蛮族の海賊と長年戦い続けてきたという自負による。蛮族相手なら約定など守らなくて良し、と考えるかもしれん」


「へー、、言っちゃうんだ?」


 レヴィアがニヤリと皮肉った。ダルクレムは正面から敵を叩き潰すことを賞賛するが、勝つためならば卑怯な手段も否定はしない。


「ふん。所詮は、奴ら自身がどう思うかだ」


 基本的に、人族にとって蛮族というのは不倶戴天の仇敵である。そういう意味ではテルミナの人族こそ(ラクシアの人族から見れば)非常識と言えるだろう。


「まあ、確かにそうではありますが……その時はその時、では?」


「そうなる、わな?」


 エディンとゴードンが含みのある笑みを浮かべると、トリシェラは腕組みをした。


「……任せる。しかし決して警戒を怠るな」


「御意」





「そちらも御相談はまとまりましたか?」


「ええ」


 両陣営の胡散臭い男が二人、笑顔で声を交わす。他の者たちは、二人を挟んでそれぞれ少し離れた場所に居た。


「実はですね……」


 エディンが自分たちは<奈落の魔域シャロウアビス>に巻き込まれたらしいと話すと、カーライルは訳知り顔でうなずく。


「やはり<奈落の魔域>ですか……厄介ですね」


「我々はザクソン海で遭難したのですが」


「!……ええ、我々もザクソン海です」カーライルは、エディンにだけ聞こえるよう小声で言った。


「……では、いきましょうか」


「お願いします」


 二人は顔を見合わせ、苦笑いした。

 複数の場所から入れる<奈落の魔域>など聞いたことがない。とは言え、テラスティア大陸において<奈落の魔域>に関する研究は少なく(そもそも発生自体が希少)、本場のアルフレイム大陸から手に入る文献も少ない。複数の場所に出入り口がある<奈落の魔域>があり得ないとは言い切れない。


「ともあれ、まずは<奈落の核アビスコア>を探しだし、砕かねばいけませんね。如何でしょう?ここは協力いたしませんか」


「もちろんです」


 カーライルの提案に、エディンは一も二もなく同意した。


「……よろしいのですか?」


 カーライルは、『シェラお嬢様』に無断で大丈夫か?と訊ねている。


「前もってお許しを得ています。そちらの方が大変だったのでは?」


「ええ、まあ……」


 カーライルは頬をぽりぽりとかいて言った。


「お互い、苦労しますね」


「いえいえ」


 腹黒男同士、談合の成立であった。

 




「【ファイアーボール】!」


 セシルの放った火炎球が、ボガードの兵士トルーパーたちの中心で炸裂する。

 セシルは≪魔法制御≫を持っていないので、【ファイアーボール】を使えるのは最初の一回切りだ。ゴードンはダークドワーフのため、炎属性のダメージは無効化できないので巻き添えになってしまう。

 一瞬遅れて、カーライルの【ファイアーボール】も炸裂。二度の爆炎に包まれ、さすがのトルーパーたちもうめき声を上げる。


「やろ……こほん、皆さん、お願いしますわ!」


 『ルネ』の号令に従い、ルネ側の戦士たちがボガードに斬りかかった。


「負けていられないぞ!こちらもかかれ!!」


 シェラお嬢様ことトリシェラが対抗心を燃やし、先頭で斬り込む。


「あいよ」


 俺が盾になるほどでもなさそうだが、とゴードンは苦笑いしてトリシェラに続く。火炎球二連発とルネ側の海z……もとい戦士の突撃で勝負の大勢はついていた。


 



 ボガードトルーパーたちは降伏することなく全滅した。死体から戦利品を剥ぎ取ると、エディンが略式で葬送を行う。クスの神官に葬られるなど本人たちとしては不本意だろうが、放置しておくとアンデッドになりかねない。


「……よろしかったんですの?」


 振り向くと、声の主は『ルネ』だった。彼女はエディンを試すような口ぶりで三つの目でじっと見つめてくる。

 

「相手がバルバロスでも必ず和解できる……などと考えるほど我々もおめでたくはありませんよ」


 特に妖魔の類は、とエディンは言う。彼らに仲間意識や友情、ましてや忠誠心の類は期待できない。彼らが上級バルバロスやボガードに従うのは、単に逆らえば痛い目に遭わされるからだ。

 逆に言えば相手が人族でも圧倒的な力を見せつけてやれば媚びを売ってくる。しかし、隙を見せればいつでも逃げたり寝返ったりする。今のような状況下で離反の可能性を織り込みつつ連れ回すのは負担が多すぎる。

 ボガードは別の意味で性質が悪かった。少なくとも、人族相手であれば死ぬまで戦い続けることがほとんどだ。


「……それでも、あなた方の気が知れませんわ。蛮族は敵ですのよ」


?」


 『ルネ』=ドルネシアはぎろりとエディンを睨んだ。互いに愛情は皆無だった夫、今となってはアンデッドの軍団を作ろうとした企みを機に事実上敵対関係となったクーデリア侯爵カデルの事を当てこすっているのだろう。


「人族にも悪党はいますわ」


 言ってしまってから、罠にかけられた事に気づいてドルネシアはばつの悪そうな顔をした。今の台詞は、容易に反転できるものだ。


「『ルネ』さん。エディン先生。そろそろ出発しましょう」


「ええ」


 リヒトに答えると、エディンはドルネシアに向き直った。

 

「彼はとてもいい子なんですよ。貴女にも、それを分かって頂けるとうれしいのですが」


「あーらティレル先生。あたしは?」


 リヒトをぬいぐるみのごとく抱き寄せながら、レヴィアが言った。


「そうですねえ……ノーコメントで」


「なんだとーう?」レヴィアが肘鉄を入れる。


 人間と二人のバルバロスがじゃれる様子を、ドルネシアは複雑な表情で見つめていた。




(つづく)

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