リヒト編 その4 提督閣下の護衛隊 大陸新暦308年7月

提督閣下の護衛隊 (1)

ここまでのあらすじ:

 漆黒の砂漠の地下には、大破局期に人間にアリを合成して生み出された種族、ピルクスの民が生き延びていた。

 ピルクス一族の2代目女王グレースは、漆黒の砂漠への人族の侵入に対抗すべくザルツ地方各地の蛮族と同盟を結ぶ。一方、グレースの妹セシルは一族を救うため敢えて反旗を翻し、テルミナのリヒト一行の元へ出奔。

 テルミナの仲介によってザルツ同盟によるピルクスへの降伏勧告が行われることになったが、リヒトの教育係のエディンは開戦は避けられないと見ていた。


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「やはり、2ヶ月後に開戦というのは悠長に過ぎると思うのだが」


 トリシェラが口を開くと、エディンは苦笑いをした。


 トリシェラ・マーストリヒはエディンの幼馴染みにして、ダーレスブルグ公国海軍司令官である。ダーレスブルグ西南の街テイブリッジを代々治めるテイブリッジ伯爵マーストリヒ家の一族で、母方よりダーレスブルグ公家の血も引いている。

 水色がかった長い銀髪に、意志の強さを示す鋭い目。均整のとれた長身を包む白い軍服を、豊かな胸がはち切れんばかりに押し上げている。

 幼馴染みという贔屓目を抜きにしても、エディンはダーレスブルグ屈指の美人だと思っている。なぜか相手の方では、その評価に満足していないらしいが。


 『陸に姫将軍マグダレーナ・イエイツがあれば、海には姫提督トリシェラ・マーストリヒがいる』


 ダーレスブルグがそう喧伝しないのは、彼女の唯一にして最大の問題点ー頭の角ーのせいだ。


「御存知の通り、軍隊が動くには時間がかかるものです」


 エディンは船室の壁に張られたダーレスブルグの地図を眺めつつ、言った。

 数人の冒険者であれば冒険者の店で依頼を請ければすぐにでも出発できるが、何百人、何千人を動かす軍隊ではそうはいかない。食糧はもちろんのこと、弓兵のためには矢、銃兵のためには弾。鎧や武器が壊れたときの替えも要るし、馬を始めとする騎獣を使うなら餌も要る。そして、それを運ぶ輸送部隊にも食糧や荷馬の餌が必要になる。


「それに、今回は北方の守りを維持したまま漆黒の砂漠に兵を移動させなくてはなりません」


「どうせ、北の連中は動かんだろう。申し訳程度に百人二百人も派遣すればまだいいほうだ。結局第四軍のイエイツ将軍が苦しい目に遭う」


 ダーレスブルグ軍の第一軍から第三軍までは北方開拓地を蛮族の襲撃から防衛するため、首都より遠く薄く広がってしまっていた。ここから兵力を引き抜くのは至難の業だ。


「でしょうね。ザルツ地方全域より冒険者を募り、戦力の補充を図るおつもりのようです」


 しかめっ面をしたトリシェラに対し、エディンは変わらぬ調子で答えた。


「それも、どれだけ集まることやらな……」


 トリシェラは席を立つと、しばらくその辺を歩き回り、ふと足を止めた。


「そういえば、イエイツ将軍にも会ったんだったな。どうだった」


 同年代の女軍人であちらは人気者、こちらは日陰者。その力量こそは認めてはいるが、マグダレーナにトリシェラが屈折した感情を抱いているのはエディンもよく知っていた。


「美人でしたよ」少し考え、付け足す。「


「ふん」


 トリシェラは幼馴染みの目の前までやってくると、両手を腰にあてて睨み付けた。


「何よりも、矢面に立つのは我がテイブリッジだ。こちらが動き出すまで相手がのんびり待っているとは思えんぞ」


「ええ。ですからこそ、こうして現地に向かっているわけです」


 7月27日。一行はテイブリッジに向けザクソン海を南下する軍艦『イェリング』に乗っていた。

 漆黒の砂漠に対して北部の最前線となるのは、“厩の街”テイブリッジ。牧畜を主要産業とし、馬を始めとする騎獣を数多くライダーギルドに供給している。騎獣の本場だけあって、軍馬の数を揃えることはできるかもしれない。だが、肝心の兵力が圧倒的に足りない。

 イエイツ将軍とて手をこまねいてはいないだろうが、テイブリッジが独自にできるだけのことはしておく必要がある。


「海軍にまともな陸戦隊がいれば、もう少しマシになったんだがな」


 以前に述べたとおり、ザルツ諸国では海軍は蔑ろにされている。レーゼルドーン大陸で戦うならグリュック大橋経由で兵を送ればいいからだ。


「ない物のことは今は忘れましょう。テルミナからは、冒険者だけでなくドゥームも融通できる見込みですから」


 エディンが幼馴染みの整った顔を見上げながら言いかけたとき。

 轟音と共にぐらり、と船室が傾いた。



「なっ!?」


「シェラ!」


 バランスを崩して転倒しそうになったトリシェラを、エディンが抱き止める形で倒れ込む。


「大丈夫ですか?」


「お、お前のほうこそ……」


 腕の中で赤面するトリシェラに対し、エディンはあくまでもエディンだった。


「いやぁ、ちょっと背中を打ったくらいですよ。問題ありません」


 口調こそ低姿勢だが、そのくせ『兄』としての態度は決して崩さない。


「ふん……ならいい」


 私だけ動揺するなんて不公平だ、と口から出そうになるのを飲み込み、トリシェラは身体を起こした。


「何が起こった?」


「暗礁にでもぶつかりましたかねぇ」


「この海域は我が海軍の庭だぞ」


 腕組みをしてトリシェラは言った。


「我が艦の乗組員は、慣れた航路で暗礁に引っかかるような間抜けではない」


「と、いうことは別の原因でしょうか。ともあれ、外に出てみますかね」


「ああ」


 トリシェラはうなずきかけたが、エディンの背中に触れた。


「本当に大丈夫なんだろうな」


「いたた……【キュア・ウーンズ】で治る程度ですよ」


 トリシェラは口をへの字に曲げた。


「私にも心配ぐらいさせろ」




 甲板に上がると、目と鼻の先に島が見える。どうやら、浅瀬に乗り上げてしまったようだ。


「こんな所に島だと?」


「この辺りにあれほどの大きさの島はなかったと思いますが……」


 二人が首をかしげていると、ゴードンやレヴィアが声をかけてきた。


「よォ、遅かったじゃないか」


「仕方ないわ。二人で中だったんだろうし」


「……何のことだ?」


「さー、何のことでしょう?」


 レヴィアがトリシェラを弄っている横で、リヒトがエディンの袖を引いた。


「黒い渦……」


「黒い渦、ですか?」


「艦を丸ごと飲み込むような巨大な渦が、艦の目の前に急に現れたんです」


 セシルが説明を補った。


「提督!御無事でしたか」


 声の主は艦長だった。彼が伴っているのは、艦の操舵手だ。

 操舵手は駆け寄ってくると、平身低頭で謝罪した。


「提督閣下、大変申し訳ございません!いきなり目の前に大きな黒い渦が現れまして、舵を取る間もなく……」 


「ふむ……黒い渦、か」


 リヒトを見やったあと、トリシェラはエディンに視線を移した。


「これがどういう現象か、心当たりはないか?」


「そうですね……おそらく、我々はおそらく<奈落の魔域シャロウアビス>に入ってしまったのではないかと」


「なに?」


 奈落の魔域とは、アルフレイム大陸北部に存在する異界への穴“奈落”によって生み出される奈落の欠片とも言える領域である。アルフレイム大陸では別に珍しくもない現象だが、テラスティア大陸ではごくまれにしか見られないものだ。


「ザルツ地方では、まあ数年に1度ぐらいの発生率でしょうか。しかし、妙ですね……」


「……何がだ?」


 考え込むエディンに対し、トリシェラが一同を代表して続きを促した。


「普通、奈落の魔域は数m程度の黒い球体として発生し、時間の経過に伴って拡大していくものです。ところが……」


 エディンはリヒトと操舵手たちを交互に見ながら、続けた。


「皆さんは突然艦を飲み込むほどの黒い渦が現れたとおっしゃる。これは通常の奈落の魔域とは発生の過程が違います」


 トリシェラは眉をひそめてかぶりを振った。


「考察は後でしてくれ。脱出は可能なのか?」


「奈落の魔域であれば、<奈落の核アビスコア>と呼ばれる黒い剣を模した結晶体があるはずです。これを破壊すれば、出口が開きます」


「その奈落の核とやらは、どこにあるんだ?」


「そりゃまあ、あそこだろうな」


 ゴードンが島を見やって言った。


「んじゃ、ちゃっちゃと片付けちゃいましょうか」


「うん」


 レヴィアの言葉にリヒトが同意すると、姫提督もうなずいた。


「いいだろう。さっそく行くぞ」


「て、提督!お待ちください!!」


 すっかり行く気になっているトリシェラを、艦長以下が必死に止める。


「なんだ」


「危のうございます!ここは冒険者殿にお任せを」


「ええ、お任せを」


 にこやかに同調するエディンを見ると、トリシェラは無性に腹が立った。


「私は仮にも騎士だぞ。お前たちより強い」


「とはおっしゃられましても。指揮官には指揮官にふさわしい立ち位置というのがあります。海軍司令官閣下」


 エディンはにこやかな笑みを崩さず言った。


「通常ならともかく、今の私には一隻しかない。前線指揮官も同然だろう」


 ならば前線に出て何が悪いとトリシェラは力説した。


「はぁ……」


「ま、いいんじゃない?足手まといなお姫様じゃないんだし」


「しかしですねぇ」


 レヴィアは渋るエディンの耳元に唇を寄せた。


「可愛い幼馴染みのお願いでしょー?」


 だからこそ危ない目には遭わせたくないんですがねぇ。


 エディンはため息をついた。




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前回からの冒険:3回分

漆黒砂漠の探検家(3):リリア・ナバロ救出作戦(出発からセシル一行との遭遇まで) 報酬3500G

地底王国の末姫(1)(2):リリア・ナバロ救出作戦(セシル一行との遭遇から帰還まで) -G

地底王国の末姫(3)(4):対ダーレスブルグ外交戦 報酬3000G


成長回数3回 経験点+4000点 報酬+6500G 名誉点+60点



★現在のステータス


【リヒト・ヘルシェル】 バジリスクウィークリング/男/15歳

<境界都市>テルミナの議長の息子。


HP:36 MP:27 ファイターLv6 ソーサラーLv3 エンハンサーLv1

魔力撃、防具習熟(非金属鎧)A、武器習熟(ソード)A



【レヴィア・シューマッハ】 ラルヴァ/女/18歳

リヒトの姉貴分。


HP:33 MP:29 シューターLv6 マギテックLv4 スカウトLv3

精密射撃、武器習熟A(ガン)、鷹の目



【セシル・ド・ラマルク・ラ・フォルトゥーナ】 ヴァルキリー/女/15歳

人造蛮族ピルクス一族の末姫。


HP:36 NP:50 ソーサラーLv6 プリースト(ライフォス)Lv2 セージLv4

魔法誘導、魔法拡大/数、魔法収束



【エディン・ティレル】 人間/男/22歳

リヒトのお目付役。


HP:36 MP:40 プリースト(クス)Lv6 セージLv4 ウォーリーダーLv3 アルケミストLv1

魔法誘導、魔法拡大/数、防具習熟(非金属鎧)A



【ゴードン・ゴーティエ】 ダークドワーフ/男/23歳

エディンの同僚兼悪友。


HP:50 MP:23 ファイターLv6 レンジャーLv4 エンハンサーLv3

かばうⅡ、防具習熟(金属鎧)A、頑強



【現在の依頼】 トリシェラの護衛および奈落の魔域からの脱出 成功報酬???G

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(つづく)

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