好都合な『真実』(5)
■ここまでのあらすじ
アンデッドの湧いてきた山は、かつて蛮族が神官に化けて村人を欺いた物語の舞台だった。
ロジェ一行は村に近づいてきたスケルトンの群れを撃破し、そのまま山に向かう。
坑道の中に足を踏み入れると、『ごめんなさい』と謝る声が聞こえてきた。
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「『ごめんなさい』……かな?何度も繰り返してる」
クロードが言った。
「何度も、か」
「子供の声みたいよね」
「つっても、生きてるわけじゃねえだろ?たぶん」
ヴィーヴが身も蓋もないことを言った。
「それはそうだが……」
少なくとも、リュアン村の子供がこの奥にいる、というのはあり得ない。アンデッドが村の近くまでやって来たことで村は数日前から厳戒態勢を敷いている。
蛮族か山賊あたりがよそから子供をさらってきた……という可能性もゼロではないが。
防衛陣地跡を越えて進むと、すぐに丁字路にぶつかった。
「左か右か……」
「声は左だが。どーするよ」
ヴィーヴが腕組みをした。
おそらく声の主は生者ではないだろう。レブナントかゴーストか。いずれにせよ、敵になる可能性は小さくない。
「万が一、ということもあるけど……待って」
トゥルーデが声を潜め、入口側に下がるように促した。
「わかる?この音」
『ごめんなさい』の間に何かがきしむような音がする。
「足音だな。たぶんガイコツだぜ。右から近づいてきてる」
ヴィーヴが囁いた。
「数は?」
「3体」
「なら、待ち伏せだな」
3人が頷いた。
3体ともただのスケルトンであったため、ヴィーヴの尻尾が往復するだけで十分だった。
「足跡は……右からも左からも来てるな」
改めて丁字路の床を見つめ、ヴィーヴがうなった。
「そういえば」
「なんだ?」
「物語では坑道の地図とかなかったの?」
トゥルーデの問いに、ロジェとクロードは「あ」と言って顔を見合わせた。
そもそも、村長に坑道の地図か、伝承でも残ってないか聞くべきだった。その辺を伝え忘れているとすれば村長側も手落ちだが、本職たる冒険者のほうがまず尋ねるべき事だ。
「んーっと……ぐるりと回廊になってたよね、にーちゃん」
「ああ」
二人は記憶をたどりながら地図を書いた。
丁字路はぐるりと一周する回廊の一部になっており、左側に行くと外側に礼拝堂と、倉庫が一つ。この倉庫はニセ神官たちが牢として使ったはずだ。逆に右側に行くと倉庫が二つ。
「さっきのスケルトンは回廊を巡回していたのかしら」
「たぶん、そうだな」
回廊を奥まで進むと、手前側に回廊に囲まれた広い部屋があり、ここに村人たちが寝起きしていたという。侵入者からは壁に守られているが、一番外に逃げ難い部屋とも言える。
奥側には、下の坑道に降りる昇降機があった。
「礼拝堂なぁ」
「鉱山として使用されていた頃から、鉱夫たちが寝起きしていたらしいからな」
「あら……そういえば、例のニセ神官って何の神の神官を詐称してたの?」
「ん……?」
「あれ……にーちゃん?」
ロジェはまたもクロードと顔を見合わせた。
「あー、ああ……ライフォス神だ」
ロジェには神というと、まずライフォス神という固定観念がある。
「まあいいさ。んじゃ、どっから行くよ?」
「礼拝堂、でいいんじゃない?」
「礼拝堂か……」
ロジェはひとりごちた。何か、嫌な予感がする。
「まずい?」
「……いや。礼拝堂にするか」
暗闇の中に、神々の像がぼんやりと浮かび上がった。
部屋の奥に並んで立っているのはライフォスにティダン、グレンダールの神像。グレンダールがいるのは、もともとここが鉱夫のものだったからだろうか。
「ほー、ホコリは積もってるが、立派な像じゃねえか」
「奴らはライフォス神の神官の振りをしていたからな。内心はどうあれ、傷つけるわけにはいかんだろう」
ロジェは冷めた声で言った。
「見て。この粘土板」
トゥルーデは壁に掛けられた大きな粘土板を指した。小さい字でびっしりと人名と年齢、その罪状が書かれている。
ロジェも魔動機文明語を読むことはできた。いくつかの文章を声に出して読んでみる。
『アルフォンソ、41歳。蛮族と内通』
『サラ、27歳。流言飛語』
『リック、6歳。食べ物を窃盗』
「処刑リストか……」
「6歳も……むごいことをするわね……あ」
視線を下にそらしたトゥルーデが、息を呑んだ。
「ねえ、この床の黒いしみってまさか……」
床に広がる黒い影を見たロジェは、顔をしかめた。
「……血痕か」
「胸くそわりィな。とっとと次の部屋に行こうぜ」
「そうするか……行くぞ、クロード」
「にーちゃん、ちょっと待って」
「どうした?」
クロードは、明かりを片手に小さな机の中を探っていた。形からして、神官が説教をするための講壇だろうか。
「紙片があったよ」
クロードが紙片に書かれていた文を読んだ。
『神よ、再び私に語りかけてくださったことに感謝します』
「『再び』?」
「『再び』ってどういうことかしら」
「ライフォスじゃねえよなァ……」
「当たり前だ」
ムッとした声でロジェは言った。ライフォス神が蛮族に語りかけるなどあり得ない。
「まあ、その文を書いたのがニセ神官と決まったわけじゃねえし、語りかけたのはダルクレムかもしれないしな」
「ダルクレム相手とは言え、オーガがしおらしく感謝なんてするかしら」
「……」
さっきからロジェの胸の内を渦巻いている嫌な予感が、膨らみ始めていた。それだけではない。
何とも忌まわしい、別の可能性を思いついてしまったのだ。
紙片と粘土板の文字の筆跡は、似ていた。
「にーちゃん?」
顔を上げると、クロードが心配そうに見ている。
「ん、ああ……次の部屋に行こう」
隣の部屋に足を踏み入れると、ようやく謎の声の正体が姿を現した。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
部屋の入り口の辺りには、牢のオリを形成していたのだろうか、腐り果てた木片が散在している。
奥の方に、しゃがみこんでいる半透明の子供がいる。
「ゴースト……ね」
子供はロジェたちに気がつくと、うずくまって謝罪を繰り返した。
「しさいさま……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「『司祭様』、だって」
「司祭様?」
トゥルーデがロジェを促した。
「僕はまだ侍祭ですらないぞ」
実は、神官技能は職業としての神官には必須ではない。どんなに信仰しても、熱心に修行をしても神の声が聞けるとは限らないのだ。
それに、神官の仕事は神聖魔法を使うだけではない。神聖魔法を使えなくても、説教が得意な神官は神殿に取ってありがたい存在だし、ヒトの集団である以上は組織の管理や運営に優れた人材も必要だ。
とはいえ、やはり神への信仰を促すのには一番の現世利益たる神聖魔法は重要である。そのため、神官技能に優れていれば、特に問題のない限り職業としての神官の役職も昇進していく。ロジェはまだ平の神官だ。
「細かい事でしょ」
「お前だってエルピュセの神官だろう」
「あなたはライフォスの神官でしょ」
腰に手を当てて、トゥルーデは言った。
「だよなァ」
ヴィーヴが追い打ちをかける。
「む……僕にどうしろって言うんだ」
「神官でしょ。罪の告白を聞いて、許しを与えるの」
トゥルーデにぐいぐい押しやられて、ロジェはしかたなく幽霊の少年の前に出る。
「クロード、訳してくれ」
「うん」
ロジェは、あえてしかめっ面をして少年に言った。
「あなたの罪を告白しなさい」
「おなかがすいて……食べものをぬすみました」
ロジェの脳裏に、さっきの粘土板が浮かぶ。
「あなたは……リック君でしたね」
「はい……」
「罪を悔い、ライフォス神に祈りなさい」
「ライフォスさま……おゆるしください」
少年が祈りを捧げると、ロジェは表情を和らげた。
「よろしい。あなたの罪は許されました」
「しさいさま……ありがとうございます」
少年のゴーストは、淡く光りながら消えていく。
「……」
ヴィーヴすら、茶化すこともなく。
4人は、しばらく黙祷した。
右側奥の倉庫には、いくつかの箱に武器や防具が残されていた。
「よーし、頂いていこうぜ」
さっそく運び出そうとするヴィーヴを、ロジェが小突く。
「後にしろ」
右側手前の倉庫に入ると、こちらにはほとんど何も残されていなかった。
「なんでここは空っぽなんだ?」
「ここが食糧倉庫だったんじゃない?」
ここにあったのが食糧ならば、ほぼ腐ってなくなってしまったのだろう。
あるいは、騎士が踏み込んだ頃にはほとんど尽きていたのか。
「あれ?なんだろうこれ」
クロードが拾い上げたのは、小さな金属の箱。
「これって、缶詰……じゃない?」
魔動機文明時代には盛んに生産された保存食である。現在でも、一部の地域では生産されているらしいが。
「中身入ってるか?食えるかな?」
「やめとけ」
ロジェはちょっと考えて、付け加えた。
「さっきの子供に、供えてやろう」
中央の村人の部屋には、あまり見るべきモノはなかった。
気になるものがあるとすれば、壁に張り出されたライフォスの格言くらいか。
「ずいぶん、念の入った演技ね」
「……そうだな」
忌まわしい別の可能性。それは。
実は、演技ではないのではないか。
昇降機のドアを開けた途端に鉢合わせしたスケルトン2体と弓兵1体を退けた。
「元凶がいるとしたら、この奥ね……」
「こいつを壊しちまえばいいんじゃねえか?」
ドアの横にある、操作盤らしいものを指で弾いて、ヴィーヴが言った。
「……お前な」
「冗談だよ」
「まあ、上がってこれなくなるのは確かだけどね。一応、解決じゃない?」
トゥルーデはくすくすと笑った。
「……」
ヴィーヴの軽口に呆れつつも、ロジェはちょっとだけ心を動かされてしまった。
この先に進まなければ、忌まわしい真実にたどり着かずに済む。
「にーちゃん?」
「あら、本気にしちゃう?」
「……まさか」
ロジェは頭を振った。
「仕事は終わっていない。とっとと片付けるぞ」
昇降機が降りて行った先、坑道の奥。ガイコツの足跡をたどると、元凶にたどり着くのは容易だった。
禍々しい杖を持った男。男のまとうローブは大きく切り裂かれており、胸から腹にかけて大きな傷が露出している。
この男がニセ神官なのか。
男は、目を血走らせて杖を構えた。
「おのれ……蛮族共め」
「あのなー、もう猿芝居はしなくていいんだぜ。アンデッドになってまで御苦労なこった」
ヴィーヴは肩をすくめた。
「オーガならば……」
ロジェは、言いかけて黙りこんだ。
「あ?」
「……オーガならば、死ぬと正体を現すはずよね」
「おい、それって」
「……どういうこと?」
ヴィーヴとクロードが首をかしげるなか、ロジェは口を開いた。
「あなたは本当にライフォスの神官なのか?」
「ライフォス神は、再び私に語りかけてくださったのだ!!蛮族を倒すため、死者に力を借りよと」
男が杖を振るうと、辺りのガイコツが起き上がる。
「それ絶対ライフォスじゃないわ」
「我が神を侮辱するか、許さん!」
男は金切り声を上げると、両手を前に出す。ガイコツたちが一斉に突っ込んできた。
「あの杖が厄介だな」
周りには他にも白骨死体が散乱している。死体がある限りスケルトンを立ち上がらせ続けたりされたらたまらない。
「俺が道を空けてやる!切り込め!!」
ヴィーヴがガイコツに尻尾をたたきつける。ロジェはガイコツが崩れ落ちた間隙を縫って神官の杖に切りつけた。
『ぎいっ』
「しゃべった?」
「こいつ、魔剣か!」
『ま、待てよ、俺は』
「クロード!」
ロジェの呼びかけに応じ、クロードが容赦なく銃弾を放った。
『聞けよ、俺を使えばアンデッドを』
「おのれ、蛮族ども、私は決して屈しないぞ!」
杖の声が聞こえているのかいないのか、神官は杖を振りかざす。
「【フォース】!」
しかし、神官の手から気弾は出なかった。レブナントは魔法は使えない。
「いい加減黙りやがれ!」
ヴィーヴが尻尾をたたきつけ、さらにロジェとクロードが追い討ちをかけると、杖はついにへし折れた。
杖を失ったレブナントはあっけなく崩れ落ちた。
「……そういうことだったか」
神官がいた場所より少し奥の部屋。机の中に彼の手帳が入っていた。
「あの男は長引く坑道への籠城生活で精神を病み、とうとう村人を粛清するに至ったらしい」
手帳には、『神よ、何故私に語りかけてくださらないのですか!』と神官の苦悶の叫びが記されている。
「村人の死体を食べてたってのも、その延長?」
「飢え故にやむを得ない……ということらしいな」
「んで、あの杖はどうしたんだ」
「倉庫の中で偶然見つけたらしい」
ロジェは額に手をやった。
「奴の精神状態からして、神の声に聞こえたとしてもおかしくはない……か」
「それで」
「なんだ?」
「報告はどうする?」
ロジェは難しい顔で黙り込んだ。
冒険者は冒険者ギルドに依頼の結果を報告しなければならない……と言っても、通常は依頼人に依頼終了と一筆書いてもらえばそれで終わりだが。今回のような場合、正直に真相を報告すべきか否か。
「見たままのことを報告する」
「いいの?」
ロジェはトゥルーデの顔をまじまじと見た。
「どういう意味だ」
「報告したら、ライフォス神殿が困るんじゃない」
「……」
ニセの神官ではなく、本物のライフォス神官がこのような事をしでかしたとなれば。大昔のこととは言え、神殿の威信は傷つくだろう。
「報告しなくても、誰も困らない。あえて言えば、蛮族に濡れ衣がかかったままだけど」
オーガにしてみれば、人に化けて人族を欺くというのはまさしく彼らの面目躍如というところ。むしろ、手柄を抹消しようとしていると言われるかもしれない。
『君は君に都合のいい真実を信じていればいいんだよ』
嫌な奴の声が、頭に響く。
たしかに、都合のいい真実を信じていたほうが、楽なのだろう。だが。
「いや、報告する」
トゥルーデは呆気に取られていたが、やがてくすくすと笑い出す。
「聖戦士になれなくても知らないわよ」
「ふん。その時はその時だ」
ロジェは傲然と胸を張った。
(次の話につづく)
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