好都合な『真実』(4)

■ここまでのあらすじ

 ロジェたちはリカントの少女トゥルーデと共にアンデッド退治の依頼を請け負った。

 ロジェは道中の宿場街ミアンディルで酔っ払い同士のケンカを仲裁しようとするが、見事に双方を敵に回す。

 トゥルーデは「あなた、正しくあろうとしすぎなのよ」とロジェに苦言を呈したのだった。


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 リュアン村には予定通り翌日の昼前に着いた。

 村の入り口に銃を持った猟師らしい男性が二人立ち、見張り台に上っている村人はせわしなく周囲を見回している。


「ふーん、ずいぶん緊張してやがんなァ」

 ヴィーヴが顎に手をやりながら、言った。

「主に果樹などの畑作や養蜂を営むのどかな山村……と聞いていたが」

 ロジェが答えた。


「誰だ!」

 近づいていくと、さっそく誰何を受けた。

「アンデッド退治の依頼を請けた冒険者です」 

「冒険者?」

 こんな子供が?と言わんばかりの態度に、ロジェは内心ムッとした。

「冒険者だぜ?」

 リルドラケンのヴィーヴの姿を見ると、猟師たちは納得したようだった。

 種族の成長度合いからすると、彼が一番『幼い』のだが。

 そういえば……とロジェがトゥルーデの方に視線を移すと。

「ご心配なく」

 リカントの少女は、きちんとフードで狼の耳を隠していた。

「冒険者の貴方ですら、誤解するものね?」

「む……」

 トゥルーデはくすりと笑った。根に持っているわけではないらしい。



「おお、もう来てくださったのか!」

 冒険者の到着を聞くなり、文字通りすっ飛んできた村長は50歳過ぎの男性だった。

「いや、実にありがたい!」

 ロジェの両手を握りしめんばかりに感謝の意を示す村長の様子を見て、トゥルーデが耳打ちしてくる。

「急いで良かったわね」

「……たまたまだ」

 褒めているのか揶揄しているのか判断しかねたロジェは、村長に声をかけた。

「事態は切迫しているのですか?」

「その通りです。ガイコツがいよいよ村にやってくるようになりましてな。おっと」

 村長は恥ずかしそうに頭をかいた。

「どんな話であれ、外で立ち話では失礼ですな。どうぞこちらへ」

 村長に促され、一行は村の中央にある村長の家に入った。

 


 村長の話を聞いたトゥルーデが、手帳にここまでの経緯をまとめた。


 1日目  大雨でクフター山に土砂崩れが起きる。

 2日目朝 クフター山に行った猟師たちがガイコツ1体に遭遇、倒す。この時に土砂崩れで洞窟が露出しているのを確認。

 4日目昼 クフター山に行った猟師たちがガイコツ2体に遭遇、倒す。

 その後、次第に出現するガイコツの数が増える。


 9日目夜 村の寄り合いで冒険者へ依頼を出す事に決定。

 10日目朝 宿場町ミアンディルに向けて使者が出発。

 11日目朝 ミアンディルの冒険者ギルド出張所が依頼を受理。

 11日目昼 ギルド出張所、王都ディルクールに依頼文を送付。

 12日目昼 王都ディルクールの冒険者ギルド事務所に依頼文が到着。村の周辺にガイコツが出没するようになる。

 12日目夕 ギルド事務所、『紅い卵』亭に依頼を割り振り。

 13日目朝 『紅い卵』亭に依頼文が届く。

 13日目昼 ロジェ一党が『紅い卵』亭で依頼を請ける。

 14日目昼 ロジェ一党、リュアン村に到着。



「依頼を出した時点では、そこまで心配する状況でもなかったんですね」

「ええ、クフター山には徒歩で3時間ほどかかりますので」

 緊急の依頼なら、ギルドは早馬や伝書鳩も使ってもっと早く届けるはずだ。

「それでこのクフター……ん?クフター山……?」

 その名はロジェの記憶のどこかに、引っかかる名前だった。


「にーちゃん。『クフタ山のニセ神官』じゃない?」

 クロードが指摘した。

「ああ……それだな」

「あん?」

「何?それ」

 ヴィーヴとトゥルーデは怪訝な顔をした。

「昔話だ。フェンディル王国の子供なら、まず親から聞いている話だよ」

「ほー。じゃあうちの親は知らねえかもなァ」

 ヴィーヴの両親は二人とも他国から流れてきたので、知らないのも無理はない。

「興味あるわ。聞かせてくれる?」

「ああ。おそらく今回の件にも関係あるかもしれないからな」

 ロジェはヴィーヴのほうをちらと見た。

「そう長い話ではないから、寝るなよ」

 釘を刺すと、ロジェは話し始めた。




 時はまさに大破局の直後。

 フェンディル王国のある村を神官と従者が訪れた。

『蛮族の軍勢が迫っています。早く身を隠しましょう』

 神官の勧めによって、村人達は近くのクフタ山の鉱山坑道に身を隠した。

 鉱山坑道の生活は快適とは言いがたかったが、最初の内は平穏な暮らしを送っていた。

 ところが、神官は次第に気難しく神経質になり、些細な事で村人を処罰するようになった。その処罰も次第にエスカレートしていき、ついには毎日のように公開処刑を始めた。

 村人達はさすがにやり過ぎではないかと内心思っていたが、自分たちを守ってくれている神官たちに何も言えなかった。


 事態が動いたのは、配給が減って腹を空かせた少年が、神官の部屋に忍び込んだ時だった。

 少年は見てしまった。

 神官と従者が、処刑した村人の遺体を貪り喰っていたのを。

 奴らは神官などではなかった。オーガが神官に化けていたのだ。


 見つかってしまい、坑道を必死で逃げ出した少年が外に出ると、たまたま周辺を偵察していた女騎士の一行に助けられた。

 女騎士一行は坑道に乗り込み、神官を斬り伏せたものの、従者達は坑道の奥に逃げ込んでしまう。

 ちょうどその時、大破局の地震の余震が起こる。女騎士たちが村人を連れて坑道を脱出すると、坑道は落盤により塞がれてしまった……



「いやはや、その村人たちがわしらの先祖でございます!」

 村長は感極まって叫んだ。

「それって、史実なの?」

 首をかしげるトゥルーデに、ロジェはうなずいた。

「ああ。ライフォス神殿ではそう教えている。ニセ神官を倒した女騎士というのが、ダーレスブルグのテイブリッジ伯爵家の開祖だそうだ。まあ、ある程度物語としての脚色はあるだろうがな」

「脚色?」

「例えば、逃げた子供が偶然通りすがりの騎士に助けられるというのは出来すぎている気がする。実際には、脱出したのは子供ではなく、若者が近くの健在な街に

助けを求めに行き、そこにいた女騎士が討伐に向かった……というようなところではないか」

「ふうん。んじゃ、洞窟から出てきたらしいガイコツってのは……」

「……その時殺された村人の遺骸かな」

 沈んだ声で、クロード。

「そうなりましょうな……あ、いやしかし」

 村長が視線をさまよわせた。

「アンデッドにされたままよりも、元通りの骨に還して眠らせてあげるべきよ」

「んー、まあ、死んだ後に自分の骨がスケルトンにされたんじゃ死にきれねえだろうな」

 人族にとって、アンデッドは蛮族や魔神に匹敵するほど忌まわしい存在である。

 

「村長!ガイコツだ!!」

 振り向くと、村人が息を切らせながら膝を突いていた。全力で走ってきたのだろう。

「へっ、さっそく仕事だな」

 ヴィーヴが素早く腰を上げた。

「にーちゃん」

「行きましょ」

「ああ」

「……頼みます」

 村長の声を背に、ロジェ一行は走り出す。



 村に接近するガイコツは9体。隊列を組んでいるわけではないが大まかに言って二つのグループに分かれており、一方が他方の後方10mぐらいのところにいる。

「多いな……」

「所詮スケルトンだろ?1体だろうが10体だろうが変わりゃしねえよ」

「待って」

 さっそく突っ込もうとするヴィーヴを、トゥルーデが止めた。

「何だよ嬢ちゃん」

「アレを見て」

 トゥルーデが指を指す先、ガイコツたちの中には弓を持っている者がいる。前方グループに1体、後方グループに2体。合わせて3体。

「あれは弓兵。只のスケルトンじゃないわ。気をつけて」

「マジか」

「ああ。只のスケルトンの倍近く耐久力があるぞ」

 ロジェが肯定すると、ヴィーヴは肩をすくめた。

「そいつは厄介だな」

「私は【フィールド・プロテクション】でいいわね」

「ああ、頼む」



 前方グループが15mの距離まで近づいたとき、トゥルーデが【フィールド・プロテクション】をかけた。4人を淡い防護の光が覆う。


「ありがとよ!さっそく行くぜ!!」

 ヴィーヴは敵の前方グループに猛然と駆け寄った。

「うるァ!」

≪テイルスイング≫でヴィーヴの尾が鞭のようにしなり、スケルトン達を打ち据えた。

「もういっちょォ!!」

≪追加攻撃≫で再び尾が一閃し、普通のスケルトンたちはばらばらと崩れ落ちる。


 作者註:2.0ルールでは尻尾が「1H#」武器だったために≪追加攻撃≫で尻尾による≪テイルスイング≫が2回行えましたが、2.5では「2H」武器になったため≪追加攻撃≫で尻尾は使えなくなりました。また、宣言特技が1回分にしか乗らなくなっており、≪テイルスイング≫自体も習得可能時点では少し弱体化しています。5体まで同時攻撃可能はやはり強すぎる、との判断でしょうか。


 続いて、クロードが弓兵に引き金を引いた。グラリ、と弓兵はふらついたが、まだ倒れない。

「にーちゃん、ごめん」

「いや、十分だ!」

 ロジェの斬撃が1体目の弓兵にとどめを刺した。


 前衛が全滅したが、後衛の4体は怯むことなく戦闘を続行する。

 いや、そもそもそんな思考能力は残ってなかったか。

 スケルトンの棍棒をかわしながら、ロジェはそう思った。

「うっ!?」

「ぐっ!」

 弓兵2体が後ろから矢を放った。ロジェのほうはかろうじてかわしたが、リルドラケンが顔をしかめる。

「ヴィーヴ!」

「かすり傷だこんなもん!」

 ヴィーヴの尻尾が再びうなる。今度は1体がぎりぎり立っていたのを、ロジェが始末する。

「肝心なのが2体残ったか……」

「問題ないわ。押し込みましょう」

 魔法の射程が足りないため、トゥルーデが前に出た。クロードの方はと言うと、射程が充分あるのでそのまま弓兵を撃つ。



 ロジェとヴィーヴがさらに手傷を負ったものの、スケルトンの群れは壊滅した。

「大丈夫?」

「ああ。これくらいなんてこと無い。自分で治せる」

 トゥルーデに声をかけられたロジェは、よせばいいのに余計な一言を添える。

「僕は一度に複数の対象に神聖魔法を使えない。お前が温存しておくべきだろう」

「それはどうも」

 トゥルーデは冷ややかに言った。ヴィーヴとクロードがため息をつく。

「んで、どうするよ?」

「このまま行こう。村長殿、クフタ山はスケルトンが来た方向ですか?」

「ええ。山道が続いておりますので、道なりに進んでくだされば」



「にーちゃん、見えてきたよ」

 クロードが指さす先に、山肌に黒い穴が口を開けている。

「スケルトンはいるか?」

「見える限りではいねえな……」

 周囲を警戒しながら、ヴィーヴ。

「まあ、中にはまだいるだろうが」

「かもな……みんな馬を下りろ」

 ロジェは馬を彫像にすると、坑道跡に足を踏み入れた。


 緩やかな下り坂をしばらく進むと、クロードの持つ【フラッシュライト】が何者かを照らし出した。

 金属的な光沢を持つ箱のような塊が二つ三つ。

「ありゃなんだ?」

「ドゥーム類の残骸かな……」

 クロードが首をかしげた。

「土嚢みたいなものもあるわね」

「侵攻を防ぐための陣地か」

 クロードに照らしてもらって、ロジェとトゥルーデが残骸を調べる。

「たぶん、掘削用の装置を改造してガンを据え付けたのね」

「それが壊れていると言うことは……」

 戦闘があった、と言うことか。

 それもおそらく、皮肉にも蛮族ではない相手に向けられた結果、破壊されたものだろう。


 一人奥の方を警戒していたヴィーヴが、低い声を上げた。

「おい」

「どうした、ヴィーヴ」

「何か聞こえないか?」

 耳を澄ましてみると、すすり泣くような声が聞こえる。

「何か言ってやがんな」

「魔動機文明語かしら」

 声の主が大破局時代の人族とすれば、魔動機文明語になるだろうか。


 唯一魔動機文明語の会話を解するクロードが、耳を澄ます。

「『ごめんなさい』……かな?何度も繰り返してる」

「何度も、か」



(つづく)

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