好都合な『真実』(3)

■ここまでのあらすじ

ロジェは幼馴染のヴィーヴ、クロードと久々に冒険に行くことにした。

階下の冒険者の店に降りてくると、獣耳の少女(トゥルーデ)を見かける。

蛮族のライカンスロープと勘違いするが、彼女は人族のリカントであった。

謝罪するロジェに対し、貸し一つだと言うトゥルーデ。

店主はそれならちょうどよかったと言う。彼女と依頼の話をしていたのだ。


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 トゥルーデの自己紹介にうなずくと、ロジェは『紅い卵』亭の店主に向き直った。

「それで、どういう依頼なんだ。店主殿?」

「アンデッド退治だね」

 リルドラケンの店主、メルジーヌは手元のフェンディル王国の地図の一点を指さした。

「宿場町のミアンディルから側道に徒歩1日のリュアン村ってところだよ」

「オッド山脈の北端か」

 ロジェは腕組みをした。さらに南に下がると<バルバロスの顎>という危険な洞窟地帯が存在するが、この辺りは帝都ルキスラからアルドレアを経由してフェンディル王都ディルクールに続く主要街道に近く、比較的危険度は低い。

「王都からミアンディルまで徒歩1日だから、徒歩2日ってところね」

 トゥルーデが口を挟んだ。

「二週間ほど前、近くの山で土砂崩れがあったあと、露出した洞窟からガイコツが出るようになったんですって」

「生き埋めになっていた死人がアンデッドとして蘇ったというところか……」


 アンデッド。蛮族や魔神に並ぶ人族の脅威の一つである。

 きちんと埋葬されなかった死体がスケルトンやゾンビとなったり、未練を持ったまま死んだ者の霊がゴーストなどの怨霊になる。蘇生を繰り返して穢れが溜まりすぎた場合は、レブナントというアンデッドになってしまう。

 蛮族の中にはアンデッドを操霊魔法で作り出して使役する者もいる。人族でもできないことはない(魔術師ギルドはスケルトンの材料程度なら販売している)が、基本的にアンデッドの使役は犯罪である。墓を暴いて材料を調達すれば、なおさらだ。

 蛮族も、同胞の死体だけは火葬などの処分をきちんと行う。元々穢れの強い彼らの死体は人族よりもアンデッドになりやすいからだ。

 もっとも、アンデッドにも弱点がある。穢れの塊であるため、<守りの剣>の範囲内ではまともに動けず、侵入することもできない。

 <守りの剣>を持たない村にとっては、関係のない話ではあるが。


「でもよ、お袋。ただのスケルトンなら、村人にも対処できるだろ」

 近くにあった椅子に腰掛けて、ヴィーヴが言った。

 蛮族に限らず、人族に対する脅威の多いこのラクシアでは、村と言えども全く自衛力がないわけではない。森や山に入る狩人は自衛できなければお話にならないし、

食べ物を盗みに来たゴブリン2、3匹程度ならば村人が集まれば撃退できる。だが、自衛にも限度があった。

「倒しても倒しても出てくるらしくてね」

「それだけたくさんの死体があるのか……」

「誰かが作り出してる?」

 クロードが首をかしげると、店主が応じた。

「作り出している奴がいると厄介だね。作り出せるならお前さんたちより格上だ。ただ……」

 普通、操霊魔法で作るアンデッドは1日しか持続しないし、直接命令できるのも1体限りである。

 

「何体もわらわら引き続き出てくるってことは、自然発生か魔剣か何かの影響かもしれないね」

「ふむ……」

「お袋、報酬はどんくらいだよ」

「一人1500Gだね」

「相場通りだな」

 貧しい村や一個人では冒険者を雇えるような報酬を支払えないのではないか、と心配する向きもあるかもしれない。

 しかし冒険者の店や冒険者ギルドでは、そのような依頼主に対して依頼料を立て替える制度があるのだ。むろん国家や領主、金持ちからの依頼はきっちり仲介料を取るし、冒険者が遺跡や魔物から得た戦利品を買い取って転売することで冒険者の店は利益を得ている。国家としても、例えばゴブリン退治のように『放置してはおけないが、軍をいちいち動員するわけにもいかない』案件には冒険者に頼るほかないので、インフラ整備の一環として冒険者の店を支援している場合もある。



「僕は構わないが、どうする?」

 ロジェは背後の二人に聞いた。

「いいぜ」

「うん!」

 幼馴染二人が即答した。

「じゃあ、決まりね。すぐに出発する?」

「そうだな……」

 現在は昼。徒歩2日の行程とすれば、途中2泊して3日目の昼頃にリュアン村に着く計算になる。

「馬を出すか」

 馬に乗るならば、おおよそ徒歩の2倍のスピードで進める。今日の夕方にミアンディルに到着し、ミアンディルで1泊して翌日の昼に着くだろう。

「馬?別に急を要するわけでもなさそうだし……今の私たちには高いわよ」

「うちの馬を使う」

「……あのね」

 さも当然のように言い放ったロジェに、トゥルーデは鼻白んだ。


 アルゴル伯爵家であるロジェの実家は当主やその家族用の馬はもちろん、使用人用の馬も保有している。その上、アルゴル伯は農林大臣でもあるので、地方の農村に所用で向かう役人に馬を都合することもあった。それゆえ、若君の知り合いに馬を2,3頭貸すぐらいは十分可能だった。

「悪いわよ、そんなの」

「僕はお前には借りがあるんだろう。これくらい、大したことじゃない」

 それ、伯爵家の馬で別にあなたの馬じゃないでしょ。

 トゥルーデはそう指摘してやろうかとも思ったが、庶民でも家のモノと個人の持ち物を厳密に分けないことはしばしばある。それに、ロジェは家の馬を自由に使っていいと言われているのかもしれない。

 何より、ロジェは全くの善意で言っているとトゥルーデは感じた。

「……じゃあ、お言葉に甘えることにするわ」



 『紅い卵』亭で軽く昼食をとった後、ロジェたちはアルゴル伯爵邸を訪れた。

「ペネロペ。馬を出してくれ」

「かしこまりました。あら……」

 一行の中に見慣れない顔の少女を見て、ペネロペは首をかしげた。


「リカントのトゥルーデ・エンケと申します。この度は、ロジェ殿御一党と冒険を共にすることになりました」

「あらあら……ロジェ・エルシャレードの侍女、ペネロペと申します」

 ペネロペはトゥルーデを一瞥すると、深々と頭を下げた。

「我が主は少々気難しいところもある方ですが……どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


「四頭じゃないのか」

 ペネロペが馬丁と共に二頭の馬を連れてくると、ロジェは顔をしかめた。

「申し訳ございません。馬が出払っておりまして」

「まあ、二頭でも乗れなくはないが……」

 四人とも騎手技能は持っておらず、馬を戦闘に使うつもりはない。純粋に移動にのみ使うならば、二頭に二人乗りでも充分だった。

「伯爵閣下の御厚意に甘えてるんだからなー。文句言える筋合いはねえわな。じゃあ……」

 ペネロペと馬丁に軽く頭を下げると、ヴィーヴはクロードを見た。 

「クロードは俺の後ろに乗れよ」

 意味ありげにヴィーヴが目配せすると、クロードは意味を理解しているのかいないのか、微笑んだ。

「うん!」

「あら、それじゃ……」

 トゥルーデとロジェの視線がぶつかる。

 消去法である。

「後ろ、いい?」

「……仕方ない」

 ロジェが馬に乗り、トゥルーデに手を差し伸べる。

「ありがと」

 手を握り、ひらりとトゥルーデが馬の背に乗る。

 鎧越しとは言え、少女と身体を密着させるのは気恥ずかしいものがあった。


 ペネロペは、満面の笑みを浮かべて言った。

「それでは、行ってらっしゃいませ」

「ああ」


 しばらく馬を走らせていると、ふとトゥルーデがつぶやいた。

「私、狼のリカントなんだけど……泥棒猫と思われたかしら?」

「何の話だ?」

「こっちの話よ」



 ザルツ地方には二つの主要な幹線街道がある。

 一つは北はエイギア地方のカシュカーンからグリュック大橋を渡り、ダーレスブルグ公都ダーレスブルグ、ルキスラ帝国のバーレス、帝都ルキスラ、ディザを経由して自由都市同盟に至り、さらに南はリーゼン地方に延びるザルツ南北街道。

 もう一つは帝都ルキスラを発してアルドレア、フェンディル王国王都ディルクールに至り、さらに西はリーンシェンク地方に延びるザルツ東西街道だ。


 街道には、旅人が休息・野営できるような広場が一定距離ごとに整備されている。人通りが多い大きな街道になると、多くの旅人が野営する場所には宿屋が建ち、さらに発展すれば宿場街となる。

 ミアンディルはディルクールからザルツ東西街道を東に徒歩1日の距離にあるので、多くの旅人で賑わっていた。

 野営と違い、蛮族だの盗賊だの野獣だのの襲撃を気にせずにゆっくり休めるはず……だったのだが。


 宿屋の1Fの酒場で一悶着起きてしまった。

 ロジェが、酔っ払いどものケンカを仲裁しようとして双方を敵に回してしまったのである。


「ヴィーヴ……」

 クロードが裾を引くと、ヴィーヴは肩をすくめた。

「俺が加勢するまでもなさそうだぜ」

「そうね」

 トゥルーデは、ケンカの余波を受けないように後ずさった。


(筆者註:ロジェは鎧を脱いでいるので防護点0、酔っ払いは冒険者Lv0、能力値オール12で判定は全て平目。両者とも格闘武器(パンチorキック)を使用と裁定しました)


「ガキが!」

「ふんっ」

 ロジェは身体をひねって一人目の拳をかわした。

「野郎、舐めやがって!!」

 二人目の蹴りも難なくかわす。お返しに、足を蹴ってやる。

「いてえっ!?」

 二人目が蹴られたところを抱えてのたうち回った。


「この辺にしたらどうだ。お前も同じ目に遭いたくはないだろう」

 傲然と言い放つロジェに、トゥルーデは顔をしかめた。

「悪気がないから余計タチが悪いわ……」


「うるせえっ」

「くっ」

 さすがに無傷とはいかず、一人目のパンチを食らってしまう。

「ふん、そんなものか」

「なにっ!?」


(筆者註:Lv3とはいえ、技能Lvと能力値ボーナスを判定に足すことができる冒険者と平目の一般人には歴然とした差が付きます。Lv2のゴブリンが脅威になるわけですね)


 一人目をのしてやり、これで終わり……と思いきや。

「調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「ガキ風情が舐めやがって!」

 見ていた酔っぱらいたちが席を立つ。

「ちっ……」

「しゃーねーな。そっちが加勢するなら俺も……いてっ」

 乱入する気になったヴィーヴのすねを、トゥルーデが蹴った。

「これ以上騒ぎを大きくしてどうすんの」


 数名がロジェを取り囲む。相手が多いとさすがに分が悪いか……というその時。

「静まれ!」

 ちょうど近くを警邏していたらしい衛視が一喝した。



 

 ロジェの腕のアザに手をかざし、トゥルーデは神聖魔法【キュア・ウーンズ】を行使した。

「正しくあろうとして、何が悪いんだ」

 ロジェはむっとした。

「悪くはないけどね」

 トゥルーデは複雑な表情を見せた。

 酒場のバーテンダーやウェイトレスの証言のおかげでロジェはあっさり放免になったが、トゥルーデには色々ロジェに言ってやりたいことがある。


「馬で行こうと言い出したのも、私に野宿させたくないから……ってのは自意識過剰?」

 徒歩で行けば、少なくとも行きは2回野営することになる。

「……まあな」

 ロジェはあっさりと認めた。

「大体、お前も、その……」

「なによ」

「見ず知らずの男たちといきなり冒険するなんて、警戒心が足りないぞ」

「あら、そのための冒険者の店でしょ?」

 依頼を受けるために初対面の相手と一党を組む、ということもあり得る。冒険者同士は助け合うものであり、危害を加えてはならないという不文律はあるが、世の中に絶対はない。

 だからこそ、冒険者の店による身元保証が重要になる。冒険者の店やギルドが発行するエンブレムは、この冒険者が問題ない人物である証明でもある。


「それに」

「それに、何だ?」

「貴方、言い逃れも逆上もせずに素直に謝ったでしょう。だから、信用できると思ったの」

「……ふん」

「貴方は、だって」

「……!」

 真っ青になったロジェを見て、トゥルーデは目を伏せた。

「ごめんなさい。失言だったわ。間違いや過ちを犯さないヒトなんていないものね」

「……」

「ライフォス神ですら、間違いは犯すんですもの。もしライフォス神が常に正しい選択をなさっていたら、今頃ダルクレムも蛮族もいないわよ」

「……まあな」

「これでよし、っと。治療は終わりよ」

「ああ、有り難う」

「どういたしまして。それじゃ、おやすみ」

 宿屋の部屋は、ロジェとヴィーヴクロードの男組とトゥルーデの部屋を隣に取っている。


「何だ、向こうの部屋で寝てもよかったんじゃないのか?」

 意味ありげにニヤニヤするリルドラケンを小突くと、ロジェはベッドに入った。


「正しくあろうとしすぎ……か」

 それが何故悪いのだろうか。だが、トゥルーデの言葉を全否定できるだけの根拠を、ロジェは持たなかった。



(つづく)

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