好都合な『真実』(2)
■ここまでのあらすじ
フェンディル王国王都ディルクールに帰還したロジェは、父と叔父リシューの出迎えを受ける。
帰宅後、両親および叔父と会食するが、双子姫との婚姻の噂の話でロジェは尊敬するリシューとの間に溝を感じる。
食後、自室に戻ると<知識神>インジェの神官『教授』の通信装置が現れる。インジェは
『君は君に都合のいい真実を信じていればいいんだよ』と煙に巻かれてしまった。
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翌朝。
ロジェ・エルシャレードはいまいちすっきりしない目覚めを迎えた。
テルミナのこと、双子姫のこと、叔父のこと、『教授』のこと。いろいろと頭の中でぐるぐる回って落ち着かない。
階段を降りていくと、侍女のペネロペが声をかけてきた。
「おはようございます、ロジェ様」
「ん……」
返事をするのも億劫だった。
「おはようございます、ロジェ様」
笑顔でペネロペは繰り返した。返事をしないと後々怖いことになる笑顔だ。
「おはよう」
「はい。本日は、いかがなさいますか?」
「ん……そうだな」
ロジェは16歳。ラクシアにおける人間の成人年齢に達しているが、未だ独立はしておらず、実家に寝起きしている。いわゆる部屋住みである。
普通の日は訓練場で鍛錬するか、ライフォス神殿で修練するか、自室で本を読んで勉強するか……というところだが。今日はどうもそういう気分になれなかった。
「朝食後は『紅い卵』亭に行く」
冒険者の店『紅い卵』亭の店主はロジェの幼馴染であるヴィーヴの母親メルジーヌだ。なお、父親のシュガールは『紅い卵』亭の料理人を務めている。この夫婦はリルドラケンには珍しく、夫婦で子供を育てている。普通、リルドラケンは故郷の集落の孵卵場で卵を孵化させ、集落ぐるみで育てるので親子間の情は薄いのが普通だ。なお『紅い卵』とはヴィーヴが生まれた卵のことだという。夫婦はヴィーヴの誕生を機に冒険者を引退し、店を始めたのだった。
『紅い卵』亭にはおそらく、もう一人の幼馴染もいるはずだった。考え込んでいるよりは気も紛れるだろう。
「かしこまりました」
「……付いてくるのか?」
「いいえ」
ペネロペは首を横に振った。
「そういつもいつもロジェ様の邪魔はいたしませんよ。先日は、少々気になることがありましたから」
先日の一件は、全てお見通しだったということだろう。
「……そうか」
ロジェは深く追求しなかった。どこまで見られているのか分かってしまっても、それはそれで困る。
『紅い卵』亭はアルゴル伯爵邸から大通りの方に歩いて5分とかからない場所にある。ロジェにとってはもはや我が家も同然だ。裏口から声をかけた。
「シュガール殿」
「おう、若様か。ヴィーヴもクロード君も上にいるぞ」
聞き慣れた声だけが返ってきた。繁盛している冒険者の店の厨房は朝から夕方まで忙しい。冒険が休みの時は朝から呑んでいる奴もいるのだ。
「ありがとう」
ロジェは裏口から入ると、階段を上がった。
「ヴィーヴ」
声をかけると、チェスを指していた赤い鱗のリルドラケンと、小柄な少年が振り向く。もう一人の幼馴染、クロードだ。
「ようロジェ、帰ってきたのか」
ヴィーヴは20歳。リルドラケンの成年には達してはいないが、もう体格は大人と言っていい。
「にーちゃん!」
クロード・ラランドはロジェの3歳年下で、少女と見まごうほどかわいらしい顔の少年だ。親は魔動機の修理を生業とするラランド魔動機店を経営している。
『紅い卵』亭にせよ、ラランド魔動機店にせよ、ロジェの実家であるアルゴル伯爵家は上得意先であった。加えて、親同士の社会的地位の差を考えればロジェと二人との間には明らかに立場の差がある。しかし、ロジェは子供同士の関係に親同士の関係を持ち出そうとは毛頭考えていなかった。ヴィーヴとは思いっきり殴り合いになったことさえある。
席に着くと、さっそくロジェはヴィーヴに苦情を述べた。
「ヴィーヴ!あの艶本速攻でペネロペに見つかったぞ。どうしてくれる」
「おいおい、清く正しいお行儀のいいお坊ちゃんじゃ手に入れられないだろうからって、せっかく俺が忖度してやったんじゃないか。それに……」
「それに?」
「こういうのは、お付きの侍女にバレて『こんな本より私を……』って言わせるまでがお決まりって聞いたが」
「知るか!」
顔を真っ赤にして怒るロジェに、ヴィーヴは肩をすくめた。
「けどよー、お前ら、女の胸だの尻だのが好きなんだろ?」
クロードは、頬を赤くしてうんうんとうなずく。かわいい顔をしているがやはり思春期の男子である。
「俺にゃあよくわからんがなぁ」
ドラゴンを始祖とするリルドラケンと、人間やその派生種とでは性的に欲望をそそられる対象は、当然違う。
「……じゃあお前たちはどうなんだ」
「俺たちリルドラケンか?尻尾とか鱗とか、だな」
クロードを見ると、首をかしげてこっちを見ている。
「正直……お前たちは男も女も大して変わらないように見えるんだが」
「違うんだよ!」
ヴィーヴは力説した。リルドラケンからしてみれば、人間の男女だって大して変わらないように見えると言いたいだろう。
三人でチェスやら札遊びやらをしばらくやっていると、クロードがふと口を開いた。
「そう言えばにーちゃん、最近来なかったけど、どこ出かけてたの?」
ロジェは口ごもった。テルミナの奴らを叩きのめして自慢してやりたいから黙っていた、などとは言えない、絶対に。その目論見が無惨に崩壊した今となっては、特に。
「何だ知らなかったのか?こいつ、テルミナ行ってたんだぜ」
「テルミナ?」
「何で知ってる……?」
「お袋が伯爵閣下に問い合わせたのさ」
登録冒険者がしばらく顔を見せないなら、安否確認をするのも当然だ。
「それで、なんでテルミナ?にーちゃんの嫌いな蛮族国家なのに」
クロードの認識はロジェの影響で少々歪んでいるらしい。
「それは……」
「そりゃ、冒険だからだろ」
「えーっ!?にーちゃんずるい!」
クロードが口をとがらせた。
すでにこの3人で、3回冒険をこなしていた。クロードは13歳なので未成年ではあるが、義務教育が存在しない(魔動機文明の頃はあったかもしれないが)この世界では、ある程度成長したら家業を手伝ったり、職人や商人の店に丁稚奉公することも珍しくはない。もちろん、学校に通う子供もいるが。
「偵察のつもりだったんだ」
むくれるクロードに、ロジェは弁解した。
「んで、どうだったんだよ」
「ああ。そうだな・・・・・・」
老若男女が通う訓練場。交易船で賑わう港。高い技術を持つ職人街。クス神殿の運営する学院。単なる野蛮な蛮族国家ではないのは明らかだった。
「油断ならない相手だ」
「ふーん」
「にーちゃんずるい。オレも冒険行きたい!」
「なら、行くか?」
ヴィーヴが提案した。
「前回からずいぶん間が開いただろ。そろそろ害獣退治からは脱却したいところだよな」
「む……」
普通の冒険者と違って、この3人は実家住まいということもあって(今のところは)生活費のために冒険をする必要がない。それに、普通の冒険者であればただ食い扶持を稼ぐ以外に旨いものを喰いたいし酒も飲みたい。なにより、もっと良い武具やアイテムが欲しくなる。
「じゃ・・・・・・行くか」
一応、ロジェはライフォス神殿の神官でもあったが、今のところ無役、つまり特に与えられている仕事はない。しばらく遠出しても何も問題はなかった。
気分転換にもなるかもしれない。
「うん、行く!」
クロードは顔をほころばせた。
階段を降りて表に回ると時刻はお昼前。カウンターを挟んで、店主のメルジーヌと一人の少女が話していた。
ウェーブのかかったつややかな黒い髪をポニーテールにまとめている美少女だ。ただし、耳が犬のような獣耳。マントの下からは、同じく犬のような尻尾が見える。
「店主殿」
「おや若様。どうしたんだい?」
ロジェの冷ややかな声に、メルジーヌはやや困惑気味に答えた。
昼食を食べていた冒険者や、酒を飲んでいた冒険者たちも怪訝な顔でロジェを見た。彼らともほぼ顔見知りである。
「なんでライカンスロープがここにいるんだ。ここはテルミナじゃないんだぞ」
ライカンスロープは人間と獣人の二つの姿を持つ蛮族だ。他の人族や蛮族と違って子を作ることはできず、儀式によって人族を同胞に変異させ、一族に加えるという特徴を持つ。
蛮族は人族の不倶戴天の仇敵。それがテルミナやごく一部の地域を除いた人族の共通認識である(レンドリフト帝国は、むしろ人族の権利をある程度認める蛮族国家と言った方が近い)。
ただし、冒険者の店は多少異なり、ウィークリングやラルヴァのような一部の蛮族が冒険者として人族社会に溶け込もうとするケースはままある。それでも、冒険者の店の店主や仲間にはあらかじめ正体をカミングアウトしておくことが望ましいが。
「あのね若様。この子は……」
「【サーチ・バルバロス】」
少女はロジェをキッと睨み付け、メルジーヌの声を遮った。
「な……」
「使えるんでしょ、【サーチ・バルバロス】。使いなさいよ」
【サーチ・バルバロス】はライフォス神に仕える神官のみが使える特殊神聖魔法で、効果範囲内に蛮族がいれば、必ず感知できる。ただし、効果範囲内のどこにいるのかや、数まではわからない。
そのため、レッサーオーガ等の正体を確実に暴くためには一人一人呼び出して確認しなくてはならない。(当然、見破られた相手が襲いかかってくることは前提として)
「お前は……」
「使えないの?私が蛮族だって言うのなら、はっきりしなさいよ」
少女が、顔と顔が接触しそうなくらいまで詰め寄ってきた。その瞳には激しい怒りが燃えている。
「……使ってやる」
蛮族のくせにこいつは何を言いたいんだと思いつつ、ロジェは聖印を握りしめ、息を吸い込んだ。
「【サーチ・バルバロス】……なに?」
蛮族は感知されなかった。
魔法が失敗したのだろうか。
「【サーチ・バルバロス】」
やはり、感知されなかった。
つまり、目の前の少女は蛮族ではない。ロジェは愕然とした。
「どういうことだ……」
見かねた店主が、声をかけた。
「若様。この娘は、リカントなんだよ」
「リカント……?」
「アルフレイム大陸固有の人族さ。テラスティア大陸じゃ珍しいがね」
リカントとはアルフレイム大陸発祥の人族で、頭部を肉食獣の頭に変化させる能力を持っている。
ちなみに、魔法文明期初期にはライカンスロープは普通に子を成していたという記述(2.0サプリ エイジ・オブ・グリモワール)、ライカンスロープとリカントの寿命が同じ……など、両者に何らかの関係がある可能性は暗に示唆されている。
魔動機文明期には大陸間の交流もあったので、当時テラスティアにリカントが渡航していれば、その子孫がいても不思議ではない。
「だいたいね、ライカンスロープってのは、獣化していない時は普通の人間とは見分け付かないんだよ。ミアキスならともかくね」
「あ……」
ミアキスは猫に変身できる人族であり、人間態でも猫耳や尻尾が生えている。その特徴から、彼らもしばしば蛮族と誤解される。
「リカントも、その手の誤解で酷く弾圧された時代があったってのは確かだけどね」
「……」
「……それで?」
一歩後ずさり、少女は勝ち誇った表情で言った。
「私に何か言うことがあるんじゃない?若様?」
「……僕が」
ロジェは、絞り出すような声で言った。
「僕が間違っていた……すまない」
きょとんとした少女は、次の瞬間には皮肉っぽい笑みを見せた。
「……往生際悪く逆上するかと思ったのに。つまんない」
「……」
「でも、リカントにとってライカンスロープ呼ばわりは最大限の侮辱よ。この件は一つ貸し。いい?」
きつい言葉の割に、少女の表情は穏やかになっていた。
「……わかった」
背後から安堵のため息が漏れる。ヴィーヴとクロードだ。
彼女のあまりの剣幕に、口を挟むことすらできなかったらしい。
気楽な外野の冒険者たちは「えらいぞ坊ちゃん」などとはやし立てている。
「貸しだってなら、ちょうどいいんじゃないかね」
店主が口を挟んだ。
「ちょうどいい……?」
「ああ……今、依頼の話をしてたのよ。ううん、その前に」
「その前に」
「私、名乗ってなかったわね」
「ああ」
そう言えばそうだった。
少女は胸元の聖印を示す。糸車を模した聖印だった。あの聖印はどの神だったか……と考えて、彼女の胸元を凝視してしまったことに気づいたロジェは顔を赤らめた。
それに気づいているのかいないのか、彼女は朗らかに言った。
「私はトゥルーデ・エンケ。エルピュセの信徒よ。よろしく」
<紡糸の女神>エルピュセは一の剣の神で、<始祖神>ライフォスの姉として知られていた。
(つづく)
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■現在のステータス
ロジェ(人間/男/16歳) HP:22 MP:24 ファイターLv3 プリースト(ライフォス)Lv2 セージLv2
≪武器習熟A(ソード)≫≪防具習熟A(金属鎧)≫
トゥルーデ(リカント(狼)/女/16歳) HP:23 MP:23 プリースト(エルピュセ)Lv3 ミスティックLv2 セージLv2
≪魔法拡大/数≫≪魔法誘導≫
ヴィーヴ(リルドラケン/男/20歳) HP:35 MP:14 グラップラーLv3 スカウトLv2 エンハンサーLv2
≪防具習熟A(非金属鎧)≫≪テイルスイング≫
クロード(人間/男/13歳) HP:22 MP:23 マギテックLv3 シューターLv3 アルケミストLv1 レンジャーLv1
≪精密射撃≫≪武具習熟A(ガン)≫
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