3-2 地底王国の末姫(2)
ピルクス一族は、彼らの自己認識では人間にアリを合成した人造蛮族とされる。ただし後の神学的な検証(要するに、
大陸新暦308年現在、ピルクス一族は第三世代までの存在が確認されている。第一世代は太母エリアーヌおよび太父アロイス(共に故人)。第二世代以降は騎士
騎士階級の個体が性成熟すると女王、王階級となる。性成熟の方法を解明したのは、元冒険者にして入り婿のヴィラム・ランダールだった。彼はピルクス地下に残されたダーレスブルグ王国軍の研究資料を読み解いたのだ。
太母エリアーヌの子である第二世代の生存者は100人ほどだが、そのうち50人ほどが騎士階級である。(エリアーヌも晩年になり、出生数は年々減少していた)新母グレースの生んだ第三世代は騎士階級が150人ほど。新たな食糧製造機の発見により養える人口が増え、第三世代の兵士階級、労働者階級を合わせると一族の総人口は2000人に迫る。
……少なくとも、セシルの認識ではそのようになっていた。
その牢番は兵士階級で、14歳だった。第三世代としては古株になる。
彼の姿は、牢の中からのか細い明かりで照らされていた。捕虜の中に、暗視がない種族がいるためだ。
『む』
もう1人の牢番が耳をすませた。
『どうした?』と牢番がたずねようと思ったところで、彼も理由に気づいた。
3人の兵士たちが、息せき切って走ってくる。
『どうした?』
『末姫殿が……裏切られた』
『裏切り?』
牢番2人は思わず顔を見合わせた。
『裏切りというのは……その、つまり、敵側についたということか?』
『そうだ』
兵士たちも困惑の色を隠せない。彼らは魔動機文明語の読み書きを学んでおり、『裏切り』という単語も概念も知っている。だがアリの要素を持つ彼らにとってピルクス一族は絶対的であり、それを裏切るという発想自体が起きない。
ただし、騎士階級は多少異なる。指揮官は独自に柔軟な判断を行う必要に迫られる都合上、兵士階級・労働者階級よりは思考に対する種族の枷が比較的緩かった。
ぱっと、まぶしい光が場を照らし出す。
「
『末姫!?』
聞き覚えのある声に、兵士たちは一斉に振り返った。
一族の末姫、セシルと敵対者たちがまばゆい光を背に現れた。
『末姫殿、なぜ-』
疑問を発するよりも、取り押さえるか、場合によってはそのまま斬りかかっておくべきだった。
「“
彼らの意識は闇に落ちた。
「無事みたいだな。ナバロさんよ」
ゴードンは牢の中に4つの人影を見た。ドワーフの女性がリリア・ナバロだろう。その他に、ルーンフォークとエルフ、リルドラケン。リルドラケンの性別はわかりにくいが、依頼主のロドリゴいわく、同行者は全員女性とのことだった。
「サインを頼むのは後でお願いしますね」
エディンはレヴィアに釘を刺した。
「わかってまーす」
リリアは椅子から立ち上がると、丁寧に頭を下げた。
「お察しの通り、私がリリア・ナバロです。ごめんなさい。私のせいで、こんなことに」
「いいえ、あなたのせいではありません」
エディンはかぶりを振った。
「実はザルツ冒険者ギルドによって漆黒の砂漠の北西南3カ所に冒険者の休息・補給拠点を設ける計画が進んでましてね。いずれ冒険者の捜索範囲は漆黒の砂漠全域を塗りつぶすでしょう。彼らの存在の露見は、時間の問題だったんですよ」
「それにさぁ、志半ばに倒れるってのも、冒険者の一つの天命って奴さね。……鍵、見つかったかい?」
カリオペがレヴィアに声をかける。
「ええ、あったわ」
レヴィアは牢番の腰に下げられていた鍵を探し当てた。
なお、2.5になって真語魔法“
鍵を開けると、素早く身支度を調えたリリア一行が出てきた。牢番たちは目を覚ましたときに備えて縄で縛られてしまっている。
「牢番を殺さないのはいいとして」
セリムはエディンにのみ聞こえるように小声で言った。
「彼らが捕虜に逃げられた罪で処刑されるって可能性は考えてないのかな?お姫様は」
「……グレースさんが自分の子供には寛大であることを祈りましょう」
残念ながら、その可能性は低そうですが。エディンはそう付け加えた。女王にとっては、兵士階級など消耗品だろう。彼らを捕虜として連れて行く余裕などない以上、ここで家族に殺されるか後で家族に殺されるか、ということか。だが、消耗品であるからには、どうでもいいと思われて見逃される可能性もなくはなかった。
「まあ、家族を殺したくないというのは……ですね?」
「うん、それは、分かるけどね……」
一方、セシルはリヒトやリリアを前に言った。
「我々一族はこの砂漠の地下に地下道網を縦横に張り巡らせています。真っ直ぐ西に向かうと待ち伏せの恐れが高いので、少し迂回しながら進もうと思います」
「わかりました。ただ、お姉様もそれくらいは読まれているでしょうから」
エディンは、どのみち流血は避けられないですよ、と釘を刺した。
「はい……わかってます」
暗い声でピルクスの末姫は応えた。
「ったく、先生ってなんでセシルをいじめるわけ?」
「きゃっ」
レヴィアがセシルを引き寄せて、かばうように抱きしめる。
「いえ、別にいじめているわけでは」
エディンが両手を前に出して弁解を試みると、リヒトが眼帯を付けていない方の眼でじーっと見た。無言の抗議である。
「やれやれ、説教役のおじさんはつらいな」
ゴードンはエディンの背中をバンバンと叩いた。なお、年齢はゴードンの方が一つ上である。
「ま、自分で買って出てるんだから世話はねえが」
エディンの耳元でゴードンがささやく。
「てめえを悪役にして、坊ちゃんへの好意を上げようって腹か?」
「まあ、それも多少は」
ピルクスと講和しようと、セシル一行が亡命してこようと、どっちの結果になろうとリヒトへの好感度を高めておくことは悪くない。
「で、では出発しましょう」
頬を赤く染めながら、セシルが言った。
長々としゃべっている暇はなさそうだった。
「ええ、はい。リリア・ナバロさん御一行と合流しました」
念のため、とヴィトー隊長から渡されていた通話のピアスで、エディンは交信を試みた。
『そうか。お前たち以外は4人、やられた』
渋い声を聞く耳のもう片方の耳には、剣戟と光弾の炸裂音が聞こえてくる。
『反女王派とやらは、信用できるのか?』
「突き詰めてしまえば、結局は、信じるか信じないか……二つに一つではないでしょうか」
『……ふん。お前の賭けが裏目に出ないことを祈る』
「ありがとうございます」
通信が終わる頃には、戦闘が終わっていた。
ピルクス一族には暗視がある。一方で、こちらにはエディン、リヒトら暗視のない者がいる。地下道を逃走するに当たってこの点は大きく不利になった。
どこからともなく集まってきて20人ほどになったセシルの兄姉一派とレヴィアやゴードン、リリアらが先行し、ニフリートやエディン、リヒト、セシルは後に続くことになった。
「……決心は、したつもりだったのです」
歩きながら、セシルは沈痛な面持ちで言った。積極的に止めを刺す方針ではないが、それでも死んだ家族は何人もいるだろう。
「セシル……さん」
リヒトは、セシルに声をかけた後、続きの台詞が頭に浮かばなかったらしい。
思わずエディンを見ると、彼は首を横に振った。そういうときにかけるべき言葉は、人に聞かず自分の頭で考えて欲しいところですねぇ。と、心の声で言っている。
「もう、なにやってんのよリヒト」
いつの間にか前方から戻ってきていたレヴィアが、セシルを抱き寄せた。
「セシル、15歳なんだっけ?」
「は、はい。一月ほど前に」
「ずっとお姫様として大切にされてきて、大人になったばっかりで。それでいきなり家族を敵に回したんでしょう?迷うのは仕方ないわよ」
「……レヴィア様」
「そんな他人行儀な呼び方しないでよ。あ、そうだ」
「うにゅ?」
レヴィアはリヒトもぐい、と引き寄せた。レヴィアとセシルに密着する形になり、少年は顔を赤らめた。
「それならあたしとリヒトと義姉妹になりましょ。リヒトは誕生日ちょっとだけ早いから、お兄さんね」
「……リヒト兄様?」
セシルにそう呼ばれると、リヒトは悪い気がしなかった。一人っ子で、姉のような幼馴染はいるものの弟妹に当たる存在はいなかったのだ。
「……うん」
「我々にはそもそも血縁者が存在しないのでよくわかりませんが……」
ニフリートがエディンに向かってぽつりと言った。
「セシル様によくしていただいているというのは、なんとなくわかります」
「家族とは社会の最小単位ですからね」
その一方で、本当の血縁者とは殺し合うことになるとは。エディンは嘆息した。
唐突に、笛の音が響き渡った。
「へ?今の……」
「いやはや、見つかったようですね」
明かりを付けている殿など、追撃する方から見れば目立つ事この上ない。
先鋒が5人、その20mほど後ろに4人。合わせて9人の兵士たちが愚直なまでに一直線で駆け寄ってくる。この愚直さを騎士に指揮されたら恐ろしいものになるでしょうね、とエディンは思った。
「リヒトさん、ひとまず僕たちでせき止めましょう」
「はい」
実は、通常の防御力(防護点)としてはエディンの方が上回っている(当初のリヒトの筋力ではボーンベストを着られず、またブラックベルトも未購入のため)。
リリアの助手のリルドラケンの女性も加わり、先鋒の足止めを行う。後で彼女に聞いた話によれば、リリアは見た目によらずモールを振り回す女傑らしい。
「セシル、甥っ子姪っ子たちには悪いでしょうけど、覚悟を決めるのよ」
「……はい!レヴィア姉様」
レヴィアが引き金を引く横で、セシルはニフリートと並んでエネルギー・ボルトを放つ。少し先を歩いていたカリオペも慌てて戻り、戦列に加わった。
エディンは鼓咆を使いながらリヒトたち前衛を支援し、魔法は癒やしに徹した。
「くうっ!?」
思ったよりも重い一撃を受け、リヒトが後ずさった。
『末姫殿、何故?』
どうやら、兵士たちの隊長格のようだ。攻撃力も防御力も一つ頭抜けている。
『あんたたちのママに聞きなさいよ!』
レヴィアに銃弾を撃ち込まれると、隊長もさすがに顔をしかめる。
『……外部の人族と講和するためです』
『ええ、そういうわけなので、ここはちょっと引いていただけませんか?』
『そうはいかん』
エディンの提案を一蹴し、隊長は武器を振るう。
「ぐっ……これはこれは。魔力撃ですか」
リヒトの得意技でもあるが、実際に食らうとなかなか痛い。
「はぁっ!」
お返しにリヒトも隊長へ魔力撃を叩き込む。
『ぐぉっ……!ピルクスのために……』
1歩、2歩たたらを踏んで、持ちこたえようとしたが、そこにエネルギー・ボルトが突き刺さる。そこまでだった。
「あたしたちもピルクスのために働いてるんだけどねー……」
さすがにばつの悪そうなレヴィア。
倒れ伏した隊長の体から、きらめく金属片が浮き上がった。
「なるほど『かけら持ち』でしたか」
エディンは得心した。『剣のかけら』は強い魔物の体内にあるマナが結晶化したものと言われている。蛮族や幻獣はもちろん、ドゥームやアンデッド、ごくまれに人族の体内からでてくることもある。
「おう、俺たちの出番はなかったな」
異変を察知して戻ってきたゴードンが言った。
「いえ、さらに追撃が来そうです」
耳を澄ますと微かに笛の音が聞こえる。ぐずぐずしてるとさらに兵たちが集まってくるだろう。
「ふうむ、前中後の三隊にして、前後を暗視持ちで挟んでいただくべきでしたかね」
「反省はここを切り抜けてから、だね」
「ええ。追撃を撒きましょう」
ピルクス中央遺跡での襲撃が3日目の未明(厳密には4日目の早朝)。帰りは直線距離なら1日(休憩込みで徒歩12時間)で着いてしまう旅程のはずだが、地下通路をあちらこちら逃げたり隠れたりした結果、タカナにたどり着いたのは5日目の夕方だった。
不眠の上に歩き通しで一行はヘトヘトであった。これでタカナの集落が敵の攻撃で焼け落ちていたりすれば、シャレにならないところだ。
「うー……ようやく終わったわ。今日はもう寝ましょ」
大きくのびをしたレヴィアを、エディンは不思議そうに見た。
「おや、睡眠を取るのはかまいませんが……ここからが本当の仕事ですよ」
「え?」
「ピルクス一族2000人を救うという……仕事だよ」
リヒトがぽつりと言った。
「いやまさか、賛同したくせに後の面倒事は知らないとはおっしゃいませんよね?」
エディンが皮肉っぽく口を歪めた。
「レヴィア姉様……」
セシルがすがるような目で見つめてくる。
「ま、まさかっ、妹を見捨てるわけないじゃない!」
(つづく)
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