2-2 漆黒砂漠の探検家(2)

 物見塔にゆっくりと接舷する魔航船を、集落からの明かりが照らし出している。

 未明にも関わらず、タカナの集落には煌々と明かりが灯っていた。漆黒の砂漠で活動している冒険者は事実上昼夜逆転するからだ。


 門をくぐると、街の人々は何やら浮き足立った様子だった。

「お帰りなさい」

「よお、早かったな」

 リヒトが声の方向に顔を向けると、帰りを待っていたのか、エディンとゴードンが立っていた。

「……ただいま」


 エディンは次いでカリオペたちの方を向いて頭を下げる。

「このたびは、引率ありがとうございました」

「なーに、こっちも助かったよ」

 カリオペは陽気に腕を振り、拳を自分の首に向けながらぐっと右腕を持ち上げた。ソレイユ語は身振り手振りやポーズが表現の主体となる珍しい言語である。

「ねー、なんかずいぶん慌ただしいけど。先生、あの魔航船、何なの?」

「ロドリゴ・ナバロ氏の船ですよ」

 レヴィアの疑問に、エディンが答える。


 ロシレッタの人口は人間、エルフ、ドワーフの三種族がほぼ1/3ずつ占める。ロドリゴ・ナバロはドワーフで、貿易国家ロシレッタでも指折りの貿易商だ。

「ナバロ氏と言えば、ロシレッタの大富豪だね。彼がなぜここに?」

 セリムが首をかしげた。

「緊急の依頼があるようです。それも同盟アライアンス規模の。手の空いている腕の立つ者はみな来て欲しいそうです」

「そりゃまた、臭うね」

「間もなく、広場で説明会があるそうですよ」

「そんなら、とりあえず話だけ聞いてみるかねぇ」

 カリオペは肩をすくめた。


「んー、あたし先に水浴びしときたいんだけど」

「僕たちが説明を聞いておきますよ」

 エディンが言うと、レヴィアはうなずいてリヒトをつついた。

「先生、ありがと。リヒトも一緒に水浴びする?」

 リヒトは眼帯に隠されていない方の左目を丸くして、首をぶんぶんと横に振った。

「僕も話を聞きに行くよ」

「いーじゃない。昔みたいに一緒に入りましょ」

「僕、もう子供じゃないよ」

 むっとした顔のリヒトを、レヴィアが抱き寄せる。

「本当ー?確かめてあげよっかー」


 一同がレヴィアとリヒトがじゃれ合っているのを見ていると、ニフリートが心底申し訳なさそうな顔色で口を開いた。

「みなさん……申し訳ございません。私は地元に帰ろうと思います」

「トラブルなんだろ?謝ることはないさ。今回の分け前は銀行口座に送金でいいかい?」

 セリムが応えると、ニフリートは頭を下げた。

「ええ、御迷惑おかけします」

「なーに、困ったときはお互い様、だよ!」

 カリオペに肩をばんばん叩かれて、ニフリートはよろめいた。


 その様子を見ていた、ゴードンがエディンの方を向いた。

「俺も、今回は抜けとくべきかね。依頼主はドワーフだろ?門前払いされそうだが」

 前に述べたとおり、ドワーフとダークドワーフは神々の戦い以来数万年の因縁がある。ヒトとバルバロスよりもずっと近い間柄だからこそ、余計憎み合うのかもしれない。いわゆる近親憎悪だ。

「いえ、ナバロ氏は非常に合理的な方ですから……」

 ロドリゴは冒険者の種族には頓着しない人物だと、エディンは請け負った。

「ふうん。ま、依頼主が気にしないってんなら俺はいいがね」



 広場には、すでに多くの冒険者が集まっていた。連絡船で来たばかりの駆け出しの冒険者から、カリオペやセリムのように長く砂漠に通い詰めているものまで。

「みなさま、お待たせいたしました。我が主ロドリゴ・ナバロの今回の依頼について説明させていただきます」

 秘書らしきルーンフォークが言うと、ゆったりとしたガウンを来たドワーフの男が歩み出た。ガウンは派手ではないが、最上級の生地を使っている。


「ロドリゴ・ナバロだ。急に呼びつけて悪いが、依頼がある」

 ロドリゴは周囲の冒険者たちを順に見回すと、リヒトとエディンに目をとめる。


「テルミナ評議会議長の御子息に、ティレル侍祭か」

 侍祭は最下級の神官と、司祭の間の階級だ。

「はい。お久しぶりです」

「私まで覚えていただいたとは光栄です、ナバロ様」

 リヒトが応え、エディンが会釈すると、ロドリゴは面白くもなさそうに手を振った。


「いつ誰が金になるかわからんからな。会った相手の顔は覚えることにしている。……本題に入ろう」

 秘書が巻物を広げ、背後の壁に張り出す。

 それは漆黒の砂漠の詳細な地図だった。北部、西部、南部の周辺域は冒険者たちによって明らかにされつつあるが、中心に近づくに従ってその記述は乏しくなり、中心部は空白域になっている。

「イリア・ハビエルという作家を知っているか」

「人気の紀行作家ですね。ザルツ地方を中心に各地を旅している」

 エディンがうなずく。レヴィアがファンで、リヒトも作品を押し貸しされて読んでいたはずだ。単なる紀行文ではなく、遺跡探検や魔物討伐の描写に定評がある。よほど綿密な取材をしているか、本人が冒険者なのだろうと言われている。


「あれの本名はリリア・ナバロという。私の姪だ」

 一同がどよめくと、ロドリゴは鼻を鳴らした。 

「あれには明かすなと言われているのだが、今回はやむを得まい。言っておくが、私は一切あれの本には手を貸しておらん。私は作家などと言う不安定な仕事はやめろと常々言っておるのだがな……中途半端に売れるからあれが図に乗って困っている」

「ありゃ口先で文句言いながら喜んでるね」

「親馬鹿ならぬ伯父馬鹿だな」

 ひそひそ声を交わしたセリムとゴードンをギロリとにらみつけると、ロドリゴは続けた。


「あれは、一昨日、魔航船で漆黒の砂漠をテイブリッジ方面から南下し、南北縦断しようとした」

「それはまた……」

 先に述べたとおり、現在の魔航船は非常に貴重で、ザルツ地方で私有しているのはロドリゴを含め数えるほどしか居ない。

 その魔航船で、砂漠を南北縦断する。たしかに理屈上不可能ではないだろうが、実行に移そうというのは驚きだ。一介の冒険者には、到底無理な話だ。

「順調にいけば数時間から1日ぐらいで縦断できるはずですが……?」


 現在の魔航船はマナを節約するため気嚢で浮力を補ったり、帆を推進に使っている。かつては巨大なマナチャージクリスタルを動力源に用いており、回転翼プロペラ推進によって時速100kmを超えるスピードを出せたという。帆を使った推進では風をうまく捉えれば時速10~20kmというところか。


「おそらくは墜落したのだろうな。中心部付近だ」

 淡々と、ロドリゴは言った。

「それは……中心部付近と確証はあるのですか?」

「あれの助手が『誓いのアンクレット』を付けているのでな」

「なるほど」

 『誓いのアンクレット』に主人として登録したものは、そのアンクレットの存在する距離と方角が正確に分かる。


「『通話のピアス』は通じていないが、墜落の衝撃で失っているという可能性もある。もちろん、最悪の場合も考慮しているが……」

 ロドリゴは、一旦言葉を切った。

 ラクシアにおいては、ある程度遺体が残っていれば蘇生を試みることができる。しかし、人族は蘇生によって穢れがつくことを禁忌としており、よほどの使命感を持っていないと蘇生に応じない。応じるのは、冒険者くらいのものだが、それも絶対ではない。

「あれをああいうところに放っておきたくはない」

 合理的な男らしからぬ言葉だった。


 カリオペは腕組みをした。

「お気持ちは十分理解できるんだがね。中心部まで行くのは無理じゃないか?歩いて片道一週間はかかるはずだ」

 直線距離ではせいぜい30kmに過ぎない。しかし、崩れやすい砂丘や地割れ、その他複雑な地形が行く手を阻んでいる。


「ラクダをローラシュタットとテイブリッジ、テルミナから60頭かき集めてきた」

 エディンは目を剥いた。ローラシュタットはルキスラ領のローラ川河口の街、そしてテイブリッジはダーレスブルグ南西端の港町である。いずれも漆黒の砂漠への挑戦拠点としても有名な街だ。

 南北西三方角すべてからラクダをかき集めてきたというのか。


 エディンの批判めいた視線を受け、ロドリゴは首を振った。

「繁殖入りまでには手を付けておらん」

「そりゃすごい。いくら金を積んだんだか」

 カリオペは肩をすくめた。

「必要だったからな」

 地図に二つの点を記す。

「中間に二つのベースキャンプを設ける。第一部隊と第二部隊は中間輸送とベースキャンプの確保を行い、第三部隊が中枢部へのアタックをかける。最短で片道3日の見込みだ。不測の事態に備えて往復二週間分の物資を用意する」

「金の暴力だね……」

 セリムは呟いた。

「まあ、与太話として考察したことはありますが」

 エディンは額に手をやった。大半の冒険者は、生活の手段として冒険するのだ。これだけ多くの物資と人員、金を集中投入すれば旧ピルクス中心部へ行くことも不可能でないだろうが、トータルでは確実に大赤字だろう。

「無茶苦茶です」

「でも」

 リヒトは地図の中心部に視線を注いだ。

「不謹慎だけど、これは千載一遇の機会だよ」




 暗闇の中に、若い女性の声が響き渡る。

「古きピルクスが滅びて三百余年。我らが太母は我らを産み、育て、新しきピルクスを築いてきた」

 暗視能力を持つ者なら、劇場の舞台の中心に立つ女性を前に、千を優に越える聴衆が観客席に座っているのを見るであろう。

「だが……古きに敬意を払わぬ盗掘者ども。死者の遺産を食い潰す簒奪者どもが、我らの領域に踏み込もうとしている」 

「……冒険者!」

 聴衆の一人の声に応え、女性は拳をわななかせた。

「そうだ!冒険者だ!盗っ人の分際で、自らを正しいと信じて恥じない、蛮族以下の獣だ!」

「冒険者!」

「冒険者め!」

 聴衆が口々に怒りの声を上げる。

「みな、落ち着いて聞いてくれ」

 聴衆の声を一旦抑えると、女性は話を続けた。

「つい先だって、その一味が飛来した。魔動機術の何たるかも理解せず、その技術を利用するしかない愚か者共だ」

 聴衆がどよめき、ざわざわとささやき合う。

「奴らは我々を化け物と蔑むであろう。というのに!」

「侵略者を許すな!」

 熱狂した聴衆は次々と立ち上がる。

「ピルクス万歳!」

「侵略者を倒せ!!」

「我らピルクスのために!!」

「ピルクス無くして我ら無し!」

「倒せ!」「倒せ!」「侵略者を倒せ!」


 女性はうなずくと、両手を広げて高らかに宣言する。

「我は奴らを打ち払うだろう。使!奴らを討つためなら、そう、蛮王とすら手を組むであろう!!」

「新母万歳!」「ピルクス万歳!!」「侵略者を倒せ!」



 その様子を、隅の方でじっと聞いていた少女が、そっと席を立つ。千を越える聴衆の中で唯一、

 明かりが付いていながら、少女の動きに気づいていたのは、脇に控えていた族兄と族姉の二人だけ。

 

 永遠に続いていそうな暗い廊下を、三人は進んでいく。

「どーするよ、末姫様」

「みんな、やる気ね。ありゃー、何言っても聞く耳持たないわよ」

 兄と姉が口々に言う。

「私はピルクスを救いたい」

 少女は、ぽつりと言った。

「つってもよー、今、姉御に逆らえば、たちどころに裏切り者扱いだぜ」

「かまわない」

「……セシル」

 

「……全てはピルクスのために」

 明かりに照らされた、少女の静かな水面のように変化のなかった表情が、ほんのわずかに波立った。

使


(つづく)

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