1-3 境界都市の新世代(3)
レヴィアに撃たれた魔物は、甲高い悲鳴を上げた。
(思ったよりも脆いですね……)
ディアバロットというより、この耐久力のなさは飛べる鳥に近い。本来、鳥という生き物は飛ぶために体を極力軽量化しているため、脆い。蛮族でその影響をもろに受けてしまったのがアードラーだ。彼らは戦神ダルクレムが蛮族を生み出した際、鳥の要素を取り込ませたと言われている。それゆえ、非常に打たれ弱いという短所をそのまま引き継いでしまった。ダルクレムはその知見を生かして改良型のガルーダやレイヴンを生み出したとされている。
(とは言え、正体不明の敵には全力で当たるべきですか)
エディンは
さらに、神聖魔法の『フォース』を前後の敵に撃った。
「ギャッ……」
撃ち抜かれた後ろの魔物はもんどり打って転がる。
「先生、やーるう!」
「いやはや、【パラライズミスト】はもう1羽にするべきでしたか」
賦術が無駄になってしまったが、『フォース』で殺しきれないという可能性もあったので仕方ない。
「こりゃ負けられねえな!坊ちゃん、俺らも行くぞ!!」
「はい!」
ゴードンが正面の魔物に斬りかかって深手を負わせると、リヒトが魔力のこもった
「ふー……わりとあっけなかっ……」
銃を下ろしかけたレヴィアが耳を澄ます。
「レヴィア?」
「んー、口笛?」
リヒトに対してレヴィアがいぶかしげに言うと。がさっ、と言う音と共に横合いから新手が3羽飛び出してくる。
「うそーっ!?」
「落ち着きな。固まって来やがったなら反って好都合だ」
ゴードンが得物を構え直す。
「ええ。前衛で食い止められます。レヴィアさんは他に新手がないか警戒してください」
挟み撃ちしてきた2羽を1回の
「いやはや、さて……」
「んで、のぞき魔くーん?出てらっしゃいな」
レヴィアが3羽が出てきた木の陰を皮肉っぽく見ると。
「のぞき魔じゃない!僕はロジェ・エルシャレードだ!」
リヒトと同い年ぐらいの少年が、憤然と出てきて叫んだ。
銀色の髪におしゃれな帽子を被っている。冒険者より都の社交界が似合いそうな風貌だった。
「エルシャレード……ですか」
エルシャレード家と言えば、フェンディル王国の貴族である。古くから王国の要職に人材を多数輩出している、名門の一族だ。
「ふーん?それで、こんな田舎に何しに来たわけ?」
「のさばっているお前たちに正義の鉄槌を下しに来たんだ!この
「……」
「……」
森に、重苦しい沈黙が垂れ込めた。
ユーゼド・ボリン諸島はテルミナの事実上の領土だ。そこを訪れる冒険者や商人はー腹の底ではどう思っているかはともかくーテルミナの在り方を承知してやって来ている。
アウェーで面と向かって堂々と敵意を口に出す馬鹿はそうそういない。つまり、レヴィアやリヒトにとっては(※レヴィアは物心つく前にテルミナに送られてきた)初めて向けられる憎悪である。
「リヒトさん……」
少年少女を気遣ってエディンが口を開くと。
「リヒト、いまの聞いた!?これが本物の
「初めて聞いた……!」
揃ってロジェの方を向いているのでエディンから二人の顔は見えないが、声の調子からして好奇心に眼をキラキラとさせているに違いない。
ロジェは予想外の反応に、呆然としている。
「ねぇ、先生やゴードンさんは聞いたことある?」
「俺も外にいたのはガキの頃だったからなあ……」
ゴードンが苦笑して言う。ゴードンの両親は蛮族社会に生まれたが、ゴードンが生まれる頃にはネリスの一行に匿われる形で、ルキスラ帝国の片田舎にドワーフを装って隠れ住んでいた。
「僕は、まあ……その場に居合わせたことはあります」
エディンは、かつてルキスラ帝国帝都ルキスラのキルヒア神殿が運営する大学に留学していた。人間であるということもあり、テルミナ出身者の学生たちのまとめ役、相談役のようなこともしていた。教師たちは、まあ、一応表面上は何も言わなかったし差別的な取り扱いもなかったが。学生の中には、敵意や悪意を堂々と向けてくる者も居て、同胞をかばうために苦労したものだ。
「ねーねー、『キル・バルバロス!』って挨拶するんでしょ?言って言って!!」
(作者註:『キル・バルバロス』はリプレイ『聖戦士物語』のヒロイン・フィオ姫の名迷言。聖戦士物語の舞台ダグニア地方は特に反蛮族感情が強いことで知られる)
「ふ……ふざけるなっ!!」
はしゃいでいるレヴィアに対してロジェは怒りを爆発させた。
「僕をバカにしているのか!?」
「やーねー、バカにしてるわけじゃないわよ」
4対1という圧倒的有利な状況もあるだろう。逆に、大勢の相手から敵意を向けられている状態なら、レヴィアも軽口は叩けなかったはずだ。
「まあ、しかし、ロジェさんですか。戦力の逐次投入はいけませんね」
「一度に3羽が限度なんだ」
むっとした顔で、ロジェが答えた。
「なるほど。これで操っておられたんですかね」
エディンはしゃがみ込んで、すでに息絶えた魔物の後頭部を指す。小さな魔動機が取り付けられていた。
「お手数ですが、詳しくお話をお伺いしたいのですが……?」
「ぐっ……」
「失礼します」
ロジェの背後に突然、ルーンフォークが現れた。銀縁の眼鏡をかけ、メイドの衣装を着た知的な雰囲気の女性だ。
ルーンフォークは魔動機文明期に生み出された人造人間で、当初は道具として扱われていたが、現在はおおむね人族の一員として人権を認められている。
本能的に誰かに仕えたがるので誰かの従者となっていることが多いが、大破局後に生まれたルーンフォークは必ずしもそうであるとは限らないようだ。
「ペネロペ……ついてきてたのか」
「はい、ロジェ様」
振り向いたロジェに答えると、ペネロペと呼ばれた女性はこちらに向かって一礼した。
「あの姉ちゃん、完全に気配を消してたな」
「あたしも全然気づかなかった……」
ゴードンとレヴィアが小声で言う。
「何やら、不幸な行き違いがあったご様子で」
「違う!僕は」
「ロジェ様」
ペネロペが意味ありげに微笑むと、ロジェは口ごもった。
「どうやら、ロジェ様をそそのかした方がいるようです」
メイドはゆっくりと前に歩み出る。
「私の方でも調査を進め、後日お伝えしますので……」
「それは……」
「何とぞ、寛大なお取り計らいを」
レヴィアは「あら?」という顔をしている。見逃せ、とでも言うのかと思ったのだが。
「うん」
リヒトは即答した。罵倒?されたにも関わらず、リヒトはロジェに対してたいした悪感情は持たなかったようだ。
「ええ、まあ、我々としても他に被害がないのであれば……ねえ、皆さん」
エディンは頬をかきながら、周りを見渡した。
「ん、まあな」
「しょーがないわねー」
ゴードンもレヴィアも、同じようだ。
「……」
ロジェは、複雑な表情でリヒトを見つめていた。
翌朝、エディンはネリスの元に報告に訪れた。
「彼は、知識神の神官に玩具を与えられたようですね」
「……なるほどね」
知識神インジェ。知識を得る事を至上の価値と捉え、そのためには手段を選ばないという、厄介な教義を持つ小神だ。知識神の神官は各地に潜伏して、時折事件を起こしているため、人族社会では邪神と見なされている。ダルクレムをはじめとする、バルバロスが崇拝する二の剣の神の一員ではないかと考えられているが、詳しいことはわかっていない。
「まあ、やらかしたことも大したことではないですし。厳重注意ぐらいで良いかと」
「対外関係も考慮して、ということね」
フェンディル王国は、近隣諸国の中ではまだテルミナに好意的?な方である。ザルツ地方の中でも穏健な平和主義国家なので、敵対してこない相手とはわざわざ事を構えないということもあろうか。
ロシレッタも、商業界との関係は悪くはない。もっとも、アルドレア=ダーレスブルグ航路の寄港地を奪う形になっているので、競合相手でもあるが。
逆に、一番関係がよくないのは独立の際に一戦交えたダーレスブルグ公国。ルキスラ帝国は、その中間というところか。
「閣下」
改まった態度でエディンは言った。
「外部に出れば、リヒトさんへの敵意や憎悪は今回の比ではありません」
「ええ。思えば、あの子たちは生まれながらに憎悪を受けたことがなかったのよね」
テルミナの住民のほとんどは、差別や迫害を避けるために外部からやって来た。それ故、外部の人族やバルバロスに対して被害者意識を持っている。
それ自体はある意味当然とも言えるが、被害者意識というのは一歩間違えると『自分たちだけが迫害されている』という一種の選民主義に陥りかねない。
「あの子、いいえ、あなたたちはテルミナの新世代なのよ」
ひょっとすれば、リヒトたちはテルミナの外部に対する恨みや怨念からも、自由になれるかもしれない。
「それは、光栄であると思うべきなんでしょうかね」
「そうよ」
「それにしても、まあ……
肩をすくめたエディンに対し、ネリスは表情を曇らせた。
「エディン……気にしているの?」
「いえいえ、でもまあ、僕に一番ふさわしい二つ名ではないでしょうか。そう、思いませんか?」
「……そうね」
ネリスは、かつてエディンの実の両親や他の仲間と共に彼の誕生を見届けた。
「卵から生まれる人族なら、リルドラケンが居るけれど。卵から生まれた人間は、そうそういないわ」
『境界都市の新世代』終 次のエピソードにつづく
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