1-2 境界都市の新世代(2)


 ユーゼド=ボリン諸島は漆黒の砂漠の沖に浮かぶユーゼド島とボリン島、その他いくつかの小島から構成される。三百年前、ユーゼド=ボリン諸島には当時王制だったダーレスブルグ王国のペーネムン国防研究所が設置されており、民間人の立ち入りは規制されていた。対岸にはダーレスブルグ領南端の大都市ピルクスが存在したが、大破局時の蛮族の攻撃により建物や外壁の石が毒の黒砂と化して壊滅、漆黒の砂漠となった。沖合のユーゼド=ボリン諸島もその余波を受け、死滅したと見られている。

 エディンの学問の師の一人、ルサルカのシェリル・ピアッツイによれば、大破局から百年ほど経った二百年前頃にはユーゼド島に降り積もった毒砂も雨で洗い流され、汚染は弱まっていたと考えられる。もっとも、同時に土壌も洗い流されてしまったし、周囲の海は砂漠から流れ込む毒素で汚染されたままだった。

 それでも、海を越えて風で飛ばされた胞子や種子が運ばれてくる。荒廃した土地をコケやシダが覆い、それが枯れて土に還り、土壌が形成されて草が生えるようになる。鳥がフンと共に落としていった種子が芽吹き、樹木が生えてくる。二十三年前、ネリスたちが初めてユーゼド島に上陸した頃には、島は深い森で覆われていた。


 その森を、見下ろせる小高い丘にヘルシェル家の屋敷はある。テルミナの街壁から延長された城壁と堀が周囲を囲んでおり、見張り台もある。ささやかな城と言ってもいい。

 エディンたちがここを訪ねたとき、リヒトは中庭で木剣を振るっていた。

「リーヒート!」

 レヴィアが声をかけると、リヒトはすぐに振り向いた。

 一見すると、簡単に折れてしまいそうな儚げな印象がある。それでも、通っている剣の道場では一人前の腕前と認められたそうだ。

「あたしたちがついてってあげるからねっ」

「……うにゅ」

 レヴィアにぬいぐるみのようにぎゅっと抱きしめられて、少々迷惑げな顔をするリヒト。

 彼の顔を、エディンがのぞきこんだ。

「リヒトさん。冒険の件はご存じですか」 

「大丈夫……です」

 リヒトはこくりとうなずく。

「では、さっそくですが明日、始めましょうか」

「どこ行くの?ファルブレイム島?漆黒の砂漠?いきなり、ジーズドルフとか?」

 レヴィアの軽口を、神官は手をひらひらさせて受け流した。

「まさか。島内の森ですよ」

「島の森!?ピクニックじゃない!」

 レヴィアは鼻で笑う。

 ユーゼド島に再び人族が上陸して二十三年。テルミナ創設から二十年。狭い島内は、すでに探索され尽くしているはずだった。




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現時点のステータス


リヒト  総経験点7000 ファイターLv3 ソーサラーLv3


レヴィア 総経験点7000 マギテックLv2 シューターLv3 スカウトLv3


エディン 総経験点10000 プリースト(クス)Lv4 セージLv3 ウォーリーダーLv2 アルケミストLv1


ゴードン 総経験点10000 ファイターLv4 レンジャーLv3 エンハンサーLv3


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「んで……?ピクニックだっけか?」

 ゴードンが皮肉っぽく肩をすくめた。

 少女と少年は木の葉まみれになっている。訓練用の疑似罠に見事に引っかかったのだ。

「うにゅ……」

「二人ともひっどーい!知ってたのね!!」

 ゴードンは罠を察知しながら故意に知らせず、最後尾を歩いていたエディンには被害は及ばなかったのだ。

斥候スカウトなのに気づかねえ嬢ちゃんが悪い」

「うぐっ……」

「罠があるのは遺跡や魔剣の迷宮だけとは限らんぜ」

「まあ、こういうのは実際、引っかかってみないと実感できませんし。僕たちも昔、野外訓練で引っかかりました」

 エディンがなだめるように言う。

「おいエディン、簡単にネタばらしすんなよ……まあ、歴史は繰り返すって奴だ」

「疑似罠は一応、引っかかっても危険が無いように設計はされてはいますが、それでも怪我をする可能性はあり得ます。疑似罠だからと舐めてはいけません」

 エディンは講釈を続ける。

「密集しすぎれば今のように一網打尽になりますし、逆に離れすぎていれば何か危険な目に遭っても仲間に気づかれない恐れがあります。移動時の隊形については

適度な距離を体で学んでください」

「はーい……」

「わかりました」

 まだ少々不満げなレヴィアと、真顔でうなずくリヒト。

 二人は木の葉を手で払い、立ち上がった。


 ユーゼド島は南北に約20km、東西に約10kmの縦に細長い島であり、北部から西部は森に覆われている。一行は森の中を北方に2時間ほど進んだ。

「あら、足跡?」

 レヴィアの視線の先には、大きな三本指の足跡が複数、ついていた。

「ほう。こいつァ……でかい鳥の足跡か?」

 ゴードンがかがみ込むと、エディンもそれに倣う。

「これほどの大きさなら……ディアバロット(ザルツ博物誌P134)でしょうか」

 ザルツ地方北部の森に生息する大型の走鳥類である。現実世界では恐鳥類として知られる類の飛べない鳥で、ダチョウというよりも親戚筋の肉食恐竜に印象は近い。

 実際、恐竜絶滅直後は捕食者の地位を引き継いで繁栄していた。

「しかし、僕の知る限りではディアバロットはこの島に生息していません」

 三百年前、この島の動植物は一度死滅した。その後、植物については森に覆われるほど回復したのは先に述べたとおり。動物については、飛んで海を渡れる虫や鳥、もしくは船に密航してきたネズミ程度しか野生動物は生息していない。


「泳いできた……とか?」

「ボーアとかなら、けっこう泳ぐこともあるらしいな」

「対岸の漆黒の砂漠ぐらいからの距離なら、それもありそうですが」

 漆黒の砂漠の黒砂は毒素を含んでいる。現在ではかなり弱まったとは言え、人族や蛮族のように毒砂を防ぐ知恵の無い野生動物は、まだまだ生息できない土地だ。

 かといって西のロシレッタや北のレーゼルドーン大陸は遠すぎる。クロコダイルのように、海で暮らすことのある陸生生物ならあり得るが。

「んじゃー、誰かが持ち込んだって事?」

「その可能性が高いでしょうかね」


 がさがさっ。

 葉のずれるその音に、レヴィアとゴードンが同時に気がついた。


「誰ッ!?」

「ケエーッ!」

 レヴィアの誰何に応えるように、大きな魔物が躍り出た。

 背丈は、人より少し低いくらい。体中が羽毛に覆われているが、口には鋭い牙が生え、長い尻尾を持っている。

「こいつ、ディアバロットって奴?」

「鳥は……歯がないよ」

 リヒトの指摘に、エディンは同意した。

「ええ、むしろケラトスに似ているんですが」

 ケラトスは後足で立って歩く、二足歩行の魔物である。ドラゴンの一種であると一般には誤解されがちだが、学者によればクロコダイルに近縁の爬虫類に属する。

「ケラトスなら羽毛は生えてませんね。ともあれ……」

 魔物は歯をむき出しにして威嚇し、にじり寄ってくる。

「気をつけてください。伏兵の可能性があります」

「もっと早く言って!」

 背後の木の陰から顔を出した二匹目の魔物に、レヴィアが引き金を引いた。


(つづく)

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